職務を分担することで、求められるミッションを推進
管理職の成果を高める、日揮グループの「管理職分業」
日揮コーポレートソリューションズ株式会社 人財部長代行
岸田 一成さん
近年、多くの企業が、管理職の負担増加に頭を悩ませています。プレーヤー業務の割合が増加していることに加え、企業を取り巻く環境が急速に変化する中での事業戦略立案や、多様化する部下のマネジメントなど、役割一つひとつの難易度も高まっているからです。その結果、「管理職が疲弊している」「戦略立案に時間を割けない」といった声も聞かれます。難易度の高いミッションを担う多忙な管理職を、人事はどのように支援すればいいのでしょうか。管理職の役割を複数名で分業することで負担を軽減し、それぞれの成果を高めている事例について、日揮グループのコーポレート機能の効率化、高度専門化の役割を担う日揮コーポレートソリューションズ株式会社 人財部長代行 岸田一成さんにお話をうかがいました。
- 岸田 一成さん
- 日揮コーポレートソリューションズ株式会社 人財部長代行
きしだ・かずなり/2011年に新卒で日揮(現日揮ホールディングス)に入社し、労務管理、採用、制度企画、システム改定など人事業務のほか中東や東南アジアへの駐在を経験。2023年から現職にて、人事戦略に基づく施策全体の実装・推進を務める。
部長の職務を分担することで負担を下げ、質を高める
日揮グループでは、2022年4月より部長職の役割を再定義し、「管理職分業」の取り組みを推進されています。具体的な内容と体制変更の背景をお聞かせください。
管理職分業は、海外でエネルギーや産業インフラ関連分野のプラント・施設の設計・調達・建設事業を行う「日揮グローバル」で行われています。
これまで日揮グループでは、部門運営を行う管理職は「部長」と「部長代行」が担ってきましたが、2022年4月より日揮グローバルでは部長代行職を廃止。「部長」と人材育成やキャリア開発のミッションを担う「CDM(キャリアデベロップメントマネージャー)」、遂行中の各プロジェクトの管理や人員配置などのミッションを担う「PCM(プロジェクトコーディネーションマネージャー)」の三位一体で行う体制に変更しました。
その背景には、日揮グループが2021年に掲げた、20年先の未来を見据えた長期経営ビジョン「2040年ビジョン」の存在があります。
グループを取り巻く事業環境が劇的に変化する中、これからも持続的に成長していくためには、自らを変革していく必要があります。そこで2040年に向けて、パーパスである“Enhancing planetary health”を道しるべに、「ビジネス領域」「ビジネスモデル」「組織」をトランスフォーメーションしていく計画を立てています。
2040年のありたい姿を実現するためには、経営陣が一丸となって取り組んでいく必要がありますが、経営陣と社員を結ぶ結節点である「部長職」が担う役割も重要です。特に部門の将来像・ビジョンをしっかりとつくり、実現に向けた道筋を示してリードしていくことに加えて、育成や遂行中のプロジェクトへの適切な配員は「2040年ビジョン」を達成するために欠かせない部長の仕事です。
ただ、すべてのミッションを部長が一人だけで達成することは、負荷が高すぎつぶれかねないとの危機感をCHROが抱き、それぞれのミッションを明確にする形で、ビジョンを実現するために欠かせない人材育成やキャリア開発を「CDM」が、日揮グローバルの事業特性上欠かせない大規模プロジェクトの管理や人材配置を「PCM」がメインに担う体制に変更したのです。
現在は、日揮グローバルの主要30組織にCDMやPCMを設けています。規模としてはおよそ一部門あたり30~40名の組織です。規模の小さな部門やプロジェクトへの配員管理の必要性が低い部門は、部長とCDMのみを置いているケースもあります。
管理職分業の目的には、部長職の負荷軽減もあったのでしょうか。
そうですね。以前からビジネス環境の変化に伴って、部長職の役割が大きくなりすぎていた側面はあったと思います。同時にミッションも複雑化し、部長職に求められるレベルが高くなっていました。
管理職支援として「分業」という体制変更を採用したのはなぜでしょうか。
管理職支援には、管理職研修の実施、組織マネジメントの負担を軽くするツールやシステムの導入など、さまざまな方法があります。それらは当然重要ですし、当社もこれから積極的に行っていきますが、それだけでは管理職の業務自体は減りません。ミッションを明確にし、業務自体を絞らなければ、余白は生まれないからです。業務の負担が減らなければ、それぞれのミッションの達成も難しいままになってしまいます。
また、CHROへの日揮グローバルのマネジメントからの意見も、管理職改革の方向性のヒントになったと聞いています。部長をバックアップする部長代行は、職責がわかりにくく、もっとミッションを明確にしたほうが、本人も、周囲も、ミッションの実現に向けて動きやすくなるのではないかと。当社における管理職分業は、「部長と、部長を支える部長代行のミッションの明確化」とも置き換えられます。
部員の8~9割が新しい制度を評価
管理職の役割を分けることで、どのような効果がありましたか。
一人の部長が日々の業務をかじ取りし、人材育成やプロジェクト配員すべてを管理していた頃よりも、それぞれの機能をきちんと果たせるようになってきたという声も聞こえています。
とくにCDMが担う人材育成・キャリア開発の面では、組織への好影響がわかりやすく出ています。まず、CDMというポストを置いたことで、社員に対して長期的なキャリア形成を支援するという会社の姿勢がメッセージとして伝わっていると思います。
また、CDMができることで、キャリアの希望をヒアリングしたり、希望のポストに就くために必要なスキルや経験に関する相談やアドバイスをしたりできるようになっています。
CDMとPCMが連携し、プロジェクトに人員をアサインする際に、微増ではありますが、実際に若手登用のケースも増えています。人材に関する情報が増えれば、ベテランに偏りがちな業務でも、育成視点から若手を抜てきしやすくなります。
メンバーからもおおむね好評で、ある部門のアンケート調査では、部員の8~9割が新しい制度を「評価している」と答えています。上長の役割が明確なほうが、メンバーも仕事や相談がしやすいのでしょう。「CDMができてキャリア相談をしやすくなった」という声もよく聞かれます。
部長職の方々は、今回の分業制導入をどのように受けとめていますか。
部長職から、役割を明確化することに対する批判的な声はほとんど聞かれません。
ただ、そもそもの目的の一つであった部長職の負担軽減については、個人差が大きいのが正直なところです。「役割は明確化されたが、業務負担は変わらない」「まだまだ忙しい」と感じている人は少なくないようです。
体制を変更したことで、部長がビジョンを描き、実現していくリーダーシップを発揮できるようになったのか。また、CDMを置いたことによって人材が育ち、社員がいきいきと活躍できるようになっているのか、注目していく必要があると思っています。
管理職分業では、管理職同士の縦と横の連携がカギに
分業管理職同士は、どのような関係性なのでしょうか。
部門の最終決裁者は従来通り、部長が担っています。CDMとPCMは対等な立場で、人材育成やプロジェクト管理など、それぞれのミッションについて部長級の立場で意思決定に関わっています。
部門が抱える課題の解決には、三位一体で取り組みます。CDMとPCMは立場上、相反する関係になることもありえますから、三権分立の関係ともいえるかもしれません。
従来一人で担っていた部長業務を三人で担うことで、連携の難しさはありませんか。
人数が増えれば、コミュニケーションコストは増えます。一人ですべての部長業務を担えるのであれば、一人のほうが早いでしょう。ただ、一人では回しきれない現在の複雑・困難な状況を踏まえると、三人それぞれが職責を全うしようとすることで、仕事の質は上がるものと信じています。
コミュニケーションコストが増えても、スピードを落とさないようにすることが肝心であることは皆同じ認識だと思います。連携やコミュニケーションの工夫は各部門が自律的に行っており、毎朝、朝会を開いて三人で情報を共有している部門もあれば、部長やCDM、PCM宛てのメールには必ずCCで他の2名を入れることを徹底している部門もあります。
また、例えば、CDMをそれぞれ横串でつなげることで何か良い効果がもたらせないかを、組織として模索しているところです。どの部門にも共通している、職能特有の課題も出てきています。その対処や得られたノウハウを一部門だけにとどめず、会議体を持って、横で連携して課題やノウハウを共有できる仕組みを強化することも重要と考えています。
横の連携が強化されれば、これまでは部長を通じて縦割りで行っていた情報共有も、部門ごとではなく、CDMやPCMなど職能ごとに広めやすくなるのではないかと思います。
CDMやPCMのポストを新設し、ミッションが明確化することで、これまで部長代行が担っていたサポート業務が手薄になってしまう懸念はありませんか。
実態として、「CDMだけ」「PCMだけ」の業務を行っている人はいません。部長の補佐としての役割は引き続き担っていますし、なにかプロジェクトで問題があればすぐに入っていける人材がCDMやPCMを担ってくれていると思います。
CDMやPCMは、部門の管理職の一翼を担う人材です。「CDMしかやりません」「PCMしかできません」という考えでは、部門が機能しなくなる可能性もあるため、管理職としてのマインドを持ちながら、CDMやPCMのミッションに責任を持ってもらっていると思います。
現状は「部長」や「部長代行」ができる人材の中から、それぞれの適性がある人材にCDMやPCMを担ってもらっている状況です。
CDMは、人材育成やキャリア開発など、これまでに携わってきた仕事と少し毛色が異なります。今後の人材登用を考えると、CDMへの人員配置やキャリアパスは検討が必要かもしれません。
CDMの機能を人事部が担う会社もありますが、部門内の部長クラスが担うCDMとは職能や効果が異なると思われますか。
はい。職能や効果は違うと捉えています。たとえば新入社員の受け入れ研修や階層別研修のように、一般的にほとんどの人にとって必要とされるソフトスキルなどの習得は、人事が一斉に行うほうが効率的です。
一方で、現場の上司が担ったほうがいい領域も多くあります。現場に近くなればなるほど、必要なスキルも固有になりますし、インプットの仕方も多様になりますから。それぞれが持つ経験やスキル、価値観や考え方が違うと、学ばなければならないことも異なります。いつも一緒にいる上司だからこそ聞けること、話せることもありますよね。
人事が社員それぞれの育成やキャリア開発に対応するには限界がありますから、部員一人ひとりを見ている上司をサポートすることもあわせて行う必要があると思います。
また、CDMと人事がお互いに「ここは私たちがやっていいの?」「この部分は任せてもいい?」というやり取りが発生して、徐々に良い形に整理されていき、すみ分けができれば、さらに効率的にいろいろな施策を打てるはずです。
人事部門の都合だけを考えれば、「人材育成やキャリア開発は人事部門に集約する」としたほうがシンプルで、効率がいいかもしれません。ただ、本当の意味で人が育ち、長期的なキャリアを見据えて、いきいきと働ける組織をつくるなら、人事と現場で議論を重ねながら、適切な形を模索するのが良いと思っています。
CDMの新設は“人に投資する”メッセージになる
今後の課題や展望を教えてください。
私たちの取り組みは2022年に始まったばかりで、まだ道半ばです。当社には、「まずやってみよう」という社風があるので、実際にトライし、課題にぶつかったら検証や改善を繰り返しています。
今後の課題は、二つあります。一つ目は、先ほどお話したCDMやPCMそれぞれが横串での連携を強化すること。二つ目は、CDMをはじめとするマネジメントへのキャリアパスを検討すること。例えば、CDMに求められるスキルセットを体系化し、管理職になる前からCDMに必要な専門性を学べるコンテンツも用意したいですね。
本来の目的である部長職の機能をアップグレードさせる施策も引き続き、人事として支援していきます。部門のマネジメントはもちろん、経営幹部に求められるスキルやマインドを早期から身につけられる研修やコンテンツを準備していく方針です。
今後の展望としては、現在、日揮グローバルを中心に行っている「管理職分業」を、その他の事業会社の特性にあわせる形での展開を検討し、各社にとって最適な形でグループの相乗効果を高めていけたらと考えています。
最後に「管理職分業」に興味を持つ人事の方にメッセージをお願いします。
この取り組みを始めてから、管理職分業に興味を持つ企業人事の方とお話しする機会がたびたびあります。頭を悩ませている課題はどこも同じで、会社を取り巻く市場環境が劇的に変わっている中、管理職の負担が増しているといいます。
まずは、現在の環境下で一人ですべてをこなせるスーパーマン/スーパーウーマンはいないことに気づいて、一度立ちどまることが大事だと思います。管理職がダメだということではなく、管理職に求められるミッションの難易度が上がっていることを正しく認識する。それが管理職支援の第一歩になると思います。
部長職を分業するのか、課長職を分業するのかは、会社の状況によって異なるでしょう。当社の場合は「2040年ビジョン」の実現という目標があり、ビジネスも組織も変革期にあります。変革するためにはまず、経営との結節点である部長職のアップグレードが欠かせないと考え、まずは、部長職の支援に力を入れていきます。
当グループの資本は人です。CDMのポストを新設するという判断がなされたのは、社内外に対して、重要な経営課題として人材育成やキャリア開発に取り組んでいくメッセージの表れでもあると思っています。育成に投資することが、組織のエンゲージメントの向上や離職防止、ひいては業績の向上にもつながっていくと信じています。
人材育成は当社だけでなく、日本全体の課題だと思います。日本企業では、プレーヤーとして優秀な成績を残した人がその延長でマネジメントを担うケースが比較的多く見られますが、職務としてのマネジメントに長けた人材はもちろん、部長職の中にCDMのポストを置き、ミッションを明確化することで、人材育成に長けた人材を増やしていきたいですね。