企業・人材・紹介会社の「転職」三角関係
ミスマッチを生む「スピード対応」と「スカウト自慢」「面接は1回だけで採否を決めます」
スピード対応しすぎた企業のケース
「20分で内定」は辞退されるのである
企業と個人の面接を、よく結婚のお見合いになぞらえる。間をとりもつ人材紹介会社は、いわば仲人ということになるが、結婚相手を決めるお見合いと、企業が人材を採るそれとでは、似て非なるところもある。たとえば結婚のお見合いで、たった1回会っただけなのに「答えを出して」と言われたら、誰でも困惑するだろう。しかし、企業と個人のお見合いでは、そんなケースがしばしば出てくるのだ。
「面接は1回だけで採否を決めます」
弊社は事業運営のスピードが速いですから、採用面接も原則として1回だけで決めるようにしています。優秀な人材にはスピード対応しないと、他社にもっていかれるでしょう」
電子機器メーカーP社の総務マネジャー、Nさんは自信ありげにそう話した。たしかに、だらだらと何度も面接するよりも、短期間で結果を出すことは中途採用市場では有効かもしれない。私は、P社に数人の候補者を推薦し、書類選考を経て面接が行われた。
翌日、候補者の一人に電話で感想を聞いてみた。 「P社のご面接、お疲れさまでした。ご印象はいかがでしたか?」 「じつは、いろいろ準備して行ったんですが、型通りの質問が20分ほどあって、それだけで終わってしまって……。たぶん、難しいんじゃないでしょうか」
いささか拍子抜けしたが、気を取り直して、今度はP社のNマネジャーに電話してみた。 「昨日のご面接は短時間だったようですね。何か問題がありましたか?」
すると、意外な言葉が返ってきた。
「いいえ、良い方でしたよ。書類選考の段階でキャリアやスキルはわかっていましたから、あとは人柄の確認だけでした。内定とさせていただきます」
「給与提示するから入社を即決してほしい」
「内定」には私も驚いたが、候補者はもっと驚いたようだった。 「え? たった20分の面接で内定ですか。私、まだ仕事の内容も教えてもらってないんですけど……。まさか、誰でもいいという話じゃないんでしょうねえ」
彼の心配はもっともだ。私はNマネジャーにかけあって、再度、仕事内容を説明する場を設定してもらうことにした。 「いいですよ。では詳しくご説明しましょう。給与金額も提示しますから、できればその日のうちに入社の承諾をいただきたいですね」
まさに急展開である。P社としては、前任者の退職日が迫っており、早く引き継ぎを行いたいなど、いろいろ事情があるのだろう。が、あまりのスピード展開に疑問を抱いた候補者のほうから「今回は辞退したい」という結果になってしまった。
まあ仕方ありませんね。こちらから必要な情報を出すつもりなのに、それだけでは即決できないと言うような方は、入社されても、弊社の経営のスピードについていくのは無理かもしれません」
相変わらず強気なNマネージャー。だが今も採用には成功していないようである。前任者の退職日も、もう過ぎてしまった。P社は、さらに早急な人材確保の必要に迫られている。
誘われすぎた人材のケース
「3回もスカウト」は敬遠されるのである
転職・退職理由といえば、通常は「一身上の都合により」だが、人材紹介会社では具体的にどんな「都合」だったのかも教えてもらうことが多い。中には、過去数度の転職のほとんどが「スカウト(引き抜き)により」とか「知人に誘われて」などの「都合」だった人もいる。優秀だからこそ、何度も引き抜かれたり誘われたりしたのだろうが、それが転職活動の足枷となることもあるのだ。
「幸いにも、転職活動の経験はないんです」
「今まで4社を経験していますが、幸いにも、転職活動の経験はないんです」 Aさん、36歳。物腰はやわらかだが、自分に自信があるのだろう、余裕たっぷりの視線をこちらに向けてくる。
「最初の職場で直属の上司だった人が新しい会社に移って事業部長になっていたんですね。そこで君にぜひ営業マネジャーのポジションを任せたい…と呼ばれたのが2社目でした。その人とはウマが合いましたし、マネジャーになれるチャンスだ、これはチャレンジするしかないと思ったんですね」
外資系企業などでは、部門ごとに採用権限を持っているケースが多い。そのため、部門の責任者(マネジャー)が交代すると、気心が知れて、力量もわかっている昔の部下を引き抜くことはめずらしい話ではない。Aさんの場合も、まさにそれだった。
Aさんはその後も2度転職したが、いずれもかつての上司や取引先の役員から直接、声をかけられたのがきっかけだった。ポジションや年収も少しずつアップしていって、 「われながら上手くキャリアアップできた」 そんなふうに感じていた。
「私のキャリアはコネのおかげだったのか…」
しかし、企業側はAさんのような「引き抜き」「知人に誘われて」という転職理由を前向きなものとして評価するのだろうか。今、事情によって「初めての転職活動」を体験中のAさんは、そのことで少し戸惑っている。
「引き抜かれる…ということは、私の能力を認めてくれる人たちがいたということですし、それを誇りと思ってきたんです。私は今まで、一度も、会社に不満があるからというようなネガティブな理由で転職したことなどありません。採用面接では、そうした点をアピールしたのですが、なぜだかうまくいかなくて……」
Aさんには何社かの企業を紹介して、面接を受けてもらった。しかし、ことごとく不採用。中には、「優秀な人材ということは十分すぎるほどわかります」としながらも、これまでの転職理由を見て断ってきた企業もあったのだ。
「Aさんは優秀だから、ウチに入社しても、しばらくしたらまた知り合いから誘われて、転職してしまうのではないか」
企業にしてみれば、そんなふうに疑心暗鬼になるのだろう。会社にしがみつかれても困るが、かといって踏み台にされても困る。私はその気持ちがわからないでもない。
Aさんは今、知人の紹介による転職は考えていないと言う。あくまで正攻法の転職活動で「内定」が欲しい。
「これまでの私のキャリアは、コネのおかげだった、なんて思いたくないですしね。自信はありますよ。ただ、過去4回の転職理由を聞かれたら、ありのまま答えるのはどうかと思い始めています」