タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第40回】
なぜ今、リスキリングなのか?
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
今回のゼミで40回を迎えました。「継続は力なり」を大切に過ごしています。走り出し、継続し続けることで見えてくることがあります。また、より正確に表現するならば、継続しない限り、到達しえない世界があります。このプロティアン・キャリア ゼミが人事の方々とのさまざまな交流を生み出し、いろいろな景色を見せていただいています。ありがとうございます!
さて、今回のゼミでは、2023年の注目ワードである「リスキリング」について皆さんと一緒に考えていきます。
まず、リスキリングとは、社会変化の中で求められる知識を学び、新たなスキルを身につけることで、これまでとは異なる業務や職業に就くことを指します。
特に難しい考え方ではありません。言葉自体も平易で親しみやすいですね。わかりやすい言葉は、社会への浸透もスムーズです。
岸田文雄首相も、日本経済の活性化のための「人への投資」の一環として、リスキリングの支援に今後5年間で1兆円を投じるとし、総合経済対策にも支援策を盛り込みました。
また、NHKが主な企業100社に行ったアンケートでも、リスキリングを「導入した」または「導入する予定」と答えた企業は、全体の8割を超えました(2023年1月25日 NHK ビジネスニュース)。企業の中でリスキリングへの関心が高まっています。
それでは、なぜ、今、リスキリングが注目されているのでしょうか。私は次の3点が理由であると考えています。
1点目は、テクノロジーの目覚ましい発展です。テクノロジーを導入することで、労働の自動化が進みます。オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授らは「雇用の未来」という論文で、「今後20年間で米国の総雇用者の約47%の仕事が自動化され、仕事自体がなくなるリスクが高い」と発表しました。
私たちが日頃利用するコンビニエンスストアでもセルフレジが設置されたり、銀行での手続きがオンラインでできるようになったりするなど、毎日の生活や職場を劇的に変化させています。テクノロジーの浸透は、私たちの生活や職場を改善していく一方で、それまでの業務そのものを消失させる力も持ちあわせているのです。
実際に、業務の自動化により仕事がなくなる場合は、リスキリングをして、新しい職場へとチャレンジしていくことが求められます。また、テクノロジーの進化は、各業種の中でのデジタル化をけん引し、成長産業を創出していきます。成長産業で働いていくためにもリスキリングは欠かせません。
人事領域でも、最新のHRテクノロジーの導入が進んでいます。テクノロジーを導入することで、これまでは主観的なフィードバックだったものが、客観的なデータに基づいてより的確なアドバイスをすることが可能です。テクノロジーを効果的に使っていくためにも、リスキリングをして、新たな知見やスキルを習得しておくべきなのです。
2点目は、組織内キャリアから自律型キャリアへの働き方の転換です。組織内キャリアとは、これまでの日本型雇用の伝統的な働き方を指します。入社した企業の中で、適宜、ジョブローテーションをしながら、長年働き続けていくキャリアです。それに対して、自律的なキャリアとは、自ら主体的にキャリアを形成しながら組織を活かしていく働き方です。組織にキャリアを預けるのではなく、自らキャリアのオーナーになって働いていくのです。
コロナ・パンデミックでこれまでのオフィスでの働き方ができなくなったことで、リモートワークやオンラインワークが浸透しました。オフィスとリモートを適宜選択するハイブリッドワークも定着してきました。企業は一人ひとりのライフスタイルにあった多様な働き方を認める一方で、自ら主体的にキャリアを形成していく働き方を求めるようになりました。自ら手をあげて新しい部署に移動する社内公募制度、社内外での副業、新しいことにチャレンジする制度や環境も整ってきました。新しい業務に取り組むには、必要とされるスキルの習得が不可欠です。主体的なキャリア形成を通じて、リスキリングをしていくのです。
3点目は、ミドルシニア社員の再活性化です。働く意欲のある人に70歳までの就業機会を確保するよう、企業に努力を促す改正高年齢者雇用安定法が施行されて、「70歳現役時代」を迎えました。20代で社会に出てから、50年近く働き続けることになるのです。
特に今、企業で問題となっているのが、50代社員のキャリア停滞です。終身雇用や年功序列に守られ、長年働き続けてきた中で、目の前の仕事はこなしているものの、モチベーションが低下し、変化への適合を苦手とする社員は少なくありません。
ある企業の人事責任者は、50代社員を「コンクリートのように硬くて、頑丈で、変わらない」と表現していました。しかし、私が直接50代社員にヒアリングをしてみると、「チャンスが与えられるのであれば、今からでも挑戦したい」と、内に秘めた思いを持っていることがわかりました。50代社員が自ら社会変化に適合していくための具体的な行動として、リスキリングを促す企業も増えています。社内研修やイベントでの学びの機会、オンライン学習ツールなどを積極的に利用することもできます。
これら三つの要因から今、リスキリングが注目されています。それでは、リスキリングのこれからについて、政府・企業・個人の視点から一緒に考えてみましょう。
政府にとってリスキングの狙いは、「成長産業への労働力の流入とイノベーションの促進」です。「人への投資」を通じてリスキリング施策を充実化させることがゴールではありません。リスキリングによって、成長産業に労働力を流入させ、この国の経済をけん引するイノベーションを起こしていかなければなりません。人口減少に伴う人材不足は、今後も数十年単位で続きます。人材不足を嘆くのではなく、人材を活かすために、リスキリングによるイノベーションの創出を広く国民に伝えていくべきなのです。
企業にとってリスキリングの目的は、「人的資本の最大化」です。社員一人ひとりが自らのポテンシャルを最大化して、働き続けるために、すべての社員が行動しやすいリスキリングプログラムを準備していくことが求められています。リスキリングプログラムを用意する人事部や人材開発部の社員は、常日頃から経営層と連携しながら、中期計画の中で人的資本を最大化するためのリスキリングプログラムを戦略的かつ計画的に準備していくのです。
個人にとってリスキリングの目的は、「人生100年時代を謳歌するためのセーフティネットの確立」であることです。政府や企業が推進するから、しぶしぶリスキリングするのではなく、自らのこれからのキャリア形成のために、主体的かつ持続的に取り組んでいくようにしたいものです。このプロティアン・キャリア ゼミで届けてきた考え方ともまさにシンクロします。性別・年齢・職歴を問わず、私たちはリスキリングを通じて、いかようにも変幻自在に成長していくことができます。持続的に成長して続けることで、社会変化に翻弄されることなく、働くことを通じて社会に貢献できるのです。
このように政府・企業・個人、リスキリングの目的はそれぞれ異なりますが、これから歩んでいくべき方向性は同じです。それは、リスキリングを通じて、より良い社会や未来を創っていくことです。リスキリングとは、これまでやってきた実績をそれぞれが認め、これからの躍進のためにそれぞれが変化し続けていくこと、また成長し続けていくこと。リスキリングとは、この国の未来を担う持続的かつ集合的な活動なのです。
さあ、今日からプロティアン・リスキリングをはじめてみませんか?
- 田中 研之輔
法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。