有賀 誠のHRシャウト!人事部長は“Rock & Roll”【第33回】
ユニクロで学んだこと(その6:経営リーダーの価値観)
株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
有賀 誠さん
人事部長の悩みは尽きません。経営陣からの無理難題、多様化する労務トラブル、バラバラに進んでしまったグループの人事制度……。障壁(Rock)にぶち当たり、揺さぶられる(Roll)日々を生きているのです。しかし、人事部長が悩んでいるようでは、人事部さらには会社全体が元気をなくしてしまいます。常に明るく元気に突き進んでいくにはどうすればいいのか? さまざまな企業で人事の要職を務めてきた有賀誠氏が、日本の人事部長に立ちはだかる悩みを克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。
みんなで前を向いて進もう! 人事部長の毎日はRock & Roll だぜ!――有賀 誠
自分たちが企画し、デザインして、生産した商品をお客さまが街で着てくださっていること。これこそがファッション業界の醍醐味であり、そこで働く人間のモティベーションの源泉です。そのような環境の中、私はユニクロの生産部門で仲間たちとともに忙しく働き、苦労もありながら、時には本連載の中で紹介してきたような成果も上げ、充実した日々を送っていました。しかし、ある事件を契機に同社を退社することになります。結果として、在籍したのはたったの1年間でした。
大きな貢献か、ぬるい仕事ぶりか
あるとき、私の配下のあるチームが10億円のコスト削減を実現しました。主として、物流関連の効率化です。緊急出荷時に使っていた飛行機を高速船に変更したり、商社に払うサービス・フィーについて交渉したり、といった施策の積み上げでした。
企業にとって物流関連の合理化は非常に大きなインパクトを持ちます。一回きりの効果ではなく、永続的に固定費が下がることにつながるからです。私は「これは素晴らしい。柳井さんも認めてくださるだろう!」と考え、本件に尽力したメンバーたちを連れて報告に行きました。
「〇〇という課題を認識し、〇〇および〇〇などのアクションをとり、年間10億円のコストを削減しました」
しかし、それを聞いた柳井氏は、こう言いました。
「これは10億円どころか、15億円は削減できていたはず。君たちの仕事ぶりはぬるい!」
メンバーとともにすごすごと席に戻った私は、彼らに謝りました。
「柳井さんも認めてくれると思ったのだけれど、また叱られちゃったな。ごめん」
彼らは、「有賀さんさえ、僕たちの努力をわかっていてくれたら、それで充分です」と言ってくれました。しかし私は納得がいきませんでした。そこで、今度は一人で柳井氏に会いに行くことにしたのです。
価値観の違い
柳井氏との面談に際し、伝えたいことをすべて上手に言える自信はなかったので、手紙形式のメモを準備しました。
「若いスタッフが良いネタを見つけて2ヵ月間、半徹夜で頑張り、成果を上げました。ほかの部門には10億円もボトムラインに貢献したチームはないと思います。彼らの努力を認め、褒めてやってください。経営トップからの感謝とねぎらいの言葉は、現場社員のモティベーション高揚に絶大なインパクトを持ちます。時としてそれは、金銭的な報酬以上の威力を発揮するものです。その上で、プラス5億円削減のアドバイスを授けていただければと思います」
しばらく腕を組んで考えていた柳井氏は、こう言いました。
「僕と有賀君は価値観が違うね。コストを下げる、品質を良くする、納期を守る、すべて当たり前のことで、給料のうち。できていない点を指摘・指導しない君は、役員として駄目だ」
傑出した経営者、天才商売人である柳井氏から「価値観が違う」と言われ、私は考え込みました。そして、次のように言いました。
「社員が明るく楽しく元気に仕事をしてこそ、長期にわたってお客さまに価値を提供し続けられるのだと思います」
柳井氏とは、その後3回に渡って経営と価値観について議論しました。忙しい中、それだけの時間をいただいたことには、感謝を禁じえません。
経営について考える
今、冷静に振り返って考えてみると、これは「価値観」の議論であったとともに、「リーダーシップ」や「マネジメント」のスタイルの問題だったのだと思います。
ファッション業界おいて現場たたき上げの経営者である柳井氏は、服の企画からデザイン、材料の仕入れ、生産、そして宣伝や販売に至るまで、誰よりも詳しい方です。その経験や知識を伝授することこそ、人材育成であり、マネジメントであったのでしょう。「グリップ型の経営」です。
一方、私はファッションのド素人、しかもマイクロ・マネジメントをするのもされるのも大嫌いです。配下メンバーの力を引き出す形でしか、リーダーシップを発揮する術はありませんでした。いったん目標を握ったら、やり方は任せる「トラスト型の経営」だと言えるでしょう。
トップと「価値観」や「経営スタイル」が違うときは、どうすべきなのか。
私は、それまで社長(ましてやファッション・ブランドの社長)になろうと思ったことは一度もありませんでした。しかし、柳井氏から「価値観」の議論を切り出され、「自分の価値観を追求するには、自分で経営をしなければならないのか」と考え、その後エディー・バウアー・ジャパンの社長職でのオファーを受けることになります。そして、この連載でも書いたように、大失敗をしました。あらためて、経営者としての柳井氏の偉大さを思い知ることとなったのです。
私がユニクロにいたのは1年ほどでしたが、そこでは多くの気づきがありました。秀逸なビジネス・モデル、進取の気性、小売りの組織文化など。そして何より、経営者としての柳井氏の視座や商売感覚から学ぶことが多かったのです。それまで勤務していた鉄鋼や自動車といった伝統的な大企業は、組織で動いていました。合意を形成するためのプロセスこそが経営であったとも言えるでしょう。一方、ユニクロでは一人の天才経営者が現場レベルの施策にまで直に指示を出し、その思想を具現化する行為が経営だったのです。大きな違いでした。
結びの小話
エディー・バウアー・ジャパンの社長職に就いた頃は、娘が高校を卒業して大学に進学するタイミングでした。私は、甘やかせて育ててしまったわがまま娘を厳しく鍛えてもらうブート・キャンプとしてユニクロは最適だと考え、娘にユニクロの店舗でアルバイトすることを勧めました。ユニクロの店舗では、アルバイトの学生にも徹底した教育を施します。そして、朝礼、セール対象品の把握、接客対応、レジ、在庫管理、試着支援まで、規律と効率に貫かれた会社組織の一員となるのです。
父親はたった1年でユニクロを退社することになったわけですが、何と娘は16年経った今もユニクロに勤務しており、伴侶も職場で見つけるという結果となりました。
有賀誠の“Rock & Roll”な一言
自分の価値観について考えたことはあるかい?
人からつきつけられる前に、考え抜いておいた方がいいぜ!
- 有賀 誠
- 株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
(ありが・まこと)1981年、日本鋼管(現JFE)入社。製鉄所生産管理、米国事業、本社経営企画管理などに携わる。1997年、日本ゼネラル・モーターズに人事部マネージャーとして入社。部品部門であったデルファイの日本法人を立ち上げ、その後、日本デルファイ取締役副社長兼デルファイ/アジア・パシフィック人事本部長。2003年、ダイムラークライスラー傘下の三菱自動車にて常務執行役員人事本部長。グローバル人事制度の構築および次世代リーダー育成プログラムを手がける。2005年、ユニクロ執行役員(生産およびデザイン担当)を経て、2006年、エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長に就任。その後、人事分野の業務に戻ることを決意し、2009年より日本IBM人事部門理事、2010年より日本ヒューレット・パッカード取締役執行役員人事統括本部長、2016年よりミスミグループ本社統括執行役員人材開発センター長。会社の急成長の裏で遅れていた組織作り、特に社員の健康管理・勤怠管理体制を構築。2018年度には国内800人、グローバル3000人規模の採用を実現した。2019年、ライブハウスを経営する株式会社Doppoの会長に就任。2020年4月から現職。1981年、北海道大学法学部卒。1993年、ミシガン大学経営大学院(MBA)卒。
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