花王株式会社:
健康づくりの本質は人材育成
ヘルスリテラシーの高い組織を目指す「健康経営」の取り組みとは
人材開発部門 健康開発推進部 部長
花王健康保険組合・花王グループ企業年金基金 常務理事
豊澤 敏明さん
ポイントは自社の健康の“見える化”
時系列に沿って具体的な活動の流れをご紹介いただきたいのですが、まず何から始められたのですか。
90年代後半に福利厚生の観点から健康づくりに関する検討が始まり、2000年にまず健康診断の標準化を行いました。それまで各地の健診センターなどに任せきりで、事業所ごとにバラバラだった健診の項目や判定基準を全社で統一したんです。各事業所を担当する産業医の説得に少し時間が掛かりましたが、統一しないと比較・分析もできませんし、花王としてはこういう形で行きたいからということで納得してもらいました。03年には生活習慣などを質す問診票も花王版で統一。同時に健康づくり支援システム『元気くん』を導入し、問診結果や健診結果のデータベース化に取り組みました。まずは社員の健康の「見える化」ですね。そのしくみづくりから入っていったわけです。
確かに健康という概念はあいまいですからね。
みんな健康が大切というけれど、そのイメージは人によって違うでしょう。だから自分の言葉が必ずしも相手に通じるとは限らない。私も経営層や各事業所の責任者に説明する際、そういう難しさを感じましたが、それでも健康を「数字」で表し、特に自社の社員のデータを挙げて説明すると、興味深く聞いてもらえるんです。もともと弊社に、“数字で語る”データ重視の企業文化があったのも好都合でした。私の経験に照らせば、健康づくり事業の肝は、社員の健康状態を数値化し客観的なデータにすること――健康の「見える化」に尽きますね。
「見える化」のしくみを準備した上で実際に健康づくりに取り組み、データを集めていったわけですね。
そういうことです。政府の健康づくり運動「健康日本21」を参考に、05年から「KAO健康2010」という中期計画を立てて活動をスタートさせました。07年には計画を達成するための支援ツールとして、健保が「健康マイレージ」を実施。これは健康づくりに意欲的に取り組んでいる人にインセンティブを付与して、より健康になってもらおうという施策です。本来、健康保険という制度は、健康な人からの保険料を病気になった人が使うしくみですから、健保財政をうまく回そうと思ったら、健康で元気な人を育てないといけません。従来の健保の施策は健康を害した人のためのメニューがほとんどでしたが、健康マイレージでは限りある資金を健康な人を育てて増やすために使おうと考えました。いいかえれば、「治療から予防へ」――施策の力点を大きくシフトしたわけです。
そして2008年には経営トップからのメッセージとして「花王グループ健康宣言」が発表されました。
この健康宣言では、社員の健康づくりに積極的に関与し支援していくという会社の意思を、全社員に向けてはっきりと打ち出しました。と同時に、健康づくりの主体はあくまでも「あなた」であるとして、社員が自ら取り組むべき五つの課題を明示しています。それは生活習慣病への取り組み、メンタルヘルスへの取り組み、禁煙への取り組み、がんへの取り組み、そして女性の健康への取り組みの五つです。
福利厚生ではない、人材育成だ
計画を立て実施したら、次は「振り返り」のプロセスが必要になります。健康宣言の実現に向けたPDCAサイクルはどのように回っているのでしょうか。
「KAO健康2010」が始まって4年目の09年に、「花王グループ健康白書」をまとめました。以来、毎年刊行し、各種データの蓄積に基づいて健康課題の「見える化」を図っています。弊社の場合、健保と連携して健康づくり事業を進めているので、会社が把握している健診や問診の結果だけでなく、健保に届くレセプト(診療報酬明細書)からの医療情報も集約し、活用することができます。例えば健診結果がよくないのにレセプトがないということは本人が治療を怠っているんだなとか、医療費がかさんでいるのに数値が改善されないのは薬をちゃんと飲んでいないからじゃないかなど…。事業主のデータと健保のデータを対照すれば、そういうところまで読み取れるわけです。白書がまとまったら、各事業所から産業看護職や健康づくり担当者を集めて勉強会を開き、施策の改善に活かすようにしています。こうして健康づくりのPDCAが、少しずつですが、回るようになっていきました。
最初に策定した中期計画「KAO健康2010」の達成度は?
喫煙や欠食、多量飲酒、運動不足といった生活習慣の項目について03年度数値の半減を目指し、その目標値には及ばなかったものの、一定の改善が見られました。
先述の「健康マイレージ」の効果は、どのように評価していらっしゃいますか。健康づくりに熱心な人にインセンティブを与える施策ということですが、具体的に何をするとどんなメリットがあるのでしょう。
例えば1日1万歩歩いたとか、タバコを吸わないとか、健康イベントに参加したなど、健康にいいことをすると健康マイルが貯まり、健康グッズと交換できます。現在、弊社の被保険者の45%近くがマイレージに参加していますが、こうした健保の取り組みで参加率4割以上というのは、実は極めて珍しい。高い関心の表れといっていいでしょう。東北のある工場では全社員が参加しています。そこは弊社の工場で最も平均年齢が高い職場ですが、直近3年の健診結果は非常に良くなっているんです。マイレージだけの効果ではないと思いますが、健康づくりへの意識付けという点で大きな支援になったと私たちは見ています。
ある意味“成果主義”的で、従来の福利厚生施策とはイメージが違いますね。
確かに福利厚生のあり方を議論するところから始まった取り組みではありますが、私は最近、産業看護職や現場の健康開発担当者に「これは福利厚生ではありませんよ」とよく話すんです。じゃあ何か?健康づくりはつまるところ、人材育成なんです。人材育成というと、スキルがどうの、キャリアがどうのという話になりますが、それ以前に健康を害してスタート地点にも立てない、あるいはレースを途中で降りなければならない人材がいる。そういう人材をケアして、スタート地点やコースにちゃんと戻すことが産業保健の役割だと、私は考えるようになりました。健康づくりを福利厚生ととらえると、会社にとってかかるお金はただの「コスト」ですが、人材育成だと考えればそれは「投資」です。会社としても、自分の健康を自分できちんと管理できる社員を育てていけば、あとは彼らが能力を発揮して活躍してくれる。医療費が減り、健保の財政も好転するでしょう。