なぜ伝わらない、わからない、
誤解だらけの職場コミュニケーション
東京大学大学総合教育研究センター准教授
中原 淳さん
東京大学大学総合教育研究センター准教授の中原淳先生は、毎週必ず数社の企業を訪れ、人材育成や経営企画の担当者にヒアリングを行っています。「OJTが機能しない」「現場に理念が浸透しない」「社員がキャリアを描けない」――担当者の訴えるさまざまな悩みを聞くうちに、中原先生はそれらがすべて「組織内のコミュニケーション不全」という同じ根を持つ問題であることに気づいたのです。では、どうすれば解決できるのか。「大人の学びを科学する」-教育学の観点から、縦横無尽に語っていただきました。
なかはらじゅん●1975年、北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部、大阪大学大学院人間科学研究科卒業後、文部科学省メディア教育開発センター助手、米マサチューセッツ工科大学客員研究員などを経て、2006年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業組織における人々の学習・成長・コミュニケーションを研究している。学習環境デザイン論、人材開発論、コミュニケーションデザイン論。東京大学にて「学びの公開研究会:Learning Bar(ラーニングバー)」を主宰。共編著・共著に『企業内人材育成入門』『ダイアローグ 対話する組織』(ダイアモンド社)等。
教育学のニッチを拓いた「働く大人の学び」研究
中原先生は教育学者の立場から企業の人材育成を研究していらっしゃいますが、そもそもなぜ教育学の道に進まれたのですか?
自分でいうのも何ですが、僕は、高校3年生の頃、本当に勉強したんですよ。1日十数時間の勉強を自分に課しました。しかし、目的を達成した瞬間に、目の前の世界のすべてが色褪せました。何をやってもシラけるのです。合格したとたん、勉強がすっかり嫌になってしまって、教養課程の2年間は、授業には、あまりでませんでした。俗にいう「ユニバーシティ・ブルー」という状況ですね。一時期、「学びから逃走」していたんです。しかし、たまたま受けた「教育」の授業だけは何となく興味を引かれたんです。自分があれほどまでに打ち込んだもの、しかしながら、目的を達成するや否や、急速に色褪せてしまったものの「正体」が知りたかったのかもれません。なぜ、「学び」はかくも「僕」を支配するのか。結局、「学び」という活動の不思議さに魅せられて、教育学部に進むことにしました。教育学部に進んだら、これが案の定、面白くてしようがない。「学び」について考えることは、「自分のあり方」を考えることに近いな、と思っていました。それまでとは打って変わって、授業は毎回、教授の真正面で聞いていましたね。
最初は、子供を対象とする「協調学習」を研究していました。協調学習とは、「複数人の学習者がコミュニケーションや対話を通して学ぶこと」です。それを支えるための仕掛けや学習効果について研究をしていました。大学院に進み、博士号を取るまでは、そういうテーマをずっと追いかけていました。しかし、「博士号」という目標を達成したあと、また僕は壁にぶちあたります。
協調学習の研究者も昔は少なくて、貴重だったけれど、だんだん増えてきていたんです。それに、その研究の中心は欧米でした。欧米の研究者がつくった「土俵」の上で、研究をするのが、だんだんとイヤになってきました。僕にしかできないことは何なのかを、考えさせられました。それで次に研究対象にするなら、誰もやっていないことをやりたかったのですね。さんざん考えたあげく、子どもじゃなくて“大人”の研究をしようと思いました。さらには、学校じゃなくて“職場”だなと。
当時、「大人」と「職場」に関係する学習研究といえば、ブルーカラーや高度専門職に関する「大人の学習」に関する研究はありました。そういう研究は面白いと思うものの、どこかで僕にとってリアリティがなかったんです。満員電車に乗れば、ホワイトカラーのビジネスパーソンでいっぱいでしょう。僕が満員電車の中でいつも目にしているビジネスパーソンを研究対象にしたいと思いました。
ビジネスでいえば、超有望なニッチ市場を見つけたような感じですね。
まさにニッチです。圧倒的なボリュームゾーンなのに意外と見逃されていたんです。ただし「これはいいぞ」と喜んだのも束の間でした。いざ研究フィールドを開拓しようと思うと、僕は経営学者ではないし、経営学者の知り合いもいないから大変だったんです。要は、企業とのパイプがまったくない。ヒアリングを申し込んでも、データをとりにいっても、完全に「あなた、誰?。ここは学校じゃないんだよ」という感じでしたね。
当時は、全く、研究ができませんでした。というわけで、「教育の知識も、人材育成に役に立つんだよ」ということと、自分のことを知ってもらおうと思い、有志で教科書(企業内人材育成入門)を書いたり、各種のイベントを開催しはじめました。全く研究にならない事態を打開するのに数年はかかりました。ようやく、データ収集に協力が得られるようになったのは、ここ1~2年のことなのです。今からが自分にとっての「第二のスタート」だと思って、研究を進めています。
でも、当時は、それでもめげずに、最初はとにかく企業の現場へ行くことを自分自身に課していました。チャンスを少しでももらったら、必ず現地で話を聞こうとしたのです。僕の一番最初の研究は、小学校の現場に一年間通ってデータを収集・分析する研究だったのです。一年間港区のある小学校に通って、フィールドノートを片手に、現場での子どもたちの変容の様子を記録していました。「同じことをゼロからはじめればいいのだ」と思いました。同じスタイルで、徹底的に企業のヒアリングを重ね、人事部の育成担当者や現場のマネジャーに話を聞きまくったんです。
でも、人事部の方や現場のマネジャーと、ずいぶんトンチンカンな受け答えをしていたと思いますよ。何しろ畑違いだし、企業に就職した経験もないし。たとえば、組織の「ライン」って言いますが、あれの意味がわからなかった。ラインって何? どこにつなぐ“線”のこと?って(笑)。その日覚えた“新出ビジネス用語”を、家に帰ってノートにまとめたりしていましたからね。そもそも人事という仕事さえ、当時はよくわかっていなかった。
というと?
僕は、やっぱり教育学ですから、「人事=育成」のように見ていたところがあったんです。でも、じつはそれ以外にも人事には「採用」「処遇」「異動」「配置」といった機能があり、人材育成もそういうほかの機能と切り離せないんだということを、企業のヒアリングに行くようになってからようやく知ったくらいなんですよ。
社員は自分に組織理念が浸透してほしいとは思っていない
でも、教育学という異なる分野の視点をお持ちだったからこそ、組織の現場でいま起きている問題についても先入観にとらわれず、企業人や経営学者には見えない本質的な部分を見抜くことができた。言い換えれば、先生の研究者としての「コアコンピタンス」ですね。
そういう部分はあるかもしれませんね。少なくとも経営学的な見方はしたくてもできないですからね。それは「弱み」でもあり「強み」でもあるのかもしれません。企業の人事担当者や現場のマネジャーと話していて、僕が気づいたのは、みんな「OJTがうまくいかない」とか「経営理念が伝わらない」とか、「知識の共有が進まない」とか、いろいろ企業内の問題を訴えてくるんです。経営学ならば、これらの問題はそれぞれ「人材育成」「ミッションマネジメント」「知識創造」という「領域」で考えます。しかし、教育学者の僕から言わせれば、それらは結局、「同根」のように見えたのですね。「コミュニケーションを通じた学習」や「コミュニケーションを通じた知識の共有・伝達」という問題にすべて帰着する。それなのに、現場の経営企画の方は「経営理念の問題」だとし、現場の人は「OJTの問題」だというんです。すべての悩みの根本にあるのは「コミュニケーションの不全」。要するに、「なぜ、伝わらないのか」「なぜ、人と人が対話しているのに、学べないのか、変わらないのか」ということでしょう。そこを見つめ直さないで、あちらこちらの部署でてんでバラバラの対処療法ばかり打っていることが不思議でしかたがなかった。
いま「ミッションマネジメント」や「ウェイマネジメント」がある種の“ブーム”になっています。「理念が浸透しない」ことが問題視されるということは、会社がそれだけ現場に、何らかの「理念」を浸透させたくてしかたがないということでしょうか。
マネジメント側からすればそうでしょうね。理念には「成員統合機能」があると言われていますから。組織の行動指針になるし、一体感の醸成やモチベーションの維持にも効果があるとされています。さらに経営環境が刻々と変化するなかで、どの企業も自ら変わっていかざるをえません。その変革の指針になるのが理念であるとも言われています。人材も働き方もどんどん多様化しています。当然、「どう変わるか」という「変革の拠り所」が必要になってくる。だから、理念を浸透させるためのミッションマネジメントが求められるんです。
でも、それはあくまでもトップやマネジメントから見た「理念」ですよね。重要なのはわかるけれど、現場の個人からすると……
ピンとはこないでしょうね。理念浸透する方は、自社の社員に「理念浸透」したいと願いますが、社員にとっては「理念浸透」されたくないものです(笑)。ただし、理念は個人にとって、けっして不要なものではないと思っています。
個人環境適合理論の観点から見れば、「組織がもつ価値観」に「個人の価値観」が適合したとき、その人は、働きがいをもって仕事ができるのです。個人からすれば、「組織」と「自分」のあり方が重なったほうが、よいのではないでしょうか。個人の仕事と組織のあり方の間にバランスをとることが重要なのではないでしょうか。
ただし、そうした状態を実現する手段として、いわゆるミッションマネジメントにおける「理念浸透策」というものが適当なのだとは全く思いません。企業の行う「理念浸透の方法」が、あまりにプリミティブだと思うのです。「理念浸透の方法」といいますけれど、僕の目から見れば、それは「学習方法」に見えます。理念浸透策として、よくあるのが社内報でしょう。それから手帳にクレド、額に飾る社訓など……
一番多いのは、朝礼での「唱和」かもしれませんね。
いずれにせよ、非常にプリミティブな学習方法でしかない。教育の授業に例えれば、先生が生徒に、叩き込みたいことをずっとしゃべっているようなものです。そんな授業はありえない。たんなる説教になってしまいます。だから浸透策のあり方を、個人にメリットがあるように組み替えなければいけません。働く人は、できれば、組織の持つ価値観と自分の仕事との間にバランスを取りたいと願うものなのではないでしょうか。もし仮にそうだとするならば、「自分の仕事の中に組織の理念を見いだしてもらうこと」で、組織が大切にしたい考え方を「理解」してもらうほうがよいのではないかと思います。実際、ミッションマネジメントに取り組んでいるいくつかの企業にヒアリングをして、そう確信しました。このあたりは、今年から、某団体と大規模な調査研究を開始することになっています。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。