花王株式会社:
健康づくりの本質は人材育成
ヘルスリテラシーの高い組織を目指す「健康経営」の取り組みとは
人材開発部門 健康開発推進部 部長
花王健康保険組合・花王グループ企業年金基金 常務理事
豊澤 敏明さん
保健師を正規雇用し、企業の一員に
とはいえ現実問題として、健康への投資効果を経営層に納得してもらうのは容易ではありません。「健康経営」の重要性はすでに多くの企業で認識されていますが、トップをどう動かせばいいのか、そこで考えあぐねている人事担当者も多いようです。
本当に難しいと思いますよ。私たちもまだ、効果をきちんと論じられるレベルまで達していません。一人の人間の健康は大体2~3ヵ月でよくなっていくのが見てとれますが、組織全体の健康状態が改善されたとわかるまでには2~3年はかかるでしょう。経営者のスピート感からすると、そんなに待てないんです。かりに健康に投資する価値や効果を理解してもらえたとしても、それがいつ花開くのかという点でなかなかコミットできない。そこが弱いところでしょう。健康づくりを推進している他社の事例で私が知っているところは、トップがかつて大病を患い、その教訓から「健康を大切に」と取り組んでいるケースが多いですね。
普通は、どこの会社でもトップが一番元気でしょう。心身とも健康でタフでないと、経営者は務まりません。
そうなんですよ。健康について悩んだり、メンタルで疲弊したりした経験が少ないから、そういう相手に「社員の健康づくりを」と提案しても、話がうま くかみ合わない。私からアドバイスするとしたら、やはり健康づくりを数字で語り、「見える化」に務める努力が必要だと思います。よくあるのは、社員が健康 を害したら、会社にこれだけ大きな損失が出る、とリスクを試算して説得する方法ですが、正直、言われたほうはピンときませんね。本当にそうなるかどうかわ からないリスクですから。リスクよりも、経営面でプラスになるメリットをどう数値化できるか。例えばこの部門の社員が健康になれば、生産性が向上して、こ の事業がこれだけ成長する、というような「見える化」ができたら面白いですよね。どうすれば実現できるかは、まだわかりませんが…。
経営層に理解を得る難しさもさることながら、現場で指導にあたる保健師など産業保健スタッフのマネジメントにもいろいろと心を砕いていらっしゃるのでは?
こんなふうに取材していただくと、花王という会社には健康づくりの意識がすごく浸透しているように“誤解”されるかもしれませんが(笑)、職場レベル、個人レベルの取り組みはまだまだ物足りないんですよ。今年3月には日本政策投資銀行の「DBJ健康経営格付」で最高ランクを取得するという望外の評価を受けましたが、私に言わせれば、これも健康づくりの“しくみ”が認められただけ。しくみさえつくれば末端まで浸透するわけではなく、結局は社員一人ひとりに働きかけて支援・指導する、各事業所の産業看護職の頑張りが成果を大きく左右するんです。産業看護職は嘱託が普通ですが、弊社ではそうした重要な人材だからこそほぼ全員を正規社員化し、組織力の向上を目指しています。
それは珍しいですね。
会社にはかなり無理をいって正規化してもらいました。産業看護職は全国に30名以上いますからね。もちろん正社員となれば、相応の責任と自覚が求められます。彼女たちを正規化するにあたって、弊社の企業理念「花王ウェイ」のワークショップも行いました。こういう環境の中で、こんな社員と一緒に働くんだということをわかってもらうところから始めたんです。専門職である前に企業人であり、私たちと同じ花王の一員だということを意識してほしいと強調しました。まず花王という会社を好きになってほしい、その上で花王社員の健康を見てほしいと。