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ATD 2018 International Conference & Expo 参加報告
~ATD2018に見るグローバルの人材開発の動向~

株式会社ヒューマンバリュー 取締役主任研究員 川口 大輔

基調講演から学ぶ

さまざまな分野におけるオピニオン・リーダーや有識者、経営者、実践家が登壇する基調講演は、カンファレンス全体の議論や傾向に大きな影響を与えます。ここでは、今年の3名の基調講演者から得られた学びを紹介します。

バリューを生きる 講演者:バラク・オバマ前大統領

第44代アメリカ合衆国大統領バラク・オバマ( President Barack Obama )
ハワイ州で生まれ、温厚な米国中西部のカルチャーのなかに育ち、大学卒業後、製鉄業の衰退により貧困に陥ったコミュニティーの再生支援の経験から政治的な信念を確かにしました。イリノイ州の上院議員、合衆国の上院議員を歴任し、2008年には44代目のアメリカ合衆国大統領として当選。国内外で多くのチャレンジングな課題が横たわるなか、リーダーシップを発揮しました。
ATD 2018 International Conference & Expo~ATD2018に見るグローバルの人材開発の動向~

ATD-ICE2018最初の基調講演には、記念大会の目玉でもあるバラク・オバマ前大統領が登壇。会場は、過去のATDで見たことがないほどの熱気で包まれました。11,000用意された席はほぼ満席になったようです。講演は、ソファーに腰掛けながら、ATDのCEOトニー・ビンガム氏の質問に答える形で行われました。大統領時代の演説とは雰囲気が異なり、リラックスしながら回顧的に話している姿が印象的でした。

約1時間の講演の中では、変革、レジリエンス、学習、民主主義などさまざまなテーマが取り上げられましたが、一貫して「バリュー(価値観)を生きる(Live One’s Value)」ことの大事さが、オバマ氏の経験をもとに語られていたように思います。

オバマ氏は「年齢を重ねるにつれて、人に親切にすることや尊敬をもって接すること、正直であること、責任を持つことなど、私の母や祖父母が教えてくれたシンプルなバリューの大事さを実感するものです」と語り、バリューこそが人生で大きな役割を担うと訴えかけます。例のひとつとして、オバマ氏のキャンペーンでインターンをしていたアジア系アメリカ人のライアン氏のストーリーが紹介されました。ライアン氏は、全米でも比較的保守的なアイオワに配属になります。そこで、人種差別的な経験に会いながらも、街の人々に対して自分のバリューを崩さず、支援的で敬意を持って人に接し、オープン・マインドであり続け、オバマ氏がアイオワにやってくるまでに、オバマ氏に匹敵するほどの人気を博していたそうです。オバマ氏は、彼が成功した理由は、一貫して状況に対してバリューを手放さずに実践し続けたことにあると述べます。

またオバマ氏は、ライアン氏に代表されるようなメンバーが成功を収めるには、周りの環境が重要だと説きます。オバマ氏自身も、若いメンバーに対して期待をかけ、責任をもって働いてもらえるような環境づくりに力を入れてきたといいます。特に大統領時代の執務室で行われたミーティングでは、オバマ氏の周りを囲むスタッフだけでなく、その外側にいるスタッフたちに意見を求め、より現場に近い人たちに対してリスペクトを示していたとのこと。組織にリスペクトに基づいたポジティブなカルチャーを築き、すべての多様な人々の声がインクルードされる(受け入れられる)文化を築くことはすべての人の責務である、というメッセージがは大変印象的でした。

講演の最後には、ATDに集ったタレント開発の仕事に携わる人々に対してもメッセージが投げかけられました。オバマ氏は、タレント開発に携わる人が最も報われるのは、ある特定のタスクをこなせるようにトレーニングを行ったときではなく、その人の「ベスト」を引き出せたときにあるのではないかと語ります。オバマ氏自らの体験に照らし合わせながら語られたメッセージは、多くの共感を呼んでいました。

講演を振り返ってみると、オバマ氏は決して特別なことを話していたわけではなく、人として当たり前のことを語っていたように思います。しかし、その生き方から染み入るメッセージが強く聴いている人々の心に響いたように感じました。バリューを生き、多様性に富んだ人々の声に耳を傾け、共に未来をつくる持続的な行為が変革につながる。そうしたヒューマニティや民主主義ともいえるべき人の価値にあらためて立ち返ることが、変化の時代において大切であることを実感した時間でした。

強みの赤い糸を織り成す
講演者:マーカス・バッキンガム氏

マーカス・バッキンガム氏( Marcus Buckingham )
日本でも知られる「ストレングス・ファインダー」の開発者であり、国際的に有名な思想リーダー。「Strength Revolution(強みの革命)」というミッションのもと、エンゲージメントの高い従業員と売上、顧客満足度、利益、生産性といったビジネス上の重要な要素との相関に焦点を当てて研究・講演を行っています。

二人目の基調講演者は、『ストレングス・ファインダー』の開発者として日本でも人気が高く、ATDでも何度も講演を行っているマーカス・バッキンガム氏でした。以前はスーツに身を包んだ整然とした姿が印象的でしたが、今回はカジュアルな服装での登壇で、発表の立ち姿からも時代の移り変わりを感じました。

ATD 2018 International Conference & Expo~ATD2018に見るグローバルの人材開発の動向~

バッキンガム氏は、人の働き方、特に「Strength(強み)」に関する研究や講演を長年にわたって行っています。今回は、なぜ私たちが強みにフォーカスすることが大切なのか、その現代的な意味や価値を誰にでもわかりやすい言葉やたとえを用いて話すことで、聴いている私たちに多くの気づきや再発見をもたらしてくれました。

バッキンガム氏は「良いリーダーはどのように見えるのかを理解したいなら、良いリーダーから学ぶべきです」といいます。しかし、実際には「長所は短所の裏返しであり、欠点を理解して、それを反転させればいい」と考えがちであることに警鐘を鳴らします。エクセレンス(卓越)は失敗の反対ではなく、独自のパターンがあり、私たちは卓越からより多くを学ぶ必要があるというのです。

また、彼の研究チームが仕事に関する九つの嘘を明らかにしたことを紹介し、私たちが持つ定説や前提を覆します。講演では、その中から「人間はWell-rounded(多彩で何でもできる)であるべきである」という幻想について言及しました。バッキンガム氏は、サッカーの世界的スタープレイやのリオネル・メッシの例を挙げます。メッシがほぼ左足だけを使ってゴールを挙げたシーンを動画で見せながら、メッシはWell-roundedから生まれたのではなく、左足という彼自身の「卓越」を磨き続けたことにあると訴えました。

またバッキンガム氏は、メッシがゴールを決めた後に仲間と純粋に喜ぶ様子を紹介しながら、真のタレントを解放するには、自身がのめり込み、「Language of Love(愛の言語)」を用いる必要があると強調し、自分の仕事を愛することの大切さを語ります。バッキンガム氏は、タレント開発に携わる人たちに向けて、次のようなサジェスチョンを行い、講演を終えました。「1週間の仕事の中で、自分が好きな活動と嫌いな活動をすべて洗い出してみてください。自分の活動は、あなたにとっての赤い糸です。その赤い糸を使って、仕事を織り成すことが大切なのです」

講演を通じた個人的な所感になりますが、バッキンガム氏が使う「Strength(強み)」という言葉は、単に長所や得意なことといった静的なものというよりも、人の価値や仕事を愛し築くことといった、より深く動的な意味合いを持っているように思いました。最後に「赤い糸で仕事を織り成す」という世界観は、近年ATDのレジェンドであり、キャリア開発の権威でもあるビバリー・ケイ氏が、キャリア開発のたとえとして万華鏡をメタファーに(自分が踏み出すことで世界に新たなパターンが生まれていく様を示している)使っていることと共通するようなものがあるといえます。環境の変化が激しく、リスキルや新たなキャリア観が求められる中で、私たちタレント開発に携わる人間は、人が強みの糸をもとに織物を生成していくことをどうサポートできるのでしょうか? あらためて私たち自身の存在意義に迫るような講演でした。

違いを受け入れる
講演者:コニー・ポデスタ氏

コニー・ポデスタ( Connie Podesta )
認定カウンセラーとして25年の経歴を持つほか、人間関係・スタッフ開発のディレクターとして従業員のトレーニング・教育や、マネジャー、シニアリーダーの人間関係スキルに従事。セラピスト、心理学者、コメディエンヌとさまざまな顔を持ち、米国内で非常に人気のあるスピーカー

ここ数年のATDのクロージングの基調講演では、楽しく、エモーショナルで、エネルギーにあふれ、会場全体を勇気づけてくれるようなスピーカーが登壇している傾向があります。今年は、コメディエンヌ、セラピスト、心理学者といった多彩な顔を持ち、『How to Be the Person Successful Companies Fight to Keep(邦題:勝ち抜く人の8つの習慣)』の著者でもあるコニー・ポデスタ氏が最後のスピーカーを務めました。

ポデスタ氏のセッションは、世代間や性格の違いに焦点を当てながら、それをユーモアたっぷりに取り扱っていきます。完全に会場参加型で行われたセッションの冒頭では、腕時計をつけていないミレニアル世代の聴衆の一人を壇上にあげ、とっても忙しいのに、腕時計よりも余計な時間のかかるスマートフォンを時計がわりに使っているのはなぜなのかと指摘して笑いを誘ったり、30代、40代、50代の世代のギャップを面白おかしく指摘したりして、聴衆を引き込んでいました。

ATD 2018 International Conference & Expo~ATD2018に見るグローバルの人材開発の動向~

その後は、パーソナリティの違いを丸、三角、四角、波線という種類に分類し、それぞれのタイプの聴衆を壇上にあげながら、性格や考え方、行動パターンの特徴を指摘。多くの人は自分の思考パターンを理解できないので、職場でも家庭でも人と接するときに自分のパーソナリティを押し付けてはいけないことを示しました。

最後にポデスタ氏は、タレント開発に携わる人たちに向けて、「あなた方は『変化が多すぎて大変だ』『組織を再構成するのが大変だからなんとかしてくれ』といった苦情や要望を従業員から受け、そのために何かの取り組みを行ったりしますよね?」と投げかけました。その上で「アメリカ大陸に渡るメイフラワー号に乗るためのワークショップがあったらおかしいですよね? 小学生の学年が変わるときは、新しい上司、新しいオフィス、新しい戦略、新しいチームになるのと類似しているけど、学年が変わるためのトレーニングなんて家庭では行っていませんよね?」とジョークたっぷりに話し、「私たちは常に変化し続け、変化を通り抜け、変化に対応してきました。変化できないのではないかという先入観をもつのはやめましょう。もっと期待していいんです」というメッセージを伝え、講演を締めくくりました。多様な考えや生き方を受け入れることの大切さを、ユーモアとともに実感できた時間でした。

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