「中国進出」の日本企業が成功する条件
ジャーナリスト
莫邦富さん
成都、深に続いて、北京、上海でも大規模な反日デモが起こり、日中関係はかつてないほど悪化しているようにも見えます。しかし2004年の日本と中国の貿易額は、香港分も含めて約22兆2000億円。日米間の約20兆4800億円を上回り、中国は今、日本の最大の貿易相手国となっています。また10%近い高度成長を続ける中国経済の将来性に賭けて、現地進出する日本企業も増えています。そのうち7割強が黒字を計上している状況ですが、今後、日本企業が中国に根を張った成功を収めるためには、課題も少なくありません。たとえば、現地の有能な人材をどうマネジメントしていくか。アメリカなど他の国の企業に比べると日本企業は、中国人の社員を経営層に抜擢したり、その能力を十分に引き出したりするケースが少ないという指摘もあります。中国に進出した日本企業を取材しているジャーナリスト、莫邦富さんにうかがいました。
モー・バンフ●1953年中国・上海生まれ。上海外国語大学卒業後、同大学講師を経て、85年に来日。知日派のジャーナリストとして、政治経済から社会文化にいたる幅広い分野で発言を続け、「新華僑」や「蛇頭」といった新語を日本に定着させた。主な著書に『蛇頭』『中国全省を読む地図』『日本企業がなぜ中国に敗れるのか』(いずれも新潮社)『新華僑』(河出書房新社)『これは私が愛した日本なのか』(岩波書店)など。ベストセラーとなった翻訳書『ノーと言 える中国』(日本経済新聞社)もある。最新刊に『mo@china 莫邦富・中国レポート』(ジャパンタイムズ)『中国の心をつかんだ企業戦略』(集英社)など。
中国に進出した日本企業の7割が黒字を計上している
北京や上海の反日デモでは、日本製品の不買を呼びかける動きもありました。しかし日本からしてみると、今や中国なくして日本経済を語れないという状況です。巨大市場の将来性に賭けて中国へ進出する日本企業が増えています。
振り返ると、日本企業の中国進出ブームはこれまで3回ありました。最初は、1980年代です。中国の「改革開放」の政策に後押しされ、また「日中友好」の観点からも、日本の大手企業が中国にどんどん進出し、合弁会社をつくったんですね。しかし天安門事件が起きた89年にこの動きは終息します。
次は、92年の小平の「南方視察」を受け、93年頃から始まって95年にピークを迎えた投資ブームです。でも大半の日本企業は失敗しましたね。中国を「売れる巨大市場」として数字だけで捉えて、安易に進出したからです。同時に、中国側も外国企業を誘致するための環境を整備していなかった。結局、97年にアジア金融危機が起きると、ブームは急速に萎んでいきました。
そして3回目が、2000年頃から現在まで続くブームです。過去2回のブームとは違って、今回は順調な波に乗っているように見えます。ジェトロが昨年の10月に発表したところによれば、中国に進出した日本企業の7割強が黒字を計上しているんですね。背景には、外国企業を迎え入れる中国側の環境が整備されたこと、日本企業の進出をサポートする日本側の体制も整ったことなどがあるのでしょう。まだまだ悪戦苦闘はあるでしょうが、進出を阻むような大きな壁は取り払われていると思いますね。中国で設備インフラを整えた日本企業に今後求められるのは、そこで安定した経営を続けていくことです。
中国で安定した経営を続けていくために、日本企業は何を重視しなくてはいけませんか。
異国の地の、異文化の中で、文化的なバックグラウンドが違う社員と一緒に企業運営を進めるのですから、これはかなりの大仕事だと言えますが、その中でとくに力を入れなくてはいけないのは、人事・労務の課題だと思いますね。中国の人材をいかにマネジメントし、うまく活用するか。それが今後のビジネスを左右する。中国で安定経営を続けていくには、中国人の熟練労働者や経験あるベテランの社員、中国人幹部の力は欠かせない。これは間違いありません。
収入よりもキャリアアップを企業に求める中国の大学生
中国の人材をうまく活用しているか、という点について、日本企業の現状はどうでしょうか。
私は、ほぼ毎月、中国各地へ行ってさまざまな日本企業を取材していますが、その現場でしばしば耳にするのは、「日本から派遣された現場を知らない若い日本人が管理職になっています。そんな上司の下で私は働きたくない。日本の会社は私の力を認めてくれないし、生かしてくれません」というような中国人社員の声です。
そのような声を裏打ちするように、最近、日本企業に対する中国人の人気がどんどん落ちているんですね。たとえば中国の求人・求職の情報を発信している大手ポータルサイト「中華英才網」では毎年、中国国内の大学生約1万8000人を対象に希望就職先のアンケートを実施していますが、その2003年の結果によると人気企業上位50社の中にランクインした日本企業はわずか3社だけでした。ソニーが17位、松下電器32位、トヨタ自動車46位。ちなみに1位は中国の家電メーカー大手のハイアールで、2位がアメリカのIBM、3位はマイクロソフトです。しかも2004年の同じ調査では、上位50社の中に入った日本企業は2社だけになり(ソニーが26位、松下電器46位)、上位20社の中には1社も入っていません。
最近の中国の大学生が就職先の企業を選ぶ条件というのは、1番目が「自分の力を生かしてくれるかどうか」、2番目に「スキルアップできるかどうか」、3番目が「収入」と言われています。彼らが企業に求めているのはキャリアアップであり、ステップアップであって、決してお金だけじゃないんですね。その企業に入ったら自分の上昇志向が満たされるかどうか、有利な技術や技能が習得できるかどうかを重視している。
ところが、相変わらず日本企業は「中国人は金さえ払えば働いてくれる」と思っている。
そう。「中国人は高い給料を払ってくれるところがあると、釣られてすぐ転職してしまう」とか「中国人は長く働いてくれない」などと思い込んでいる節があります。確かに、収入だけを重視して就職先を選ぶ中国人が目立った時期がありましたが、それはもう5、6年前の話ですよ。今の中国人の意識はかなり変わってきて、「一つの会社にできるだけ長く勤めたい」「就職した会社を勤め上げたい」と考える傾向が次第に強くなってきた。
意識が変わった背景は何でしょう。
一つには分譲住宅の普及があると思いますね。中国経済が発展するにつれて日本人と同じように長期の住宅ローンを組んでマイホームを購入する人が増えてきました。会社をいくつも変わるのはリスクがありますから、できれば一つの会社に長く勤めて、安定した収入、将来の計算が立つ生活を手に入れたい。そういう考えを持つようになったということでしょう。
もう一つは、就職難です。競争が激しくなり、大卒でもなかなか理想的な職場に就職できないのを見て、1カ所で長く働くという安定志向が次第に主流となりつつあるんです。
留学経験のある中国人を経営層に抜擢する米企
今の中国人の上昇志向の強さや働く意識の変化に、日本企業は気づいていない。
気づいていませんね。それどころか、「日本企業に就職しても中国人はキャリアアップの機会がない」と言われていて、それが中国では広く知られた共通認識になっています。だから大学生が日本企業に就職したがらない。人気企業ランキングで悲惨な結果が出るのは、当然かもしれません。
中国に進出している他国の企業はどうでしょう。中国人社員をどのように処遇していますか。
北京にあるマイクロソフト、IBM、シスコシステムズ……など、グローバル企業に取材したことがありますが、トップマネジメントの多くがアメリカの大学に留学経験のある中国人か、または新華僑(改革・開放後に中国を離れて高学歴を身につけ、海外生活も長く、外国の永住権を手に入れた中国人)でした。もちろん社内には中国に赴任しているアメリカ人もいましたが、中国人幹部の下でごく普通の中間管理職として働いているケースが多い。
マイクロソフトのアメリカ人の幹部は「中国のことをいちばん理解しているのは中国人ですし、中国の市場にどう攻め込めばいいのか、いちばん知っているのも中国人です」と話していましたね。同社は中国に進出するとき、経営トップにアメリカに留学経験のある中国人社員を指名した。彼はアメリカ本社から赴任したのですが、「あなたが中国に行って会社をつくってください。そのために本社から幹部社員を4人連れて行ってかまいません。ただし、その4人は1年後には本社に戻すようにしてください」と言われたそうです。そしてそのとおりに事は運び、マイクロソフト・チャイナのテクニカルサポートセンターという会社設立の1年後からは、幹部クラスも含めてすべて中国人たちの手によってビジネスが行われてきた。これなど日本企業では考えられないことでしょう。
「王様」のように振舞う日本人幹部が多い理由
日本企業は中国人社員の処遇を考え直さないといけない。
そうですね。中国政府の経済担当幹部の一人は「外国企業が中国に進出して成功したいと思うなら、経営トップは中国の文化に理解のある人を指名することです。そして、その経営トップに意見できる、ときには箴言もできる中国人の幹部を補佐役につけること。これが中国でのビジネスを成功に導く基本中の基本」と言っていました。まったくもってそのとおりだと私も思いますね。
日本企業は、中国に赴任する日本人社員を教育しなくてはいけない。多くの日本企業は自社の人材を中国通に育てようと、比較的若手の社員を中国に赴任させているでしょう。現在の中国の事情を十分に理解しておらず、仕事の経験も積んでいない人が少なくないんです。一方、その部下となる中国人社員の多くは、中国の一流大学出身者で、中国の市場に通じているのはもちろん、仕事もよくできます。そんな中国人社員たちにしてみると、若い日本人の上司は自分たちより仕事ができるわけでもないのに威張っていて、とんちんかんな指示ばかり出す、というように映る。給与など待遇にも歴然の差がある。そういうところから、中国人社員の不満が出てくるわけです。
実際、中国に赴任した日本人の幹部の中には、まるで王様のように振舞っている人が少なくありません。日本にいた頃はせいぜい課長クラスで、10人も部下がいればいいほうの人が、中国に来たとたん、いきなり大きな工場や部門を任されているんですね。部下は数百人から1000人以上にもなる。自分の裁量で使える経費だって、日本にいた頃とはケタ違いでしょう。運転手つきの社用車が使えるようになったり、会社払いで高級マンションに住めたり、地元政府の幹部から食事などを招待されたりするうちに自分が偉くなったと思ってしてしまう。これは勘違いしているなと見える、言葉遣いも態度も横柄な日本人幹部に取材で会ったことが何度もありますよ。
そんな日本人が中国人の心をつかんでマネジメントできるわけがないですね。
ですから教育が必要なんです。若手の日本人社員を中国通にしたいというのなら、最初から幹部として赴任させるのではなく、まずは幹部候補として、中国人幹部の下に配属し、叩き上げるのがいいのではないでしょうか。
中国人社員をうまく活用している日本企業はないでしょうか。
数は少ないけれど、ありますよ。たとえば、徹底した現地化戦略を図っているイトーヨーカ堂は、優秀な中国人をどんどん幹部に抜擢しています。「3号店からは店長を中国人社員にする」という方針を定めているため、中国のヨーカ堂で働く日本人幹部たちは、消費者の動きや売上だけを気にしていればいいというわけにはいかなくて、中国人社員の育成やマネジメントにも必死ですね。イトーヨーカ堂が今後、中国で成功していけば、他の日本企業も中国人社員の育成に力を入れる動きが出てくるでしょう。それでも、日本企業の変化はまだまだ遅いのが実情です。
(取材・構成=笠井有紀子、写真=菊地健)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。