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キーパーソンが語る“人と組織”

「希望格差社会」が孕むフリーターの危険

山田 昌弘さん

東京学芸大学教育学部教授

億単位の収入を稼ぎ出す20代、30代の若き経営者が現れる一方で、正社員になれず年収100万円台というフリーターも珍しくない──「1億総中流」と言われた日本社会は今、「格差」の社会へと変わりつつあるのでしょうか。かつて「パラサイト・シングル」という言葉を生み出した東京学芸大学教授の山田昌弘さんは、近著『希望格差社会』で、今の日本社会は将来に希望を持てる人と絶望する人に分裂していくプロセスに入っている、と指摘します。そして、一生正社員になれない若者、一生フリーターで過ごさざるをえない若者は、今の生活を支えてくれている親たちがいなくなったとき、社会の不安定要因になるだろう、と。そのような悪循環に陥らないようにするには、何をどうすればいいのか。山田さんにうかがいました。


Profile
やまだ・まさひろ●1957年東京都生まれ。86年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。東京学芸大学社会学研究室助手、専任講師、助教授を経て2004年から東京学芸大学教育学部教授。専門は家族社会学・感情社会学。内閣府国民生活審議会委員、東京都児童福祉審議会委員なども歴任。『結婚の社会学』(丸善ライブラリー)『家族ペット』(サンマーク出版)『パラサイト・シングルの時代』『パラサイト社会のゆくえ』(ともにちくま新書)など著書多数。2004年11月に『希望格差社会――「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』(筑摩書房)を上梓。



1998年を境に人々は「希望」を失い始めた

―― 戦後の日本社会では、多くの人が「中流」の意識を持ち、他人との「格差」をあまり感じることなく生活してきたように思います。それがいつの頃からか、企業の「勝ち組」「負け組」などという言葉が人々の生活面に当てはめられるようになった。今も人々は一様に中流意識を持っているかもしれませんが、その生活水準を見ると、はっきり「格差」がついています。山田さんの近著『希望格差社会』では、「二極化」という言葉でその現象を捉えていますが、実際には、いつ頃からそのような「格差」が現れてきたのでしょうか。

人々の中流意識と生活基盤にずれが生まれて、「将来不安」の意識が表面化してきたのは1998年頃からだと思います。98年とは、実質GDP成長率がマイナス1%となった年です。企業ではリストラが頻繁に行われるようになり、その年の自殺者は前の年より約1万人も多い3万2000人に達しました。中高年の自殺が目立って増えたんですね。雇用が不安定になり、先が見えなくなるという背景があったからだと思います。

私の周りでも、1998年は変化を実感することが多かった。たとえば、私のゼミ生の就職状況が急に厳しくなりました。95、96年頃までは、いくつか企業を回れば内定の一つ二つ取れたのですが、98年を境にそうはいかなくなってきたんですね。私が学生の尻を叩いて危機感を煽り、就職活動の後押しをしてあげないとなかなか内定が出ない。幸い、今年の私のゼミ生はみんな就職できていますが、98年から大卒でもフリーターになる人が急に増えています。

山田 昌弘さん Photo

戦後の高度成長期から95年ごろまでは、いい大学を出ていい会社に入りさえすれば、人並みに安定した生活が望めて、老後も厚生年金で安心、という時代でした。それが現在では、大企業の正社員でもいつ失業するかもしれず、これまで絶対安心と思われてきたそんな生き方に「リスク」が伴うようになっている。同時に、人々の生活水準に「格差」が現れ始めて、「二極化」も進んでいる。その「格差」は、月給やボーナスの差といった「量的(経済的)な格差」ばかりではありません。能力ある一握りの人々が大成功している一方で、そうでない人は正社員として働くこともままならないという「質的な(職種やステイタスの)格差」も生まれているんですね。

そんなふうに社会の「リスク」と人々の「二極化」がはっきりしてくると、能力や親の資産がある人はまだしも、能力的にも経済的にも人並みと感じる人は将来不安が強くなって、「努力しても無駄だ」とか「苦労しても報われない」などと諦める人が出てきています。高度経済成長時代だったら、いま収入が低くても年齢とともに昇給していくから、いつか中流の生活に到達できるだろう、と思うことができたのに、そう思うことが今の時代はできません。

具体的な将来設計のないフリーターたち

―― とくに若い人たちは時代の変化に敏感ですから、将来の自分の人生に絶望する人も多くなりますか。

多くなりますね。「量的格差」と「質的格差」の両方に直面して今の若者の多くは、親の世代が維持してきた「中流」の生活に自分は手が届かないだろうと思い始めています。実際、25歳から34歳までの未婚の若者1000人を対象に私が行った調査でも、「将来の生活が今以上に豊かになる」と回答した若者は少なく、「今より豊かでなくなっている」のほうが圧倒的に多かった。若者が希望を失っている。こんな状況は、これまで日本の社会は経験がありません。

98年を境に大卒でもフリーターになる人が増えたと言いましたが、99年にフリーターなど不安定雇用の若者の数は前年よりも約63万人も増えて約385万人になっています。フリーターでも一時的な滞留で済めばいいんですけど、ここまで数が多くなると、一生フリーターで生きていくしかない人が増えるでしょう。自分はもう、一生フリーターとして人にこき使われて生きていくしかないと、そんなふうに感じる人たちが仕事で努力しようと思うでしょうか。

―― フリーターになった若者は自分の将来について具体的な設計を考えていないのでしょうか。

私は数十人の若者へのインタビュー調査を各地で行ったのですが、多くのフリーターたちは将来について具体的に何も考えていませんでした。ただし、夢はあるんです。「バンド活動をしています。将来、それで売れなかったら、死ぬつもりです」などと言うフリーターもいました。30代前半の男性です。今のところバンド活動は赤字で、アルバイトで得る年収は150万円くらい。もちろん親と同居です。

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青森で出会った20代後半の女性のフリーターは、スーパーのレジ係を3カ月ほどやり、それでお金を貯めて好きなバンドの追っかけをしていました。お金がなくなると実家に戻り、スーパーのレジ係をまた始める。そんな生活を5年ほど続けているんですね。将来の夢は? と訊いたら、「そのバンドのメンバーと結婚することです」と。もし結婚できないときはどうするの? と訊くと、「そこまで考えていません」と言う。

NPOの専従事務局員をしている30代前半の男性は、月収が4、5万円程度でした。NPOとはいえ働いている時間はすごく長いので、時給に換算すると 200円程度にしかならない。「好きなことをやっていますから、満足です」と言う。でも、将来は? と水を向けると「あんまり考えていません」と。

将来不安を打ち消すために非現実的な夢を見る

―― その3人のフリーターたちは、自分の将来の見通しが立たないから、考えないようにしているのでしょうか。

考えないというよりも、考えたくないのだと思います。将来に希望が持てず、それを考えると暗くなるから「現在」に逃げ込んでいる、と言うこともできるかもしれません。むろん、彼らの夢の可能性がゼロだとは言い切れないし、「負け犬」と言われていた女優が玉の輿の結婚をしたとか、そういうニュースが流れると、誰しもそういう夢のようなことがいつか自分にも起きるかもしれないと思うでしょう。でも、すべてのフリーターたちの夢が実現することなんてあり得ません。「宝くじが当たれば」みたいな非現実的な夢を追いながら、不安な日常を暮らしている、というのが今のフリーターの若者に共通することではないかと思いますね。

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かつて夢を持っていたけれど、30歳を過ぎた頃から夢も将来も何も考えなくなったというフリーターも少なくありません。20代で作曲の賞を獲り、その気になって音楽の道を目指したけどダメで、結局就職しそこなったという男性は「今は運送のバイトを毎日こなしているだけ」と言っていました。将来飲食店をやりたいと思っていたのに、実際に飲食店でアルバイトをするうちにそれを諦めたという男性もいます。今、朝は魚河岸の仲買、夜は飲食店とアルバイトを掛け持ちし、「飲食店の経営がこんなに大変だとは知りませんでした。自分にはとてもできません」と言うのです。

フリーターというと、組織に縛られず、好きなことをして暮らしている自由人というイメージを抱く人もいるでしょうが、私は、今の彼らをそんなイメージで捉えることができません。むしろ、さっき言ったように、将来不安を打ち消すために非現実的な夢にすがっているように見える。問題は、彼らがこのまま40代 50代を迎えて、今の生活を支えてくれている親たちが弱ったり死んだりしたときです。「しまった」と思っても遅い。彼らは自分の生活を自分で支えられないでしょう。高齢を迎える元フリーターが相次いで生活の破綻に見舞われて、100万人、200万人という規模で存在する社会は、どのようなものになるでしょうか。

フリーターが社会に見捨てられたとき何が起きるか

―― 職業的に不安定な人々が増えたり、大量のフリーターが経済的に落下したりすれば、社会福祉費など経済の領域に影響が及ぶのは必至だと思います。

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その影響は経済の領域だけにとどまらないでしょう。人々は仕事を通じて自らのアイデンティティを感じるのであって、不安定な雇用や生活を余儀なくされるとそれを見失いがちになります。そうして「俺は社会から見捨てられた」と、将来に全く絶望する人が大量に現れてくるような状況になれば、その中から反社会的な行動に走る人が出てきてもおかしくないと思うんですね。

実際、その兆候は現れていると言えるかもしれません。ここ数年の凶悪犯罪――2002年に起きた大阪教育大附属池田小学校の事件や、多発している幼女連れ去り事件の犯人の多くは中年の無職男性です。

―― そのような状況の深刻化を防ぐには、どうすればいいでしょうか。

夢ばかり見ているフリーターに対して自分の能力を見きわめさせる。能力に不釣合いな期待を持っているのなら、その見直しをさせないといけません。たとえば、「職業カウンセリング」のようなシステムを学校教育から一般レベルまで導入し、その人の能力と現実との間の調整を行って、能力に合った職業に就くように導く。

また企業は、フリーターを使い捨ての労働者と見なさずに、育てていくシステムを考えなければいけない。以前に、フリーターとして活動しているゲームソフトの映像技術者にインタビューしたことがあるのですが、印象に残ったのは「アメリカでは年齢が高くなっても仕事ができる仕組みがある」と言うのです。日本では年をとるとアルバイトの口もかからなくなるけれど、アメリカではキャリアの浅い人、中堅、ベテランそれぞれに、こういう仕事という仕組みがある。だから将来の見通しが立てられる、という話でした。日本の企業の中にも、フリーターであっても昇進試験を受けることができ、正社員などに登用するシステムを導入しているところがあります。フリーターを単なる一時的な労働者として扱うのではなく、現在の仕事の経験を生かそうとするフリーターに対してはきちんと報いる。そんなシステムをつくることが大事だと思いますね。そして、そうした対策を学校教育から企業、政府機関まで統合したビジョンの下に講じて、早急に実施していくことです。

(取材・構成=大崎直美、写真=中岡秀人)


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