邂逅がキャリアを拓く【第8回】
愛犬との邂逅
株式会社ブレインパッド 常務執行役員 CHRO
西田 政之氏
時代の変化とともに人事に関する課題が増えるなか、自身の学びやキャリアについて想いを巡らせる人事パーソンも多いのではないでしょうか。長年にわたり人事の要職を務めてきたブレインパッドの西田政之氏は、これまでにさまざまな「邂逅」があり、それらが今の自分をつくってきたと言います。偶然のめぐり逢いや思いがけない出逢いから何を学び、どう行動すべきなのか……。西田氏が人事パーソンに必要な学びについて語ります。
最期のお別れ
今回は、愛犬レオとの邂逅についてお話ししたいと思います。
いつもと変わりない日曜日の夜、リビングのクッションの上で寝ていたレオが、突然、飛び跳ねるように起き上がり、そのままひっくり返りました。手足が伸びて、硬直しかけています。慌てて口を開けて気道を確保し、「レオ! レオ!」と呼びかけながら心臓マッサージをしました。しばらくすると、心臓マッサージが功を奏したのか、意識を取り戻しましたが、今度はゼイゼイと激しく息をしながら、時折けいれんしたように、身体をばたつかせます。
急いでかかりつけの動物病院へ連絡を取って、レオを抱えて車に乗り込み、病院へと向かいました。病院では主治医がレオに酸素を与えつつ、手際よくレントゲンを撮って現状を確認し、利尿促進剤を注射します。診断の結果、かねてより心配していた心臓の弁が機能しなくなり、逆流した水が肺にたまっている状況であることがわかりました。
主治医からはもう手の施しようがない旨が伝えられました。その間もレオは荒々しく息をしていましたが、次第に穏やかな呼吸となり、最期は安らかに旅立っていきました。発作から1時間にも満たない、あっという間の出来事でした。主治医によると「心臓マッサージで蘇生したこと自体が奇跡」とのことでした。飼い主思いのレオは、最期のお別れの機会として、私たちの腕の中で逝くように、残る力を振り絞ってよみがえってくれたのかもしれません。
レオとの出会い
レオが西田家にやってきたのは、14年前の春でした。娘が高校受験の面接の帰りに、母親とペットショップに立ち寄ったのがきっかけです。娘から「天使に出会った!」とメッセージが届きました。娘によると、生後3ヵ月の小さなブラックのトイプードルが、ショーケースの中でおもちゃの象のぬいぐるみをくわえて、歌舞伎の獅子のようにぐるんぐるんと回していたそうです。他の子たちはおとなしくしているのに、おもちゃを振り回しているアクティブな子はレオだけでした。
レオを家族の一員として迎え入れてから14年間、レオは私たち家族のアイドルであり、癒やしであり、コミュニケーションのハブでした。一緒に旅行にも行きました。レオがいるだけで、家の中が明るくなりました。悲しいときは黙ってそばに寄り添ってくれました。うれしいときは一緒にはしゃいでくれました。家族の亀裂もレオが知らず知らずのうちに埋めてくれました。玄関で必ずお見送りとお出迎えもしてくれました。出かけるときは自分からハウス(ケージ)に入ってくれました。帰宅したときは、これでもかと思うくらいにしっぽを振ってうれしさを表現してくれました。食いしん坊でいつもお腹を空かせていました。サツマイモが大好きでした。トイプードルあるあるですが、トリミング前と後では別犬でした。
そして、私にとってのレオは、かけがえのない相棒でもありました。朝起きると、いち早く察知して駆け寄ってきます。トイレシートと水を取り替え、ご飯をあげると、今度は一緒にジョギングです。3キロ弱の道のりを、時にコースを変えながら、並んで走ります。そんな毎日が永遠に続くと思っていました。心からそう願っていました。
12歳を超えたころから、急激に身体が衰えだし、首や腰を痛そうにすることが増えました。次第に走らなくなり、ジョギングもお散歩に変わりました。全ての行動が慎重になり、ソファーの上に飛び乗ることも、ジャンプすることもなくなりました。それでも食欲だけは変わらず旺盛だったので、それだけが救いでした。
小型犬の平均的な寿命とされている15歳を意識し始めたとき、レオと過ごす一瞬一瞬がものすごく尊い時間に感じました。そして、レオと呼べば傍らへ来てくれるという単純なことが、何よりも幸せなことに感じました。
愛犬がもたらしてくれたもの
一般に従順度が高い愛犬がもたらすメリットとしては、ストレスの軽減や社会的つながりの向上、身体的な健康の促進、精神的な安定と幸福感、さらに、人間としての成熟と共感力の向上などが挙げられます。一方で、意外と気づきにくい効果もあります。以下に整理してみました。
1. 感情的レジリエンスの向上
愛犬との関係は、感情的なレジリエンス(困難な状況に対処する能力)を高める効果があります。愛犬がいると、飼い主は彼らの世話や健康を心配し、さまざまな問題に直面することになります。これにより、難しい状況への対処能力や感情のコントロール力の習得に役立つことが期待できるのです。レジリエンスは一般的には見過ごされがちな能力ですが、日常生活の中では非常に重要なスキルです。
2. クリエイティブな思考の促進
犬と過ごす時間や散歩の経験は、飼い主に創造的なインスピレーションを与えることがあります。散歩や遊びの中で得られる自然との接触やリラックス感は、頭の中をニュートラルにし、創造的な思考が促進されることが期待できるからです。多くのクリエイティブな人々が、犬との時間を通じて新しいアイデアや視点を得ていると言われています。
3. 時間管理と自己規律の向上
犬を飼うことは、飼い主に時間管理と自己規律の重要性を教えてくれます。犬は散歩や食事、トイレなど、日々のルーティンを必要とするため、飼い主は計画的に時間を管理しなければなりません。これは、自己規律を高め、効率的な時間の使い方を学ぶきっかけとなります。実際に私も、愛犬のために早起きし、ジョギングし、世話をすることがルーティン化することで、生活のリズムをバランス良く刻むことができました。
4. 予測不能な状況への適応力
犬との生活には、予測不能な出来事がつきものです。犬は病気になったり、突発的な行動をとったりすることがあります。自分では思い通りにならないものと向き合うことは、不確実性に対する適応力を養うことにつながります。
先日も高速道路のサービスエリアで、犬の首輪が外れて逃げ出してしまう場面に遭遇しました。ものすごい勢いで駆け出す犬を、一生懸命追いかける飼い主。追うと逃げますが、逃げると車にひかれてしまうリスクも増します。そのままにしておくと、高速道路の本線に進入しかねません。異変に気づいた人々が心配そうに集まってきます。そんなとき、飼い主としてどういう行動を取るべきなのか。まさに、とっさの適応力が求められる場面でした。幸いにも、人懐っこい犬だったようで、人が集まるところへ戻ってきて、駆け付けた飼い主の家族に無事保護されたのは何よりでした。
5. 感情の表現とコミュニケーションスキルの向上
犬との関係は、感情の表現とコミュニケーションスキルの向上に役立つ可能性があります。犬は言葉ではなく、身体言語や表情でコミュニケーションをとるので、飼い主は犬の気持ちを読み取るために、感情を敏感に感じ取らなければなりません。そうした努力は、効果的なコミュニケーションを学ぶことにつながります。人間関係においても、より豊かな意思疎通が可能となるかもしれません。
以上のように、愛犬との関係は、一般的には気づきにくい、さまざまな効果やメリットをもたらします。これらの側面は、飼い主の成長や成熟に寄与し、生活の質を向上させる重要な要素となり得ます。
愛犬レオとの邂逅は、私の人生に潤いと彩りを与えてくれました。同時に、ピュアであることの尊さと強さも教えてくれました。タイパやコスパ、効率化や合理性が求められる現代は、ずる賢く行動し、少しでも得をするための行動に走りがちです。しかし、そんな損得勘定が先走る人と信頼関係を構築することは容易ではありません。
信頼とは「あなたがそう言うなら、私はそれを信じます」という関係性です。日々の生活はもとより、ビジネス上でも、最も大切であることは言うまでもありません。上司の信頼、同僚や友人からの信頼、お客さまの信頼がなければ何もうまくいきません。
それでは、信頼を勝ち得るにはどうしたらよいのか? レオは私に、純粋であり続けること、決して裏切らないこと、そして、いついかなるときでも同じ態度で接することの大切さを教えてくれました。レオから学んだことを私の残りの人生において生かし続けていくことが、彼への最大の供養であると考えています。
- 西田 政之氏
- 株式会社ブレインパッド 常務執行役員 CHRO
にしだ・まさゆき/1987年に金融分野からキャリアをスタート。1993年米国社費留学を経て、内外の投資会社でファンドマネージャー、金融法人営業、事業開発担当ディレクターなどを経験。2004年に人事コンサルティング会社マーサーへ転じたのを機に、人事・経営分野へキャリアを転換。2006年に同社取締役クライアントサービス代表を経て、2013年同社取締役COOに就任。その後、2015年にライフネット生命保険株式会社へ移籍し、同社取締役副社長兼CHROに就任。2021年6月に株式会社カインズ執行役員CHRO(最高人事責任者)兼 CAINZアカデミア学長に就任。2023年7月より現職。日本証券アナリスト協会検定会員、MBTI認定ユーザー、幕別町森林組合員。日本CHRO協会 理事、日本アンガーマネジメント協会 顧問も務める。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。