「残業ゼロ」と「売上アップ」を同時に実現
社員7人の町工場が本気で取り組んだ「働き方改革」とは
株式会社吉原精工 会長
吉原 博さん
ここ数年、企業にとって働き方改革が大きな課題になっていますが、残業ゼロを実現した上で売上アップを実現し、全社員に年収600万円以上の高待遇を実践していることで注目を集めている町工場があります。ワイヤーカット加工技術を使った金属加工業を営む、吉原精工です。同社ではどのようにして「残業ゼロ」と「増収増益」を続けてきたのでしょうか。会長の吉原博さんにお話をうかがいました。
(聞き手:株式会社natural rights代表取締役 小酒部さやか)
- 吉原 博さん
- 株式会社吉原精工 会長
1950年鹿児島県出身。高校卒業後、電機会社に勤務。商社や金型製作会社を経て、1980年に株式会社吉原精工を創業。2015年より現職。著書に『町工場の全社員が残業ゼロで年収600万年以上もらえる理由』(ポプラ社)がある。
新人もベテランも一律のボーナスで一致団結
貴社では、どのようにして残業削減に取り組まれてきたのでしょうか。
残業ゼロは、すぐに実現できません。弊社では完全に実現するまでに20年ほどかかっています。以前の弊社は、残業が恒常化していました。夜10時まで残業をすることを前提に、作業計画を立てているような状況だったんです。残業をなくそうと考えるようになったきっかけは、社員に残業を断られたこと。残業を当てにした経営を行っていてはいけない、と反省したのです。
しかし、急に残業だけをなくせば、売上も社員への給与も減少してしまいます。そこで、従来の残業代分の賃金を基本給に上乗せして、時間は減らしていこうと考えました。残業しなくてももらえる給与が同じなら、社員は効率的に働こうと考えるからです。
段階を踏んで残業時間を減らしてきましたが、ポイントとなったのは、2009年のリーマンショックです。給与を削らなければならないほど厳しい状況になり、私自身を含めて、社員全員に「給与を一律30万円にしてほしい」とお願いしました。社員からは「給与が減るなら時間がほしい」と言われ、さらに残業ゼロの実現に注力しました。徹底して作業のムダを省き、加工機械の空き時間をなくすなど効率化を徹底し、2010年には完全に「残業ゼロ」を実現することができました。
多くの企業が残業削減に取り組んでいますが、なかなか成果が出ずに止めてしまう企業も少なくありません。続けていくコツはあるのでしょうか。
人の働き方には、まだまだムダがあります。企業に属して働いていると、仕事をする振りをしているような時間もある。残業削減の成功は、ムダに気付き、それを徹底的になくそうと考えられるかどうかにかかっています。
ただし、すぐに残業をゼロにすることは不可能です。少しずつやるしかありません。最近は残業削減についてアドバイスを求められることが多いのですが、時間を細かく区切って少しずつ進めることを提案しています。例えば一日当たり2時間の残業が恒常化しているなら、まずは残業時間の20分短縮を目指します。半年間続けて20分の短縮が実現できたら、さらに20分縮めることを目指す。これを繰り返していけば、3年で残業ゼロが実現することになります。
また、残業代は弊社のように、あらかじめ給与に上乗せして支払うことをお勧めします。事前に残業代を払うことで、社員に仕事の効率化を求めることができます。私も効率化に向けて、気付いたことは社員に伝え、社内の仕事のやり方を変えてきました。
ボーナスに差をつけず、一律で支払われているそうですね。
当社のボーナスは純利益の半分を人数で割って一律とし、手取りで最高100万円を限度に支払うようにしています。一律にしたのは、ベテランも新人も関係なく社員が一緒に目標に向けて頑張る環境をつくるためです。人は自分よりも能力が上の人を排除しようと考えてしまいがちです。ベテラン社員は、新人が優秀だと教育しないようになってしまいますが、それでは人材が育ちません。目標に向けて一律で同じ金額のボーナスがもらえるのなら、新人が戦力になったほうがベテラン自身にもメリットは大きいので、頑張って育てようとします。すると、お互いが協力して働く組織を実現することができます。
また、月々の給与は年功順ではなく能力制です。優秀な人にはどんどんお金を出すようにしています。このように考えた理由は、一人前に育てながら十分な給与を支払わなかったために転職してしまった、という同業の事例をよく聞いたからです。能力制で十分な給与を払っていれば、若くて優秀な人材も簡単には辞めません。弊社では、全社員の年収600万円以上を実現しています。
吉原さんがここまで社員のことを考えるようになったのは、過去にリストラを行ったことが影響しているのでしょうか。
現在社員は7名ですが、バブル期には20名いました。その後の不況で仕方なく数度のリストラを行いましたが、正直、後で夢に出るほどにリストラは私のトラウマになりました。そこで、人を辞めさせない経営をしよう、と心に決めたのです。
現在の社員7名のうち4名は、ラオスからのインドシナ難民です。最初は日本語もわからず大変でしたが、一生懸命仕事に取り組んでくれるところにほれ込みました。待遇も日本人とまったく変わりません。現在の社員の年齢層は45歳から69歳で平均54歳と、人が辞めないことで平均年齢が上がっています。5年以内には少しずつ若返りを図りたいと考えています。
効率化が業務の質を上げ、売上増につながる好循環
残業ゼロで売上を増加することがなぜ可能なのでしょうか。
仕事の効率がよくなったことで業務の質が上がり、売上増にもつながるという好循環が生まれています。その要因は四点あります。一つ目は働き方改革です。社員のスキル向上により、ムダな待機時間が減りました。二つ目は工程管理。コスト低下により仕事が増え、効率的なスケジュールが組めるようになっています。属人的な仕事をなくし、個々のスキルも向上しています。三つ目は営業戦略です。納期の長い仕事を集め、それを機械の空き時間に当てるようにしました。また、ホームページで値段を安くするなど攻めの発信を行い、高付加価値の仕事を増やしています。四つ目は固定費の削減です。人件費、車両費、各種会費といった固定費を削減しました。
スキルの平準化を図り、属人的な仕事をなくすことは、組織体制のあり方にも影響しましたか。
社内では「全員が平等」と常に言っています。仕事の手法を共有し、掃除や片づけ、機械のメンテナンスは空いている人が行う。組織の形でいえば、社長を中心にした同心円型の組織というイメージですね。この考えに賛同してもらえないのなら、共に働けません。これまでも不満がある社員がいたら、個別に説得してきました。また、この仕事はやり方によって大幅に工程を減らすことができるので、実際にやってみせながらノウハウを共有しています。何か伝達事項があれば、その都度集まってもらって口頭で伝えています。特に朝礼は行っていませんし、会議らしい会議もありません。
また、個々のスキルの平準化を図り、誰もが仕事をできるようにしておくことはリスク回避にもなります。特定の人にしか担当できない仕事や顧客があるようでは、その人がいないときに他の人が代わりを務めることができないので、効率は下がります。どんな仕事でも、誰かが代わりを務められるようにしておくことは重要です。
また弊社では、できる限り休暇を同時期に取るようにしていますが、その理由は社員が個別に長期休暇を取ると仕事が回らなくなる可能性があるからです。有給休暇を組み合わせて年に3回、全社員が10連休を取得しています。
残業をゼロにしたら、仕事のミスも大幅に減ったそうですが、その理由は何でしょうか。
理由は二つあると思います。一つ目は、社員がしっかり休息を取り、集中して仕事に臨めていること。二つ目は、現場に作業の良し悪しの判断を任せるようにしたことで、個々の自主性が高まったこと。仕事の質とは結局個人の能力ですから、仕事環境の整備には気を配っています。
貴社が行われてきた手法は、大企業においても通用すると思われますか。
私が講演などで残業削減や高待遇の実現などについて話すと、「それは小規模の企業だからできたのではないか」と言われることがあります。しかし大企業でも、末端にあるのは小さな組織のはず。まずは町工場の規模から、改革を始めていけばいいのではないでしょうか。また、改革を進めるうえで大事なことは社員との信頼関係です。私は毎月、売上額と利益、借金の額を社内に掲示し、社員に対して正直に弊社の実状を伝えています。繁忙期が続いて「うちはもうかっている」と勘違いすることを防ぐ意味もありますが、情報公開をすることは互いの信頼につながると考えています。
最後に人事の方々へメッセージをお願いします。
人事の方々には「もっと社員と人生を語りましょう」と伝えたいですね。社員がこれからの人生で何を実現したいのかを聞き出し、それを行うために会社はどうすればいいかを共に考えるのです。互いにやるべきことを落とし込んでいけば、一緒に本気になれる目標が生まれるのではないでしょうか。企業のホームページなどを見ると、企業側の目標は載っていても、社員とどのようになりたいか、社員をどうしたいのか、といったことはほとんど書かれていません。企業の目標が「自社ビルを建てる」では、社員も頑張れません。社員のライフプランに企業をリンクさせて、社員が「今は何のために頑張っているのか」を常に答えられるような関係性をつくるべきだと思います。
企業と社員の新たな関係性を創造するうえで、ヒントとなるお話をうかがうことができました。本日はありがとうございました。
取材:小酒部さやか(株式会社natural rights 代表取締役)
2014年7月自身の経験からマタハラ問題に取り組むためNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞し、ミシェル・オバマ大統領夫人と対談。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より『マタハラ問題』、11月花伝社より『ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~』を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。仕事と生活の両立がnatural rights(自然な権利)となるよう講演・企業研修などの活動を行っており、Yahooニュースにも情報を配信している。