いま、企業に求められる高齢者活用と、
仕事をベースとした「新型人事管理」への
パラダイムシフト
学習院大学 経済学部経営学科教授
今野 浩一郎さん
どの段階で、育成から仕事ベースの処遇としていくか
人材育成というのは、日本企業の強みとして外せないように思います。
社会の安定機能となっている側面もあります。このように考えていくと、ある段階にきたら仕事ベースにもっていく、あるいは徐々に仕事ベースとしていく、というのが日本企業の場合、現実的な対応のような気がします。個人的には20代後半、入社5~6年くらいまでが、人材育成のための上限時期と思っています。これくらいで一人前になってもらわなくては困りますから。それ以降は、仕事ベースで対応していくべきでしょう。
このように、仕事をベースとした処遇へと、日本企業も徐々にですが変化してきています。ただ、年俸制にしても、「一国二制度型」における年俸制。男性正社員だけを対象としたものです。こうした仕事ベースの処遇を、「多馬力」の対象となるパート社員や女性社員、高齢者、障がい者などの「制約社員」にいかに適用していくことができるか。事実、百貨店やスーパー、外食産業や小売業界など、「制約社員」なしには成り立たない業界や企業も少なくありません。
「制約社員」を主力としていくには、トップのコミットメントが必要不可欠です。その際に人事は、いかにトップからコミットメントを引き出していくか。そして自社に相応しい制度・施策を作り、社内に広めていくための旗振り役となっていくか。役割上、そうしたハブ的な存在となることが求められてきます。
また、男性正社員、なかでも中高年層のマインドをいかに変えていくことができるかが、ポイントとなるでしょう。今まで年功的な処遇できたのに、いきなりこの先は仕事ベースでと言われても、抵抗を示す人が少なくありません。
むしろ、若い人たちのほうが、仕事ベースでの処遇を歓迎しているようにも見えます。
仕事と成果で所得が上下するというのは、自営業の人たちは皆、そうです。思えば、日本社会でも昔からあったことなのです。おそらく、これからのビジネスパーソンの働き方は、企業内自営業主化していくようになることでしょう。
「長期価格」と「短期価格」の組み合わせへ
さらに言えば、給与の一定部分を下支えする部分は残る。その上に、仕事の成果によって上下する部分がある、という二階立ての構造となっていく。事実、日本企業で実施されている年俸制は、そういう仕組みがほとんどです。
この下支えする部分は「会社にとっての社員の長期的な価値」と考えればいい。例えば、課長の仕事を任せるというのは、どういうことを意味するのか。それは、成果が出るかどうか分からないけれども、その人の「価値」を認めた上で、課長を任せたことについて払う、まさに「期待料」なのです。それは在任期間中続いていく。そして、任せた仕事の「成果」については、ボーナスで変動していく。
つまり、労働力の「価格設定」の仕方が二重構造になるわけです。要は、「長期価格」と「短期価格」の組み合わせとなっていく。「長期価格」というのは、その仕事を任せたことに対する報酬。「短期価格」は成果に対する上乗せした報酬です。この二つの側面を持つことになります。実際、世界の給料を見ても、基本給にインセンティブが加わった形が主流であり、これも「長期価格」と「短期価格」の組み合わせという点で同じ考え方です。
ですから全てが変動するような賃金体系はよくないと考えます。なぜなら、働く人に「長期価格」をメッセージとして提示していないからです。「長期価格」というのは、その人に期待しているからに他ならないもの。そこに、お互いの信頼関係が醸成されてくるわけです。さらに、それに応えようと働いた成果が、「短期的価格」として提示されていくことを忘れてはいけません。
お互いに、Win-Winの形となっていくわけですね。
結局、高齢者の問題は、仕事をベースとしたこれからの新しい人事管理のあり方の一類型に過ぎないわけです。そして、働く期間が短く、仕事をベースとした処遇を行いやすいのが高齢者であるのも事実。その意味からも、新しい人事管理へと舵を切っていくための「トライ&エラー」をしやすい対象と言えるでしょう。
なるほど、高齢者を「フロンティア」としていくと。高齢者の雇用・活用の問題というのは、新しい人事管理のあり方を迫るパラダイムシフト的な意味での象徴であることがよく分かりました。本日はお忙しい中、どうもありがとうございました。
【参考】
「70歳まで働ける企業」実現に向けた雇用力評価チェックリスト
高齢・障害者雇用支援機構が発表した『「70歳まで働ける企業」基盤作り推進委員会 調査研究報告書(平成21年度)』(座長・今野浩一郎氏)では、「70歳まで働ける企業」実現に向けた雇用力評価チェックリストを公開し、自社の高齢者雇用力レベルを、先進企業のレベルとさまざまな要素(6つの大項目、38の小項目)で比較検討できるようになっています。これにより、自社の高齢者雇用力の「強み」と「弱み」が認識でき、今後の高齢者雇用・活用に向けて、制度改革や組織風土作り、評価と処遇などへ取り組む「きっかけ」とすることができます。
●詳しくは、高齢・障害者雇用支援機構 雇用推進・研究部 研究開発課(03-5400-1656)までお問合せください。なお、このチェックリストは、今年度中にWeb上で利用できるよう、現在準備中です。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。