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デジタル化で2024年問題を乗り越える!
1年で総労働時間約20%減を実現した、新雪運輸の働きやすさ改革

新雪運輸株式会社 管理部 人事採用担当

石田 英昭さん

デジタル化で2024年問題を乗り越える! 1年で総労働時間約20%減を実現した、新雪運輸の働きやすさ改革

働き方改革はどの業種・業界でも、避けては通れない重大な経営課題ですが、とりわけ深刻なのは運送業界でしょう。トラックドライバーを中心に長時間労働が慢性化していますが、トラックドライバーの時間外労働時間が、法改正により制限されるいわゆる「2024年問題」に直面し、抜本的な働き方改革が求められています。運送業界の中で、いち早くデジタル化による業務の抜本改善に取り組み、1年で総労働時間の約20%減を実現したのが新雪運輸。国土交通省が推奨する、働きやすい職場認証制度で最高位となる3つ星を取得しています。業界的にもアナログなイメージが強い運送業務を、デジタル技術によってどう変えたのか。同社で人事採用担当を務める石田英昭氏に聞きました。

プロフィール
石田 英昭さん
石田 英昭さん
新雪運輸株式会社 管理部 人事採用担当

いしだ・ひであき/元トラックドライバーで、2016年に新雪運輸株式会社に入社。人事採用担当として、ドライバーを中心に全社の働きやすさ改革に取り組む。

「走れば走るほど稼げる」。運送業界に根付いた長時間労働

まずは、貴社の概要をお聞かせいただけますか。

当社は1963年の創業以来、60年余にわたり低温・常温の食品物流を中心とした運送事業、サードパーティロジスティック事業を行ってきました。出来上がった飲食品をお客さまの工場にて積込みをし、指定された場所に納品する「一次輸送」業務が全体の7割を占めています。

私が当社に人事職として中途入社したのは2016年。大手広告代理店での長時間労働や過労死の問題が、社会的に注目されていた頃です。代表から、「この問題は今後必ず運送業界にも影響する。数年後には、法律が改訂されるだろう。今から対策しておいてほしい」と要請されました。

実際、当社も他の運送業者と同様に長時間労働が常態化しており、1日16時間ほど働くドライバーは珍しくありませんでした。休憩を差し引いても、残業時間は1日7時間。1ヵ月の合計が、100時間を超える人もいました。全員ではなく、何人かのベテランに限った話でしたが、長時間労働の改善はなかなか難しいものがありました。何しろ、「走れば走るほど稼げる」というモチベーションによって入社した人が多い世代でしたから。「残業は減らさないでくれ」といったオーラを多くの社員が醸し出していました。

一方で、長時間労働を要因としての退職者が若干発生したり、少なからず採用に影響が出始めておりましたので、改善の必要性は感じていました。

長時間労働の実態をデジタルで見える化。顧客の理解を得て業務フローを改善

ドライバーの長時間労働をどのように改善したのでしょうか。

当社が2008年に導入したセーフティーレコーダーには、車両の速度や走行時間、走行距離などが自動的に記録できるデジタルタコグラフ機能がありました。長時間労働の見直しに向けて、まずこの結果を分析しました。

また、業務を見える化し、工程を見直しました。運輸業に精通したコンサルタントの協力を得て、ドライバーが荷卸しや積み込み、荷物の積み下ろしが終わるまでドライバーが待機する「荷待ち」などの各工程にどのくらいの時間を割いているのか、短縮できる余地はないかなどを分析しました。すると、特定の顧客や、特定のルートで運んでいるときに長時間労働になっていることが分かったのです。中でも、荷待ちの工程が長かったのですが、この荷待ちを短縮するには、顧客の協力が不可欠でした。

お客さまに業務改善をお願いするのはハードルが高いですね。どのように協力を仰いだのでしょうか。

ドライバーの勤務実態を数字で示せたことは、大きかったですね。説得力が違います。データでの管理にアレルギーを持っている従業員ばかりでしたが、数字の力を実感しました。

まずは、あるお客さまに絞って協力を持ち掛けました。詳細なデータをお客さまにも見ていただき、「少しでも荷待ち時間を短縮してもらえないか」「帰りに高速道路の利用を認めてほしい」などとお願いしました。徐々に業務の効率化が進み、1日あたり約2時間の労働時間削減につながりました。その後、ほかのお客さまに同様の取り組みを広げ、全社で労働時間が短縮されていきました。

また、2022年にデジタルタコグラフをバージョンアップした際に、ドライバーが作成する日報が自動出力されるようになりました。日報を手書きすると30分前後は掛かっていたので、時間削減の効果は大きかったですね。そのほか、1週間単位で各ドライバーの拘束時間を集計し、週の制限時間を越えている場合はドライバーに共有しました。

残業を希望するドライバーもいたと聞きました。働き方改革について、どのように理解を得てきたのでしょうか。また、賃金体系はどう工夫されたのでしょうか。

ドライバーが自分の売り上げを伸ばしたいために無理な仕事量を詰め込んだり、「何とかこの時間内で収めたい」と余裕のない配車コースを組んだりするケースは多くありました。そのため事あるごとに、ドライバー自身の安全や健康を守るため、または法改正に対応するため、総労働時間の削減に向けた取り組みが必要であると伝えています。

また、稼ぎたいという気持ちから休日をほとんど取らないドライバーには、何らかの手を打たないといけないと考え、これまでは週休1日がほとんどだったのですが、「週休2日制」か「4週6日制」のどちらかを選べるように変更しました。4週6日制は、週休2日制よりも労働時間が長く、その分給与が高くなります。休養を確保しつつ、稼ぎたいという人の気持ちに少しでも応えるための「選択制」です。これは、若いドライバーからの問い合わせがきっかけで実現しました。

ドライバーやその他の職種の働き方はどのように改善したのでしょうか。

2018年にデジタルタコグラフのバージョンアップをした際に、運行の開始時間や終了時間、休憩時間、待機時間に加えて、アルコールチェックの計測時間も自動的に取り込めるようになりました。その他、事務員や庫内作業員も同様にツールを導入し、勤務時間を管理しやすくなりました。そのほかにも、夜間に出勤するドライバーの勤怠確認をするため、遠隔でも管理できる「IT点呼」を活用しています。各営業所に設置したアルコールチェッカーの映像と音声をリアルタイムで、運行管理者のいる拠点にデータを送付します。遠隔の映像も取り込め、同時にコミュニケーションもとれるので、ドライバーの健康状態も確認できます。また、毎月、営業所長が本社に集まって行っていた全体会議は、コロナ禍前からリモート会議に移行しました。

石田英昭さん(新雪運輸株式会社 管理部 人事採用担当)インタビューの様子

従業員の反発を乗り越えて、1年で総労働時間約20%減を実現

デジタル化したいけれど、ツールの導入や活用がうまくいっていない企業は少なくありません。貴社がデジタルツールをスムーズに導入・活用できた理由は何でしょうか。

代表のリーダーシップが大きいと思います。良いと感じたデジタルツールは、積極的に使ってみる方針です。日報が自動出力されるシステムは、どう入力したらいいのかわからず苦労したドライバーもいたようですが、慣れるとその便利さを実感してもらえたと思います。

労働時間削減のカギとなったセーフティーレコーダーを導入する際は、従業員の反発もあったと聞きました。

当社は、従業員に長く働き続けてほしいと願っており、従業員を守るためにドライブレコーダーを導入しました。この業界では、ドライバーが交通事故を起こして逮捕・勾留されることが少なくありません。運転手に過失のない事故でも、事故当時の状況を示す手段が不足していれば、その可能性は高くなってしまいます。

当社の瀧澤裕司代表取締役が「何とかならないか」と考え、2008年に証拠となる映像を残せるドライブレコーダー機能とデジタルタコグラフ機能を備えたセーフティーレコーダーを全車に導入しました。バスやタクシーが設置し始めた頃で、運送業界ではかなり早かったと思います。車内の様子も記録できるので、周りの運送会社からは「従業員が辞めてしまうのでは」などと懐疑的な声もありました。「運転中もずっと監視されているようだ」と、実際に退職したドライバーもいました。しかし、代表は何を言われても「これで従業員を守っていくんだ」と言い続けたのです。

その後、セーフティーレコーダーはどのようにして従業員に受け入れられたのですか。

実は導入から2年以内に当社のトラックをめがけた飛び込み自殺が2件発生しました。早朝と深夜の事故でしたから、目撃者はいません。これまでだと運転手は逮捕・拘留される事故ですが、ドライブレコーダーの映像を警察に見せると、「法定速度を順守しており、前方不注意も見られない」として、運転手に過失がないことが証明されました。2件とも民事を含めて無罪。ドライバーは免許証の点数を引かれることも逮捕・拘留されることもありませんでした。

この事故を経て、ドライバーが「ドライブレコーダーは自分たちを守ってくれるもの」と納得してくれるようになりました。

取り組みの結果、残業はどのくらい減りましたか。2018年や2019年の実績、最新の実績をお聞かせください。

石田英昭さん(新雪運輸株式会社 管理部 人事採用担当)インタビューの様子

営業所の1ヵ月当たりの総労働時間は、2018年の期初と期末を比較すると19.2%も下がりました。多少の波はありますが、以後も10%、14%などと二桁台の削減率をキープできています。特定の顧客との仕事に限定すると、39%もの削減率が実現された例もあるほどです。

また、ドライバー一人当たりの月間総労働時間が、国が設定している基準を越える従業員の数も減少しています。月間総労働時間が293時間を超えた従業員は、2018年には187人でしたが、2019年は計8人で約95%減少しました。2018年当時は月320時間までは問題なかったのですが、2018年の第1クオーターでは超えた人が21人いました。こちらは同年第3クオーター以降、0人を達成しています。この基準値は、年々下がっており、2023年に月293時間、2024年には275時間が上限となりました。早い段階から働き方改革を徹底してきたことが功を奏し、今は基準を越えるドライバーはいません。

「2024年問題」を解決するには、腹をくくるしかないと決断

2024年4月からドライバーの時間外労働の上限が275時間になった「2024年問題」ですね。貴社では2024年問題をどう受け止め、どのような対策を行ってきましたか。

業界内では、数年前から時間外労働の上限規制が設けられるようだとの話が聞かれていました。293時間でもかなり厳しいと感じていただけに、「これは大変だ」というのが正直な気持ちでした。

代表とは「もう、腹をくくるしかない」と話し、できない仕事や採算が合わない仕事は断るようにしています。ただ、「この業務はお断りさせてください」と申し出てもすぐには止められません。撤退するまで、ほとんどのお客さまは3ヵ月ほど、長いお客さまだと1年ほど掛かっています。こうした業務整理と並行して、これまでに培ったドライバー業務効率化のノウハウを活用し、地道に労働時間の削減を続けています。これまでにさまざまな長時間労働に対応し、改善パターンがある程度絞られているので、顧客に改善プランを提案し、協力いただいています。効率良く稼げるロールモデルを一つでも多くつくっていかなければなりません。

社内に対しては、インナーブランディングが重要だと考えています。働き方改革を評価していただいたので、取材など外部への情報発信をする機会は増えたのですが、社内への情報発信はあともう一歩だと感じています。今後、大きな課題になると思っているので、何らかの施策を展開していきたいですね。

ボトムアップの職場環境改善を推進する「向上委員会」

業務時間削減のほか、従業員が集まり、職場環境を改善するために意見を出し合う「向上委員会」を立ち上げています。どのような狙いがあったのでしょうか。

社内のコミュニケーションを促進したいという思いがありました。ドライバーは基本的に一人で運転し、荷物を運搬しているので、同僚と雑談する機会は多くありません。時には悩みを一人で抱えてしまうこともあると思います。当社は埼玉県を本社として、東京都、千葉県、神奈川県に拠点がありますが、営業所が変わると、全くの別会社に思えるほどの心理的な距離感がありました。また、当社は24時間365日稼働しているので、社内の交流イベントが開催しづらいという事情もありました。

当社と同規模の食品物流企業だった前職では、管理職を一切入れない委員会活動を積極的に展開し、社内が活性化していました。これを当社にも取り入れて、従業員主体でイベントを企画する委員会を立ち上げたのが2017年2月です。集まったメンバーで「向上委員会」という名称を決め、今ではレクリエーションに限らず、組織にまつわる改善案を会社に提案したり、自宅送付型の社内報『Shinsetsu通信』を発行したりと活発に活動しています。

これまでどのような意見が聞かれましたか。また、実際に改善された事例があればお聞かせください。

当初はレクリエーション企画を中心に議論していましたが、委員の関係性ができてくると仕事の進め方などに関する話もおのずと出て来ました。といっても、最初は愚痴や文句のオンパレードです。それでも話し合いを続けていくと、徐々に改善のヒントや提案が出るようになっていったのです。「もっと働きやすくするため、自分たちが主役になって会社の制度や職場環境をどう変えていくのか」という意識を持って委員会を推進してくれています。

これまでに実現したのは、雨天や冷凍庫の中での荷物運搬に役立つパーカーの制服や、月経などの事情に配慮した女性向けの制服の導入、先輩社員交流会、オンライン女子会などです。いずれも、現場で働く従業員ならではのアイデアや声が基点になっています。本部にいる男性だと、なかなか気づかないことばかりだったので、われわれにとっても有益でした。こうした現場の働きづらさを一つひとつ解決していくという意味でも、「向上委員会」の活動は本当に意義があると思っています。

自宅送付型社内報「Shinsetsu通信」には、どのような狙いがあったのですか。

2020年に当社のスローガンを「コンプライアンスと働き方改革の達成でCS・ES・FSの実現を目指そう」と改めました。CSは顧客満足、ESは従業員満足、そこに家族満足を意味するFSを加えたのです。

その上で「向上委員会」の活動の一環として、社内報を年に1、2回のペースで企画・作成し、従業員の自宅に送っています。会社での取り組みや福利厚生などを、従業員のご家族に確実に届けようという狙いがあります。福利厚生の利用率を上げたいという課題が出発点になっています。例えば、「高級ミニバン無料レンタル制度」を社内報で紹介したら、利用率が一気に高まりました。労災の上乗せ補償のほか、プライベートの病気やケガにも補償のある業務災害総合保険への加入を取り上げた際は、従業員のご家族から感謝の言葉が寄せられました。

従業員の子どもが入社したくなる会社を目指して

働き方改革やボトムアップ型の組織改善など、さまざまな取り組みの結果、定着率や採用などで改善された点をお聞かせください。

働き方改革に取り組んだことで、定着率や採用などは間違いなく向上しています。また、従業員の意見を集約する向上委員会があることで、新しく入社する方の不安を和らげることができていると思います。インパクトが大きかったのは、2024年3月に国土交通省の「働きやすい職場認証制度」で3つ星を取得したことです。今年4月に公表されたトラック事業の認証事業者は全国で2502 社で、そのうち最高ランクの3つ星は34社。国交省に認められていること、3つ星の取得は難しいことなどを説明会などでアピールしています。特に、高校生や先生にはかなり響きますね。

貴社の働き方に関する、今後の展望をお聞かせください。

これは会社の展望であり、私の夢でもあるのですが、「今当社で働いてくれている人たちのお子さんが入社したくなる会社」を目指したいですね。そのためにも、「当社に入社して良かった」と感じてもらえるように改革を進めていかなければなりません。

今後も総労働時間の減少には積極的に取り組んでいきます。恐らく、上限規制もさらに厳しくなっていくはずです。もう何度も経験しているのでわかっていますが、「来年から取り組もう」では間に合わないのです。

お客さまに交渉を持ちかけても「1年待ってくれないか」と言われるかもしれません。常にどう削減するかを考えて、効率良く稼げるロールモデルを社内に複数つくっていかなければならないと考えています。そうすると、「走れば稼げる」世代の皆さんの意識改革にもつながるはずです。

石田英昭さん(新雪運輸株式会社 管理部 人事採用担当)

取材:2024年10月3日

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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この記事ジャンル 長時間労働(残業)

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【用語解説 人事辞典】
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