<特別企画>人事オピニオンリーダー座談会
人事が変われば、会社も変わる。
人生100年時代に求められる「チェンジドライバー」としての人事とは
「人生100年時代」の到来により、人々の働き方やライフスタイルが、大きく変化しようとしています。企業においては、AIやビッグデータの活用がさらに進んでいくでしょう。さまざまな文脈で取り上げられる「働き方改革」の成否も注目されています。大きな変化の波にさらされる中で、人事は「人材開発」「働き方」「キャリア」などの重要テーマをどのように捉え、どう行動するべきなのでしょうか。日本企業の人事を代表するオピニオンリーダーの方々にお集まりいただき、人生100年時代に求められる人事のあり方について、語り合っていただきました。
- 株式会社ミスミグループ本社 グループ統括執行役員 人材開発統括 有賀 誠さん
- カゴメ株式会社 執行役員CHO(最高人事責任者) 有沢正人さん
- ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社 バイスプレジデント 人事・総務担当 落合 亨さん
- 楽天株式会社 常務執行役員 人事・総務担当役員 杉原章郎さん
- GEジャパン株式会社 執行役員 人事部長 谷本美穂さん
- 武田薬品工業株式会社 グローバルHR グローバルHRBPコーポレートヘッド 藤間美樹さん
- 株式会社people first 代表取締役/株式会社ICMG 取締役 八木洋介さん
「自分が何をしたいか」という軸は変わらないが
長期のキャリアビジョンを考えるのは難しい時代に
最近は「人生100年時代」が話題になっていますが、誰もが100歳まで生きるようになる時代、働く人たちとそれを支える人事には、何が求められるとお考えでしょうか。
有賀:詰まるところ、「人が幸せになるためにはどうすればいいのかを考える」ということに尽きるのではないかと思います。一人ひとり、幸せの要素は違いますよね。成長したいとか、お金がほしいとか、仲間と何かをなし得たいとか……。そもそも、「一人ひとりが働きやすい世の中を作る」ことが大切なのは今だけではなく、昔から一緒だったはず。幸せの定義が変わっただけで、人は根本的に自分や仲間、家族を幸せにするために働いています。会社があって自分があるのではなく、自分があって会社がある、ということですね。変わったことがあるとすれば、高度成長期とは異なり、「自分」を強く持たないと、ビジネス社会での生存すら危ういということではないでしょうか。
落合:その考え方には、とても共感します。「自分が何をしたいか」という軸を持つことは時代にかかわらず、本当に大切ですよね。私は新卒で入った会社で人事担当になり、長年新卒採用に携わってきましたが、入社式の社長の言葉を過去からずっと振り返ってみると、「この激動の時代に」とか「この不確実な時代に」という言葉がいつも出てくるんです。時代は常に不確定、ということですね。
谷本:100年キャリアと言いますが、私はたとえ50年でも150年でも、キャリアの本質は変わらないと考えています。皆さんがおっしゃるように、自分のテーマを見つけて追求していくこと。自分の人生を通じて何かを成し遂げよう、何かに貢献しよう――そんなパッションを誰もが持っていると思います。私の場合は、それを実現できるのがGEという会社でしたが、人によっては会社ではない場合もありますよね。
杉原:そうですね。ここ数年で明らかに変わったのは、インターネットの進化によって個人が自由に発信・受信し、「一人でやっていく」という選択をする人が増えたことです。会社に頼らなくてもいいと考える人が、ものすごい勢いで増えているのを感じます。
藤間:「自分のビジョンを持つ」という観点で、思うことがあります。武田薬品工業では若手の有望な女性にメンターをつける制度があるんですが、中には「今の働き方が幸せです」と、将来的にリーダーを目指すつもりがない、という人が一定数いるんです。選択肢が増えているからこそ、長期的なビジョンを持つことが難しくなっている側面もあるのではないかと感じます。
有沢:先日、国内メガバンクの関係者と話す機会があったのですが、そこでも「長期のキャリアビジョンを個人に考えさせるのは酷だ」という話題が出ていました。かつて銀行の研修では「30年後のビジョンを考えろ」と言っていたけれど、今はそんなことを言えないと。3年後には現金を使わなくなっているかもしれないし、ATMも今のようにたくさん置く必要がないかもしれない。そもそも5年後、10年後に銀行が今の形で存在し続けられるのかもわからない。現状を見ても、UberやAirBnBがここまで世界的に成長することを予測した人はほとんどいないと思います。今後の技術革新はよりドラスティックに進んでいくはず。人事は社員のキャリアに対して長期的に責任を持つことがミッションでしたが、今後も同じようなスタンスで臨むのは、逆に無責任なのではないかと感じています。
八木:会社に同化し、あるいは埋没して懸命に働いても、30年後には会社そのものがなくなっているかもしれない時代ですからね。だからこそ、常に自分を人生の主役だととらえることが大切だと思います。長期的な展望を持つことが難しくても、何かしらのプランを作らなければならない。人間は自分なりに意思決定をしたり、いろいろな感情を覚えたりする中で、無意識にパーソナリティを形成していく生き物です。人生をある程度生きてきて、30代や40代になると、はっと我に返ることもある。そうやって自分のパーソナリティに気づく瞬間が、キャリアプランを描くチャンスではないでしょうか。そういう意味では、最初から100年のプランニングを描こうと無理をするのではなく、30歳くらいまではとりあえず頑張って、節目節目で振り返りながらプランニングしていく生き方が望ましいように思います。
落合:私の場合も、3年から5年のスパンで「こうなったらいいな」「これは嫌だな」ということを何となく考えながら、それをまとめ上げて前に進んできたように思います。過去と他人は変えられないものですが、将来と自分は変えることができる。そんな意識を持ってアンテナを張っていれば、重要な情報をキャッチできるようになり、人生のプランニングが進んでいくのだと思います。
人事は「場と気づきを与えることしかできない」存在
その中でどんなメッセージを発信していくべきなのか
「人生100年時代」について、人材開発の観点からはどうお考えですか。
谷本:GEのマネジャー向けの研修では、冒頭に「今の世の中で起きている変化のスピードは、これから先に起きる変化の中で最も遅い。それくらい、これからは変化が加速していく」というメッセージを伝えるんですが、決して大げさな言い方ではないと思います。私の子どもが通う学校でも、数年前から「みんなが今働きたいと思う会社と、大人になったときに働きたいと思う会社は変わってくるはず」という話をしていて、学力だけでなく、デジタルやコラボレーションシンキングなどを追求する動きが始まっています。想像以上に世界が変わっていくことを感じていて、人事としてもこれを無視できないなと。変化をより勉強しなければいけない、と強く思うようになりました。
八木:「変化を勉強しなければいけない」というのは、まさにその通りですね。だからこそ、私は「変化の中で溺れないようにするための軸」を持っておくべきだと思うんです。変わる時代だからこそ、変わらない何かを持っておく。私はこれまでずっと、社員に対して「変化の中だからこそ、変わらないバリューを持とう」と呼びかけてきました。
落合:よく「上司は部下を育てなければいけない」「人事は人材開発に責任を持たなければいけない」と言いますよね。でもこれはある意味、とてもおこがましいような気がするんです。我々はせいぜい、「場」と「気づき」を与えることくらいしかできないのではないかと。その代わり、八木さんが社員に呼びかけてこられたように、人事の仕組みを通してメッセージを出すことが重要だと思います。従来のように新卒一括採用から始まり、会社からの辞令一通でキャリアを左右されるやり方だと、社員はあまり考えなくなり、自分の人生そのものを会社にアウトソーシングするようになってしまいます。
藤間:自分の中で何となく考えていることはあっても、一歩を踏み出すのは大変だ、ということもあるでしょうね。私は営業から人事にキャリアチェンジしていますが、そのトリガーになったのは当時在籍していた営業所の同僚でした。彼は果敢に海外事業に挑戦し、その機会を自らの手でつかんだんです。それに触発され、私も人事として海外へ行くことになりました。そんな経験から、いろいろな人と触れ合うことができ、社内で遠慮せずに相手と語り合えるカルチャーがある会社は幸せだと思いますね。
有賀:ちょっと乱暴な言い方になってしまいますが、そもそも、レッドカーペットを敷いてスペシャルプログラムを歩かせないと成長しないような人は、リーダーの器ではないんじゃないかと感じます。目的意識と使命感を持って自分で荒野へ飛び込み、チャンスをつかむ人こそが経営リーダー候補ではないかと思うんです。会社や人事にできることは二つしかなくて、「気づきの機会を与えること」と「優秀なリーダー候補たちをつなげること」ではないでしょうか。そのようなネットワーキングを支援するという意味で、社外での異業種交流のような場も重要かもしれませんね。あとは、ロールモデルやメンターの存在。私にとっては、八木さんがまさにそのような存在でした。