「HRから変わって、HRが変えていく」が合言葉
経営戦略と人事施策を連動させた、三菱重工業のHR部門大改革
弘田 和之さん(三菱重工業株式会社 HR改革推進室 企画グループ長)
辻本 剛史さん(三菱重工業株式会社 HR改革推進室 企画グループ 主席部員)
「管理」主体の人事から「戦略」主体の人事へ。人的資本経営の重要性が叫ばれる中、人事部門に求められる役割が大きく変化しています。三菱重工業(MHI)も例にもれず、経営戦略・事業戦略と連動したHR戦略の立案と実践が求められていました。HR戦略の真の実現を目指すには、社員よりも先に「HR部門の変革が必要ではないか」と考えた同社では、HR部門の大改革を推進。コンセプトは「HRから変わって HRが変えていく」「ONE HR for MHI Group」です。この取り組みが評価され、「HRアワード2023」企業人事部門では入賞を果たしました。では具体的に、どのような改革が行われたのでしょうか。プロジェクトの背景や具体的な施策、成果などについて、同社HR改革推進室 企画グループの弘田和之さんと辻本剛史さんに聞きました。
- 弘田 和之さん
- 三菱重工業株式会社 HR改革推進室 企画グループ長
ひろた・かずゆき/2002年入社。相模原製作所にて官公庁向け特殊車両の営業業務に従事後、本社人事部人材開発グループへ異動。本社HRとして人材開発・人事・安全衛生などの担当を経て,2017年から約5年間、15年ぶりとなる人事システム刷新PJのPJリーダとして大規模PJのマネジメントを経験した。2022年以降,HR改革推進室企画グループ長として,HR部門の基盤強化の責を担っている。
- 辻本 剛史さん
- 三菱重工業株式会社 HR改革推進室 企画グループ 主席部員
つじもと・たけし/2006年入社。神戸造船所にて経理業務を担当後、人事教育課へ異動。事業所人事として広く人事業務を経験した後、2018年に本社へ異動し、エナジードメイン・原子力セグメントの部門担当人事(HR Business Partner)に従事。この時期にキャリアデザイン面談制度の全社導入も担当。2022年より現職に異動し、中長期の人事戦略の立案,人事部門全体の組織開発,人事部門メンバーの人材育成に関する各種PJ遂行・施策の実行を担当。
HR戦略の実現には、HR部門の意識改革と基盤強化が先決
三菱重工業では、HR部門の大改革「HRトランスフォーメーション・プロジェクト(HRX-PJ)」を推進されています。プロジェクト立ち上げの経緯をお聞かせいただけますか。
辻本:来年(2024年)は、当社が3ヵ年ごとに策定している全社中期事業計画のスタート年なのですが、人的資本経営などの流れを受けて、このタイミングから経営戦略や事業戦略にもとづいたHR戦略をしっかりと打ち立てていくことになりました。
HR戦略を実現するためにはまず、HR部門自体の変革が必要ではないか。そう考えて立ち上げたのが、HR部門の意識改革と基盤強化を目的とした「HRトランスフォーメーション・プロジェクト(HRX-PJ)」でした。
弘田:HR部門の改革の必要性を感じた理由の一つは、HRを取り巻く環境が大きく変化していることです。社会的にも人的資本開示やエンゲージメント向上、ダイバーシティ&インクルージョンなど、人事に期待される役割は高度化・複雑化していますよね。経営陣から求められるのは、経営戦略に連動したHR戦略。これまでのように管理主体ではなく、戦略主体への転換が必要になっています。
辻本:コロナ禍の影響で、リアルなコミュニケーションの機会が減ってしまったことも理由の一つです。当社のHR部門は本社のほか、全国15ヵ所の事業所にメンバーがいて、グループ会社への出向者なども含めると約500名が在籍しています。
規模が大きく、物理的な距離もある中、コロナ禍でさらに出張の機会なども減ってしまいました。システム負荷への配慮から、オンライン会議では顔出しをしないことが常態化しており、同じHR部門内でも顔と名前が一致しないケースも多かったんです。とくに役割が異なる本社HRと事業所HR間では、心の距離が広がっているのではないかという懸念がありました。
弘田:経営戦略や事業戦略に連動した高度な人事施策を実行していくには、社員の声を拾う事業所HRから、人事制度設計を担う本社HRへの情報共有がこれまで以上に重要です。本社HRと事業所HRが垣根なく、双方の心理的安全性が高まった状態で良いコミュケーションを取れるようにしたい。そんな思いから、今回のプロジェクトが始まりました。
具体的には、どのようにプロジェクトを立ち上げていったのでしょうか。
弘田:2022年4月に、人事の制度設計や通常のオペレーション業務を行う部署から切り離す形で、「HR改革推進室」が新設されました。HR全体の戦略を推進するための企画立案や組織開発を専任で行う部署です。
私はHR改革推進室の企画グループに所属しているのですが、当グループが「HRX-PJ」の事務局となって、ミッション・ビジョン・バリューを策定しました。
辻本:ミッションは「HRから変わって HRが変えていく」、ビジョンは「ONE HR for MHI Group」、バリューは「答申で終わらない 最後までやり切る」です。
HR部門とは従来、従業員を後方から支援する役割を担うことが多かったと思います。しかし変革期においては、私たちがまず動き、さまざまなことを試し、学びや手法を広めることで、全社に好影響を与えていく。そんな存在に変わっていかなければなりません。さらにその結果として、HR部門のメンバーにも「HR部門で働くことが楽しい」「ここなら成長できる」と実感してもらえる循環をつくりたいと考えました。
具体的には「マインド分科会」「HRイノベーションサイクル分科会」「コミュニケーション&DX分科会」にわけて、それぞれ2~5チームをつくり、手挙げ式でプロジェクトメンバーを募りました。また、ぜひ参加してほしいメンバーには、個別に声をかけました。現在はHR部門に所属する30~40名ほどが、プロジェクトメンバーとして活動しています。
ネーミングを柔らかく、伝え方にも工夫を
「HRX-PJ」では、どのような施策を行っているのでしょうか。
辻本:分科会ごとに一部をご紹介すると、「マインド分科会」では、関係性強化を目的とした活動をメインに展開しています。「TSJキャンプ」は、その一例です。部長が主催者となり、全国の各事業所からHRメンバーが参加。1泊2日のキャンプを、平日に業務の一環として実施しています。
私も先日、千葉のグランピング施設でのキャンプに参加してきました。昼間は自己紹介のほか、今後のHR部門についてディスカッションなどのワークショップを行います。夜には焚火を囲んで語り合い、翌日はブランドサッカーをするなどして、体験と対話を通じて参加者同士の関係性が深まるのを実感しました。
キャンプだけで終わりではなく、2回目はオンライン、3回目は事業所に集合し、さらに親睦を深め合う場も用意しているので、一体感が醸成されるんです。キャンプで一緒だった事業所のメンバーが本社に訪れたときは気軽に声をかけてくれるようになりましたし、相互理解が進んだ感覚があります。
「コミュニケーション&DX分科会」では、「HRラーニングカフェ」とネーミングしたHR部門内の勉強会を2週間に1回ほどの頻度で定期開催しています。2022年度は21回、2023年度は現時点で20回開催し、累計で延べ6000人が参加しています。HR部門メンバーによる講演に加えて、他部門や社外の講師による講演も実施し、事業理解やHR以外の分野の知見を広げ、深めていく場としています。また、メンバー間で気軽に情報を交換し合い、お互い学び合う「ナレッジ共有文化を醸成する場」でもあります。ウェビナー形式で業務時間中に行い、アーカイブを残していつでも誰でも見られるようにしています。
また「オープニングメッセージ」という取り組みでは、システム部門の協力を得て、毎朝パソコンを開くと、自動的にHR部門のグループ紹介や個人の自己紹介が配信される仕組みを導入しました。とても評判が良くて、「ああ、あの人はこういう仕事が得意なんだ」とか「○○が趣味なんだ」と知る機会になっています。
パソコンを起動した後に自動配信されるのは、わざわざ社内フォルダやメールを見に行く必要がないので便利ですね。
辻本:そうなんです。毎日の楽しみになっていて、発信がないと寂しいほどです。この「オープニングメッセージ」の仕組みを使って、さまざまな告知や情報共有も行っています。「HRイノベーションサイクル分科会」が推進しているインテリジェンス活動の発信も、その一つですね。
インテリジェンス活動というとちょっと堅いので、私たちは「知の森活動」と呼んでいるのですが、HR領域の外部データを隔週で共有しています。たとえば「日本の男性社員の育児休業取得率」を共有して、そのデータから何を感じとり、どう考察するのかを投げかける。「日本企業の人材投資」にかかわるデータを見せて「なぜ少ないのか」をアンケートで回答してもらうなど。情報やデータを分析し、言語化する習慣を身につけてもらうことを目的に実践しています。
弘田:ほかにも「戦略人事としての思考の型を学ぶチーム統括ワークショップ」や「キャリア自律とは何なのかをあらためてHRメンバーで考えていくキャリアイノベーション」「BIツールを用いてHRデータを見える化する人的資本開示」など、さまざまな取り組みを行っています。
最近ではチーム間で連携したり、コラボしたりする様子が見られるようになりました。キャンプの情報を「HRラーニングカフェ」で告知したり、他チームでの学びをオープニングメッセージで流したり。チーム同士、メンバー同士で連絡を取り合って、良い意味で勝手にどんどん進めていますから、自走できる良いサイクルに入っていますね。
プロジェクトが自走する状態をつくる秘訣とは何でしょうか。
辻本:やはり継続が大事だと思います。「HRラーニングカフェ」も「オープニングメッセージ」も継続的にやり続けていると、半年~1年経った頃には“あるのが当たり前”の状態になります。各プロジェクトチームが何をやっているかが周知されているので、何かあったときに「○○チームと一緒にやればいいんじゃない? 声をかけてみようか」という流れになりやすいんです。続けることが大事ですし、そのために専業でプロジェクトの企画運営に取り組めるHR改革推進室を新設したのは大きかったと感じます。
弘田:部長や次長などの管理職側が趣旨を理解し、積極的に参加してくれる点も後押しになっていますね。
もともと三菱重工業は、すごく真面目で堅い会社なんです。とりわけ人事はその側面が強くて、社員からも保守的なイメージを持たれていました。ただ、その総本山である本社HRが、なんだかフランクに新しいことをやりだしたので、事業所HRも最初は面食らったのではないでしょうか(笑)。
そういうことをやりそうにない本社HRが率先して呼びかけ、部署の管理職も積極的に動き、最初は「このぐらいならやってもいいのかな?」とおずおず始めたメンバーも次第に乗ってきてくれた。本当はみんな、お互いを理解してつながりたかったし、学びたかったんですね。いつも司会をしている辻本も今では、「HRラーニングカフェ」の店長のようです(笑)。
辻本:はい(笑)。フランクに声をかけてもらえるようになりましたね。以前と比べたら、本社HRと事業所HRとの心理的な距離感が大きく縮まったと思います。
施策のネーミングも、あえて柔らかいものにしています。「HR部門勉強会」じゃなくて「HRラーニングカフェ」、「インテリジェンス活動」じゃなくて「知の森活動」といったように。
弘田:活動を通じて、伝え方の大切さを大いに学びました。強制するのも、いきなり伝えるのもダメ。じわじわと染み出していくような伝え方が、一番伝わります。
「HRラーニングカフェ」について大々的に全社に広報してもいいのですが、そうすると強制感や、やらされ感が出てきます。同僚や知り合いづてに「HR部門がなにかやっているらしいよ」と口コミで徐々に広まっていくのが良いのではないかと思います。全社展開を急がないことも意識していますね。
エンゲージメント調査でHR部門のスコアが変化
現時点では、どのような成果が出ていますか。
辻本:定量面でいうと、2023年3月に実施した社員向けのエンゲージメント調査で、HR部門のエンゲージメントスコアが前回からほとんどの項目でアップしました。もともとグループ全体の平均よりも高いスコアではあったのですが、さらにアップしています。
「社員を活かす環境(3ポイントアップ)」「成長の機会(5ポイントアップ)」「部署間協力(6ポイントアップ)」などの項目で、とくに大きな改善が見られました。
また、HRX-PJに関するアンケート回答でも「本社と地区間の心理的なハードルはかなり下がってきていて、事業所HRの働きやすさが格段に上がっている」「間違いなくHR内の雰囲気や距離感が近づいている」「自分も新しいことにチャレンジしたいという気持ちになった」という声が寄せられていて、HR部門としての関係性の再構築、心理的安全性の向上、一体感醸成を通じた組織強化に一定寄与できていると感じています。
弘田:エンゲージメント調査の結果を分析して、原因系指標を見ていくと「戦略・方向性」や「リーダーシップ」が、前回のHR部門の調査結果と比較して少し上がっているんです。これは全社的にその傾向があるため「HRX-PJ」だけの成果ではありませんが、管理主体から戦略主体の人事への転換が図れる兆しが見えてきていると捉えています。
また、リーダーシップの在り方が指示・命令で統率する“強いリーダーシップ”から、共感やサポートで関係性を構築しながらリードする“しなやかなリーダーシップ”に変わっていることも目を引きます。
組織の変化についてはいかがですか。
辻本:他事業所・他部門のHRメンバー同士で交流する機会が増え、情報交換が活発になったり、連携がスムーズになったりする変化が見られます。
「Teams」で情報共有をしているのですが、以前よりもよく使われるようになってきました。当初、年輩の人たちは「いいね」を押すのに抵抗があったようなんです。「HRラーニングカフェ」で使い方を説明し、FacebookやInstagramとは違って、「見たよ」という意味で押せばいいんですよと伝えたところ、今では管理職も「いいね」を押してくれています。
チャットベースで話を進められることでスピード感も出ますし、同じやりとりをみんなで見られるので、ナレッジの蓄積にもつながっています。
弘田:加えて私たちは、HR部門のHRBPのつもりで、現場に足を運んでいます。昨年も今年も、全国の各事業所をまわってHR部門のメンバーと対話しました。それぞれが置かれている状況をヒアリングしたり、課題の改善策について考えたり。対話を通して関係性の再構築や心理的安全性の向上が促進されればと考えていますし、組織の変化もキャッチアップできるようになってきたと感じています。
また、辻本とも話していたのですが、日本の人事部の「HRアワード」に応募すること自体、HR部門の大きな変化だと感じています。今回は上長からの「せっかく頑張っているんだから応募してみたら」という声がけがきっかけだったのですが、以前なら応募しようとは思わなかったはずです。
私たち自身のマインドも変化しているんですね。思いがけず「入賞」というすばらしい結果を得たことで、HR部門のメンバーみんなの頑張りが報われたように感じましたし、これからさらに改革を進めていく励みになりました。
発信・広報に力を注ぎ、「ONE HR for JAPAN」を目指したい
今後のHR部門としての展望を聞かせてください。
辻本:今後のHR部門の課題に「発信力・広報力」の強化があります。というのも、例えば多様な働き方の支援など、他社の先進的な事例と遜色のない取り組みを当社も展開しているのですが、社外のステークホルダーや就職活動をしている学生、転職先を探している社会人の方々に向けて、十分なアピールができているとは言えません。社内に対しても、施策の狙いや意図、他社と比べた状況などを発信しきれておらず、人事施策の魅力が伝わっていないように感じます。
そこで今年からHRX-PJの分科会内に「発信力・広報力強化チーム」をつくりました。すでに動き出している施策としては、ワークもライフもキャリアを重ねていった先にどんな人事施策が受けられるのかを「すごろく」や「人生ゲーム」のようにわかりやすくビジュアル化したいと考えています。完成後は社内外に公開する予定です。
また社外の方に、副業としてどんどんHRX-PJに入ってもらい、関わってもらいたいとも思っています。「HRラーニングカフェ」ではすでに社外の方を講師として招いたり、他社と合同で勉強会を開催したりしていますが、やはり一社でできることには限界があります。それぞれの知見を持ちあったり、人材育成や教育プログラムを共同で行ったりということにもチャレンジしたいですね。
弘田:私たちのように大きな組織のコーポレート部門は、過去からしっかりと積み上げられてきた仕事がたくさんあります。しかし一方で、先ほどお話ししたように、HR部門を含めてコーポレート部門に求められる役割は大きく変わってきている。一社では対応しきれない企業も多いのではないでしょうか。
そこで、他社と連携して取り組んでいきたいと考えています。私たちが先にトライして検証した結果を、例えばスタートアップや中小企業に共有できるかもしれません。
プロジェクトのビジョンには「ONE HR for MHI Group」を掲げていますが、いずれは「ONE HR for JAPAN」を目指せたらうれしいですね。当社の取り組みを、もっと日本を良くする活動につなげていきたいという思いを持っています。
そして当然ながら、来年度からスタートする新たな中期事業計画の実現に向けては、経営戦略と連動した人事施策をいかに進めていけるか、HR部門の戦略や思いをいかに社員に伝えていけるかが肝になります。ここに全力を注ぎ、世の中や会社・社員の役に立てる形にまで仕上げていけるように尽力したいと考えています。