人事部門が社員を「学ばせる」研修はもう終わり
自律的な学びを後押しする「ライオン・キャリアビレッジ」の効果とは
小池 陽子さん(ライオン株式会社 執行役員 人材開発センター部長)
大山 展広さん(ライオン株式会社 人材開発センター 主任部員)
「学ばせる」研修から「学びたい」を後押しする仕組みへ
2019年1月から、多様な人材創出のための新しい学びの仕組み「ライオン・キャリアビレッジ」を導入されましたが、人材開発やキャリア開発にどのような課題を抱えていたのでしょうか。
大山:以前ライオンの研修は、階層別研修と職種別研修が中心でした。階層別研修は、同じ階級のメンバーを全国から東京に集めて一律の内容を実施。また、新入社員研修が終わって配属が決まると、研修は部門ごとの専門教育が中心となっていました。そのため、他の階級や職種のメンバーがどんな研修を受けているのか、聞きに行かなければ情報が得られない状態でした。
階層別や職種別の研修だけを実施することで、どのような課題が生じていたのでしょうか。
大山:例えば、研究者は少しでも良いものを求めて、熱心に研究をしています。その結果、1個5万円の洗剤を作ったとします。その商品が果たしてお客さまのニーズに合っているのか、受容される価格であるのか、マーケティングを学んでいれば、そういった発想を持つことができます。研究者がマーケターに提案するときにマーケティングの知識があるに越したことはないし、逆もまたしかりです。アイデアの精度を上げるためにも、他分野の知見がもっと自由に組み合わさることが重要だと考えました。そうして「ライオン・キャリアビレッジ」はスタートしたのです。
「ライオン・キャリアビレッジ」は人事部門のスタンスを逆転させた、という言い方もできるかもしれません。それまでは、人事部門が従業員に何かを学ばせようとしていました。それを、従業員の学びたい意欲を人事部門が支援する形にしたのです。階層別や年齢別の研修はやめ、すべての内容をWebコンテンツのプラットフォームに集約。管理職向けに行っていたマネジメント研修やチームビルディングも、関心があれば若手社員でも視聴することができるようになりました。
「ライオン・キャリアビレッジ」はどのような内容から構成されているのですか。
大山:プログラムは大きく二つに分かれています。動画を中心としたeラーニングと、少人数討議です。eラーニングは、「共通(ビジネススキル、社内情報など)」「SCM(購買、生産、物流)」「研究技術」「マーケティング(マーケティング、営業、流通)」「グローバル」「ニューナレッジ」という分野に分かれています。ちなみにニューナレッジという分野では、例えばロボットや新しいプログラム言語、脳科学や行動心理学といった、直接的にライオンの業務に関連があるかはわからないけれど可能性があるものを集約しています。従業員は職種に関係なく、すべての分野を自由に繰り返し学ぶことができます。スマホからも見られるので、通勤時間にも活用されています。
効果的な学びを実現するために、どのような工夫をされているのでしょうか。
「ライオン・キャリアビレッジ」を導入するにあたっては、効率的で定着の良い学びを提供したいと考えました。そのため、従来のような東京に人を集めて行う研修ではなく、eラーニングなどの教育ICTを活用することにしたのです。人事部門の担当者がインストラクショナルデザインという教え方の理論について学び、コンテンツの見やすさやシステムの使いやすさにも力を入れました。
下記の図表はアメリカの研究機関のものなのですが、学びの形式と定着率には関連性があるといわれています。私たちが過去に行っていた「講義」形式のものは最も定着率が低いということです。自分の経験に照らし合わせても、大学の講義を後ろのほうでただ聞いていただけでは、あまり頭に残りませんでした。自分で主体的に本を読んだほうが記憶に残るし、動画や音声で学んだほうがより頭に入りやすいと思います。
最も定着しやすい形式は「人に教える」ことです。こういうことも考えて学びの仕組みを設計するのが、インストラクショナルデザイン。Webコンテンツを作るなら、テキストを読ませるよりも音声付きの動画のほうがいいし、テーマに基づいた講義をやるなら、講師が一方的に教えるよりもグループ討議をしたり、発表したりするもののほうが効果的だとわかりました。
討議型プログラムで、答えのない問いに向き合う練習を
「少人数討議」とは、どのようなプログラムなのでしょうか。
大山:唯一の答えがないようなものをテーマにして少人数で深い議論を交わす、というものです。先ほどの図表によると、「グループ討議」には50%、「自ら体験する」には75%と高い定着率があります。それに実際のビジネスシーンでは、eラーニングで得た知識をどう使うかという思考力も必要です。ここでは違う意見を持つ人達と意見を交わしながら、ベストだと思う答えを見つけていく作業を行います。
実際のビジネスでは、ディスカッションを行った結果意見が一つにまとまらなくても、結論を出さなければならないことがあります。「ライオン・キャリアビレッジ」では実際に当社で起こった、あるいは起こりうる事例をテーマにしているのがポイントです。
例えば大地震が起こって現地の物流ラインが切断されたとき、全国の商品をどのように再分配して被災地へ配送すれば、全国への影響を最小限に抑えながら被災地に商品を届けられるのか。他には、お客さまからのクレームに、どのように対応していくかを考えるものなど。当社のお客さま相談窓口がある程度のガイドラインを作っていますが、今あるものが最善とは限りません。人によって本当にバラバラな意見が出るので、興味深いですね。
「ライオン・キャリアビレッジ」の利用率や従業員からの反応はいかがですか。
大山:2020年6月時点で、対象者の70%以上が何らかのWebコンテンツを受講し、うち約20%は討議型プログラムにも参加しています。討議型プログラムでは、20代から60代まで幅広い年齢層の従業員が参加しているので、違う世代の考え方を知る機会になり刺激になっているようです。
従業員へのアンケートを見ると、「新しく学んだ知識を仕事に活用した、または活用予定」が約40%、「現時点では活用の機会はないが将来活用できそう」が約50%と、約9割は仕事の役に立ちそうだと考えているようです。導入から1年半たった今でも、今後の利用意向は9割程度あるため、関心を引くコンテンツを作れているという手ごたえを感じています。
研修のために時間を割くには、現場の理解も必要だと思われます。どのようにして取り組みやすさを醸成しているのでしょうか。
大山:最近は新型コロナウイルスの影響もあり、討議型プログラムはオンラインで進めるようにしています。オンラインでの実施には困難な面もありますが、参加できるメンバーの裾野も広がっているように感じます。北海道や九州の従業員が東京まで来ようとすると、移動に半日はかかってしまいますから。
利用率を上げるためには、人事部門が学ばせたいものを押し付けるのではなく、コンテンツをオープンにして、学びたいものを選んでもらうというスタンスが大事だと考えています。それから、コンテンツを更新し続けること。現状の「ライオン・キャリアビレッジ」には約300の自社製コンテンツがあり、2000以上の社外コンテンツも視聴できます。中には1年半で全コンテンツの大半を受講したツワモノもいますので、コンテンツを今後も拡充していく必要性を感じています。
また、「ライオン・キャリアビレッジ」にログインした人の中からヘッドホンが当たるとか、3ヵ月連続で学習したらモバイルバッテリーが当たるといった、キャンペーンも行いました。初めて使ってもらうきっかけとしては、有効だったのではないかと考えています。