いま、企業に求められる高齢者活用と、
仕事をベースとした「新型人事管理」への
パラダイムシフト
学習院大学 経済学部経営学科教授
今野 浩一郎さん
「一馬力」から「二馬力」、そして「多馬力」へ
これからは、「制約社員」をいかに活用していくかが問われるわけですね。
「制約社員」は、人によってその制約が違うなど管理に手間がかかり面倒です。ただ、その手間にかかるコストと、人材活用の幅が広がることのプロフィットとを比べてみた場合、どうなのか?明らかに、プロフィットのほうが大きいと思います。だからこそ、「一国二制度型」ではなく「一国一制度型」にして、広く人材を集めて活用する仕組みに変えていかないといけない。
欧米先進国でも、女性活用においてこうした問題が出ていました。以前は、欧米でも基幹労働者は男性でした。これが1980年代以降、男女差別は解消の方向に向かっていったのです。その結果、男女関係なく、仕事をするようになってきました。例えれば、この状態は男性だけの「一馬力」から男女が合わさった「二馬力」と言えるでしょう。ところが日本企業は、相変わらず「一馬力」です。国際間の競争を考えた場合、「一馬力」では「二馬力」に勝つのは難しい。さらに、パート社員や高齢者などを加えて考えれば、「二馬力」というより「多馬力」としていくことが、これからの人事管理では有効になってきます。
そして、「多馬力」となった場合、年功的な処遇で人事管理を行うことはできません。実際、「二馬力」の対象をパート社員や女性としたとき、男性正社員と同じような年功的な賃金体系を適用するのは難しい。そうすると、年功に代わる人事管理上の「軸」を作らなくてはいけません。それを「能力」とすることはあり得ます。しかし、これは多分に抽象的なもので、年功の歴史の圧力になかなか勝てません。「職能資格制度」が年功的な運用に陥ってしまったことが、それを証明しています。そう考えていくと、仕事を軸に置くことが一番合理的だと思います。
こういう仕事をしたらいくら払う、という仕事ベースにしていくこと。それならば、高齢者であっても問題はありません。高齢者を特別に考えるのではなく、「多馬力」を構成する一分野であると考え、処遇のベースを仕事に置き換えればいいのです。
社内のさまざまな仕事に、最適な人を当てはめていくとう「適材適所(仕事)」の考え方が重要になってきますね。
ただその仕事も、あまり限定的に考えると弊害が出てきます。自分に与えられた仕事しかやらないようになると、チームとしてのまとまりや、組織としての柔軟性が落ちてしまう。また、特定の仕事ばかりずっと続けていると、どうしても閉塞感が出てきます。個人としての成長が止まってしまう。ですから、この仕事をやったら、その次はこういう仕事にチャレンジしていくという、仕事のステップを考えていくことです。人事部には、仕事を通して働く人のキャリアをいかに構築していくかが、問われてきます。
「仕事」をどう定義していくか
仕事の概念を、どのように考えていけばいいのでしょうか。
仕事を括るときに、広めにしておくことです。仕事の括り方は、人為的に対応できます。狭くもできるし、広くもできます。広めにしておくことで、「グレーゾーン」の部分が解消されていきます。また、チームワークの問題にしても、組織のなかにあって仕事に何を求めるかを決めていくことです。周囲とこのように協力して仕事を進めていくなど、具体的に求める仕事の要件を記していけばいい。そして、その要件について評価を行っていく。もちろん、そこには決まった答えがあるわけではありません。会社や組織によっても異なってきます。自社の組織では、どういう要件としていくのがいいのか。それを考え、工夫をしていくことが、新しい人事管理において不可欠な事項となってきます。
このような仕事ベースでの処遇というのは、日本企業ではこれまで行われてこなかった。正解があるわけではないので、トライ&エラーをしながら、実行していくことです。
確かに日本企業では、仕事の定義が非常に曖昧のように思います。
極端に言うと、上司はその時々の思いつきで部下に仕事を与えていました。そういう仕事の与え方では、「制約社員」を活用することはできません。とは言いながら、「非制約社員」である男性正社員はこれまでそれに従ってきました。
「制約社員」を前提にした仕事の管理というのは、上司に仕事の計画能力がないと務まりません。しかし、上司は仕事を計画していくようなトレーニングを受けていないので、その場、その場での対応になっています。これも使う側である上司が、部下は労働を無制限に供給してくれると思っていたからです。だから、特に仕事を計画しなくてもよかった。そう考えると、上司の言うことを何でも聞いて仕事をしてしまうという意味で、これまでの日本企業は部下がとても優秀だったということがいえます。任せておけば、何とかやってくれていたわけですから。
多分に、部下に支えられて成り立っていたわけですね。
しかし、「制約社員」を相手にした場合、こうしたマネジメントは通用しません。その典型は、障がい者でしょう。彼らの能力、特性にピッタリと合った仕事を提供しなくてはなりません。ここでは、「適材適所(仕事)」的な考え方で、人事管理のあり方をもう一度、組み直していくことが求められます。ただ、既存の秩序や組織風土の改革を伴うので、なかなか難しい側面があります。また、今まで主軸だった男性正社員のモチベーションをいかに維持していくか、という問題もあります。
管理職「年俸制」という形で広まっていったが…
「70歳まで働ける企業」基盤作り推進委員会(高齢・障害者雇用支援機構)の座長をされて、どのようなことをお感じになりましたか。
高齢者のパフォーマンスの高い企業は、高齢者を戦力化することを第一に考えています。そして、働いた分に見合う報酬を与えることを当たり前のように行っています。冒頭に述べたような、人事管理の原則に従った行動をしているのです。
また、「70歳まで働ける企業」の実現に向けた雇用力評価チェックリストを作成し、そこで自社の高齢者雇用力レベルを、先進企業のレベルと比較検討できるようにしました。これにより、自社の高齢者雇用力の強みと弱みを認識し、今後の高齢者雇用・活用に向けて取り組むきっかけとすることができます。
ただ、これはあくまで「気づき」としての位置づけです。その先の政策を考える際には、現場を回っていろいろな人の意見を聞き、話し合っていかなくてはなりません。そうしたなかで、「わが社の仕事とは何か?」を紐解いていき、仕事ベースでの処遇を考えていくことが必要です。
実際、大企業の管理職の多くは年俸制になっています。年俸制の考え方は、仕事と成果で賃金を支払うというものです。何より、管理職の場合は仕事の範囲が明確で、重要度の評価がしやすい。だから、ポジションに対して値段が付く、という傾向がどんどん強まっています。
そして賃金カーブも、管理職となると「寝ます」。寝るということは、年齢に関係ないということです。単純に、行う仕事で評価されるわけです。そして、寝ている賃金も、その難易度・重要度によって、何層かに積み上がっています。高い賃金を得るには、その層を上がっていけばいいわけです。これが年俸制の基本構造です。昔は、同じ課長でも年齢が違ったら、年齢の高い人の賃金が高かった。それが年俸制となると、同じ賃金となります。
管理職に関しては、仕事ベースの処遇が徐々に浸透していったわけですね。
それに対して、一般社員はその辺が曖昧です。なかなか仕事ベースでの評価は難しい。問題は、どの段階で仕事ベースの処遇としていくか、です。例えば、新卒の段階から仕事ベースとするのはどうでしょうか。多くの企業は、入社してからの数年間を人材の育成期間であると認識しています。人材の底上げという点では、これが長所となっています。職種別の採用を原則とする欧米企業とは、そこが大きな違いです。何より、職種を超えて初任給が一緒なのは、先進国では日本だけですから。
一方で、新卒の段階から職種によって、初任給格差を付けている企業もあります。これがいいかどうかは、まだまだ議論の余地があります。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。