“働いてみたい注目成長企業”湖池屋が実践!
チャレンジする人材と組織をつくる「人事制度改革」
八代茂裕さん(株式会社湖池屋 経営管理本部人事部 部長)
大倉奈々さん(株式会社湖池屋 経営管理本部人事部)
1962年に湖池屋ポテトチップスを発売、1967年には日本で初めてポテトチップスの量産化に成功し、その後も「カラムーチョ」をはじめとする数々のヒット商品を送り出してきた、湖池屋。2016年の佐藤章社長の就任以降、新生・湖池屋としてリブランディングに取り組んでおり、注目を集めています。プレミアム感のある高付加価値路線を確立した「湖池屋プライドポテト」シリーズは、グッドデザイン賞を受賞。2019年には「働いてみたい注目成長企業」ランキングで第一位に輝きました。これまでにない新商品を生み出し続けている原動力は何なのか。チャレンジを重視する組織風土や文化は、どのように醸成されてきたのか。多くの人が「働いてみたい」と感じる新生・湖池屋の人事制度や人事が果たしている役割などについて、同社人事部の八代さんと大倉さんにうかがいました。
- 八代茂裕さん
- 株式会社湖池屋 経営管理本部人事部 部長
(やしろ しげひろ)1981年、高卒でコマツに勤務しながら夜間大学にて学び、その後SIer、半導体メーカー、医療機器メーカーを経て2008年に湖池屋に入社。主に人事総務畑を歩むが、食品安全認証事務局なども経験し、2018年より人事部長。現在法政大学大学院にて人材開発を学ぶ。
- 大倉奈々さん
- 株式会社湖池屋 経営管理本部人事部
(おおくら なな)早稲田大学 第一文学部(心理学専修)卒業後、新卒で株式会社フレンテ(現 株式会社湖池屋)に入社、2013年より人事部に在籍。採用活動、各種研修プログラムの企画運営をはじめ、人材育成に携わる。2017年より人事制度設計チームに加わり、組織開発・制度全般の見直し・改定を手がける。
リブランディングのキーワードは「チャレンジ」
貴社は2016年に就任された佐藤章社長の下、新生・湖池屋としてリブランディングに取り組んでこられました。この動きによって、社内の人材や組織にはどのような変化があったのでしょうか。
八代:湖池屋は1962年に「ポテトチップス のり塩」を発売し、1967年には日本で初めて
ポテトチップスの量産化に成功した、スナックの老舗企業です。これまで数多くのヒット商品を送り出し、業界をけん引してきました。社員が自社ブランドのことが大好きで誇りを持っていること、いわばブランドコミットメントの強さは、当社の大きな特色だと思います。現在は業界第2位ですが、他社に負けたくないという気持ちをみんなが共有していて、ブランドを強くしていくためには協力を惜しまない風土があります。これは、佐藤が社長に就任する前から変わらないところです。
一方で、組織の課題として認識していたことがいくつかありました。一つは、オーナー企業にありがちな、社員の「トップダウンを待つ」姿勢。つまり、指示待ちの意識です。また、競争意識にやや欠けるところもあり、チャレンジして目立つよりも、組織内で波風を立てないことを優先する雰囲気です。
そういう風土を変える、主体性があって自律的な人材開発が課題でした。そのため、管理職へのマネジメント研修など、さまざまな取り組みも行っていました。
変化を実感したのは、2016年に佐藤が新社長に就任して最初に取り組んだ「リブランディング」以降です。新生湖池屋として生まれ変わるために、人材面では「指示待ち脱却」「思考力と主体性を身につける」をテーマとしました。同時に、佐藤自身がキリンビール時代から定評のあるマーケティングの手腕を発揮。2017年に「湖池屋プライドポテト」という新ブランドを立ち上げてヒットさせました。これにより、停滞していた社員の自信が回復し、社員が自走をはじめるようになりました。
社員の意識を変えるため、どのような取り組みを行ってこられたのでしょうか。
八代:佐藤が社長に就任するにあたってブランドブックを作成し、社員へのメッセージを盛り込みました。「イケイケGOGOコイケヤ」という、かつてのコマーシャルのフレーズにあわせて、「新しいほうへ、難しいほうへ、面白い方へ、イケイケ!」と訴えたのです。国内ではじめてポテトチップスを量産した、つまりスナックの世界にイノベーションを起こした原点に立ち戻って、どんどんチャレンジしていこう、という呼びかけです。この勢いのままに、次々と新しい商品が生まれました。
また、組織のあり方にも手を加えました。個々の社員は仲が良いのに、「商品開発」「営業」「製造・物流」など本部の間には壁があって、うまく連携がとれていなかったからです。そこで部門間連携の会議体を立ち上げるなど、コミュニケーションを深化させる仕組みを作りました。また、部門ごとの仕事の進め方でも、固定的な「担当」という概念を取り払って、タスクフォース単位でプロジェクトを回すような取り組みが多くなりました。これによって、お互いの仕事を理解し、部門をまたいで協力しあう風土が強化されたと思います。
こうした取り組みにより、もっとも変わったのは経営のスピードです。「根まわし」「同調」「先例」といったものに重きを置いていた、従来の仕事の進め方がまったく変わりました。
「働いてみたい注目成長企業2019」で第一位に選出
これまでにない新商品を数多く世の中に送り出してこられた貴社ですが、リブランディング以降はさらにそれが加速しているように感じます。新たな発想を形にできるクリエイティブな人材を、どのように育成・マネジメントされているのでしょうか。
八代:まず、当社のようなコンパクトな組織に佐藤という強力なリーダーが加わった影響はかなり大きいと思います。しかし、人事主導による特別な研修やマネジメント施策を行うことで、商品開発力の高い人材が育成できたわけではありません。人材が変わったのではなく、年次やキャリアに関係なく、それぞれの社員の個性を生かしたローテーションによる人材の適正配置を実践していることが大きいのだと思います。特にキャリア開発途上にある新卒新入社員は商品デザインのような専門職以外は全員が総合職採用で、「10年で3部署」を基本とするローテーションがあることを採用の際に伝えています。
職種別採用を積極的に進めている企業が増える中で、貴社ではローテーションを重視されていますね。
八代:当社は、消費者や市場に近い目線でスピーディーに商品を投下し、市場そのものを創造するゼネラルな能力を持った人材に対するニーズが高い企業です。一部の職能を除いては、研究開発者のような専門性は高いが守備範囲が限られる人材より、専門能力を有しつつ柔軟性も備えたフレキシブルな人材を求めています。
多くの部署を経験した人材で構成される組織であるため、例えば新商品開発の起点を見ても「営業の視点を持ってマーケティングをやる」といったことがごく当たり前になっています。加えて、かつて同じ部門で働いた者同士がさまざまな部門に在籍するので、社内コミュニケーションも活発で、「こういうアイデアはどうか」といった会話がフォーマル、インフォーマル問わずにいたるところで飛び交います。「提案制度」のような仕組みがなくても、みんなが日常的にアイデアを共有していくことが文化として定着しているんです。そういうところが、組織としての強さにつながっているのではないでしょうか。
若手のローテーションでは、部署を知るだけでなく、重要な仕事を経験することも意識しています。たとえば、人事部の今年の新卒採用担当は入社2年目の若手ですが、採用のプランニングから役員面接まで、すべてを任せています。このようなことは人事だけでなく、あらゆる部署で意識的に行われています。
結果として、マネジメントの若返りも進みました。20代で課長になった社員もいますし、社内取締役会の平均年齢はこの4年で7歳低くなりました。いずれもリブランディング以前にはなかったことです。このような目に見える変化で、社員が活気づいていると感じています。
2019年には「働いてみたい注目成長企業」ランキングの第一位に選ばれました。高く評価されたポイントは何だったとお考えですか。
大倉:社外の方からの評価なので推測になりますが、財務体質の良さや雇用の安定性、環境や社会への貢献、興味深い仕事があることなどが評価されたのではないかと思います。その上で最も大きいのは、「ブランドのユニークさ」ではないでしょうか。佐藤の社長就任以降は、よりいっそう広く知られるようになりました。
また、2019年頃から、社員がテレビなどのメディアに露出する機会が増えたことも、影響しているかもしれません。番組の中で、商品だけではなく社員も紹介されたことで、どんな社員がいて、どうやって商品を生み出しているのかを具体的にイメージしてもらうことができたのではないかと思います。なにより、当社の社員はありのままで飾らない人が多いので、視聴者の方々に好印象を受け取っていただけたのかもしれません。
「働いてみたい注目成長企業」としての高評価は、採用にも影響しているのでしょうか。
大倉:非常に大きいですね。外部が発表するブランド評価調査などで大きく順位が上がりましたし、企業としてのブランド認知は間違いなくアップしていると思います。新卒採用、中途採用ともに、問合せが例年以上に増えました。社風や働き方、企業理念に共感したといってくださる方が多いですね。以前は、「商品が好きだから」「食品業界に興味がある」といった応募動機がほとんどだったのですが、より企業理解が深まっているように感じます。
シンプルでわかりやすく、経営スピードに対応できる人事制度
2017年に人事制度を改定されていますが、現在は再改定に取り組んでいらっしゃるとうかがいました。
大倉:2017年の人事制度改定は、経営体制が変わったタイミングで行いました。基本的には、年功序列的な評価軸からコンピテンシーを使った評価軸に、職能給を職務給・役割給に変更するものでした。ただ、方向性ありきで進めたこともあり、社員の中に十分な落とし込みができていなかったため、すぐにいろいろな課題が浮かび上がってきました。
最も大きかったのは、リブランディングによって経営のスピードが速くなり、コンピテンシーによる評価が追いつかなくなってしまったことです。管理職からは「評価がしづらい、複雑でわかりにくい」といった声が多く聞かれました。結果的に導入から1年も経たないうちに、再改定に踏み切ることになりました。
新しい評価制度はシンプルでわかりやすく、経営のスピードにあわせてどんどんカスタマイズできるものであることを大前提としました。キーワードは「チャレンジ重視」。チャレンジした人を評価する、成果主義を軸とする予定です。ただ、チャレンジや成果だけに寄りすぎると、失敗したときのリスクを想像してしまって、恐怖心が大きくなります。そこで、チャレンジした結果、失敗したとしても、まずはチャレンジしたことを認めるという心理的安全性を担保した人材開発制度も、セットでつくっていこうと考えています。
たとえば、キャリア開発の過程である若手には、メンバーシップ型の評価軸を基本とし、チャレンジは推奨しつつも、やるべき仕事、覚えるべき仕事ができているかを重視します。等級が上がった中堅では、成果の比重を増やします。これまでに覚えた仕事をただこなすだけではなく、積極的にチャレンジをしないと評価が上がりにくい仕組みとなっていきます。この評価基準は「チャレンジ」と「スキル・経験」を両軸とするマトリクスにして、説明会で社員にもすでに落とし込んでいます。
チャレンジとスキルがいずれも高い人は最高評価ですが、スキルはあってもチャレンジが足りない保守的な人には挑戦を促します。一方、チャレンジはしているけれどスキル不足の人には、自己啓発・能力開発の機会を与えます。どちらも低い人は、厳しい評価になるでしょう。処遇・報酬への反映も、年齢や年次、先例などに関係なく、経営の変化にあわせてダイナミックに行っていきます。
人事制度が新しくなることに対して、社員からはどのような反響がありましたか。
八代:社員への説明会は毎月実施しているのですが、成果主義という大筋は理解してもらえているようです。また、「チャレンジ重視」というポリシーは、予想以上に浸透していると感じます。2020年末までに改定作業を完了し、期末の3月には新しい評価基準で人事評価を行う計画です。
評価以外にも新しい人事制度の導入は進められているのでしょうか。
大倉:新生・湖池屋のスローガンは、ブランドブックにもホームページにも載っている「新しいほうへ、難しいほうへ、面白い方へ、イケイケ!」です。すべての人事制度は、この「チャレンジ重視」の考え方を基本にしています。
具体的にはトップダウン時代の名残である、名前に役職名をつけて呼ぶことをやめる「さん付け運動」や、勤務中の服装を原則自由にして、TPOにあわせて自分で考えて決める「カジュアルエブリディ」、成果をあげた社員を全社的に発表する「MVP表彰制度」などがあります。いずれも多くの企業ですでにやっていることかもしれませんが、当社では主体性、自律性を高め、チャレンジできる風土を作るという見地から、あらためて取り組んでいるところです。
八代:社内での「人材公募」も新しい取り組みの一つです。10月にプロジェクトの立ち上げメンバーを募集したのですが、予想以上の応募がありました。これはうれしい驚きでしたね。過去にも同様の公募を行ったことはあるのですが、自主的に手をあげた人はきわめて稀でした。社内に「挑戦が大事だ」という意識が浸透してきたことを実感しています。
リアル&オンライン、ハイブリッドで働ける環境を整備
現在、多くの企業が新型コロナウイルスの感染拡大という前例のない事態に直面しています。また、IT化の進展やグローバル化など、さまざまな環境変化もよりスピードを速めています。貴社における働き方は、今度どのように変わっていくとお考えでしょうか。
八代:当社ではコロナ対策チームを中心に対応していますが、コロナ以前の環境に完全に戻ることは今後もないだろうという認識で一致しています。在宅勤務率はピークで80%でしたが、直近では40%前後で推移しています。工場を除く全社員はオンラインで仕事ができる環境を持っています。オフィスはフリーアドレス化しました。ほぼ全ての会議室が、リアルとオンラインのハイブリッドで会議ができるようになりました。
ただ、オンライン化の問題を痛感したのは、2020年4月に入社した新入社員から、1名の退職者が出たことです。毎年、大卒総合職で15名程度を新卒で採用しますが、私が湖池屋に入社してから、3年以内に新入社員が退職することはほとんどなかったほど定着率が良かっただけに、この短期間で退職者を出したことはショックでした。
今年の新入社員研修はオンライン中心で行いましたが、当社の強みであるインフォーマルなコミュニケーションがつくりにくい、組織への社会化が難しい、ということが浮き彫りになったように感じました。人と人の接点は、日常の何気ない「余白」から生まれるものです。そこは今後の課題だと考えています。
大倉:新卒に関しては、オフィシャルなメンター制度や1on1ミーティング制度がまだ十分ではないという反省点もあります。インフォーマルと同時に、もっとオフィシャルなコミュニケーションを増やしていくこと、仕組みを通じて組織との一体感を高めることが、ますます重要になってきていると感じています。
一方で、テレワークの拡大はネガティブなことだけではない、とも考えています。それぞれが離れた場所にいるからこそ、限られた時間を有効に使い、労働時間を短縮できるという効果もあります。実際、全社的に残業時間が減ってきています。
私は現在、第二子妊娠中ということもあり、自身の体調や上の子の体調など、どうしても働き方に制約がでてきてしまっています。そんな中、在宅勤務などフレキシブルな働き方が可能な制度がさらに充実すれば、今の制約を減らすことができます。何より、育児や介護といった理由でなくとも、あらゆる社員が自己研さん・余暇の充実といったワークライフバランスをより充実させることができます。ダイバーシティの推進という観点からも、人事として前向きに推進していきたいと思っています。
最後に、人事としての今後の計画や目標などをお聞かせください。
八代:まずは、現在進行中の人事制度の改定作業を年内に完了させること。もう一つは、アフターコロナの対応ですね。人事部内の課題としては、9名中7名が女性で、現在2名が育休中、大倉さんも近日中に産休に入る予定です。この状況をどうマネジメントしていくかは、部長としての私の課題ですが、同時にダイバーシティの最前線でもあります。今後も、いろいろな人事の課題にチャレンジしていきたいですね。
(取材日:2020年11月11日)