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第36回:「経営理念」を実現する人材マネジメント(前編)
~「経営理念」の作成・浸透が、強い人と組織を作る

解説:福田敦之(HRMプランナー/株式会社アール・ティー・エフ代表取締役)

厳しい経営環境の中、コスト削減やIT化・合理化で生き残りを図ろうとする企業は少なくない。しかし、それで果たして企業の活力は生まれてくるのだろうか?こんな時代だからこそ、経営者の思い、何より「経営理念」が人と組織にもたらす効果は大きいと考えられる。特に、勢いのあるベンチャー企業では、創業の精神を営々と守り、明確な経営理念を示し、時代のニーズに合った経営をしている例をよく見かける。経営理念には経営者の思想を内外に表明し、社員の結束を強化、主体的な行動を促す機能があるからだ。では、経営理念を実現する人材マネジメントをどのように実践していけばいいのか?「前編」では、その考え方とアプローチの方向性について解説していく。

なぜ、「経営理念」なのか

■「経営理念」に共感する組織を作ることの意味
企業の生産性を高めるためには、組織内の経営資源を最大限に活用していなければならない。掲げた目標に向けて最善の方法を見いだし、全員が結束して実践していくことが求められる。それができるかどうかは、社員の働く姿勢に大きく関わってくる。このような企業の生産性を最大限に高める組織とは、経営理念に共感したメンバーで構成され、経営目標を達成するために、一人ひとりが自発的に行動し、相互に支援し合う組織だと考える。

企業活動の目的は、経営資源を有効活用して社会に貢献することである。そのためには、経営理念を明確にし、それに共感した人材を集めなくてはならない。なぜなら、社員が自分の会社に誇りを持ち、社会の中で自分の存在価値を認識できたとき、働くことが楽しみとなるからである。この状態なら、どんな困難に対しても挑んでいく気概を持つことができる。何よりも前述したように、経営理念には社員の結束を強化し、主体的な活動を促す機能があるのだ。

先行きの見通しが不透明な経営環境だからこそ、経営資源の中で「人」の占める位置付けがより重要になってくる。衛生要因と動機付け要因の優劣を持ち出すまでもなく、成熟した社会では、人は「待遇」よりも「共感」で働く。だから、経営理念に共感する組織を作ることに、大きな意味がある。このことをまず確認しておきたい。

■「経営理念」とは何か?
いろいろな企業を取材して思うのは、長年に渡って素晴らしい業績を上げている企業には、独自の経営理念があり、さらにそれをブレークダウンした形での企業ミッションや企業ビジョンがあること。そして、あらゆる機会を通じて、社内外に積極的にアピールしているのも特徴である。

「企業理念とは何か?」と問われれば、「企業の経営思想を世の中に表明する機能」となるだろう。そもそも企業経営において、経営理念が存在しないということは、きわめて致命的な欠陥となる。というのも、経営理念とは経営上の「根本原則・ルール」であり、その会社のまさに「根」「土台」をなすものである。だから、経営理念のない企業は、遅かれ早かれ衰退していく。

さらに、経営理念と「企業ミッション」「企業ビジョン」は別ものと考えたい。経営理念が「会社の根本原則」であるのに対し、企業ミッションは「その会社が果たすべき役割・使命」であり、企業ビジョンは「役割・使命の達成の仕方の具体的な道筋」となる。「原則」に対して、「役割」「道筋」ということ。経営理念には他の2つが内包されることもあり、必ずしも3つに分かれていなくてもいいが、経営理念はなくてはならないものである。

経営理念は一度定めたら、容易には変更できない。しかし、現実(現場)との乖離が大きすぎると、お題目となってしまう。これでは意味がない。そのためには、現在の経営理念はそのまま存続させ、より実情に即した「補足」を新たに制定するのがいいだろう。その補足に該当するものが、前述の企業ミッションであり、企業ビジョンということになる。既に存在するのならば、修正していけばいい。基本のルールは変えず、役割・道筋を変えていくのである。

ちなみに、企業ミッションとは、「あなたの会社は、何をするためにこの世に存在しているか」という問いに答えることで得られる。また企業ビジョンは、「企業ミッションを現実のものとするために、どのようなステップを踏んでいけばいいのか」という問いに答えることから得られるはずだ。

人材マネジメントの「バリューチェーン」で考えてみる

■戦略と人材開発をリンクした経営を行う
現在、多くの企業では、経営理念や企業ビジョン、企業ミッションを達成するために、どういう戦略があって、どんな人材が必要になってくるのかという落とし込みが、できていないように思う。その場限りの対応が少なくない。

そこでは、経営理念がお題目となってしまっている。戦略も経営企画部が経営理念とは別に作ってしまっている。戦略と人材マネジメントはリンクしていなければならないのに、そうではないケースが多い。戦略を実現するために、どんな能力が必要とされ、どんなチームや人材がどのくらい必要となるのか、それが人材マネジメントのベースとなるはずなのに。

思うに、多くの企業ではこうした有機的な「連鎖」が断ち切られてしまっているのではないか。最も重要な、戦略とのリンクができていない。実際、組織が肥大化してくると、経営戦略部と人事部が別に存在するようになる。お互いがその存在を主張しようとするので、戦略に基づいた人材マネジメントが行えなくなってしまっている。

戦略を司るために、リーダーシップが大切なのは言うまでもない。また、そこで働く人が共感を覚える経営理念がないと、機能しない。ところが、多くの企業ではそれをないがしろにしており、「拠り所」のない状態になっている。その結果、各社員が違う方向を向いてしまっている。仮に、一人でも別の方向を向いているようなことが組織にあると、残りの人たちは戸惑い、違和感を覚えるだろう。組織全体のモチベーションは下がり、生産性も下がっていく。こうした悪循環が一度できてしまうと、なかなか断ち切ることが難しい。

結局、人が気持ちよく仕事ができるような環境作りをしていく前提があって、初めてモチベーションは上がっていく。そういう形で、人材マネジメントを行っていかなければならないのである。

その意味からも、上に立つリーダーの存在は大きい。リーダーの役割というのは、組織が大切にする「価値」をまず示すことである。その価値を共有し伝えていくために、組織の内外の関係者(ステークホルダー)とコミュニケーションを取っていく。そして、社員全員が誇りと意欲を持って取り組めるような自由闊達な組織風土・企業文化を醸成していくことである。意思決定においては透明性を確保し、皆が納得できるよう合意形成を図っていく。私見だが、ベンチャー企業の経営者には、こういうリーダーシップを持った人が多いように思う。

■なぜ、社員が気持ち良く仕事ができる環境作りが大切なのか?
繰り返しになるが、人と組織の関係性を考える上で、人材マネジメントの「バリューチェーン」のフレームを意識することが大切である。企業を取り巻く市場や顧客、社会などの経営環境があり、その中で企業の理念・ビジョンが設定される。経営のリーダーシップのあり方、発揮の仕方が設けられ、それに応じた組織・人事の戦略・戦術が策定される。それに沿った型で施策・制度が作られ、社員に適用されていく。そして、これらを円滑に遂行するために現場のマネジメントがある、という構図だ。と同時に、「バリューチェーン」の全体がその企業の文化、組織風土を形作っていくことを示している。

ここで忘れてはならないのは、一連の価値連鎖の最終段階に位置する社員が、市場や顧客に沿う形で価値を提供している、という事実である。顧客と接する社員に力が蓄えられていないと、組織として何もできないのである。

人材マネジメントがなぜ必要なのかと言えば、戦略を実現するためには必要不可欠なものだからである。これも、組織の強さは人で決まるからだ。もし商品だけで組織の強みが決まるとしたら、昨今のように、車が急に売れなくなるようなことが起こるはずがない。

モチベーションの低下している人に、どんな高性能のコンピュータや機械を与えても、その機能が十分に発揮されることはない。重要なのは、そこで働いている人たちのやりがいを高めていくこと。そのためには、事前に基礎となる作業をしておかなければならない。CS(顧客満足度)の大切さが言われるが、それを可能とするためのES(従業員満足)がなくては、CSは実現できないのである。それには、経営理念を人材マネジメントの「バリューチェーン」の中で、正しく伝え実践していく働きかけが欠かせない。

*図:「経営理念」共感型組織における人材マネジメントのあり方

「経営理念」を具体化するアプローチ

■「社員としての視点」にブレークダウンする
経営理念は、日常業務の進め方や、トラブルが発生した時などの具体的な心構えや対処方法についてまで、触れているわけではない。そのため、どれほど適切に作成・再確認されていたとしても、多くの社員にとっては、まだ腹に落ちる内容にはなっていない。この段階では、まだ抽象的すぎて、実際の行動に移せないのだ。だから、「企業としての視点」を、組織を構成している「社員としての視点」にブレークダウンする必要がある。経営理念を明確にする過程で、「企業のルール・役割・道筋」が明確に提示されてくる。今度は、それ実現するための「社員の行動のルール・パターン」を明確にすることである。

実際、エクセレント・カンパニーと呼ばれる企業では、従業員として相応しい行動ルールが明記された「ツール」がある。また、その内容がきちんと服務規程の中に盛り込まれ、必ず携行することが義務付けられている。そして、毎日その内容を確認したり、復唱したりしている。ここまで徹底的にやって、はじめて一貫性が生まれ、社員は「うちの会社は首尾一貫している。だから、信頼できる」と思うようになるのだ。

企業の視点で描かれた経営理念、企業ビジョン、企業ミッションを、社員の視点で社員がよく分かる「社員行動規範」へと翻訳し、それを徹底していくことが、経営理念を実現することにつながっていくのである。

■「社員行動規範」を評価に使うケースも
最近、社員への評価指標に社員行動規範を使う企業がある。評価指標であるから、そこにはまさに会社の本音が反映される。特に、入社間もない社員に対しては、仕事の成果や分担された役割を評価することよりも、むしろ「マインド」や「態度」がその会社に相応しいかどうかを見極め、フィードバックすることのほうが大切だと考えている企業は多い。

新入社員には、まずは「マインド」や「態度」をしっかりと身に付けさせ、その会社の風土に相応しい土台をしっかりと作る。評価の対象というよりも、育成の対象としてみる。そして、成果で人を判断する前段階として、それに堪え得る考え方自体を育成、醸成する。それが確実に身に付いてから、初めて仕事の成果や役割の遂行度合いで評価される階層に昇格させていくのである。

■トップ自身の仕事のやり方や価値観を公表、宣言するもの
社員行動規範はその実効性が高ければ高いほど、社員の行動は明確に規定される。つまり、行動を促したり禁止したりするものになる。社員の行動を明確にナビゲートするものであるから、個々人の日々の行動に相当突っ込んだ、具体的な内容となっていく。

これも、トップが社員に望む行動パターンを、明確にしたものだからだ。そこには、トップ自身の価値観が色濃く、そして具体的に表現される。そして、適切な社員行動規範はトップ自身の仕事のやり方や価値観を社内に公表し、宣言することになっていく。「日頃から、このような点に留意して、業務に当たってほしい。これさえ守ってくれるなら、日常の仕事のやり方については、皆さんの自主性を尊重したい」と。このような性質のものが、社内行動規範なのである。

明確な「目標」を掲げることで得られる果実

■適切な「目標」が、人を動機付けしていく
経営理念の下、事業活動を進めていく際に、「経営目標」が定められる。それを明確化し、全社で共有していくことが、実務の上では大きなポイントとなってくる。周知の通り、人はやりがいのある目標を見つけ、それに向かって邁進しているときには、驚くほどの能力を発揮する。そうしたときには心身共に生き生きとした状態となる。しかし、やりがいのある目標も、会社から「成果」として認められない限りは、意味がない。だから、一人ひとりの状況に応じて、やりがいのある目標を適切に見いだせる工夫が必要である。

成果というのは、あくまで会社側が評価し、経営目標の達成に直結するものだから、会社が何を成果として見なしてくれるかが分からない限り、評価される人間は適切な目標設定はできないのだ。

■「経営目標」を「個人目標」へとどうブレークダウンさせるか
そのような評価を実行するには、まずは会社全体の目標が取締役や事業本部長といった階層にブレークダウンされ、それがまた次の部課長レベルへとブレークダウンされていくといったように、上から下へと順次正確に伝達・共有されていることが大前提となる。口頭で伝達されるだけではなく、「達成すべき成果」として、各階層で評価書式に公的なものとして記録していく。これにより、目標を共有するプロセスがより強化されるのだ。

その際、各部門長の評価書式を全社的に公開することで、会社の経営目標や各部門長の個人目標はもちろん、他部署がどういう目標を達成しようとして業務を行っているのか、一目瞭然となる。その結果、目標の共有化はさらに進んでいく。

■目標を「書く」ことの重要性
ところで、目標を評価書式に記入することは、一種の「ミッションステートメント」を作成しているのと同じである。評価書式をひと工夫することによって、個人のミッションステートメントとしての役割を持たせることができる。

また、目標達成を明確にイメージできるミッションステートメントを作成していく中で、新たな自分やその可能性に気づいていくことだろう。それに気づいたとき、人は刷新される。無限の可能性の発露を予感し、さらなる能力発揮の場がどこにあるのかにも気づいていく。「書く」ことで、こうした「一皮剥ける経験」が起こることも付け加えておく。

■今日的な「マネジメント」のあり方
経営理念を実現するマネジメントにおいて、今後、現場のマネージャーが部下と接する際に強く意識しなければならないのは、こと細かな管理はしないことだと思う。勤怠状況の把握など最低限の管理を除き、部下の仕事のやり方には支援を求められたときを除いて、口を出さないことである。現場マネージャーがこうしたスタンスを取らない限り、評価に対する部下の納得感を高めるのは難しい。

その理由は、部下が約束した成果を達成できなかったとき、仮に上司が仕事のやり方に関して言及していたならば、上司にもその責任の一端があるからである。これでは、部下は言い逃れ、言い訳ができてしまう。そうではなく、日々の業務における指示、命令をする代わりに、達成すべき成果目標をより明確な形で確定しておくことだ。部下の日々の日常業務の遂行においては原則自由を旨とするも、部下がコミットすべき成果目標については、厳然とした上意下達の状態としていくことが大切である。

部下にチャレンジングな目標を設定させて、一度スタートしたら、トラブルが発生しない限りじっと見守っていく。しかし、ひとたび事故やトラブルが発生したときには、速やかに支援し、障害を排除していく。そして、結果に対しては、きちんと責任を持たせる。このように部下にはしごを昇らせるマネジメントスタイルは、管理するというよりも、支援者としての側面が強くなっていく。「自律型人材」を育成する上でも、有効なアプローチではないだろうか。

*               *

以上、「前編」は企業理念の意味と、それを実現するための人材マネジメントのあり方について紹介してきた。「後編」では、企業理念を社員が体現できるための仕組み作りをどうするか、具体的な「事例」を交えながら紹介していくことにする。

「後編」に続く

(後編に続く)

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