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タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第57回】
キャリア開発の効果を検証する
ROCI(Return on Career Investments)とは?

法政大学 キャリアデザイン学部 教授

田中 研之輔さん

タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ

令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。

タナケン教授があなたの悩みに答えます!

キャリア自律、主体的なキャリア、キャリアオーナーシップ。自らキャリアを形成していくことを意味するこれらの言葉が、組織の中でポジティブに使われる機会が多くなってきました。一番わかりやすい変化で言うと、IRや統合レポートの中で、社員のキャリア開発支援に関する文言が増えてきました。

さて、このプロティアンゼミでは、その先へと進んでいきたいと思います。その先とは、「社員の主体的なキャリア形成が企業にとってどんな影響をもたらすのか?」という問いに答えていくことです。

この問いに対して用意されているのは、定性的なデータによる返答でした。例えば、社内の公募制度を利用して、自ら他の部署へと異動した社員にヒアリングすると、次のような言葉が返ってきます。

「長年、勤務していた前の部署では停滞感があったが、現部署では新しいことに挑戦できているので、成長を感じることができる」

社員の主観的な語りも、組織の変化を読み解く重要なデータの一つです。

しかし、経営者やCFOは、それだけでは納得してくれません。人的資本経営を実現していくためにキャリア開発支援が不可欠であることは理解しているものの、キャリア開発支援への投資効果の定量的な検証がなされていないからです。定量的に経営判断をしたいのに、定性的なデータしか手元にない状態なのです。
 
そこでまず押さえておくべきことは、キャリア投資の効果検証の方法についてです。

人的資本におけるキャリア投資の効果検証の方法

人的資本経営を持続させながら、企業の生産性と競争力を高めていくには、キャリア投資の効果の検証が求められます。別の角度から述べるならば、キャリア投資の効果を検証することは、個人や企業が人的資本への投資の価値を評価し、最適な戦略を策定するために不可欠です。

以下に、キャリア投資の効果検証の方法を詳述します。

キャリア投資の効果検証のフレームワーク

目標設定 キャリア投資の具体的な目標を設定。目標は明確かつ測定可能
  • 昇進率の向上
  • 従業員のスキル向上
  • 従業員満足度の向上
  • 離職率の低下
指標の選定 目標に基づいて、効果を測定するための指標(KPI: Key Performance Indicators)を選定。指標は定量的および定性的なものを含む
定量的指標
  • 昇進率:特定期間内に昇進した従業員の割合
  • 給与増加率:従業員の平均給与の増加率
  • スキル評価の向上:トレーニング後のスキル評価スコアの変化
  • 離職率:特定期間内の離職者数の割合
定性的指標
  • 従業員満足度:アンケートやインタビューによる従業員の満足度
  • 職務満足度:従業員の職務に対する満足度の評価
  • 学習意欲:トレーニングや研修に対する従業員の意欲
データ収集 選定した指標に基づいて、必要なデータを収集
  • アンケート調査:従業員の満足度や学習意欲を評価するためのアンケートを実施
  • スキル評価テスト:トレーニング前後のスキル評価を実施
  • HRデータ:昇進率、給与増加率、離職率などの定量的データを収集
分析方法の選択 収集したデータを分析するための方法を選択
定量分析
  • 統計分析:平均値、中央値、標準偏差などの統計指標を用いてデータを分析
  • 回帰分析:投資とリターンの関係を分析し、影響力の強さを評価
  • コホート分析:特定のグループの変化を追跡し、投資の効果を評価
定性分析
  • インタビュー分析:従業員インタビューの内容を分析し、投資の効果を評価
  • テキストマイニング:アンケートの自由回答部分を分析し、投資の影響を評価
結果の評価と報告 分析結果を基に、キャリア投資の効果を評価し、報告書を作成
  • 目標の達成度:設定した目標がどの程度達成されたかを評価
  • ROI/ROCIの算出:投資に対するリターンを数値で示し、ROIまたはROCIを算出
  • 成功要因の特定:成功した要因や改善が必要な点を特定
フィードバックと改善 評価結果に基づいて、キャリア投資の戦略を見直し、必要な改善を実施
  • 従業員へのフィードバック:評価結果を従業員と共有し、フィードバックを収集
  • プログラムの改善:効果が低かったプログラムについて、改善策を検討し実施
  • 継続的な評価:定期的に効果検証を行い、キャリア投資の最適化を図る

キャリア投資の効果検証は、個人や企業が人的資本の価値を最大化するために重要です。目標設定、指標の選定、データ収集、分析方法の選択、結果の評価と報告、フィードバックと改善の各ステップを通じて、キャリア投資の効果を体系的に評価できます。具体的な企業事例を通じて、効果的なキャリア投資の戦略を実践し、持続的な成長と発展を実現することが可能です。

ROIからROCIへ

これらの状況を踏まえて、私がキャリア開発支援の現在地を整理したのが、下記の図です。

ROCI=利益÷キャリア投資額×100

今、私はROCI(Return on Career Investments)という指標の開発を進めています。ROCIの指標のベースとしているのが、ROI(Return on Investment)です。
  
ROIは、各種の投資の収益性を評価するための基本的な指標としてビジネスや財務の分野で広く用いられています。数式は、ROI(%)=純利益÷投資額×100です。投資によって得られた総収益から、投資コストや関連経費を差し引いた純利益を、対象となるプロジェクトや投資した総コストで割ることで算出するシンプルで汎用的な指標です。ROIにより、投資がどれだけ効果的であったかを測定することが可能になります。

例えば、新しい機械を導入するために100万円を投資し、その結果として年間20万円の純利益が得られた場合、ROI(%)=20÷100×100=20%。投資金額の20%の収益を生んだことを意味します。

その指標をもとに、ROCI(Return on Career Investments)の数式を開発しました。まずROCIは、個人や組織がキャリアや人的資本に対して行った投資の効果を評価するための指標となります。以下の数式で表されます。

ROCI(%)=キャリアからのリターン÷キャリアへの投資額×100

このとき、キャリアからのリターンは、昇進、給与増加、スキルの向上、ネットワークの拡大など、キャリアの進展から得られる総合的な利益から計算します。キャリアへの投資額は、教育・訓練費用、時間、努力、関連する経費など、キャリアに投じた総コストとして数値を入力していきます。

例えば、ある社員が年間100万円を教育や訓練に投資し、その結果、昇進して年間200万円の昇給があった場合、「ROCI=200万円÷100万円×100=200%」となります。つまり、数式上は、キャリア投資に対して2倍のリターンが得られたことが示されたことになります。

ROIとROCIの指標特性(田中研之輔 2024.6作成)

適用範囲と目的
ROI 広範な投資の収益性を評価するための指標であり、企業の資本投資、マーケティングキャンペーン、不動産購入など、さまざまな分野で使用される。主に財務的なパフォーマンスを測定し、投資決定の判断材料として利用
ROCI キャリア開発や人的資本への投資の効果を評価するための指標。個人のキャリアパスや企業の人材戦略における投資の成果を測定し、キャリア成長や人材育成の施策の有効性を判断するために使用する
測定対象
ROI 物的資産やプロジェクト、企業全体の財務的なリターン。主に金銭的な利益や損失を評価する
ROCI 人的資本やキャリア開発に関連する非物的な要素。給与増加や昇進といった金銭的なリターンだけでなく、スキルの向上やネットワークの拡大といった非金銭的なリターンも評価
評価基準
ROI 純利益と投資額という明確な財務データに基づいて計算される。そのため、客観的な数値を用いた評価が可能
ROCI キャリアから得られるリターンが多岐にわたるため、定量的なデータと定性的なデータの両方を用いた評価が求められる。例えば、スキルの向上や職務満足度といった要素は、定性的な評価が必要
計算の複雑性
ROI 比較的シンプルな計算方法。必要なデータの収集が必要
ROCI 複雑なキャリアパスや人的資本の変化を評価するため、計算が複雑であり、必要なデータの収集や評価が困難な場合もある
リターンの時間軸
ROI 投資のリターンが比較的短期間(通常1年以内)で得られる場合に使用
ROCI キャリア開発や人的資本の投資が長期的なリターンを伴うため、長期間な評価

ROIとROCIは、それぞれ異なる目的と適用範囲を持つ指標です。ROIは主に財務的な投資の効果を評価するためのシンプルで汎用的な指標であり、企業のあらゆる投資活動に適用されます。 一方、ROCIはキャリア開発や人的資本への投資の効果を評価するための指標であり、個人や組織のキャリア成長や人材育成の施策における投資の成果を評価します。

これらの指標を適切に使い分けることで、企業は投資活動の全体的なパフォーマンスをより正確に評価し、戦略的な意思決定を下すことができます。また、ROCIのような指標を導入することで、企業は人的資本への投資の重要性を再認識し、持続可能な成長を実現するための人材戦略を強化することが可能になります。

もちろん、ROCIはこれから丁寧な検証をし続けなければなりません。現時点で抱えている課題は、「キャリアからのリターン」の詳細な算出方式です。先に整理したように、「キャリアからのリターン」は、昇進、給与増加、スキルの向上、ネットワークの拡大など、キャリアの進展から得られる総合的な利益ですが、一つひとつの項目も丁寧に検証していかなければならないでしょう。

しかし、定性的な解答からの脱却は不可欠です。これから皆さんのご意見なども参考にしながら、ROCIの開発を続けていきます。

それではまた次回に!

田中 研之輔氏
田中 研之輔氏
法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長

たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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この記事ジャンル キャリア開発研修

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