「やり抜く組織」へと
カルチャー変革を進めるNECグループ
BI・AIを活用した
社員エンゲージメント向上施策とは
原田郁子さん(日本電気株式会社 人材組織開発部 部長代理)
木本将徳さん(NECマネジメントパートナー株式会社 業務改革推進本部 エグゼクティブエキスパート)
若林健一さん(NECマネジメントパートナー株式会社 業務改革推進本部 マネージャー)
NECグループは、2018年度からスタートした中期経営計画において、「実行力の改革」を重要な課題の一つとして挙げています。「やり抜く組織」へとカルチャー変革を進める中で、特に重要な指標としているのが、社員のエンゲージメントです。毎年実施しているエンゲージメントサーベイの結果や関連データを、BI・AIを活用して分析・可視化。各部門が自分たちの課題をより明確に把握し、さらなるエンゲージメント向上に向けた施策を打つ意思決定の材料としています。「HRアワード2020」企業人事部門 優秀賞を受賞した本取り組みについて、人事と、BI・AIツールの活用をコンサルティングしたデータ分析チームの両面から、詳しく語っていただきました。
「HRアワード2020」の受賞者はこちら
- 原田郁子さん
- 日本電気株式会社 人材組織開発部 部長代理
はらだ・ふみこ/1989年、日本電気株式会社入社、ほぼ一貫して人事業務に従事。育児・介護関連制度、キャリア支援関連制度企画、階層別研修・選抜研修企画に携わる。2013~2015年国内営業部門人事部門長、2015~2018年ビジネスイノベーション部門人事部門長、2015~2019年特例子会社NECフレンドリースタフ社長兼務、2018年人事部長代理、2019年から現職。現在は組織開発、タレントマネジメントを中心に活動している。
- 木本将徳さん
- NECマネジメントパートナー株式会社 業務改革推進本部 エグゼクティブエキスパート
きもと・まさのり/大手SIerでのシステム開発・ITコンサルティング、人事系コンサルファームでの組織・人事コンサルティングを経て、2019年4月より現職。ITとHRの知見を活かし、デジタル経営を実現するための組織変革・人材育成を社内コンサルタントの立場からリードしつつ、AI・アナリティクスチームの組織長としてピープル・アナリティクスを実践。企業内変革にとどまらず、社会全体での適所適材、ビジネスパーソンの成長機会創出を企業間連携で進めている。
- 若林健一さん
- NECマネジメントパートナー株式会社 業務改革推進本部 マネージャー
わかばやし・けんいち/2002年、日本電気株式会社入社。経営管理職として中期経営計画策定、予算編成、予算管理業務に携わる。2018年 NECマネジメントパートナーにてAI・アナリティクスチームを設立し、現職に至る。経営管理・人事・マーケティングを中心に、NECグループの経営高度化について、2年間で200プロジェクト実施。NEC Contributors of the Yearなど数々の賞を受賞。組織変革を題材とした連載中のコラムは、開始10ヵ月で60000PVを超える人気コンテンツとなっている。
「やり抜く組織」へとカルチャー変革を進めるNECグループ
「HRアワード」企業人事部門 優秀賞の受賞、おめでとうございます。関係者の皆さまからは、どんな反響がありましたか。
原田:NECグループではエンゲージメントサーベイの結果を重要視し、さまざまな取り組みを行ってきました。今回の受賞でそのことを高く評価していただき、大変ありがたく思っています。人事の幹部はもちろん、国内のグループ各社のHRのメンバーも、とても喜んでくれました。ノミネートの段階でも多くの反響がありましたが、今回の受賞でさらに盛り上がっている印象があります。
NECグループでは、2018年度からの中期経営計画の中で、社内風土改革に取り組まれています。その背景には何があるのでしょうか。また、変革を通じて目指している社内風土とはどのようなものなのでしょうか。
原田:NECグループでは2018年度から、3ヵ年の「2020中期経営計画」に取り組んでいます。しかし実はその前に、2016年度から「2018中期経営計画」という3ヵ年計画に取り組んでいました。2017年度の段階で、そのままでは目標に届かないことが明らかになり、計画自体を見直すことにしたのです。当時の経営状況は、それほど厳しいものでした。
「2020中期経営計画」では、「収益構造の改革」「成長の実現」「実行力の改革」という三つの柱を立てました。中でも特に重要なのが、「実行力の改革」。社員に向かって「やり抜く力がないから、そこを改革する」と言っているわけです。これを対外的にも表明するなど、退路を断ってやる決意を込めた内容となっています。
「2020中期経営計画」を受けて、社長自らがグループ社員と数十回にわたる対話を行いました。約半年の間に社長と語りあった社員は、国内・海外合わせてのべ1万名以上。その中で見えてきた多くの課題を解決し、NECが生き抜いていくためには、社員自らが率先して行動していく文化への変革が欠かせないというトップの強い思いの下で、2018年7月に立ち上げたのが、カルチャー変革の取り組みである「Project RISE」です。そして、真っ先に策定したのが、NECグループ共通の行動指標としての「Code of Values」で、育成や評価もすべて、次の五つの項目を基準とすることで、社内風土改革の中心に据えることにしました。
- 視線は外向き、未来を見通すように
- 思考はシンプル、戦略を示せるように
- 心は情熱的、自らやり遂げるように
- 行動はスピード、チャンスを逃さぬように
- 組織はオープン、全員が成長できるように
社内風土改革の一環として、社員のエンゲージメント向上も目標とされてきたわけですが、BI・AIといったHRテクノロジーを活用することになった経緯をお聞かせください。
若林:NECマネジメントパートナーは、もともとNECグループの競争力向上のため、人事、経理といったバックオフィス部門を集約し、効率化・高度化させることを目的に設立された会社です。蓄積してきた業務データを基に分析を行い、新たな付加価値を生み出していくことを目指し、3年前にAIアナリティクスチームを立ち上げました。BI・AIを活用したエンゲージメントサーベイ分析もその一環で、人事領域だけで10名程度が専任チームとして取り組んでいます。
社員のエンゲージメント向上は、私たちが人事領域で最初に取り組んだテーマです。当時の人事担当役員から、「エンゲージメントサーベイの結果を渡された事業部長が、それをどのようにして活用してエンゲージメント向上につなげていけばいいのか、悩んでいる」と聞いたことがきっかけでした。
また、サーベイデータが個人を特定できない形で集められていることも取り組みを始める上で後押しとなった要因の一つです。まだチームを立ち上げて実績もない状態の私たちが、いきなり評価データのように個人と密接に結びついている情報を活用することはハードルが高いというのが正直なところでした。
その点、エンゲージメントサーベイの場合は年代別、役職別、部門別といった形でデータを集めていたため、個人が特定されず、データの取り扱いにあたってのハードルが低かったのです。ニーズの多さとデータの取り扱いやすさ、この二点から本テーマに着手し始めました。
原田:NECグループでは社員意識調査を1990年代から実施してきましたが、統計解析による因果関係・相関関係の分析を行う程度にとどまっていました。2018年に「Project RISE」の一環として「エンゲージメントサーベイ」にリニューアルしましたが、BI・AIを活用した分析は、今回がはじめての取り組みとなります。
会議の進め方を変え、意思決定をスピードアップしたBIツール活用
ここからは、具体的にBI・AI活用の取り組みをうかがっていきたいと思います。まず、BIツールの取り組みについてお聞かせください。
若林:BIツールを導入する前は、Excelを使って分析を行い、それをPower Pointに出力して組織長に報告を行う、というケースが多く見られました。しかし、例えば年齢別のデータを用意していたところ、トップから「役職別のデータを見たい」という要望があった場合、いったん戻って資料を作りなおさなければなりません。考えるだけでも、非常に面倒なことです。
しかし、BIツールを導入すれば、その場ですぐにデータの切り口を変えて報告することができます。分析しながら課題の抽出や必要な施策の検討もできるようになったことで、時間短縮や工数削減を実現し、意思決定のスピードアップにもつながりました。
また、自由記述のアンケートだと、全ての結果に目を通すのに時間を要します。この課題をクリアすべく、頻出キーワードを抽出する機能を盛り込み、全体の傾向をすぐに捉えることを可能にしました。
分析にあたっては、専門のデータアナリストが全社標準のテンプレートを用意されたそうですね。
若林:以前は分析の仕方も、事業部によってさまざまでした。そこで標準的な分析テンプレートを作成し、NECの全部門に使ってもらうことにしました。
これにより各部門の担当者は、一から分析する必要がなくなりました。全体を大きく捉えた上で、例えば役職別や年齢別など、自分たちが見たい軸で見ることができます。その結果、工数削減と分析精度の底上げを実現できました。
事業部からは「会議の進め方が変わった」という評価をもらっています。以前は、会議資料に記載されたデータを土台にした議論しかできませんでした。しかし、BIツールを活用すれば、データの切り口をその場で自在に変えながら議論を深めていくことができます。
私たちはこれまで3年間で、延べ約60組織へ分析レポート&コンサルティングを実施しており、事業部長が気になるポイントのパターンを把握できています。そうしたナレッジの蓄積が、テンプレート自体のブラッシュアップにもつながっています。
人が見落としていた課題を示唆・抽出できるホワイトボックス型AI
AIの活用では、NECグループの独自技術であるホワイトボックス型AI「異種混合学習」を導入されているとお聞きしました。どのような成果につながっているのでしょうか。
若林:NECグループにはさまざまな事業部があり、規模や業務内容も多岐にわたります。例えば営業部門と開発部門など、組織の特性が違えば、打ち手の傾向も変わってきます。そのため、課題を見つけたり施策を考えたりする場合、どこに基準を置くのかという問題がありました。
そこで、AIを活用して自動的にグルーピングを行い、「あなたの組織に打ち手の傾向が近いのはここ」といったアドバイスができる仕組みを開発しました。ここにNECのホワイトボックス型AI「異種混合学習技術」を活用しました。
実際にAIを使ってみると、人が考えつかないような切り口でのグルーピングがなされ、人間には見えなかった課題が可視化されることもあります。さらに最適な施策もレコメンドしてくれます。しかも、どの組織にもあてはまるような大まかなものではなく、個々の組織に最適化された施策として出てきますので、より効率的です。
ホワイトボックス型AIということは、ブラックボックス型とは異なり、結論に至った理由も明示してくれるのですね。
若林:それは非常に大きいですね。理由がわからなければ、なかなか施策にはつながりません。例えば「幹部の勤務時間が長い組織ほど、エンゲージメントが低い」という仮説をAIが出してきたことがあります。人が分析していた際には見つけられなかった視点でしたが、仮説が提示されたことで対策を打ちやすくなりました。
もちろん、AIの分析に従ってすべてを進めているわけではなく、最終的な判断は人間が行っています。事業部長や人事担当者と私たちデータ分析チームが一緒になって何がベストかを検討し、実際の施策を決めます。10から5に絞り込むのがAI、5から1にするのが人、というイメージでしょうか。
BI・AIの活用によって、エンゲージメントはどの程度向上したのでしょうか。
若林:ある事業部では、前年比180%向上というスコアが出ました。特に大きく数値が伸びた例ですが、年一回のエンゲージメントサーベイという定点だけを追っていたら、ここまでの改善は難しかったと思います。
この事業部では、四半期ごとのキックオフで事業部長が方針説明をする際に、社員にリストバンド型のウェアラブルセンサーを装着してもらい、心拍数から感情データを測定する取り組みも行いました。
ウェアラブルセンサーによって、社員が方針説明をしっかりと理解しているのか、共感しているなどを役職別に分析します。データは秒単位で取得できるので、どんな話をしているときに集中度が上がったのか、逆に退屈していたのかをスコアリング。その結果をフィードバックすることで、どの層にどんなメッセージを送ったら良いのかがわかるようになり、効果的なメッセージ伝達が可能になりました。
課題を抽出して対策に落とし込み、その結果をさらに測定していくサイクルをあらゆる場面で回し続けた結果、前年比180%向上という数字につながったと捉えています。
テレワーク時代により重要な役割を果たすHRテクノロジー
さらなるエンゲージメント向上に向けて、今後検討されている施策などがあれば、お聞かせください。
若林:因果分析というAI技術の導入に取り組み始めています。先ほどのグルーピングとは異なり、何が起点となってものごとが起きているのかを分析するものです。「ここを打てば効果がある」というキーファクターを見つけることができる技術です。
すでに試験導入を始めています。AIが導き出した「オープンな組織であることが、組織のコンディションを向上させる起点となっている」という仮説に基づいて、事業部長からの方針説明を一方通行から双方向にする取り組みを行いました。アンケートフォームを使って社員からも疑問や意見を表明してもらい、集まった声はトップが拾って施策に落とし込みます。
この取り組みを1500名規模のビジネスユニットで大規模に実施したのですが、このビジネスユニットのパルスサーベイの数値が大幅に改善しました。これも「仮説→施策→効果測定」というサイクルの事例です。成果が出せたことで、2021年度から全社施策になることが決まっています。
HRテクノロジーの導入・活用という視点では、どのような取り組みをお考えでしょうか。
原田:すでにスタートしている取り組みでは、健康診断データをAIで分析して、自身の健康リスクや現在の生活を改善した場合の健診結果の予測シミュレーションを社員にフィードバックするものがあります。グループ約6万名が対象です。
また、「NEC Growth Careers」という社内人材公募システムの中で、人材マッチングサービスも近々立ち上げる予定です。職務経歴を公開した社員のキャリアと募集部門の求人情報をAIで分析して、「このポジションにはこの人が適している」といったサジェストを部門に提供して部門がそのデータを基にグループ内から人材をスカウトできたり、個人に対しても「あなたのキャリアを生かせるのはこの部門」といったレコメンドをしたり、というようなことが可能になります。
若林:データとして扱われてこなかった、生体情報や動画・音声などを基にした感情情報のデジタル化についても挑戦中です。ヒトを監視するのではなく、見守りやエンパワーメントしていくアプローチを考えています。
NECグループでは現在、人材に対する意識が非常に高まっています。「人をエンパワーメントすることで、事業もエンパワーメントしていく」という考え方です。事業データと人事データを掛けあわせて分析できることは、より重要になっていくと思います。
木本:人という経営資源にもっとフォーカスしていくためにHRテクノロジーを活用する、という考え方です。
また現在は、テレワーク環境で、経営サイドから社員の状態が見えにくくなっているという課題もあります。同じ場所に集まって働いていたころは、感情や心身のバランスを目の前で見て状況把握することできました。しかし、今は画面越しにしか見ることができません。個人のプライバシーに配慮しつつ、人材マネジメントに必要な情報を取得し、経営に役立つ分析を行うことが不可欠です。
もちろん、集めた情報は健康管理やキャリア開発のような個人の役に立つ目的にも使うことができます。従来型のマネジメントが通用しない時代だからこそ、HRテクノロジーが貢献できると考えています。
原田:事業環境がどんどん変化し、DX(デジタルトランスフォーメーション)が私たちのビジネスの中心に位置する時代になっています。求められる人材も変わってきており、外部からの採用や内部での育成など、人事はより大きな役割を求められるようになっています。
さらに、テレワークなどの新しい働き方が加速しています。多様な働き方の中で多様な人材の力を引き出すため、HRテクノロジーを活用して状況を可視化し、効果的な施策を打つことが今まで以上に重要になってくると思います。
幸いにして当社にはデータ分析のスペシャリストがNECマネジメントパートナーをはじめ、社内の複数の部門にいます。本社の人事部門にもHRテクノロジーの知見があるメンバーにジョインしてもらいました。本社の人事部門も事業部門の中のHRビジネスパートナー(HRBP)もデータ活用のスペシャリストと連携していくことが今後さらに求められていくと思います。人権や個人情報保護の観点に留意しつつ、今後さらに関係部門と連携しながらHRテクノロジーの活用を進めていきたいと思います。
(取材日:2020年12月7日。写真撮影時のみ、マスクを外しています。)