外資のまねをした人事制度改革は失敗する
人事コンサルタント
梅森 浩一さん
外資系企業の価値観を人事や雇用の制度に導入する日本企業が急増しています。これまでのような終身雇用・年功序列ではなく、実力主義・成果主義を掲げて、 好業績の社員には高給で報いる一方で、逆に成績の上がらない社員は問答無用に切り捨てる。外資系企業はそんな制度をもとに強い組織をつくり上げ、日本にど んどん進出してきています。でも、外資のまねをした日本企業の中には、新しい制度がうまく機能せず、社員の活力も出ないと悩んでいるところが少なくありま せん。なぜでしょうか。人事のプロフェッショナルとして、4つの外資系企業に勤務したコンサルタント・梅森浩一さんが分析します。
うめもり・こういち●1958年仙台市生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、三井デュポン・フロロケミカル入社。88年チェース・マンハッタン銀行に転 職。93年、35歳の若さでケミカルバンク東京支店の人事部長に就任。以後、人事・雇用の専門家としてチェース・マンハッタン銀行、ソシエテ・ジェネラル 証券東京支店で人事部長を歴任。現在、エグゼクティブ・人事コンサルティング「アップダウンサイジング・ジャパン」主宰。企業コンサルティング活動のかた わら、執筆活動、全国での講演活動を積極的に行っている。『「クビ!」論。』(朝日新聞社)『ボスと上司』(ちくま新書)『残業しない技術』(扶桑社) 『チャンピオンを探せ!』(講談社)など著書多数。ホームページはhttp://www.acumen.jp/
社員のモチベーションを下げるリストラ
多くの企業でリストラが行われたり、成果主義の導入が進んだり、この10年というのは日本の企業にとって激動の時代でした。業績好調な外資系企業が追求す る「グローバル・スタンダード」を同じように唱える「日本の人事部」も多かった。ただ、そういった改革の末にできあがった人事制度がうまく機能しないとい う課題を抱えている企業が少なくありません。
大半の日本企業の人事制度改革というのは、ただ単に外資系のまねをしているだけだったり、「グローバル・スタンダード」という言葉を都合よく解釈しているとしか、私の目には映りませんね。
リストラについて言えば、それをなぜやるかという理由を考えずに社員の「クビ切り」をしているだけのケースが多いと思います。なぜ会社がリストラを するか。それは組織をもう一度作り直して、強い会社、伸びる会社に改革するためです。ところが、日本の企業のリストラは単なる口減らしであることが多く、 「リストラの効果は今年度限り、それ以降の見通しはわからない」などと経営トップが無責任なことを言ったりするんですね。クビ切りをして社員の数が減って いるのに、なかなか新しい人材を受け入れようとしない――そんなケースが目立ちます。
外資系企業は誰か社員のクビを切ったら必ず、新しい人を採用し、常に「ベストオーダー」でビジネスに臨むという考え方を徹底しています。「解雇と採 用」はセットであって、辞めさせた社員の人数と同じ人数を雇う。あるいは、3人のクビを切って、より能力の高い2人を雇ってその仕事を担当させる。それで 経費を抑制することもできる。
リストラは人材の流動化と一緒にやらなければ意味がない――日本企業はその点を理解していなんじゃないかと思いますね。クビ切りばかりをやって社員 の数がどんどん減って、反対に残った人の仕事がどんどん増えて、職場の雰囲気が悪くなっていく。それでは会社が強くなるどころか、社員のモチベーションが 下がって全体の活力を失う結果を招くだけでしょうね。
「私」と「他人」をはっきり区別する外資
リストラであれ成果主義であれ、そういう制度の下で仕事をした経験のない人が責任者とか幹部になって、その導入や運用を担当しているのが今の日本企業の実 情ではないでしょうか。会社と社員の関係性や人事の制度に対する、社員一人ひとりの意識が、そもそも外資系企業と日本企業では大きく異なるような気がしま す。
外資系企業が日本企業と大きく異なることの一つは、会社側が社員の一人ひとりを尊重すると同時に、「プロ」として扱う風土を持っている点です。社員 は、あたかもプロ野球選手のように「実績を上げて高給をもらおう」と頑張り、その一方で、「ダメになったらいつかクビを切られる」と覚悟しています。「こ れは前例がないからできません」などと言わず、「できます」「やってみます!」と手を挙げるのが外資系の社員ですし、自分がクビになったときの理由を理解 しているのも外資系社員です。「オレは突然クビを切られた」と思う社員は、まずいません。
私は30歳のときに日本企業から外資系企業に転職したのですが、その違いを初めて痛感した場面を今も鮮明に覚えています。女性のボスにあることを問 いただされて、私は「みんなそう言っているんです」という答えを返したんですね。すると、彼女は厳しい表情になって、こう切り返してきました。 「コウイチ、あなたの言う『みんな』って、いったい誰と誰なの?名前を全部言ってもらえないかしら」
私は返事ができませんでした。仕事に「みんな」がどうこうした、などというあいまいな考え方を持ち込むことは許されない。「私」と「他人」がはっきり区別されて、プロとしての「私」が生む結果が何より重視される。それが外資の雇用スタイルなんだと、そのとき気づきました。
ですから、そこで働く社員たちは、「自分にはどれぐらいの市場価値があるだろうか」とか「どれぐらいの年収なら幸せと思えるか」などと、いつも自問 自答していたと思います。会社側に対しても、「これだけ仕事をして、これだけ成果を出したのだから、これだけの給料をください」と堂々と言います。これ は、プロ意識の一つの現れだと私は思いますし、そういった意識で仕事に取り組む社員が多いことが、いま日本の企業社会に外資系がどんどん進出している要因 になっているのではないでしょうか。
シビアな評価を社員に告げない日本の上司
でも、日本企業が外資系の価値観を人事・雇用面に導入しても、それに日本人の社員は馴染めないのでは、という心配もあります。あいまいな部分はあるとしても、人情や和を大事にする企業風土は必要だ、という意見についてはどうですか。
そこには大きな誤解があると思います。
外資系企業は、好業績の社員には高給で報い、逆に成績の上がらない社員は切り捨てますが、その前に必ず、業績に対する会社側の評価を当の社員に フィードバックします。ところが日本企業の多くは、勤務評定をしてもそれを詳しく本人に伝えることをしません。シビアな査定や事実を突きつけるのは、上司 にしてみれば言いたくないし、部下からすると聞きたくないからです。
仕事の評価をめぐって本当のことを言うことも聞くこともできない関係というのは、人情や和を大事にせよという以前の問題だと思います。上司と部下の 間に本当の信頼関係、お互いを思う気持ちがないから、それができないのではないでしょうか。たとえば私が仕事のできない社員で、パフォーマンスも悪いん だったら、それは会社から「梅森さん、今の評価のままではクビになっても仕方ありませんよ」と、きちっと指摘してもらわないと、最後は私も会社も困ること になるんです。評価のフィードバックも何もなしにクビを切られたら私は「えっ、何でオレが?」ということになるし、会社は私から「くそっ、この野郎!」と 恨まれることになるでしょう。実際、そういうケースが日本企業ではよく見られますよね。
上司としょっちゅう一杯飲んで「オレたちは仲間だ」とか言われていたのに、自分の評価だけは聞かせてもらえず、会社の業績が悪くなって呼び出された と思ったら突然クビ――なんていう日本企業のほうが、ドライな外資系よりもよほど非情だと私は思いますね。これは、日本企業の一番よくないところですよ。 家族主義とか終身雇用を掲げていたのに、急に方向転換して外資系のクビ切りだけをまねる。私には、社員に対する裏切りとしか見えません。
日本企業の転勤制度は人材教育に有効だ
日本企業の社員から社長まで意識改革が必要ですね。
そうですね。ただ私は、何でもかんでも外資系企業のやり方がいいと言うつもりはありません。また、それをそっくりそのまままねした制度を導入さえす れば、日本企業の人事制度の問題が解決できるとも思っていません。もともと日本人というのは、外国から輸入したものをアレンジして独自のスタイルをつくり 出すのが上手ですから、人事制度も同じようにできればいいと考えています。
日本企業が外資系の人事・雇用スタイルを導入していけば、今後、業績を上げ給料がどんと増える社員が出てくる一方で、給料が大幅に減る社員も増えて くるはずです。いわゆる「勝ち組」と「負け組」に、半々の数で分かれるのではないと私は見ています。上昇志向が強くて能力と運に恵まれた一握りの人たち ――2、 3人が勝って、「みんな」でそこそこ働いて生きていければいいという人たち――7、8人が負ける。会社にしてみたら、そうした7、8人にもまた、やりがい を持ってマキシム・パフォーマンスを発揮してもらいたい。「勝ち組」も「負け組」も重視する人事制度をつくっていく必要がありますね。
具体的なヒントがあれば教えてください。
今、多くの企業では「スペシャリスト重視」と言っています。それはそれで重要だと思うのですが、一方では、さまざまな仕事に触れることの効用も忘れ てはいけないのではと思います。たとえば、これまで日本企業が行ってきたジョブ・ローテーション(転勤)の制度などは、その価値を見直してもいいように思 います。
外資系企業の場合、転勤はほとんどありません。私は40代半ばで人事コンサルタントとして講演活動などをするようになり、それで初めて名古屋に行っ たんです。外資にいたころは、基本的に本国と東京しか眼中になかった。職種や仕事の中身を自分で選んでいるわけですから、転勤などせず、そこでパフォーマ ンスを上げることが大事とされていました。
でも、今、人事コンサルタントとして全国を飛び回るようになり、東京にいるだけではわからなかった地方の情報に直接触 れることができるようになった。それがもとになって、自分の物の見方や仕事の幅が広がったと実感しているんです。ジョブ・ローテーションの制度があれば、 一つの会社で働き続けていても、さまざまな職種を経験できるし、日本各地のリアルな現実も肌に感じることができる。会社に入った若い時分から「自分はこの 仕事で専門性を極めたい」という職業観を持っている人は少ないはずです。転職することなく、それぞれの人材が適職を見出していく機会を企業が用意できるの であれば、それに越したことはないと思います。
(聞き手・構成=松田尚之、写真=菊地健)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。