不確実性の時代に企業や人事はどう行動すべきか
「変化対応能力のある組織」をつくるダイバーシティとキャリア自律
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授
高橋俊介さん
キャリア自律は企業にとっても強みになる
高橋先生は、これからの時代は自律組織やキャリア自律が重要であると説かれています。
予測可能性が低い時代に対応するために重要なのは、組織としてはダイバーシティ、個人にとっては「キャリア自律」です。1990年代後半、多くの伝統的大企業がリストラを行い、大手金融機関も再編や廃業に追い込まれました。すると日本的雇用環境の中で育ってきた人たちも、それまで成功していたビジネスモデルは時代に合わなくなり、会社にキャリアや人生を任せていると振り回されることになると考えるようになりました。
2000年以降は、バブル崩壊後の記憶しかない若い人が社会に出ていきましたが、最初から自分の人生を会社に任せようと思ってはいなかった。働く人にとってのキャリア自律の考えは、こうした環境の中から自然に生まれてきたものです。
同時に企業にとっても、キャリア自律は必然だったといえます。変化の激しい時代には、ビジネスポートフォリオの入れ換えが不可欠です。そうなると部門を超えた異動を前提にしなければ、雇用を維持できません。しかし、その道一筋で何十年も仕事をしてきた人を、いきなり全く違う部署に異動させることは厳しい。しかも現在のビジネス環境は、かつてのようにゼネラリスト中心でなんとかやっていけた時代とは違います。高い専門性がないと勝負にならないのです。そうなると、企業としても社員のキャリア自律を後押しするという選択肢しかありません。
ただし、キャリア自律については誤解もあります。その一つが5年後、10年後のキャリア目標から逆算すること。大前提は「先を予測できない社会」なので、先のことを考えても意味はありません。これからもテクノロジーの進歩や環境変化によって、積み上げてきたキャリアが無に帰することが頻繁に起こるでしょう。しかし、何が起こるかは「読めない」のです。まず、そのことを共通認識にすることが重要です。
キャリア自律を実現するために、何をすればいいのでしょうか。
「変化に強い良い習慣を数多く持つこと」に尽きます。例えば、多様な人たちと交流して、弱いつながりをどんどんつくっていく。個人はそういう意識を常に持つことが大事ですし、企業には社員のキャリア自律を手助けする体制を整えることが求められます。社員のキャリア自律を企業が支援することは利益相反が比較的少なく、意識的に打ち出すことでむしろ企業の強みとすることが可能です。逆にキャリア自律をさせないような人事施策をとった場合、人材が流出するなどのデメリットにつながりやすい。
間違ってほしくないのは、「社員のわがままを聞け」ということではないこと。自分のキャリアを自分で切り開く能力である「キャリアコンピタンシー」を身につけるために支援するのです。そのためには教育が重要です。さらに自分で内省して考える場を持つための援助も欠かせないでしょう。
変化の本質をつかむためのリベラルアーツ
予測可能性の低い時代に対応できる組織には、ダイバーシティとキャリア自律が重要だとよくわかりました。こうした考え方をさらに深めるために、経営者や人事にはどんな学びが必要でしょうか。
ダイバーシティとキャリア自律以外にも取り組んでいく必要があります。人類の歴史は管理可能性、予測可能性を高めてきた歴史です。獲物がとれるかどうかは運まかせだった狩猟生活よりも、種をまいて収穫する農耕生活の方が管理可能性、予測可能性は高い。産業革命以降の工業社会では、それが一層進みました。
しかし、さらなる生産性向上を目指したデジタル社会は、変化が激しすぎて誰にも先が読めない時代を招いています。そういう時代には状況がどう転んでも対応できるように布石だけは打っておく。社員にも外部から情報や刺激をもらえる良い習慣を身につけてもらう。緻密な長期計画を立てて、その通りに実行していくようなやり方はもう通用しません。結局、先の読めない時代には「変化対応能力のある組織」をつくるしかないのです。
こうした時代認識をさらに深め、ものごとの変化の本質を探るために有効なのは、「リベラルアーツ(一般教養)」です。ビジネスだけでなく、脳科学や人類史、社会学、心理学など、さまざまな基礎科学の知識を得て、持論や世界観を養うことが重要です。問題意識を持って選んだ本で勉強し、それを基にいろんな人とディスカッションする、といったやり方が望ましいでしょう。人生100年時代には、学び方も変えていくべきなのです。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。