酒場学習論【第46回】
博多「CHOKU」と、「人事パーソンに現場経験は必須か議論」
株式会社Jストリーム 管理本部副本部長 兼 人事部長
田中 潤さん
古今東西、人は酒場で育てられてきました。上司に悩み事を相談した場末の酒場、仕事を振り返りつつ一人で呑んだあのカウンター。あなたにもそんな記憶がありませんか。「酒場学習論」は、そんな酒場と人事に関する学びをつなぎます。
「人事パーソンに現場経験は必須か」という議論があります。私は営業職でビジネス人生をスタートし、他にもいくつかの現場を経験した上で、今の人事の仕事についています。ですから、「人事パーソンに現場経験は必須か」と聞かれれば、自分にとっては現場経験がとても生きているので、個人的感覚として「YES」と答えます。
しかし、ジョブ型の新卒採用が増え、人事職から人事職への転職が一般的になっている今、現場経験を持たない人事パーソンは否応なく増えています。これからも、ノスタルジックに現場経験の必要性を唱える意味は本当にあるのでしょうか。現場経験が必要だといわれるのは、そもそもなぜなのでしょうか。
さて、いきなりですが話を酒場に変えましょう。私は毎年一度、1週間ほど博多に滞在し、20~30軒ほどの酒場を歩きます。酒場で酒場を紹介してもらい、好きな酒場が増えていくのですが、昨年末の滞在時もそうでした。博多についた日の午後、その日の3軒目で赤坂の「町屋あかりや」を訪れます。この酒場は改装され、以前のテーブル席のスペースがなんと酒屋になっています。そして、混雑時はその酒屋スペースでも立ち飲みができるという素晴らしい酒場です。
ここでひたすら燗酒をお任せで飲んでいた際に、この酒場一推しの新たな酒場を紹介していただきました。その酒場の名前は「CHOKU」。外観は小売りの肉屋ですが店の裏に焼肉スペースがあり、そこでホルモンを焼きながら昼の11時から燗酒が呑めるというのです。昼酒ができる燗酒屋も貴重ですし、ホルモンと燗酒の組み合わせも珍しい。この組み合わせは唯一無二の酒場だと感じます。
予定をやりくりして、帰京する日の11時に「CHOKU」を訪れました。六本松という降り立ったことのない駅で降り、15分くらい歩くと、住宅街の中に小さな肉屋が現れます。ショーケースを見ると、肉屋といってもホルモンばかりが並びます。恐ろしく品ぞろえの豊富なホルモン屋です。
飲みに来た旨を告げると、ホルモンのショーケースの横を通って裏のスペースに案内されます。そこが素敵なホルモン焼き屋になっているのです。お邪魔する前は、倉庫の片隅みとか、キッチンの横みたいなところで飲むのかと思っていましたが、予想に反して高級焼肉店ばりの店舗が広がっているのです。秘密基地気分を味わえます。
東京に戻るフライトぎりぎりまで一人宴を続けます。素敵なご夫妻が営む素敵な酒場です。最初に牛のホルモン盛り合わせ200グラムを頼むと、2皿に分けて10種類近くが出てきます。まだ食べられそうなので次は豚のホルモン盛合せ100グラムを追加します。これも5種類ほどあったはずです。もう少しいけそうなので、まだ食べてない豚のホルモン盛合せ100グラムを追加し、さらにいけそうなので、牛でも豚でも鶏でもいいからまだ食べていない盛合せを100グラム。結局、計500グラムのホルモンを食べました。一人できても、少しずつ多種多様なホルモンを堪能できるのです。
いただいた燗酒は、玉櫻、日置櫻、弁天娘、生酛のどぶです。ホルモンで燗酒が呑める、昼から呑める、肉屋の奥の秘密スペースで呑める、ホルモンの品ぞろえがすごい、魅力だらけの酒場です。
この「CHOKU」を唯一無二の酒場にしているのは、異質な組み合わせの強さです。午前11時から燗酒が呑める、ホルモンで燗酒が呑める。つまり、「昼酒×燗酒」、「ホルモン×燗酒」という組み合わせが「CHOKU」に他にはない価値を与えています。それに秘密基地感が拍車をかけます。
さて、「人事パーソンに現場経験は必須か」議論に話を戻しましょう。現場経験のある人事パーソンに価値があるのは、人事だけの目線ではなく、現場の、しかも人事とは異なる他職種の目線を自然に持てるからだと私は思っています。その組み合わせに価値があるのです。「人事×営業」「人事×マーケティング」「人事×飲食」「人事×障害者支援」といった自分の経験からくる組み合わせが、自分の視野を広げ、発想を豊かにしてくれていることは間違いありません。
しかし、これは現場経験をしなければ本当にできないのでしょうか。答えは「NO」です。掛け合わせは、現場経験がなくても可能です。趣味の世界や社外活動、副業など、掛け合わせる対象は無限にあります。もっといえば、人事の仕事を徹底的にやりながら、さまざまな学びの機会を活かして異なる視点を自分の中に持つことも可能です。もちろん現場でのリアルな経験自体にも、尊いものがあります。しかし、逆にいえば、現場経験があるからといって、それだけで人事で良い仕事ができることは絶対にありません。
昼下がりに燗酒の平盃を幾度となく傾けつつ、次々にさまざまなホルモンを食べながら考えた、「人事パーソンに現場経験は必須か」議論でした。実はこの連載も、「酒場」×「人事」という私の二つの軸があって成り立っています。
- 田中 潤
- 株式会社Jストリーム 管理本部副本部長 兼 人事部長
たなか・じゅん/1985年一橋大学社会学部出身。日清製粉株式会社で人事・営業の業務を経験した後、株式会社ぐるなびで約10年間人事責任者を務める。2019年7月から現職。『日本の人事部』にはサイト開設当初から登場。『日本の人事部』が主催するイベント「HRカンファレンス」や「HRコンソーシアム」への登壇、情報誌『日本の人事部LEADERS』への寄稿などを行っている。経営学習研究所(MALL)理事、キャリアカウンセリング協会gcdfトレーナー、キャリアデザイン学会副会長。にっぽんお好み焼き協会監事。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。