外部機関との連携がポイント!
ケーススタディ ハラスメント相談と発達障害
精神保健福祉士、特定社会保険労務士
長部 ひろみ
4 産業保健担当者の関与と復職までの経緯
●その後の展開
精神保健福祉士Sは、復職前面談としてKと面談しました。初回面談で、SはKの硬い表情や視線を合わせないこと、入退室時にノックも挨拶もなく、面談室に椅子に乱暴に着席した行動が気になりました。休職時の生活や通院服薬状況等を確認し、課長Cから注意された点についても再度尋ねましたが、Kは「僕は何も悪くない」と口を尖らせ、主任という自らの役割やAや同僚の心情への理解は極めて乏しい様子です。ただ「自分が部署内で浮いているのはわかっている」と言い、復職への不安が非常に大きいと語りました。Sは、ここまでの経緯、面談時のKの行動のアンバランスさ、職場秩序に無頓着で他の同僚の意図が読み取れない言動に「発達障害の可能性」(疾病性)を見立てました。また、K本人の混乱や葛藤をケアしないと問題が再燃するばかりか、Kの職業能力、職場適応がさらに悪化すること、Kが自身の職場での「職責を果たさない」等の事例性を自覚し、行動を変化させていくには「発達障害」に関する専門ケアが必要であると考え、人事部にこの「見立て」を伝えました。とはいえ、Kの人権に配慮して、丁寧にリファーをしていかなければなりません。L社での通常の復職面談は1回ですが、本件はより丁寧な問診と、K本人の信頼関係を醸成したうえでの助言が必要であることを人事担当者に説明し、K本人の同意を取りながらプラス1~2回の面談を設定する了解を得ました。Kにこの点を提案すると「仕事に戻るのに面談するのがルールなら、仕方ないです」と、面談に応じてくれました。SはKに共感的に関わり、今までの仕事上の苦労や学生時代の専攻、交友関係など、丁寧に話を聴きました。3回目の面談で、Kは「小学生時代、宿題などが重なった時にかんしゃくを起こした。色々なことを話されると、頭が混乱してしまうし、自分が気になった単語だけしか覚えていないことが多い。『どうしたらいいですか?』と、一方的に尋ねるメールをもらうと、何を答えたらいいのかわからない。高校時代に校医に『発達障害の疑い』を告げられ、母親が悩んでいた。自分もそのことは薄々感じていたが認めたくなかった」と話されたのです。「仕事はしたい。でも戻ったら同じことになる」というKに対し、Sは「K自身の負担と不安を軽減する」を目標としたいことを伝え、自らの見立て、ケアの必要性を丁寧に説明しました。KはSの助言を受け入れ、セカンドオピニオンとして通院した精神科Hで「発達障害」と診断され、Hに転医。H併設の「発達障害」専門のリワークプログラムを受けることになりました。
また、SはKの同意を取り、Hの主治医MとリワークコーディネーターN、人事担当者と情報共有し、復職後のKの処遇について検討。主治医Mの診断を受け、Kの休職期間は4ヵ月間延長されました。Nによれば、リワークの結果、Kは「自分の言動でなぜ、同僚や顧客と摩擦が起きたのか」については、少し理解ができるようになったものの、その特性から部下への指導や進捗管理まで担うのは難しいのではないかとのことでした。当初、L社人事担当者は、前例もないため、Kとの労使間トラブルを嫌い、主任手当廃止を伴う主任職の解任を避けたい意向でした。しかし、主治医M、NそしてSからの「発達障害」「Kの特性」についての情報提供や、同僚社員の士気の低下等を考慮し、最終的にはKの主任職を解くことを決定。Kと人事担当者とSの三者で面談をし、本人に主任職を解くこと、復職後の労働条件の説明を行いました。ここまで時間をかけたため、Kも異議を唱えることはありませんでした。現在、Kは解析を中心とするプロジェクト専任で仕事をしていますが、トラブルは発生していません。
5 大人の発達障害は増えている?
昨今、マスコミ等で「大人の発達障害」について取り上げられることも増えてきました。全国の発達障害者支援センターに寄せられる発達障害に関する相談は平成17年度が12,826件(うち、就労支援に関するもの439件)であったのに対し、平成28年度は63,172件( 同10,852件) と約4.9倍( 同24.7倍)に増加しています(図3)。同センターには、児童や生徒の養育等に関する相談も持ち込まれますが、着目すべきは就労支援に関する相談が24.7倍に増えている点であり、就業や就業継続に困難を感じるいわゆる「大人の発達障害」が増えている証左と言えるでしょう。増加した要因については「障害そのものの認知度が上がったこと」「社会環境の変化」等諸説ありますが、本稿の目的ではないため、詳述は避けます。そもそも「大人の発達障害」について議論が活発になったのは、医療臨床や学術面でもここ20年ほどのことであり、診断基準や支援の方法についても実践を通じた検討が進行中です。精神科臨床で用いるDSM-5(2013年改訂・米国精神医学会作成 Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)においても、先般発達障害の診断基準や区分に改訂が行われたばかりです。現在、日本の精神科臨床で主に用いられているのは、 世界保健機構(WHO)作成のICD-10(International Statistical Classification of Diseases)ですが、このICDも2018年、DSM-5に準拠しての改訂が予定されています。ご参考までにDSM-5の中に「神経発達障害」の一分類として示された自閉症スペクトラム障害の診断基準を示します(図4)。
■図4 自閉症スペクトラム障害/Autism Spectrum Disorderの診断基準
A: 複数の状況における社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害(以下の3点で示される)
- 社会的・情緒的な相互関係の障害。
- 他者との交流に用いられる非言語的コミュニケーション(ノンバーバル・コミュニケーション)の障害。
- 年齢相応の対人関係性の発達や維持の障害。
- 常同的で反復的な運動動作や物体の使用、あるいは話し方。
- 同一性へのこだわり、日常動作への融通の効かない執着、言語・非言語上の儀式的な行動パターン。
- 集中度・焦点づけが異常に強くて限定的であり、固定された興味がある。
- 感覚入力に対する敏感性あるいは鈍感性、あるいは感覚に関する環境に対する普通以上の関心。 C:症状は発達早期の段階で必ず出現するが、後になって明らかになるものもある。
E:これらの障害が知的能力障害または全般的発達遅延ではうまく説明されない。
日本精神神経医学会監修「DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル」医学書院より
ただ重要なのは、こうした「診断基準」を知ることではなく、発達障害の特性が職場で示される「事例性」について意識することです。事例性とは、職場における「ある者の健康障害によって生じている本人や周囲の業務上の困難さや、問題」を意味します。これは、臨床場面で取り上げられる症状やその重症度、治療方法といった「疾病性」と対比される視点です。
人事労務担当者や管理監督者が必要なのは、「事例性」の視点を持つことであり、職場の業務遂行上期待される行動や規律の順守の視点に照らし、職場集団の標準的な姿や本人の日常の姿とのずれや偏りに着目することです。発達障害の特性(疾病性)は「社会性の障害」「コミュニケーションの障害」「想像力の障害」が「三つ組の障害」と説明されます。職場ではこれらが組み合わさった「事例性」として「指示命令が伝わりにくい」「業務の優先順位がつけられない」「場の雰囲気が読めず、不用意な発言をする」「臨機応変の対応が困難」「常識が欠けているようにみえる」「本質でないことや細部へのこだわりが強い」「協調性が乏しい」といった形で、認識されることになります。周囲の同僚や上司は「職場内外のコミュニケーションで不満やストレスがたまる」「当該労働者の起こしたトラブルの収束に苦労する」「業務命令の遂行や進捗管理が困難で、自分の負担が増える」といった困難さを経験します。新入社員の場合には「新入歓迎会で、冗談を真に受けて怒り出し、周囲から孤立した」「挨拶や電話当番等、通常はできると思われることができない」「多忙な上司に相談できないまま業務が滞り、その点を叱責したら、出社しなくなった」といった「事例性」で現れる場合もあります。
本件K氏の場合は、昇格によって部下のマネージメントを求められたことで、本人の特性、不得手な部分が顕在化し、同僚からの孤立、同僚からのハラスメントの訴えで事例化したケースでした。同様の事例は多く、Kのように管理職がプレイイングマネージャーである場合、本人の過重労働や部門の成果達成のために、同僚が過剰な負担を強いられているケースもあります。特に人員の削減された部署では、管理職教育等も不十分で、管理職としての職務範囲も明確でない場合も多く、マネージメントには高度なコミュニケーションスキルが必要です。それぞれの部下のスキルや経験、担当業務の進捗状況、各人の家庭状況や個別事情、希望を把握して、業務を期日までに完遂するというのは「発達障害」の特性を持つ方には難しいことと言わざるを得ません。職場で問題が顕在化したときには、取り返しのつかない相互不信と人間関係の破綻が起きているといったケースも少なくありません。
人事の専門メディアやシンクタンクが発表した調査・研究の中から、いま人事として知っておきたい情報をピックアップしました。