仕事だけが「働く」じゃない
――社会起業家が提唱する「働き方革命」で
企業を変える
認定NPO法人フローレンス 代表理事
駒崎 弘樹さん
大学時代から学生とITベンチャー経営者の二足のわらじをはき、大学卒業後、社会起業家に転身した、認定NPO法人フローレンス代表の駒崎弘樹さん。共働き家庭を応援するために、日本初の「共済型・非施設型」の病児保育サービスや空き家を活用した「おうち保育園」など画期的な事業を展開する一方、その延長線として仕事と育児・介護を両立しやすい職場を創出する「働き方革命」の実現を目指し、さまざまな提言活動を行っています。働き方を変え、世の中を変える「働き方革命」とは何か? 古い価値観や職場文化など革命を阻む“敵”をどう乗り越えるのか? 厚生労働省「イクメンプロジェクト」の座長でもある駒崎さんに詳しいお話をうかがいました。
こまざき・ひろき●1979年生まれ。99年慶應義塾大学総合政策学部入学。在学中に学生ITベンチャー経営者として、さまざまな技術を事業化。同大卒業後、病児保育問題を解決し、育児と仕事を両立するのが当然の社会をつくろうと、2004年にフローレンスをスタート。日本初の「共済型・訪問型」の病児保育サービスとして展開。現在、東京23区を中心とした首都圏にて働く家庭をサポートしている。2007年、ニューズウィーク「世界を変える社会起業家100人」にノミネートされた。厚生労働省「イクメンプロジェクト」座長、内閣府「子ども・子育て会議」委員などを務める。著書は、『働き方革命―あなたが今日から日本を変える方法』『「社会を変える」を仕事にする:社会起業家という生き方』(いずれも筑摩書房)など多数。一男一女の父であり、子どもの誕生時にはそれぞれ2ヵ月の育児休暇を取得。
愛する人の可能性を奪う“監禁男”にはなりたくなかった
ITベンチャーの社長から社会起業家へ。駒崎さんの挑戦は、保育業界最大の難問である病児保育問題と出会い、子どもの看病で会社を休めないなんておかしい、育児と仕事の両立が当然の社会をつくりたいという思いを抱いたところから始まりました。
育児と仕事の両立、そして介護と仕事の両立はこれからどんどん当たり前になってくるでしょうし、もう、そうならざるをえない。若い世代の価値観が変わってきていますからね。最近の新卒社員を対象にした働き方に関する意識調査などを見ても、「あなたが一番大切にしたいことは何ですか」という問いに対して、出世とか成功と答える人はものすごく少ない。いわゆる“島耕作”的な出世すごろくを勝ち抜いて社長になるなんて、上司や先輩世代ならまだしも、彼らには訳がわからない。
じゃあ何を大切にしたいかというと、一番多い答えは「仕事と生活を両立したい」で、次に多いのが「社会の役に立ちたい」。つまり働き方について彼らが求めているのは、ワーク・ライフバランス(WLB)と社会貢献なんです。かつてのように会社が人生を丸抱えしてくれる時代じゃないってことをみんなわかっています。そもそも個人の寿命が伸びているのに、現在の日本企業の寿命は30年といわれています。これじゃ、人生をささげようと思ってもささげられませんよね。
むしろ会社以外の生活や人間関係も大切にしながら、会社とは期間限定でうまく付き合っていこうと。そういう割り切った働き方が増えても不思議ではありません。
会社側が昔みたいに、120%職場にコミットしてほしいなんて言おうものなら、これからはブラック企業に即認定ですよ(笑)。多様な価値観が混在し、職場にフルコミットできる人材も限られるなかで、組織をうまく回していくためには、全員を時間で拘束して成果を出させるという従来のマネジメント手法では無理がある。個々の考えや事情を尊重し、持てる資質を組み合わせながら、組織としての生産性を高めていく方向にシフトせざるをえないでしょう。だからこそ、「働き方革命」が必要なんです。いくら残業・休日出勤しても、生産性が上がらなきゃ意味がない。働く一人ひとりが、そして企業が「働き方」「働かせ方」を変えていかなければ、日本はもうもたないとさえ、僕は思っています。
そんな駒崎さんご自身もかつては長時間労働が当たり前で、忙しさに誇りさえ感じていらっしゃったと聞きます。自ら「働き方革命」に目覚めたきっかけは何ですか。
病児保育問題に取り組み、社会を変えられるというやりがいは感じていましたが、やはり毎日限界まで働き続けるうちに、忙しさにかまけて、大切なものをたくさん犠牲にしてきたんじゃないかという思いが強まっていったんです。家族やパートナーとの時間、社員や友人との会話、自分自身の学びの機会、いつのまにか顔の表情まで失ってしまったような気がして。
そんなとき、辞められては困る女性社員が辞めたいと言ってきました。理由は「夫のため」でした。仕事で家事がおろそかになるのを、夫が嫌がるからと言うんです。夫と家事を分担しないのかと聞くと、夫はすごく忙しくて毎日遅くまで残業だからとても頼めないと。結局、彼女を引き留められず憤慨した僕は、他の社員の前でその彼女の夫のことを思い切り罵りました。「とんでもない“監禁男”だ!」と。
“監禁男”ですか?
いくら忙しいからって、愛する人の可能性を奪い、家に縛り付けるなんて、立派な“監禁”でしょう。でも、そう毒づいた後で、待てよと思い直したんです。僕だって同じなんじゃないか。自分も今の働き方のまま結婚したら、きっと「忙しい」を言い訳にして、家事も育児もすべて妻に押しつけてしまうだろう。あの“監禁男”は自分自身のことじゃないか、これはいかん!と。急に居ても立ってもいられなくなって。以来、僕自身の、そして組織全体の「働き方」を変えようと取り組み始めたんです。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。