さらなる成長を目指して人事総務部を再構築
串カツ田中ホールディングスが取り組む、社員の働きがいと働きやすさを実現する組織作り
株式会社串カツ田中ホールディングス 人事総務部長
五十嵐 祐幸さん
串カツの専門店として全国1000店舗体制の構築を目指す、串カツ田中ホールディングス。現在快進撃を続けている成長企業ですが、外食業界は競争が激しく、いかに強い組織をつくり上げていくかが問われています。この課題を解決するために人事のプロとして招聘されたのが、人事総務部長の五十嵐祐幸さんです。託されたのは、組織変革と人事総務部門の再構築。これまでの経験を生かしてどのような取り組みを行っているのか、また、今後はどんなことにチャレンジしていくのか、五十嵐さんにお話をうかがいしました。
- 五十嵐 祐幸さん
- 株式会社串カツ田中ホールディングス 人事総務部長
1996年に大学卒業後、北海道の住宅メーカーにてセールスとして勤務。その後、組織・人事のコンサルティングファームへ転職、人事領域へ。人事制度設計、人材開発を専門領域とする。その後、事業会社へ転身、IT企業、スポーツメーカーなどにて人事責任者を担い、2020年11月から串カツ田中ホールディングスに転職、同年12月より人事総務部長に就任。
人事のプロから見て、串カツ田中ホールディングスにはどんな課題があったのか
五十嵐さんはさまざまな企業で人事業務に携わってこられた後、2020年12月に串カツ田中ホールディングスの人事総務部長に就任されました。新しい業界で人事を担当することを決めた理由とは何だったのでしょうか。
新たな組織作りができることが大きかったですね。前職でも、スポーツ関連の企業でHR本部を立ち上げ、組織の構築と運営の責任者を務めていたのですが、私自身のカラーや考えをあまり反映することはできませんでした。
串カツ田中ホールディングスでの人事総務部長のお話をいただいたときに思ったのは、これまでの人事経験を生かしながら、私のカラーや考え方を反映した組織をつくることができるのではないか、ということでした。成長企業であること、また、人を大事にしようという社長の思いにも、ひかれるものがありました。
私が入社する前は、営業部門の下に人材採用課、経営戦略部門の下に総務課がありました。その方が運用しやすかったからです。しかし、会社がどんどん成長していくなかで、より経営の視点をもって人事を行うことが必要になっていたため、人事総務部を新しく作る必要がありました。そこで、人事を長年経験してきた私に声がかかったというわけです。
外食業界は未経験でしたが、ぜひチャレンジしたいと思いました。外食業界は私たちの生活になくてはならないものであり、お客さまに元気や幸せを提供します。競争の激しい業界ですが、人が差別化の源泉でもあるので、人事の力をより発揮できるのではないかと考えました。
串カツ田中ホールディングスの人事の状況を初めてご覧になったとき、どのように思われましたか。
人材採用課には採用の専門家が集まっていましたが、近視眼的な印象がありました。外食業界では人材の入れ替わりが激しく、採用のスピード感はあるのですが、今後自社にどんな人材が必要なのか、どういう社員がロールモデルなのかといったことが見えていませんでした。社員のキャリアを考えると、採用の際には中長期的な視点が必要ですし、そもそも人事のポリシーにひもづいた施策を行っていかなければいけません。この問題をまず解決していく必要があると感じました。
また、いろいろなことをやってはいるのですが、一方で振り返りをしていないことが課題だと感じました。採用のスピードが速いので、やるべきことがどんどん増えていき、行った施策に効果があったのかどうかを検証できていなかったんです。もっと中長期的な視点で採用を行うように変えていくことが必要だと思いました。
また、採用後の定着に注力できていないことも問題でした。入社後にミスマッチがあったり、エンゲージメントが下がったりしても、それに対して人事が手を付けられていなかったんです。
離職率は下がって来ていますが、「外食業界としては良い数字だね」というのが正直なところです。人の出入りが激しい業界であることは理解していますが、それを当たり前にしてしまうと思考が停止してしまう。今後はそういう状況を改善していきたいですね。
採用以外の人事の機能に関してはいかがでしょうか。
採用以外を経験したことのある人が、ほとんどいない状況でした。そこで、2020年12月に人事総務部に人事労務や総務関連の部門を移管。今後は人事のプロフェッショナルを育成していくことが課題となっています。
ただし、人材教育課は今も営業部門にひもづいています。KTA(串カツ田中アカデミー)という店舗社員向けの研修機関があるからです。店舗で必要なスキルやオペレーション、損益に関する知識を学ぶので、営業との結びつきが非常に強いのです。
人事全体として課題だと感じたのは、メッセージが弱いことです。もともと営業の下にあったので、どうしても営業の意図として伝わるわけです。これまで、人事として「こうあるべきだ」という話はあまり表に出ることがありませんでした。営業の視点とは別に、人事が社員としっかりと向き合う部署であることを、社内に発信していかなければならないと思いました。
このように、当社には数多くの人事の課題があります。今後は、これを一つひとつより良いものにしていかなければなりません。経営からは「人事のプロとして、人に関することはすべて任せるのでしっかりとやってもらいたい」と言われています。社員にとって働きがいのある環境、働きやすい職場をつくることが、人事の責任者である私の最大のミッションです。
あるべき姿を共有化するために、人事総務部のMission、Vision、Valueを作成
入社後、まず着手されたことは何だったのでしょうか。
まずは現場感をつかむために、週に二日ほど店舗に立ちました。現場を理解したいという気持ちがありましたし、人事の責任者が店舗のスタッフやアルバイトに教わりながら仕事をすることで、人事が現場を大事にしようとしていることをアピールしたいと考えたんです。また、現場を知っていれば、本部でもいろいろな人と話すことができます。コミュニケーションという点でも、大変良い経験をすることができました。
人事総務部の再構築に向けてまず行ったのは、Mission、Vision、Valueを作ることです。今まで独自に仕事をやってきたところに、外部から新たに人事部長が来たわけですから、組織としてはカオスになります。それぞれが固有の考え方を持つことも大事ですが、共通の価値観必要だと考え、私たち人事があるべき姿、取るべき行動としてMission、Vision、Valueを、私と課長二人で作りました。
- Mission:世界中を串カツ田中ホールディングスのファンに!!
- Vision:会社のミッションに共感している社員が、世界一目を輝かせて働ける会社をつくる
- Value:すべては1本の串カツから始まる/ONE TEAM/1.5歩先/高い視座・広い視野/More・More集団/Mote・Mote集団
Missionは、「世界中を串カツ田中ホールディングスのファンに!!」と掲げました。当社では世界展開を意図しています。そのために大事なのは、串カツ田中のファンを作ること。多くのお客さまに「串カツ田中っていいよね」と思ってもらうことが大切ですが、中にいる社員もファンになってほしい。そのためには、環境整備に取り組まなければいけません。本当に働きがいがある、厳しいけれど成長できる、自社に誇りを持てる。社員がそう感じて当社のファンになっていくことが重要だと考えています。
Valueは「すべては1本の串カツから始まる」としました。当社は1000店舗を目指していますが、スタートは1店舗からであり、100億円の売上は1本100円の串カツが積み重なったものであることを絶対に忘れてはいけません。その1本の串カツを売るために、店舗のスタッフがどういうサービスを提供し、どれほどの苦労をしているのか、どのような気持ちで働いているのか。それを人事が理解することはとても重要です。
そのほかに、人事総務部の再構築に向けて行っていることはありますか。
月に1回のペースで、部会を行っています。情報共有や目標に関する進捗確認などよりも、コミュニケーションを図る場、お互いの考え方を知る場として位置付けています。具体的には、グループワークやブレーンストーミングをしたり、自分のキャリアを題材にライフラインチャートを作って自分の人生について話してみたり、お互いの考え方を知る場にしています。
また、「一行日報」という施策を取り入れました。人事のメンバー全員が毎日、自分の仕事を振り返って、一行で私に報告するというものです。コミュニケーションという目的もありますが、振り返りの大切さを意識してもらいたいので行っています。月末には1ヵ月を振り返り、気づきや今後に生かせることを書いてもらって、全員でシェアしています。
さらに、業務の見える化も行っています。これまで行ってきた業務をそのままやり続けるのは、基本的にNGです。何か新しい領域にチャレンジする、今あるものに何かを加えて、新しい領域に挑戦することを目的にしています。
これまでの活動を通じて、人事のメンバーの方々にはどのような変化がありましたか。
まだ胸を張って言えるほど大きな変化は起きていないのが正直なところです。とても真面目で責任感がある人ばかりなのですが、自分が任されている業務に関する責任を果たさないといけないと考える人が大半です。今後は「新しいことにどんどん取り組んで行こう」と言う意識をもっと持てるようにしていかなければなりません。
新しいことにチャレンジすれば、気付きや学びがあり、成長を実感できます。自分から手を挙げて、「こういうことをやりたいんです」という自発的な発言が当たり前のように出てくるようになれば、うれしいですね。
人事制度を改訂し、本質的に評価すべき基準を明確化
入社してからこれまでに行われてきた、人事関連の取り組みについてお聞かせください。
6月に人事制度を改訂しました。店舗のスタッフはこれからですが、まずフランチャイズの店舗のコンサルティングを行うスーパーバイザー、直営店を指導するゼネラルマネージャー、新店舗の立上げ時にスタッフを教育するトレーナー、本部社員の等級・評価制度を改訂しました。理由は、評価基準が明確ではなかったからです。以前から定量化を進めていましたが、それを追い求めるあまり、本質的に評価すべきところができていなかったんです。目の前の成果を上げれば評価されるけれど、それに至るまでの取り組みは全く評価されていませんでした。しかし、そこもしっかりと評価しなければいけません。短期の成果だけを見ているようでは、中長期的に人が育っていかないからです。
例えば役職者の評価項目はこれまで、プレイヤーとしての評価項目ばかりが並んでいて、人材育成に関してはほとんど評価していませんでした。しかし人材育成に対する意義を会社としてのメッセージとして伝えていくことが大事だと考え、評価の仕組みを大きく変えました。短期の成果ばかりを見ていると、時間がかかる人材育成は後回しになりがちですが、人材育成こそきちんとやらなければなりません。
また、タレントマネジメントシステムも切り替えました。現状では、評価を任せられる人がまだいないので、新たなソリューションに合わせた評価制度の策定、システムづくり、社員への説明、人事制度の手引き作り、評価者研修、評価制度の運用などをすべて私が行っています。
エンゲージメントサーベイも毎月実施しています。結果を受けて、現場の営業部長と面談をして傾向を見たり、フォローが必要な社員への面談を実施したりしています。これも専任者がいないので、私が中心になって進めています。
入社後半年以上が経過しましたが、これまでの成果をどのように評価されていますか。また、社員の方々からは、どのような反応がありましたか。
経営や社員からの期待に応えてられているかというと、まだ不十分です。そこに至るまでの組織作りや社員情報の基盤づくりなどもやり切れていません。継続的に、中長期の目線を持って取り組んでいきたいと考えています。
制度改革も行いましたが、それで終わりでありません。その後の運用で、社員の意識がどう変わっていくかがポイントです。社員が働きがいや働きやすさを感じられたときに、初めて評価につながります。
直近の状況としては、等級によって求められる姿を提示したことで、「目指すことが明確になった」という声が寄せられています。また、営業ではないところに人事の組織があることで、「相談しやすくなった」という声もありました。人事が独立して存在することにより、安心感を抱いてもらえているようです。
これから新たに取り組もうとされていることや、今後の目標・抱負などについて、お聞かせください。
すべての起点は社員を知ることにあると思っています。そのため、タレントマネジメントシステムをさらに展開したい。それぞれの層に対して、キャリアの志向や考え方に基づいた適切な施策を打っていかなければ、社員の期待には応えられません。人が育つのを待つのではなく、こちらからポテンシャルに応じて意図的に働きかけることで戦略的に人を育てていくことが重要です。
キャリア開発室も立ち上げたいと考えています。キャリアは時代の変化に伴ってどんどん変わっていくので、自律的にキャリアを積む環境を会社としても整えたいのです。これまで当社では、キャリアについて考える機会も相談する場もありませんでした。しかし現在は、キャリアを主体的に考えて行くことが絶対に必要な時代です。社員一人ひとりのキャリアに向き合うことが、社員から選ばれる会社へとつながっていくと考えています。
副業や越境学習、人材交換といった機会を設けられたらというアイデアもあります。外の世界を知ることで、新たな学びや気付きを得られるからです。
これまでできなかったことにどんどんチャレンジし、成果を上げていくことで、社員が働きがいや働きやすさを感じられる会社にしていきたいですね。
(取材:2021年7月14日)