ウィズコロナ時代の企業研修のあり方
オンライン研修で自律的な学びを促す「オンデマンド」の有効性とは
熊本大学 教授システム学研究センター長・教授 同大学院 教授システム学専攻長
鈴木克明さん
新型コロナウイルス感染症の流行で、対面での集合研修を行うことが難しくなり、オンライン研修に切りかえる企業が増えています。しかしながら、「オンラインでは受講者の反応がわからない」「受講者同士の学び合いが生まれにくい」など、課題の声も聞かれます。企業の人材開発担当者は、オンライン研修をどのように企画・運営していけばいいのでしょうか。教育設計の第一人者で、約15年にわたり、オンラインのみの大学院でeラーニングの専門家を養成してきた、熊本大学教授の鈴木克明先生にお話をうかがいました。
- 鈴木 克明さん
- 熊本大学 教授システム学研究センター長・教授 同大学院 教授システム学専攻長
すずき・かつあき/千葉県生まれ。国際基督教大学教育学科卒業、米国フロリダ州立大学大学院修了、Ph.D(教授システム学)。東北学院大学、岩手県立大学を経て、2006年から創立専攻長として熊本大学でインターネット型大学院でのeラーニング専門家養成にあたる。日本教育工学会理事・会長、教育システム情報学会顧問、日本教育メディア学会理事、日本医療教授システム学会常任理事、日本eラーニングコンソシアム名誉会員など。主著に『教材設計マニュアル』『研修設計マニュアル』(いずれも北大路書房)などがある。
かつてのeラーニングムーブメントの失速と重なる、コロナ禍でのオンライン化
はじめに、鈴木先生の研究領域について教えていただけますでしょうか。
研究領域はひと言でいえば「教育工学」です。教育工学とは、工学的な手法を教育にどう生かせるかを考える学問のこと。その教育工学の一分野に、インストラクションデザインがあります。教育の効果や効率、魅力を高めるための手法やモデルを構築したり、それらを応用して学習支援環境を実現したりする学問です。2006年に着任した熊本大学では、このインストラクションデザインを軸に、オンラインのみの大学院でeラーニングの専門家を養成しています。
新型コロナウイルス感染症の拡大により、多くの企業がオンラインによる研修を導入しました。日本企業におけるオンライン教育の現状を、どのようにご覧になっていますか。
率直に「たいへんなご苦労をされているな」と思って、見ています。他人事のような発言だと思われるかもしれませんが、なぜこのような言い方をするかというと、私が所属している熊本大学大学院は、もともと100%オンライン授業だからです。2020年4月に非常事態宣言が発出されたときも、2016年の熊本地震のときも、学びが止まることはありませんでした。
約15年、オンラインのみの授業に携わってきた人間からすると、「教育や研修のほとんどはオンラインでできる」とわかっています。ただしそれは、入念な準備をしていれば、という前提があっての話です。今回のコロナ禍のように、無防備で何の準備もなく、企業側も社員も「オンラインにしたい」という思いがない中で、オンライン教育を推し進めていくことは容易ではなかったと想像します。
鈴木先生は2020年4月、国立情報学研究所が運営するYouTubeチャンネルにおいて、教育関係者に向けて、コロナ禍における遠隔授業デザインをテーマにプレゼンテーションをされています。その動画のなかで「非常事態では無理をしないことが大切」とおっしゃっていますが、それは企業研修でも同じでしょうか。
コロナ禍や震災などの非常時において、まず大切なのは、学びを止めないようにすること。また、これまでオフラインで手がけていたことを、そのままオンライン化するような無茶なことは止めましょうとお伝えしました。大切なのは「同じ形ではなく、同じ価値を追求すること」だと。
というのも、コロナ禍で人の接触を避けるために、単純にこれまでやっていたことを「オンラインで代替しよう」という流れは、かつてのeラーニングのムーブメントと重なるからです。2000年頃から、企業内研修を中心にeラーニングが注目されました。これまでの教育の問題を一気に解決するかもしれないと急速に期待が高まりましたが、科学的な研究成果に基づいた教育技法の見地からデザインされたものではなかったため、「期待外れだ」と見なされてしまった。あのときの二の舞にならないように、という思いがあります。
オンラインで取り組む予定ではなかったことを無理にオンライン化しようとすれば、莫大な手間暇や環境整備が必要になるでしょう。そんなに単純に代替できる話ではありません。まっとうなオンライン教育は、何の準備もなく、すぐにできるものではないのです。
オンライン教育を、対面研修の代替手段にしない
企業が今後、オンライン研修を計画・実施していく際に、重要なことは何でしょうか。
前提として「オンライン教育はセカンドチョイスではない」ということを、声を大にしてお伝えしたいです。研修の手法としては「対面」が最も良いもので、「オンラインや遠隔」はその代替手段だと捉えられていますが、オンラインにはオンラインの良さがあり、対面よりもすぐれている部分がたくさんあります。忙しい人でも、隙間時間で受講できる。一度コンテンツをつくってしまえば、その後はコストをかけずに実施できる。しかも一度に、何百人・何千人もの社員に向けて配信できます。利便性やスケールメリット、そして研修効果は、実はとても高いのです。
私はこのコロナ禍を、ゼロベースで企業研修を見直す一つの契機にしてほしいと考えています。たとえば、4月から始まる新入社員研修は本当に必要なのか。惰性でやっている部分はないか。必要なのであれば、どのコンテンツを対面にするのか、あるいはオンラインでやるのか。前年のやり方に捉われず、研修の目的やゴール、プロセスの設計を見直すのに、これほどいい機会はありません。
鈴木先生は、研修方法を見直すときのキーワードとして「教えないこと」を挙げていらっしゃいます。対面研修をオンライン研修に切りかえる上でも、これは大事なポイントになりますか。
「教えないで、いかに学んでもらうか」は、研修担当者が肝に銘じておくべきことでしょう。そもそも人材開発の基本は「自分の職能は自分で磨く」ことにあります。それを助けるのが上長の役割で、その上長が手に負えないようなところを人材育成の専門家がサポートする。これが、あるべき構図です。対面であれ、オンラインであれ、社員の自律的な学びを促す内容になっているか。ここはしっかりと見ておきたいポイントです。
しかし実態としては、残念ながら、研修担当も従業員も「親切すぎる研修」に慣れているのではないかと危惧しています。すべて研修担当者がお膳立てし、「ここからここまでをやってください」「わからなかったら聞いてください」という、ともすれば指示待ち人間を許容するような状況に陥ってしまっている企業も多いのではないでしょうか。
ただ、コロナ禍でオンライン研修が普及し、「指示待ちの人」と「自律的に学ぶ人」の差がどんどん広がっている、という側面はあります。対面であれば、参加者全員に等しく目が届き、励ましたり、適宜サポートしたりすることが可能でした。一方オンラインでは、社員に任される範囲が大きく、やり方も自分なりに工夫しなければならない。つまり、自分で学べる人が有利な環境なのです。しかし、それはオンライン研修の課題ではなく、本来そうあるべきものなのだと思います。
大切なのは、「リアルタイム」と「オンデマンド」を区別し、いかに組み合わせるか
今後、「対面研修」と「オンライン研修」を併用したいと考えている企業は多いようです。ハイブリッド型の研修を行う際の注意点は何でしょうか。
オンラインと一口にいっても、「リアルタイム(同期型)」と「オンデマンド(非同期型)」があります。この二つをしっかりと区別して、組み合わせることが重要です。
ご質問の「対面研修とオンライン研修のハイブリッド」という表現は正確ではありません。「対面」と「リアルタイムのオンライン」は、実はほぼ同じ。1ヵ所に集まるか、サテライトや自宅など複数の研修会場から参加するかという違いがあるだけで、リアルタイムで進行する特性は同じです。
リアルタイムの研修では、参加者全員が同じ時間を共有します。ペースメーカーとして締め切りを設けるときには有効ですが、自分なりの学びは深まらない。とくにインプットには全く向いていません。リアルタイムの研修でインプットをやろうとすると、早すぎてついていけない人と、遅すぎて飽きてしまう人が混在することになる。これは、従来の対面研修の弱点でもありました。ハイブリッドを目指すのであれば、「インプットはオンデマンド、アウトプットはリアルタイム」で対応したほうがいいでしょう。
鈴木先生が携わっていらっしゃるオンラインのみの授業でも、「リアルタイム」と「オンデマンド」を組み合わせているのですか。
本大学院の場合は、忙しい社会人の方が受講していることもあり、「オンデマンド」が中心です。レポートを提出する際も、まず、ネット上の専用掲示板にアップしてもらいます。その掲示板は、他の受講生も内容を閲覧できるようになっていて、意見や感想を書きこむことができます。受講生は他の受講生から寄せられた感想や指摘を読んで、内容を見直し、最終的なアウトプットを教員に提出する、という流れになっています。
掲示板にレポートをアップしたり、他人のレポートを読んだり、コメントを書きこんだりする時間は自由です。朝に書きこむ人もいれば、夜に書きこむ人もいます。課題を聞いてから1時間考えて提出する人もいれば、数日考えてから提出する人もいます。オンデマンドの良いところは、「自分のペースで取り組める」「個人差に対応できる」点です。
グループワークなど、リアルタイムでアウトプットの場を設けるときには、参加者それぞれが考えて、自分のアイデアをまとめる時間が必要ですよね。自分のアイデアをまとめるところは「オンデマンド」で行い、そのアイデアを持ち寄って、対面やサテライトなどで「リアルタイム」の研修を行うのが、最も効率的で効果的です。
企業研修において「オンデマンド」の視点は、語られる機会が少ないように感じます。
そうですね。企業研修の効果を高める次の一手は、リアルタイム研修にどうオンデマンドの要素を組みこんでいくか、ではないでしょうか。そう難しいことではありません。本大学院のようにネット上の掲示板でいいのです。あるいはGoogle Docsのようなサービスを使って共有するのもいいでしょう。お互いの書きこみが刺激になったり、他人が指摘されているのを見て自分のレポートを見直したりする学び合いは十分にできます。ダイバーシティを重視したグルーピングをすれば、刺激がさらに増え、発想も広がるでしょう。
ただし、掲示板利用の最適人数は30名までであることが、これまでの研究成果からわかっています。人数が増えれば、主体性が失う人が出てきたり、反対に全部一人でやろうとする人が出てきたりする。それはリアルタイムも、オンデマンドも同じです。
鈴木先生の授業では、どのようなチーム編成にされているのでしょうか。
私の授業では、トリオでチームを組んでいます。三人でチームを組むと、必ず二人にコメントをつけることになるので、学び合いにちょうどいいのです。トリオで一つの作品をつくるのはとても難しいことなので、まずは個人ワークに取り組み、お互いに評価し合った結果を教員が添削して、合否を出しています。これを繰り返したあと、グループワークを行います。グループワークというのは難易度が高くて、いきなりチームを組んでもうまくいきません。段階的に難易度をあげていくことを意識して、カリキュラムをつくっています。この視点は企業内研修においても応用できるはずです。
前年通りの研修を行えないコロナ禍は、本質的な研修改革のチャンス
オンライン研修を導入している企業の人事担当から「受講者の反応がわかりにくい」という声や、「対面研修では研修前後の雑談などで、受講者の理解度や疑問点を把握できていたが、オンラインだとそれが難しい」という意見がよく聞かれます。このような課題は、どうすれば解決できるでしょうか。
「受講者の反応がわかりにくい」という声はたしかによく聞きますが、そもそも受講者の反応は何のために必要なのかを考えたいところです。
アメリカの経営学者であるカークパトリック博士が1959年に提案した教育評価法のモデル「カークパトリックの4段階評価法」では、リアクション(反応)はレベル1です。もちろん、受講者の反応は大切ですが、レベル1に留まっていては、決して良い研修とはいえません。4段階評価法のレベル2である「学習到達度の評価」や、レベル3の「行動変容の評価」のほうが重要です。学習到達度、つまり成果の部分をきちんとチェックしていないから、反応が気になるのではないでしょうか。日本は、わりとプロセスを追う傾向がありますが、しっかりと学べていることが結果として証明できれば、ある意味、プロセスは見えなくてもいいわけです。
研修前後の雑談に関しても、私の考え方は同じです。研修で重要なのは、講師が何を伝えるかではなく、受講者が何をできるようになるか。受講者の行動変容につながらない研修は、はっきり言って、意味がありません。研修のゴールをどこに設定するのか。そのための課題は何か。受講者の学習到達度や行動変容をどのように計測するのか。これらをデザインしなければ、本来、研修は始められないはずです。
私もオンラインで講演をするとき、前後に名刺交換をしたり、雑談をしたりする時間がなくて寂しく感じます。雑談したい気持ちもわかりますが、講演ではなく研修の場合は、受講者の理解度を「研修のなか」でしっかりと確認しなければなりません。受講者一人ひとりの学習成果をチェックせず、ただ参加するだけ、座って話を聞いているだけで良しとする研修を行っているのであれば、それは意味がないと言わざるを得ません。
これまでの研修をどうオンライン化するかを考えるのではなく、そもそもの研修の目的や目標に立ちかえり、効果検証の方法などを含めた研修デザインそのものを見直す必要がありそうです。
コロナ禍で前年通りの研修ができないいまが、変えるチャンスです。「いま変えずに、いつ変えるんだ」という意気込みで、ぜひ取り組んでほしいですね。
現在は、流行に乗って商品やサービスをつくれば売れる時代ではありません。だからこそ、経営トップの人材育成に対する期待は年々高まり、「戦略人事」の必要性も叫ばれています。
カークパトリックの4段階評価法のレベル4はResults(業績)。研修成果を業績向上につなげていくためには、まずレベル3の行動変容を促していかなければなりません。そのためには、レベル2の学習到達度をしっかりと確認する必要があります。研修受講者が研修の目標に到達し、その学びを職場に持ち帰って、業績向上につなげていく。自社の研修がこのサイクルをつくれているかどうか、いま一度、確認してみてください。
最後に、企業の人事や教育担当者に向けてメッセージをお願いします。
イノベーションの普及学では「困ったときが新しいことを採用してもらうチャンス」だといわれています。皆さん、コロナ禍で本当に困っていますよね。こんなときだからこそ、もうひと踏ん張りして、「研修にインストラクションデザインを取り入れてみませんか」「研修成果は、社員の行動変容まで追っていきましょう」などと提案してほしい。うまく動くことができれば、「業績が上向き、従業員満足度が高まったのは、コロナ禍のときに動いた結果だよね」とのちに語られるような分岐点をつくれます。
正直、コロナ禍の前は、戦略人事の必要性を語られても、“自分ごと”と捉えられない方も多かったのではないかと思います。しかし、いまは違いますよね。例年通りの研修や教育が物理的に行えなくなり、変えざるを得なくなりました。どうせ変えるのであれば、さらに一歩上を目指してほしい。本質的な研修改革を実行し、経験や勘に頼るのではない、ビジネスにつながる企業研修を実現することを期待しています。
(取材:2021年2月1日)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。