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部下の強みを引き出し、成長させるリーダーに求められるものは何か
「経験学習」のサイクルをまわすために重要な三つのポイント

北海道大学大学院 経済学研究院 教授

松尾 睦さん

松尾 睦さん(北海道大学大学院 経済学研究院 教授)

人の成長の7割は経験によって決まる、といわれます。この「経験から学ぶ力」を体系化し、成長につながるサイクルを確立させたのが「経験学習」の考え方です。ビジネスの世界にも大きな影響を与えた「経験学習」ですが、自分だけの力で経験を成長に結びつけられる人はごくわずか。多くの人は職場の上司、先輩の導きによって経験から学び、成長していきます。そこで重要なのが、部下の「経験から学ぶ力」を高められるリーダーの存在です。いわゆる「育て上手」といわれる上司や先輩は、何が違うのでしょうか。また、育て上手なリーダーが多い組織をつくるために、人事がなすべきこととは何なのでしょうか。「経験学習」研究の第一人者である、北海道大学大学院教授の松尾睦さんに、著書『部下の強みを引き出す経験学習リーダーシップ』に基づき、お話をうかがいました。

Profile
松尾 睦さん
北海道大学大学院 経済学研究院 教授

まつお・まこと/1988年小樽商科大学商学部卒業。92年北海道大学大学院文学研究科(行動科学専攻)修士課程修了。99年東京工業大学大学院社会理工学研究科(人間行動システム専攻)博士課程修了。博士(学術)。2004年英国ランカスター大学にてPh.D. (Management Learning)取得。神戸大学大学院経営学研究科教授などを経て現職。著書に『部下の強みを引き出す 経験学習リーダーシップ』(「HRアワード2020」書籍部門 入賞)『「経験学習」ケーススタディ』『職場が生きる 人が育つ 「経験学習」入門』(「HRアワード2012」書籍部門 最優秀賞 受賞)(いずれもダイヤモンド社)ほか。

「育て上手なマネジャー」にはどんな特長があるのか

最初に、部下育成の基本といえる「経験学習」のプロセスについてお教えください。

経験学習の考え方でもっとも重要なのが「経験学習サイクル」です。ある経験をし、その内容を振り返り、そこから何らかの教訓を引き出して、その教訓を別の状況に適用する。このサイクルを回すことで、人は経験から学び、成長していきます。簡単そうに思えるかもしれませんが、しっかりと実践することはなかなか難しいモデルでもあります。

とくにポイントとなるのは「振り返り」と「教訓」。経験したことを振り返って、何が良かったのか、何が重要なのかを整理し、教訓を引き出すことが最も重要です。しかし、これがなかなかできません。振り返り自体あまりしませんし、やるとしても失敗したときにどうしてダメだったのかを考えるくらい。経験から学ぶといっても、何度も繰り返して身体にしみこませるような、効率の悪い方法をとったりしています。本当は成功したときにこそ、その理由をしっかりと振り返るべきです。

図1. 経験学習サイクル
図1. 経験学習サイクル

うまくいったことを振り返らせて、成功の理由を教訓とし、効率よく定着させるサイクルを回す。そういった支援ができるマネジャーが「部下を育てるのがうまい」ということになるでしょう。

そんな「育て上手なマネジャー」には、どのような特長があるのでしょうか。平均的なマネジャーとの違いは何だと思われますか。

育て上手なマネジャーの特長は、三つあります。一つ目は「部下の強いところを見ている」。部下の強みを見つけて、伸ばそうとします。ドラッカーも本田宗一郎も「経営とは強みを生かすこと」と言っていますね。しかし、どうしても部下の弱点克服を最初に考えてしまうマネジャーが多い。それでは、人は伸びません。意識したいのは「美点凝視」です。悪いところは目に入りやすいけれど、良いところは意識的に探さないと見えてきません。育て上手なマネジャーは、良いところに着目することができます。

二つ目は「経験の意味づけ」。部下が目指したいと思っている成長ゴールと目の前の仕事を関連づけて、「この仕事をすることで、君のこういう能力がアップする。だから、この仕事を頑張ることが大事なんだよ」と意味づけることができます。これをしっかりと行うことで、部下のモチベーションはまったく違ってきます。

それは学生でも同様です。「ゼミのグループワークをしっかりとやっていた学生は社会人一年目の伸びが違う、と企業の人事担当者が言っていたよ」と話すと、みんな目の輝きが変わって、グループワークに真剣に取り組むようになります。「とにかくやろう」だけでは、気持ちがついてきません。自分のやっていることに意味づけをしてもらうことで、人はやる気になるのです。

第三は「面で育てる」。マネジャーが1対1で部下に向き合うことも大事ですが、それだけでは「点」にしかなりません。立教大学の中原淳先生もおっしゃっていますが、周囲も巻き込みながら、職場全体で育成することが「面」で育てるポイントになります。頼りになる中堅社員を間に入れる、あるいは職場全体でビジョンを共有しながら育成していく。自分が一歩引くことで、メンバーが自由に意見を出し、主体的に働ける職場をつくることができるのも、育て上手なマネジャーの特長です。

「できないことをできるように指導する」のが育成だと思いがちですが、育成とは何かをもう一度考え直すことも大事ですね。

そうですね。たとえばヤフーでは、人材育成関連の施策を「社員の才能と情熱を解き放つ」という考えをもとに展開しています。「教え込む」ことではないんですね。個人がもともと持っているやる気と能力を引き出すことこそが真の育成、という考え方です。実は「education」の語源である「educe」には「引き出す」という意味があります。このことを理解すると、育成に対する意識も変わるのではないでしょうか。

どのようにして「部下の強み」を引き出すのか

ご著書の『部下の強みを引き出す 経験学習リーダーシップ』では、「育て上手の指導法」として三つのプロセスを紹介されています。最初の「強みを探り、成長ゴールで仕事を意味づける」という部分で、マネジャーが意識すべきポイントをお聞かせください。

まずは、部下一人ひとりに「どうなりたいのか」というキャリアプランを聞くことです。このとき、ちょうどいいのが3年先のイメージ。1年先だと近すぎるし、5年先や10年先では遠すぎるでしょう。どの部署でどんな仕事をしていたいのかが明確になれば、どういうスキルが必要で、今の自分に何が足りないのかを意識することができます。

このとき、マネジャーが見つけてあげるべきなのは「目に見えている強み」よりも、「潜在的な強み」「鍛えれば伸びそうな強み」です。たとえば1対1のコミュニケーション能力の高い部下は、それをさらに鍛えると、チームや組織のマネジメントもできるようになるかもしれない。そこを成長のゴールとして意識づけしていくのがポイントです。その上で、仕事をしていくとぶつかるであろう困難を予測し、あらかじめアドバイスしてあげる。

優秀なプロジェクトマネジャーは常に先を予測して動きますが、それは人材育成でも同じです。スタート前に時間をかけて準備することで、部下は多くの困難を乗り越えることができます。「とりあえずやってみよう」ではうまくいかないことも、意識してほしいところです。

部下の強みを見出すのが難しいこともあると思います。その場合、どのように対応すればいいのでしょうか。

マネジャーだけで見出そうとしても、わかりづらいこともあると思います。自分を基準に考えてしまいがちだからです。

そういう場合は、本人に直接聞いてみるのも、一つの手です。具体的には自分の成長ストーリーや、一皮むけた経験を語ってもらう。学生時代のエピソードも、その人らしさが出やすいと思いますし、普段の仕事ぶりからはわからない部分が見えてきたりします。このとき、一方的に上から目線で強みを探すのではなく、マネジャーも自分の経験を語ることで、相互理解が進みます。さらには、本人以外の同僚や先輩に聞く、異動してきた場合は元の上司に聞く、といった方法も効果的です。

ある企業のマネジャーが「弱みを裏返すと強みになる」と言っていたのは印象的でした。ものすごく大雑把な部下がいて困っていたそうですが、あるとき「物事を大きく捉えられるということではないか」と気づいたそうです。他にも、仕事が遅い人は「慎重に進める力がある」と考えることができる。要は多面的に見る、視点を変えてみる、ということです。

第二の「失敗だけでなく、成功も振り返らせて強みを引き出す」プロセスでは、どんな注意が必要でしょうか。

なかなか理解してもらえないのが、この部分です。「成功の振り返り」と聞くと、多くの人は「ほめること」と思いがちですから。確かにほめることも大事ですが、もっと重要なのは「成功した要因を整理して考えること」です。成功経験で大切なのは「再現性」と「拡張性」。再び成功するにはどうすればいいのか、もっと良い結果を出すために何をするべきか。しっかりと教訓化できないと、意味がありません。

日本人は、成功を振り返ることを気恥しいと考えがちです。成功よりも失敗について反省する方が先だろうと、つい考えてしまう傾向があります。しかし、それでは強みを伸ばすことはできません。強みは成功の中にこそ、あるからです。マネジャーがうまくアドバイスして、振り返らせることが重要です。

第三の「中堅社員と連携しながら、思いを共有する」というプロセスは、いかがでしょうか。

先ほどの「面で育てる」と同様ですが、マネジャーが前に出すぎると威圧感があります。中堅社員を間にはさむことで、意見が出やすく、部下が主体的に育ちやすい環境をつくることができます。職場の心理的安全性を担保するだけでなく、次期マネジャー候補としての中堅社員の育成にもつながります。

また、優秀なマネジャーのいる職場ではかなりの割合で、中長期的な職場のビジョンをつくって思いを共有しています。うちの部署はこれが方針だという「ものさし」があれば、振り返りもしやすくなり、部下からの提案も出やすくなります。何でも言える環境は、イノベーションに欠かせない条件の一つ。個人の成長だけでなく、職場全体の成長を後押しする意味もあります。まさに「面での成長」のイメージだといえるでしょう。

図2. 育て上手のマネジャーの育成方法
図2. 育て上手のマネジャーの育成方法

「人が育つ環境」をつくるために人事にできること

「育て上手なマネジャー」を育成していくために、人事としてできることは何でしょうか。

第一に「1on1ミーティングのような上司と部下のコミュニケーションの強化」です。その際、単なる雑談や説教で終わらないように、人事がしっかりしたガイドラインをつくり、マネジャーをトレーニングすることが重要です。コミュニケーションの目的は、部下の経験学習サイクルを回すこと、強みとやる気を引き出すことだと十分に理解してもらう必要があります。

どんなコミュニケーションがいいのかというと、まず、部下の強みに言及することです。たびたび言われると部下も落ち着かないでしょうから、月一回くらいでかまいません。マネジャーから「君の強みはここだ」と言われて悪い気はしませんし、しっかりと見てもらっている、という安心感があります。成功の振り返りも、積極的に行いたいところです。強みが見えてくれば、活力も生まれます。それができてはじめて、失敗にも向きあえるようになります。

次に「社員の強み・弱みを把握して、人事データとして蓄積していくこと」。スキルセットのような抽象的な記述ではなく、「○○の状況のときに、○○というプロジェクトで、○○という働きをした」などと、より具体的な事例として残していくことが重要です。異動や昇進などの際にも、有効に活用できるはずです。

最後は「ジョブアサインメント」。配置・異動です。人が伸びるのは「連携」「変革」「育成」がキーワードになる仕事を経験したときです。他部署とのコラボレーション、業務の変革や改革、部下の指導や育成といった経験ですが、そういう仕事をする機会は、どの部署にもあるとは限りません。人事は自社のどの部署でどんな経験ができる仕事があるのかを把握し、データとして持っておいて、人材の強みを伸ばすための配置や異動に活用すべきでしょう。要は「良い土壌」の部署に異動させれば人は成長しやすい、ということ。良い土壌がないのなら、耕すことも必要です。

この三点をしっかりと行えば、経験学習の観点からすると、かなり良い育成環境ができると思います。まずはマネジャーを育てて、人が成長できる職場や仕事を確保し、それによって実際にどれくらい育成が進んだかをデータで分析する。そのような良いサイクルが生まれることが理想でしょう。

「リモート環境下」で部下を育成する時に注意すべきこととは

新型コロナウイルス感染症の流行によって、多くの企業でリモートワークが導入されています。部下の指導や育成をこれまでとは異なる環境で進めることになったマネジャーに、求められるものとは何でしょうか。

考え方によっては、リモートの方が経験学習を実践しやすいかもしれません。その理由は、リモートには「距離感」と「考える時間」があるから。対面だと、部下がじっくりと考える前に、すぐダメ出しをしてしまうことがよくあります。一方、メールやZoomでのやりとりでは、まず相手の言葉を聞くようになります。「傾聴」が自然にできている。すると、部下のできないところだけでなく、できるところにも気づくようになります。これは経験学習サイクルを回す上で大変有効です。

また、リモートでの仕事には「成果」という明確な基準が求められます。部下一人ひとりに対して、その人の仕事と役割は何なのか、成果をはかる指標はどういうものかを明示しておかなくてはなりません。それがなければ、振り返りもできないからです。そもそも、職務や成果の指標をはっきりとさせることは仕事の基本です。もしも職場がリモートでうまく回っていないのなら、基礎ができてない、生産性の低い職場だと言えるでしょう。

経験学習サイクルでは、部下に「何を経験したのか、どう思ったか、何が大事だったのか」を振り返ってもらうことが欠かせませんが、これはリモートワークを進める上で求められるコミュニケーションそのものでもあります。そういう意味では、リモート環境はマネジャーにとっても部下にとっても、経験学習サイクルを回す良いトレーニングと言えます。マネジャーの皆さんには、リモートワークを部下育成のチャンスと捉えてほしいですね。

(取材:2020年11月11日)

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