「ジョブ型」というマジックワードから制度議論へ
リクルートワークス研究所 奥本英宏氏
「リモートワークは仕事の進捗が把握しづらいので、職務を詳細に定めたジョブ型制度を導入して成果を評価していくべきだ」。そんな記事を目にする機会が増えた。
たしかにリモートワークはメンバーの仕事ぶりがみえにくい。リモートワークの部下を持つ管理職の半数以上が「部下がさぼっていないか」を心配しており、メンバーの約3割は「仕事のプロセスや成果を適正に評価してもらえないのではないか」と不安を高めている ※1。
しかし、だからと言ってジョブ型の人事制度に移行すべきという議論は、少し飛躍があると感じる。なぜなら、メンバーの取組み課題や評価の基準を明確し、その進捗をモニタリングしていくことは、多くの場合、マネジャーの基本的なマネジメントスキルに関わる問題だからである。制度をジョブ型にしたからといって、リモートワークをめぐるマネジメント課題が解消するとは限らない。
最近、ジョブ型制度の導入が、多くの人事課題を解決する万能薬のように語られることを懸念している。調査によれば、管理職層で約8割、非管理職層で約6割の企業が、仕事や役割の重さを反映した処遇制度を既に導入している ※2。そうした状況においては、ジョブ型というマジックワードを越えた、さらに一歩踏み込んだ制度議論を積み上げていく必要がある。
ジョブ型の制度議論がめざすもの
現在、政府が骨太方針・成長戦略に掲げる「ジョブ型雇用」をめぐる議論は、厚生労働省が2011年に主催した「多様な形態による正社員」に関する研究会が契機となっている。研究会では、雇用条件が明確に定められていない従来の正社員雇用から、職種や雇用期間、働く地域を定めた多様な正社員雇用への転換が提言された。その後、2013年規制改革会議による「ジョブ型正社員の雇用ルールに関する意見」で「ジョブ型」が明記され、以降、導入に向けた議論が続いている。
これまでのジョブ型をめぐる議論は、主には正規と非正規社員の格差を越える、新たな雇用契約形態と労働条件に関わるテーマとして扱われてきた。重要な点は、その目的を「正社員、非正社員を問わず、働くことに生きがいを感じて人間らしい仕事ができることを目指す」としていることだ。そうした、誰もが主体的に働き方の選択ができ、安心して働ける環境を実現するためには、多様な雇用区分での処遇の均等・均衡と、転換のハードルをさらに低くしていく必要がある。意見書では、そうした環境が整わない場合には、不合理な格差の拡大や固定化が助長されかねないと指摘している。
もし、ジョブ型雇用の導入が、正規・非正規社員に続く硬直的な第三の階層を生み出すことにつながるのであれば制度導入の意味はない。処遇格差や役職上限などを見直し、より柔軟な転換を促進するなど、既存の制度を越える別次元のチャレンジが求められている。
自社の事業と社員にあわせた制度議論
そうしたジョブ型雇用における、評価・処遇制度のあり方にも多様な選択肢がある。いま私たちの仕事の多くは、関連部署との密接な連携、顧客の多様な要望への対応、課題解決に向けた試行錯誤といった、柔軟で試行的な取り組みが重要になっている。そこでは、決められた仕事の領域を安定的、効率的に遂行するだけなく、自らが提供する価値が何かを考え、必要な取り組みを探索しつつ進めていく。
これからの時代のマネジャーは、可変的な取り組み課題をメンバーとすり合わせ、伴走的にモニタリングをしつつ、個々の状況を踏まえた評価・処遇をしていかなくてはならない。それは、あらかじめ細かく設定した課題を確実にこなし、その達成度合いを公正に評価する管理的なマネジメントとは随分とイメージが異なる。コロナ禍以前からの取り組みが進む裁量労働制やリモートワーク導入の試みは、個人の自己管理を基本とした創造的な活動が期待されていたはずである。その実現には、予め定めた職務を適正に遂行したかを逐一チェックするようなマイクロマネジメントはそぐわない。
実際、ジョブ型正社員の導入に向けて2014年に厚生労働省から報告された「『多様な正社員』の普及・拡大のための有識者懇談会報告書」でも、業務の硬直性や成長機会の損減など、職務規定等の弊害を考慮した制度設計の重要性が記されている。大きな括りでの職務・役割の設定や、専門技術、職務能力の組合せなど、制度設計にはさまざまな選択の余地がある。欧米のジョブ型制度に縛られることなく、自社の事業や社員にあわせた制度を設計していくことが望ましい。
雇用形態であれ、評価・処遇制度であれ、コロナ禍を経て向かう新たな働き方は、個人の主体的な選択と自律を前提とした、安心して働ける環境づくりを目指したい。1990年代の成果主義の掛け声の下、制度導入の議論が先走った失敗を繰り返してはならない。そのために、「ジョブ型」という言葉を越えて、個人の選択や成長の可能性を拓く多様な制度議論を進めていきたい。
※1 リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所「テレワーク緊急実態調査」(2020)
※2 日本生産性本部「第16回日本的雇用・人事の変容に関する調査」(2019)
リクルートワークス研究所は、「一人ひとりが生き生きと働ける次世代社会の創造」を使命に掲げる(株)リクルート内の研究機関です。労働市場・組織人事・個人のキャリア・労働政策等について、独自の調査・研究を行っています。https://www.works-i.com/
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