公募プログラムの活性化が銀行のカルチャーを変える
従業員の挑戦を後押しする、三菱UFJ銀行の「キャリア自律」支援
下津 健生さん(株式会社 三菱UFJ銀行 人事部 企画グループ 次長)
関舎 直博さん(株式会社 三菱UFJ銀行 人事部 企画グループ 上席調査役)
竹内 順子さん(株式会社 三菱UFJ銀行 人事部 企画グループ 調査役)
今林 睦巳さん(株式会社 三菱UFJ銀行 人事部 採用・キャリアグループ 調査役)
銀行における異動は「上から下りてくるもの」というイメージが長らくありました。株式会社 三菱UFJ銀行でもそれは同様でしたが、2019年に公募プログラムを本格的に開始したことで、大きく変化。初年度に応募したのは約500名でしたが、2022年には約2400名にまで増加したといいます。今では従業員の間に「異動は自ら勝ち取るものだ」という認識が広まっているそうですが、どのようにして大きな変化を実現できたのでしょうか。取り組みの背景や具体的な施策について、同社人事部 企画グループ、採用・キャリアグループの方々にうかがいました。
- 下津 健生さん
- 株式会社 三菱UFJ銀行 人事部 企画グループ 次長
- 関舎 直博さん
- 株式会社 三菱UFJ銀行 人事部 企画グループ 上席調査役
- 竹内 順子さん
- 株式会社 三菱UFJ銀行 人事部 企画グループ 調査役
- 今林 睦巳さん
- 株式会社 三菱UFJ銀行 人事部 採用・キャリアグループ 調査役
「異動先で活躍できるのか」「他部署の業務がわからない」という不安をいかに解消したのか
2019年に公募プログラムを開始したそうですが、その理由をお聞かせいただけますか。
下津:背景にあったのは、銀行を取り巻く競争環境の変化です。銀行の三大業務は預金・貸出・決済ですが、預金や決済に関しては新規参入が盛んになり、今でも大きな危機感を持っています。また、2019年当時は、DXの台頭などにより銀行業務が削減されるといった趣旨の話が出てきて時期でもあります。そんな環境を打破すべく、変革・挑戦が求められていました。
そこで当行では人事制度においても「プロフェッショナル」と「変革・挑戦」に一層重きを置きました。また、仕事に主体的に取り組むことでエンゲージメントを向上させていくことも大きなテーマでした。
当行では長らく、銀行業界のイメージ通り「異動は人事部が組成するものだ」というイメージがありましたが、そこに一石を投じるという観点で、公募プログラムは価値があったと考えています。
なお、2019年以前にも公募制度自体はあったのですが、制度自体があまり認知されておらず、年間の利用者は200名程度でした。
2019年に行った公募プログラムの概要(対象者、公募の仕方、応募から登用までのプロセス、応募者数など)をお聞かせください。
関舎:公募プログラムの対象者は、正規雇用の全従業員で、2万7000名ほどです。公募開始当初は各部署に対して、人員の2%程度のポストを公募に出してもらうように呼びかけました。結果的に約200のポストで募集を行ったのですが、応募者は477名でした。
従業員が応募する際は、まず上司を経由して人事に情報が届き、そこから公募している部署へと情報が流れていきます。上司には、自分のところで情報を絶対に止めないようにお願いしました。また、従来の公募制度では人事部による面接も行っていたのですが、一部を除き廃止しました。人事部が面接を行うことで、評価されるのではないかと不安を感じる従業員の方もいます。
公募を行った当初は、参加をためらう従業員が多かったそうですが、その理由は何だったのでしょうか。
今林:これまで異動といえば上司から告げられるのが当り前だったので、自ら行きたい部署に手を挙げることにピンとこない人が多かったようです。また、異動先で活躍できるのかという不安もあったのではないでしょうか。「応募するのは今の部署に不満があるから」という捉え方をされる可能性もあり、上司の後押しがなければ応募しづらい雰囲気もあったようです。
下津:銀行の業務の多様化によって、伝統的なリテール・法人向けの顧客業務から、デジタル領域まで、業務の幅が広がっています。自部署以外の業務がわからない環境も、要員の一つだと思います。
そのような課題を解決するために、どのような施策を行ったのでしょうか。
竹内:従業員の視点からすると、公募に応募すると上司や人事にどんな印象をもたれるのか、不安に感じるのではないかと思いました。そのため、人事部が公募をポジティブに考えていることを従業員に伝える機会を多く作るようにしました。
例えば、人事に関するさまざまな施策や公募プログラムを伝えるため、社内向けにあらためて人事部の取り組みを紹介する資料を作成しました。新たな制度を行内に広報するときは、通常の書面のような体裁で通達を出すことが多いのですが、シンプルにわかりやすくなるよう、また、私たち人事も各施策に前向きである気持ちが伝わるよう、明るく見やすい内容にしています。人事部が各部署や職場に出向いて従業員とディスカッションする機会を設けているのですが、そのときも人事部の思いを伝えるためにその資料を活用しています。
下津:私の所属する企画グループ30名のうち5名はキャリア採用のメンバーで、竹内もその一人です。
かつての銀行は、皆さんがイメージを持たれる銀行員らしい人が多く、その中で共通認識や暗黙知があった上で業務が進んでいました。しかしキャリア採用の人を迎えるには、これまでやってきたことを言語化して伝えることが非常に重要になります。
こうした背景から、竹内に全体の施策を言語化して伝え、説明する資料を準備する役割を担ってもらい、人事の施策を積極的に従業員に伝えていくように取り組んでいます。
「異動は与えられるものではなく、勝ち取るものだ」という認識をもつ若手が増えた
公募プログラムをどのように改良したのかをお聞かせください。
関舎:公募プラグラムは年に2回、上期と下期に実施しています。2022年からはそれぞれの意味づけを変えました。上期は違う部署に実際に移る「異動型」、下期は1週間に1回経験するなどの「体験型」です。
従業員は年に一度、5〜7月に上司とキャリアに関する面談を行います。そこでキャリアに対する考えを話し合った上で、異動を希望する場合は、下期の公募プログラムでまずは体験型に参加し、希望を固め、その上で本格的な異動は上期に応募するという流れを可能にしています。
また、公募のハードルの一つである「他部署の業務がわからない」という課題については、知るための場を作ることを心がけました。具体的には、他部署の仕事を見て知るという意味の「ミルシル」というプログラムで、1日だけ他部署に行って業務を体験します。どの部署を見に行こうかと悩む従業員に対しては、「こんな業務をやってみたい」という希望を聞いた上で、人事部が「●●部はどうですか?」と紹介することもあります。
他には、「社内副業」という取り組みもあり、週に一度、気になっている部署で働くことができます。副業をするうちに興味が出てきたら、実際に異動するというステップを踏むことも可能です。
受け入れ側の部署の対応も重要ですね。
関舎:社内副業では受け入れ側の部署がプログラムを考えるため、かなり労力がかかります。しかし、異動してきてもらうには必要なプロセスなので、どの部署も大変力を入れています。
下津:社内イントラで、それぞれの部署がやりがいや良さをPRするようにもなりました。自分たちの部署を自分たちの言葉で話すことで、エンゲージメントの向上にもつながるという副次効果を感じています。
竹内:従業員組合と共催で初の試みとなる「キャリアフォーラム」というイベントも行っています。各部署がブースを開いて自部署の業務や必要となるスキル・専門性などを説明する場に、その仕事に興味のある従業員が聞きに行くことができるというもので、2000人を超える従業員が参加しました。
下津:銀行だけでなく、信託・証券なども含めて、どのような仕事が三菱UFJにあるのかがわかる「JOB図鑑」も作成しました。業務領域ごとの仕事内容やキャリアパスのモデルなどを掲載しています。どんな仕事があるのかわからない人たちが、情報を知ることのできる環境づくりを丁寧に行っています。
これまでの公募プログラムの応募数や合格者数など、数字の推移をお聞かせいただけますか。
下津:応募者数は2019年の477名からスタートし、21年には2000名を突破しました。23年は上半期のみの実績で、2800名を超えています。
年度 | 2019年 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | 2023年 (上半期のみ) |
---|---|---|---|---|---|
応募者数 | 477名 | 865名 | 2299名 | 2396名 | 2819名 |
合格者数 | ― | 221名 | 564名 | 1122名 | 849名 |
現在、2万7000名ほどの対象者がいるので、全体の10%以上が公募プログラムに参加していることになります。制度としては定着してきたと考えています。
従業員の方々にはどのような変化がありましたか。また、どのような成果がありましたか。
下津:店舗を訪問して従業員と話すときに、「銀行の変化を感じる」という声を聞く機会が増えたと思います。特に若手層は、「異動は人から与えられるものではなく、自ら勝ち取るものだ」という認識をもっているように感じます。将来どういうことをやりたいのかについて相談を受けることも多く、若手は自身のキャリアをよく考えている印象があります。
また、人事部も例外ではありません。公募の選考を人事が行っていた頃は推奨されていませんでしたが、現在はそのようなことはまったくなく、他部署の業務を体験する人事部員もいます。
公募が活発になると、上司にはメンバーにキャリアアドバイスをする能力が求められそうです。
今林:そうですね。人事部が場を提供するだけでは不十分で、上司のサポートは必要不可欠です。サポート力次第で、メンバーのキャリアに対する考え方や行動も変わってきます。2022年3月からは1on1を導入し、上司向けのガイドブックやサポート動画なども提供しています。マネジメント研修でも、フィードバックやコーチングなどの要素を取り入れていて、さらにサポート力を向上させていきたいと考えています。
関舎:「JOB図鑑」は、今後のキャリアを考えたい若手だけではなく、その相談を受ける上司たちも必死に読んでいます。キャリアを考えるために、会社のことを全員が理解する必要があるという認識に変わってきているようです。
上司には、部署の魅力を維持し続けて、今後のキャリアステップを見せていくことが求められます。メンバーに対して「将来的に●●がしたいなら、この部署で●●の経験をする必要がある」という話ができる必要もあります。
現在の仕事で成果を出すことも「挑戦」
公募で特に人気のある部署はありますか。
関舎:専門性が身につき、キャリアアップに役立ちそうな仕事ができる部署は人気がありますね。デジタル領域の部署などは最先端の仕事ができるイメージがあるので、大変人気です。
下津:実は、人事も人気があるんです。変革を推進できるというイメージがあるのかもしれません。
お話をうかがってきて、公募プログラムに限らず貴社のカルチャー自体が大きく変わっているのではないかと感じました。
下津:現在の経営陣の影響も大きいと思います。マザーマーケットである日本の競争環境の厳しさに対峙し、変革をリードするというメッセージを出しています。
2019年と現在を比較すると、店舗数は600店舗からおよそ300店舗に集約されました。リテールの窓口の従業員の方は「銀行はどうなってしまうんだろう」と感じていたかもしれません。今後は店舗数をそこまで減らさず、むしろ駅ナカに新規出店するなど、新たな方向性に向かっていきます。このような変化も、今後のマインドセットに良い影響を与えてくれると考えています。
公募プログラムや従業員のキャリア自律の推進に関して、課題はありますか。
関舎:「成長と挑戦」というキーワードで公募プログラムを推進してきたため、一部従業員の方は「挑戦=異動」と認識していることもあります。しかし、挑戦は必ずしも異動だけではありません。現在の業務に向き合い変革し、成果を出すことも挑戦です。そのため、挑戦のエネルギーを公募だけでなく、現在の業務で発揮してもらうことが、次のステップだと考えています。
下津:変わり続ける競争環境の中でお客さまにサービスを提供していくためには、従業員一人ひとりのプロフェッショナリズムを向上していく必要があります。今後はその点に注力していきたいですね。
具体的には、業務のプロフェッショナル度を上げることを意識し、人事制度の改定も予定しています。2025年4月からは総合職・BS職といった垣根をなくし、「プロフェッショナル職」に一本化。その名の通り、現在の仕事に対してプロ意識をもって専門性を上げていくことを目指すものです。
公募プログラムや従業員のキャリア自律の推進について、今後予定していることや展望をお聞かせください。
下津:24年4月からは「資格Ex制度」を開始します。異動せずに同じ領域でキャリアを築いていく従業員がプロ意識を高められることを目的とした制度です。領域ごとに、「スキルセットに応じてこのくらいの報酬を支払う」という形にしています。
関舎:管理監督者層のほぼ全ポストについて、ジョブディスクリプションを明確化する動きもあります。公募においては、そのポストに求められるスキルや経験、どのような自己学習が必要かをまとめていますが、さらに先のキャリアに進むには何が必要かを示すことで、キャリアをどのように歩むべきかを従業員それぞれが考えられるようにしたいと考えています。
下津:若手を抜てきするための動きも続きていきます。当行には資格があり、それに準じた職務の幅がありますが、上位資格が担当する職務につくことも認める運用も始めています。本来なら就けない職務に対して、若手が手を挙げることも可能です。今後も従来の銀行のやり方にとらわれず、新しい人事施策を実践していきたいと考えています。