脳科学を活かしたテレワーク時代の働き方とコミュニケーションとは?
~「脳科学を活かして考える これからの『働き方』と『組織のあり方』」追加レポート~
島田由香さん(ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社 取締役 人事総務本部長)
枝川義邦さん(早稲田大学 理工学術院 教授)
日本の人事部「HRカンファレンス2020-秋-」で開催したパネルセッション『脳科学を活かして考えるこれからの「働き方」と「組織のあり方」』。視聴者の皆さまから多くの質問や意見が寄せられましたが、セッションの中で取り上げられなかったものも多かったため、ご登壇いただいたユニリーバの島田由香さん、早稲田大学の枝川義邦さんに、後日、インタビュー形式で回答していただきました。「テレワーク下でのコミュニケーション」「多様化する働き方」「仕事に活かす脳科学」をテーマに、その知見をシェアしていきます(写真は「HRカンファレンス2020-秋-」より)。
- 島田由香さん
- ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社 取締役 人事総務本部長
しまだ・ゆか/1996年慶應義塾大学卒業後、日系人材ベンチャーに入社。2000年コロンビア大学大学院留学。2002年組織心理学修士取得、米系大手複合企業入社。2008年ユニリーバ入社後、R&D、マーケティング、営業部門のHRパートナー、リーダーシップ開発マネジャー、HRダイレクターを経て2013年4月取締役人事本部長就任。その後2014年4月取締役人事総務本部長就任、現在に至る。学生時代からモチベーションに関心を持ち、キャリアは一貫して人・組織にかかわる。高校2年生の息子を持つ一児の母親。米国NLP協会マスタープラクティショナー、マインドフルネスNLP®︎トレーナー。
- 枝川義邦さん
- 早稲田大学 理工学術院 教授
えだがわ・よしくに/東京大学大学院を修了して薬学の博士号、早稲田大学ビジネススクールを修了してMBAを授与された後、早稲田大学スーパーテクノロジーオフィサー(STO)の初代認定を受ける。研究分野は、脳神経科学、人材・組織マネジメント、マーケティングなどで、早稲田大学ビジネススクールでも教鞭を執る。一般向けの主な著書には、『「脳が若い人」と「脳が老ける人」の習慣』(アスカビジネス)、『記憶のスイッチ、はいってますか~気ままな脳の生存戦略』(技術評論社)、『「覚えられる」が習慣になる! 記憶力ドリル』(総合法令出版)など。2015年度早稲田大学ティーチングアワード総長賞、2017年度ユーキャン新語・流行語大賞を「睡眠負債」にて受賞。
テレワーク下でどうコミュニケーションを活性化させるか
リアルで顔を合わせないテレワークでは、日常的な会話や出会いが少なくなりがちです。その結果、相互理解やコミュニケーションが円滑に進まないこともあります。従業員同士のコミュニケーションを活性化させるためには、どのような取り組みが有効なのでしょうか。
島田:まず、「オンラインだとコミュニケーションが難しくなる」という思い込みをなくすべきだと思います。マネジャーがそう考えていると、そのチームは本当にうまくいかなくなるという調査結果もあります。
もちろん、オンラインとオフラインは違いますが、どちらが優れているという話ではありません。大切なのは、その違いを前提にコミュニケーションを考えることです。
一番の違いは、テレワークでは周囲の雑談やミーティングの声が自然に耳に入ってこないため、偶発的な情報との接点がなくなることでしょう。それをカバーするには、オンライン会議の冒頭などに何気ない話をする時間をつくって、良かったことや新しい情報などを意識的にシェアすればいいと思います。私の経験では、雑談ルームのようなものをつくるより、その方がコミュニケーションをとりやすいですね。
「ラジオ的なコミュニケーション」にも取り組んでいます。毎朝15分程度、私ともう一人のメンバーがいろいろな会話をしているのを、メンバー全員がラジオのように聴くんです。時には話に割り込んでくるメンバーもいるなど、気軽な情報共有の場として機能しています。また、「メンバー全員がミーティングに参加しない時間」をつくることで、誰に対しても遠慮なく電話やチャットで質問や確認ができるようにしています。
このような気軽にやりとりできる環境をつくったうえで、リーダーは、メンバーが発言しやすいように「あなたはどう思う?」などとファシリテーションしていくことが大事です。
またオンラインでやり取りをする際は、カメラをオフにせず、しっかりと「顔出し」することも必要です。画面越しでも気持ちが伝わりやすいように、身振り手振りもまじえながら、大げさに反応するといいと思います。
デジタル機器を介したコミュニケーションで、「感情的」な部分を補う方法があればお教えください。
枝川:文字のみのコミュニケーションでは「顔文字」も有効です。ごく簡単な顔文字でも、感情は十分に伝わります。「メラビアンの法則」は「人の評価は見た目の第一印象で決まる」などと拡大解釈されていますが、本来は「感情や態度が伝わりにくい状況においては、メッセージ内容よりも、表情や声の調子の方が優先される」という法則です。その内訳は、「視覚情報」が55%、「聴覚情報」が38%、「言語情報」が7%。顔文字は視覚情報であり、顔の認識の性質も考え合わせても、オンラインで感情を伝える手段としての活用が期待できるでしょう。
ビデオ会議では「視線」も重要です。たとえばノートPCの場合、画面ばかりを見ていると、どうしても伏し目がちになり、相手は感情が読み取りにくくなります。また、回線状況が悪くて音声が途切れがちになるのも、相手に良い印象を与えません。
オンラインでのコミュニケーションにはそういったインフラの問題があることを前提に、カメラの位置、声の大きさやトーンを考えるなど、対面の時よりも丁寧に情報を伝える努力が必要です。
オンラインコミュニケーションでは、人間の「五感」のうち、視覚と聴覚しか使えません。そのため、対面であれば発言する必要のないことも含めて、きちんと言葉にして伝えることが大切です。「曖昧なことはネガティブに受け取られる」くらいの思いで対応すべきでしょう。
また、ミーティングの最後をしっかり締めると良い印象が残ります。「ピーク・エンドの法則」といって、もっとも盛り上がった部分と最後の部分が人の印象に残る性質を利用するわけです。オンラインでの感情の伝わりにくさも、カバーできるのではないでしょうか。
多様化する働き方を浸透させるためには「パーパス」が鍵
ワーケーションを導入する場合などは、何のためにそういう働き方をするのかを従業員一人ひとりに理解してもらうことが重要だと思います。ユニリーバではどのようにして、多様な働き方を従業員に浸透させているのでしょうか。
島田:いつも大事にしているのは、大いなる目的といわれる「パーパス(Purpose)」を説明すること。それもリーダーの声で伝えることを心がけています。どういう思いで新しい人事制度をつくったのか、その制度が使われることでどんな世界が実現できるのか。そういったストーリーを語ること、また語れるリーダーや管理職を増やすことが大事だと思います。
新しい制度を導入しても、従業員が先回りしてデメリットばかりを考え、「食わず嫌い」の状態になっていることがあると思います。しかし、会社はメリットが大きいと考えているから導入しているはず。まずはトップが先頭に立って、やってみる姿勢を示すことが大事だと思います。人は一度経験して良さがわかると、誰かに伝えたくなるものです。人から人へとシェアされることで、浸透していくのではないでしょうか。
ワーケーションについては、自律的に仕事ができる人でなければ生産性を下げる結果になってしまうのではないかと思います。誘惑も多い中で、どのようにメリハリをつければよいのでしょうか。
島田:結論からいえば、ワーケーションに向いていない人は行かせなければいい、ということだと思います。最初は信じてやってみることでしょうね。結果が出なければ、その理由は本人が一番わかっていますから、やり方を変えるはずです。本人もわからない場合は、上司が一緒になって対策を考えます。原因を探り改善策を考えた上で、実行すればいい。
もっとも、ワーケーションで生産性が下がったという事例を、私は聞いたことがありません。在宅勤務だと、同じ室内の景色ばかり見続けてイライラした経験が私にもありますが、ワーケーションではそういうこともありません。むしろ新たな活力が湧いてきます。どうしてもメリハリがつかないなら、その原因を明らかにすることでしょうね。
枝川:生活リズムという意味では、「昼・夜」のメリハリをつけるのは基本です。昼間はできるだけ明るい場所、屋内なら窓際や蛍光灯のついた場所にいるようにする。できれば屋外に出るなど、活動量を増やした方がいいでしょう。室内ではデスクの前ばかりでなく、お茶を入れるためにちょっと立って歩く、といったことが効果的です。不便なことがある方が、脳や身体にはいいのです。活動量が増えると、夜の睡眠の質が上がり、翌日のパフォーマンス向上も期待できます。
脳科学を仕事に活かすためには
脳の働きは、行動・思考特性の変容にどの程度影響するのでしょうか。脳の機能や稼働に変化が見られれば、人の思考や行動は変わるものなのでしょうか。
枝川:一言でいえば、脳の働く場所と程度によります。「環境が人をつくる」といいますが、それは、どこで何をしているかによって人は変化していく、ということです。その変化を生み出すのが「脳」です。脳も臓器の一つで、その役割は「適応するための臓器」です。人が環境に適応して生きていくために、脳自体もまた適応していくわけです。
脳の構造自体は人類の起源からそう変わっていません。しかし、使い方は大きく変わりました。最近であれば、スマートフォンへの適応などが最たるものでしょう。脳の使い方が変わると、人の考え方や行動も変容していきます。
誰でも専門家になればそれなりの行動や考え方をしますが、最初からできるわけではありません。長い過程を経て適応していきます。「1万時間の法則」ともいいますが、時間をかけて情報処理の仕方が変わっていくのです。同様に生活習慣などを変えることで、脳の働きが変わることはあります。それにより、ある行動をしやすくなる。それがまさに「適応」なのです。
脳の作業スペースであるワーキングメモリを回復させる手段として、休息(マインドフルネスや瞑想)以外に何か効果的なことはありますか。また、脳の負荷や疲れ具合を簡単に知る方法はあるのでしょうか。
枝川:「タスクポジティブ」なことが続くと、ワーキングメモリは回復しません。たとえば、仕事の合間にスマートフォンでゲームをする。ゲームは脳にとってはタスクですから、ワーキングメモリは働き続けます。これでは、休憩したのに脳はさらに疲れてしまいます。
ワーキングメモリを回復させるには、「タスクネガティブ」であることがポイントです。何も考えず、何か思い浮かんだとしても、それを評価しないこと。評価はタスクのひとつだからです。思いを思いのまま受け止めるだけなら、タスクになりません。そういう意味では、睡眠は良い回復方法です。10分程度の仮眠でも効果があります。眠れない状況なら、目を閉じて呼吸を数えるだけでもいいと思います。
脳の負荷を知る方法としては各種アセスメントがあり、最近ではスマートフォンのアプリで簡単にできるものもあるようです。ただ、そこまでしなくても、「何となく集中力がなくなってきたな」「気が散りやすくなってきたな」と感じたら、すでに脳が疲れている可能性が高いと受けとめた方がよいでしょう。
島田:自分の身体に敏感になることでしょうね。目がしょぼしょぼしてきたとか、そういう感覚があったら切り替える。それでいいと思います。その際、「タスクポジティブ」「タスクネガティブ」という考え方はとても大事だと思いました。何が休まって、何が休まらないか。それがわかれば、効率的にワーキングメモリを回復させることができます。こういう知識を得ることで、もっとみんなに楽しく働いてほしいですね。
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