酒場学習論【第49回】
熊本「大橋電気」と「ネーミングにこだわる人事」
株式会社Jストリーム 管理本部 副本部長 兼 人事部長
田中 潤さん

古今東西、人は酒場で育てられてきました。上司に悩み事を相談した場末の酒場、仕事を振り返りつつ一人で呑んだあのカウンター。あなたにもそんな記憶がありませんか。「酒場学習論」は、そんな酒場と人事に関する学びをつなぎます。
前回に引き続き、熊本の酒場をご紹介します。熊本には、2年続けて4月に1週間ほど滞在しました。今回ご紹介するのは、昨年見つけた酒場です。滞在中、店休日以外はほぼ毎日お邪魔していたような気がします。今年も3度ほどお邪魔しました。とにかく私の好きな要素が山ほど詰まった酒場なのです。

ほんとうにしびれる外観
私がこの酒場を好きなポイントを列挙します。(1)「大橋電気」という店名。何といっても、この店名にしびれます。(2)「クラフトビール・スパイスお料理」と看板にあるとおり、幅広いジャンルのクラフトビールを提供するとともに、ランプライスをはじめとしたスパイス料理がアテとして提供されていること。スパイス呑みが好きなのです。(3)昼呑みができ、店の間口が広くて窓が大きいこと。明るい陽光の中でゆったり呑めます。この空気感が最高です。(4)立ち呑みのコの字酒場であること。時に知らないお客さまとの会話もはずみます。(5)マスターがクラフトビール愛に満ちた素敵な人であること。
ざっと、こんなところでしょうか。もう一つ付け加えると、「大橋電気」の会計はキャッシュ・オン、つまり注文の都度支払うシステムなのですが、熊本の誇る日本酒「花の香」のマスに現金をプールしておき、そこからオーダーした分だけとっていただきます。クラフトビールを飲みながら、「夜は日本酒が呑みたいな」などと思いを馳せることができます。
クラフトビールのメニューは手書きのノートで、実に味があります。順次入れ替わり、多種多様なクラフトビールをいただけます。メニューを見ただけではチンプンカンプンでも、マスターが一つひとつのビールに愛情をこめて説明してくださるので、こちらも愛を込めて選択できます。フードのメニューは手書きのボードにあります。日替わりで魅力的なメニューが書かれます。いずれもスパイス好きにはたまらないメニューです。一人前のボリュームで提供されるので、ひとり呑みに優しい酒場でもあります。

ノートのビールメニューに「花の香」のマスに入れた1000円札
スペシャリテ・看板料理は、何といっても「ランプライス」です。スリランカのお弁当のような存在の家庭料理で、バナナの葉で料理を包んだものです。バナナの葉で包むことによって携帯できるようになるだけでなく、中のライスやおかずなどの風味が混然一体化し、冷めても美味しく食べられます。青々としたバナナの葉を丁寧に開くと、いくつもの副菜を引き連れたマトンやチキンのカレーが顔を出します。あふれる陽光の中で、クラフトビールのアテにしていただくのは本当に至福の時です。

バナナの葉を開いたランプライス
何度もお邪魔し、オーナーともいろいろとお話をさせていただきましたが、「大橋電気」という店名の由来は聞いていません。そういう店名の電気屋の跡にできたというのはよく聞くケースですが、入口の上あたりにうっすらと残っている元の店名を見ると、まったく違う店名だったようです。いずれにしても、理由はどうでもいいのです。興味をひいて、愛着が持てれば、それだけでもう十分にいい店名です。
店名にひかれて入店してみた「大橋電気」ですが、やはりネーミングは大事です。特に飲食店のように不特定多数の人が入店してくれるのを待つ商売では、興味をひいてもらうことはとても重要です。そして、愛着をもってもらえれば、付き合いは長期にわたるようになります。
さて、人事の話に移ります。私たち人事の仕事でも、ネーミングは重要です。人事が提供する制度・研修・サービスのいずれにも名称があります。人事の場合、顧客は不特定多数の人ではなく、自社の経営者と従業員ですから特定の人たちです。それでも、興味をひいて愛着を持ってもらうというネーミングの本質は変わりません。
私が初めて社内の人事組織のリーダーになったのは、1社目の企業が分社施策を実施すると同時に、持株会社内にシェアードサービス組織を立ち上げた時です。人事シェアードサービスのマネジメントを任せられました。組織名を創るプロセスをあまり意識しなかったため、「人事給与事務センター」となってしまいました。愛情の持ちようがない名称です。また、採用や人材開発も担当するのに、「人事給与事務センター」では担当領域を正しく表してもいないといえます。
これではせっかくの新組織も盛り上がらないと勝手に思い、愛称を「J-center」としました。名刺は勝手に変えられませんが、電話に出るのも社内webページの呼称などもすべて「J-center」で通し、ロゴも創り、組織誕生記念ラベルのクラフトビールも創りました。すると、社内的にも対外的にも「J-center」があたかも正式名称のように通るようになりました。
人事の場合、名称に奇をてらう必要はありません。端的に意味を伝えるとともに、何よりも愛着を持てる名称であることが大切です。お客さまである経営や従業員に、親しみをもって呼んでもらえることも大切です。名称にこだわることは、人事がマーケティング感覚を持つための第一歩です。マーケティング感覚を持つことによって、顧客意識とコスト意識と品質管理意識が高まります。これは私たちがよい仕事をするための必須条件だといえます。
そして、ネーミングにこだわることは、Doableな仕事(担当部署だからこの仕事をやっていますという感覚)から、Deliverableな仕事(担当領域で最大の価値提供をしようという感覚)に転換するための第一歩でもあります。希望者参加型の手挙げ式の研修などは、名称によって如実に集客に差がでます。制度にしても、社内の認知度は明らかに変わります。ネーミングは大切なのです。
また別の機会に書きたいと思うのですが、「大橋電気」には2軒の兄弟店があります。「CHEMIN D'INFINI」と「小皿逆螺子」です。「小皿逆螺子」なんて店名を見ただけで入ってしまいます。事実、「大橋電気」と関係があることを知らず、店名だけを見て入店してしまいました。
ネーミングは大事です。私たちも思いを込めて、自分の仕事に名前を入れましょう。

陽光の中でいただくクラフトビール

- 田中 潤
- 株式会社Jストリーム 管理本部 副本部長 兼 人事部長
たなか・じゅん/1985年一橋大学社会学部出身。日清製粉株式会社で人事・営業の業務を経験した後、株式会社ぐるなびで約10年間人事責任者を務める。2019年7月から現職。『日本の人事部』にはサイト開設当初から登場。『日本の人事部』が主催するイベント「HRカンファレンス」や「HRコンソーシアム」への登壇、情報誌『日本の人事部LEADERS』への寄稿などを行っている。経営学習研究所(MALL)理事、キャリアカウンセリング協会gcdfトレーナー、キャリアデザイン学会副会長。にっぽんお好み焼き協会監事。
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