いま、企業に求められる高齢者活用と、
仕事をベースとした「新型人事管理」への
パラダイムシフト
学習院大学 経済学部経営学科教授
今野 浩一郎さん
少子高齢化による人口減少で、労働力不足が懸念されています。企業は、これまでの男性正社員中心の人員構成を見直し、非正規社員、高齢者、女性など多様な人材の活用を積極的に進めていく必要があります。なかでも高齢者の雇用・活用は、今後さらに重要になると思われます。しかし現場では、賃金や働き方などに関する考え方をめぐり、企業と高齢者との間でギャップが生じているのが実情です。また、高齢者の活用の方向についても、明確な方針が見えていません。これらの問題を解決し、いかに高齢者を戦力化していくか。いま、企業や人事部が真剣に考えなければならないテーマの一つではないでしょうか。今回は、「70歳まで働ける企業」基盤作り推進委員会(高齢・障害者雇用支援機構)の座長を務められるなど、高齢者問題に詳しい学習院大学教授の今野浩一郎さんに高齢者雇用・活用の具体的なポイント、新型人事管理を構築するために必要な要件などについて、お話しを伺いました。
いまの・こういちろう●1946年東京生まれ。71年東京工業大学理工学部経営工学科卒業。73年同大学大学院理工学研究科(経営工学専攻)修士課程修了、同年神奈川大学工学部助手。80年東京学芸大学教育学部講師、82年助教授。92年より学習院大学経済学部経営学科教授。企業の人的資源管理からマクロの雇用問題まで、人材に関わる分野を広く研究している。その明快な語り口には、学生や企業人にもファンが多い。学外での活動にも熱心で、各種シンポジウムでの講演のほか、厚生労働省関連の研究会などでの委員・座長などを数多く務めている。主な編著書に、「人事管理入門」「勝ち抜く賃金改革」(日本経済新聞出版社)「資格の経済学」(共著/中央公論社)「個と組織の成果主義」(中央経済社)などがある。
「短期決済型」だから、仕事をベースに処遇する
少子高齢化社会が進んでいくなか、高齢者の雇用・活用に関して、どのような認識をお持ちですか。
日本企業における高齢者雇用をみると、その多くは「福祉的就労」です。例えば、定年後の就労にしても、給料は一律に引き下げる。実質的に、高齢者の働きを期待していないようなものです。少数の間は良いのですが、65歳までの雇用確保が前提となったとき、このような働き方では会社は潰れてしまいます。何より、本人のモチベーションも期待できないでしょう。では、高齢者を本格的に活用するにはどうしたらいいのか?いま、その方向性を真剣に考えなくてはいけない時期にきています。
人事管理の原則は非常にシンプルです。「優秀な人材には、難しい仕事を配分し、報酬をたくさん払う」こと。仕事と能力と処遇の三位一体の均衡を図ることです。それは、高齢者でも同じです。高い能力を持った高齢者にはその能力を発揮できる仕事に就いてもらい、処遇していく。このとき、どういう賃金の払い方をするのかがカギを握ります。
現役の正社員と高齢者の違いは何か?正社員は、大卒なら22歳から60歳までの長期間に渡って仕事をすることを前提に賃金を決定する「長期決済型」。ところが高齢者は、例えば5年間といったように、働く期間が限定されている「短期決済型」です。加えて、1年契約で、その後は状況を見て更新、というのが一般的。その場、その場で勝負して、賃金を払うというイメージです。それならば、難しい仕事をしている人には多く支払い、簡単な仕事をしている人には支払いが少ないという方法が合理的でしょう。働く期間が限定されているし、高齢者は特に教育する必要もありません。正社員以上に、仕事ベースで給料を払うことしかないと思います。
現実問題として、能力のある高齢者に相応しい仕事があるかどうか、ということはありませんか。
能力ではなく、仕事に対して支払うのだと考えることです。社内にあるこの仕事をやってもらっていくら、ということで対応していくわけです。つまり、やってもらう仕事とのマッチングを図ることがポイントになります。この場合、能力とやる気のあることが前提となります。問題は、これまで日本企業では仕事ベースでの処遇をあまりやってこなかったこと。特に、大企業ではそういうケースが多くなっています。
ですから、正社員との整合性が取りにくいことが問題になります。正社員に対しては、必ずしも仕事ベースで賃金を払っていないという現実がある。そのため、60歳になった段階で仕事ベースの賃金とした場合、「摩擦」や「トラブル」が起きてきます。
この場合、2つの問題が想定されます。長期的に報酬と生産性を均衡させる人事管理においては、若い時代は給料を低めにして、中高年になってから高くしていきます。すると、高齢者になったときには、実際のパフォーマンスより高い給料を払うことになる。それを60歳以降に仕事ベースにすると、給料を下げなくてはいけません。この下げることへの「納得性」をどう得ていくか、というのが1つ目の問題です。
もう1つは、実際には職種間で生産性に違いがあるのに、正社員時代には内部で均衡が取れるよう賃金を決めている点です。例えば、技術と営業と製造の賃金を比べたとき、仕事の価値から見て、製造に高めの賃金を払っているというのはよくあるケースです。それを60歳以降、仕事ベースで支払うと、その事実が明らかになってしまう。これまで暗黙に保ってきた内部均衡が崩れることになります。それは避けたいということになる。そもそも大企業では、こうした矛盾を構造的に抱えているわけです。
一方、中小企業の場合は体力がないので、そんなことは言っていられません。大企業と比べ、仕事ベースで支払っているケースが多いようです。いずれにしても今後、労働力不足が進むなか、仕事ベースで対応していかないと、高齢者の雇用・活用を実現するのは難しいでしょう。
「一国一制度型」で、「制約社員」を活かす人事管理へ
高齢者を雇用・活用する際、考えておくべきポイントは何でしょうか。
高齢者は短期雇用となります。しかも、肉体的な問題や家庭上の問題から短時間勤務がいいなど、正社員とは違うニーズもあるでしょう。ただ、考えてみると、女性も同じような問題を抱えています。パート社員もそうです。極端な例では、障がい者や外国人なども同じことになります。周りを見渡せば、これまでの男性正社員のように、会社のためなら何でもします、どのような働き方もいといません、というような無制約の働き方のできない人が、たくさんいるわけです。それを私は「制約社員」と呼んでいます。
そして現在では、こうした「制約社員」のほうがマジョリティーになってきています。一方、男性正社員に顕著だった「無制約社員」は、もはやマイノリティです。経営や人事部には、マジョリティーである「制約社員」に合わせて人事管理全体を変えていかなければならない、という要請が強く圧し掛かっています。その際、高齢者はその中の一類型である、と考えていけばいいのです。
というのも、多様な「制約社員」がいることを前提とした人事制度を構築していかないと、個別の対応に追われ、人事管理の体系性がくずれてしまうからです。つまり高齢者をはじめ、女性やパート社員、障がい者、外国人など属性の違う人たちに、別途対応して制度を作っていくようでは、効率的な人事管理を作りあげることはできません。「制約社員」という括りの下、1つの考え方で人事制度を設計していかないと、今後の対応は難しくなっていきます。そのためにも、属性に関係なく、仕事をベースとした処遇にしていくことを考えるべきです。
具体的には、どのようなアプローチが考えられますか。
振り返ってみると、これまでは一つの会社のなかで、正社員用とパート社員用といった「一国二制度型」の人事管理でやってきました。一つの会社で、違うルールを二つ適用していたわけです。高齢者の雇用を福祉的就労で対応しているのも「一国二制度型」と言えます。女性雇用の問題も同様です。果たして、このような「一国二制度型」でいつまでもつのでしょうか。仕事ベースの処遇で考えるなら、人事管理のあり方を「一国一制度型」にしていくのは自然な流れです。
また、「優秀な人材には、難しい仕事を配分し、報酬をたくさん払う」という原則下では、優秀な人材は活用の対象となる範囲が広ければ広いほど集めることができます。それに対して、男性正社員を中心と考え、その他の属性に異なる人事管理を適用する「一国二制度型」では、優秀な人材を集める幅を限定することになってしまう。
「一国二制度型」では、正社員と高齢者とで違うルールを適用することになります。だから、基幹的な業務をさせようとするときも、片方からしか人を集めない。これまでだったら、男性の正社員ということになります。たとえ女性で優秀な人材がいても、登用することがない。パート社員や高齢者で優秀な人でもそう。人材活用の幅を確実に狭めています。これでは、会社の「人材力」は落ちていきます。そんな状態で、激しい企業間競争、国際競争を乗り切っていくことができるのでしょうか。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。