よい会社とは何か
―日本型CSRに求められる7つの条件―
シンクタンク・ソフィアバンク代表
田坂 広志さん
よい会社とは何か。
欧米から到来した「CSR(企業の社会的責任)」は、いま、我が国ではブームの様相を呈している。しかし、これは、こうした表層的な動きに止まらず、かならず「日本型CSR」と呼ぶべき、深く大きな動きになっていくだろう。では、「日本型CSR」とは何か。それを理解するためには、そもそも「よい会社」とは何かについて、一度、深く考えてみる必要がある。そのとき、現在の欧米追随型のCSRが、多くの誤解を生み出していることに気がつくだろう。そして、CSRの原点となるべき思想が、すでに「日本型経営」の根底にあったことを理解するだろう。そこで本論では、日本型経営の視点から「よい会社とは何か」について「7つの条件」を述べよう。そのことを通じて「日本型CSR」のめざすべき企業像、21世紀に我が国の企業がめざすべき企業像を論じよう。
たさか・ひろし●1990年日本総合研究所の設立に参画。民間主導による新産業創造をめざす「産業インキュベーション」のビジョンと戦略を掲げ、10年間に民間企業702社とともに20のコンソーシアムを設立、運営。同社技術研究部長、事業企画部長、取締役・創発戦略センター所長を歴任。現在、日本総合研究所フェロー。多摩大学大学院教授も務める。2000年6月にシンクタンク・ソフィアバンクを設立。同代表に就任。2003年7月にはソーシャル・アントレプレナーを支援する「社会起業家フォーラム」を設立し、同代表に就任。そのほか、情報、流通、金融、教育、環境など各分野の企業の社外取締役や顧問も務める。http://www.hiroshitasaka.jp/
第1の条件
「生き残り」の発想に流されず「働く喜び」の思想を大切にする企業
それでは、よい会社とは何か。その第1の条件は、「生き残り」の発想に流されず、「働く喜び」の思想を大切にする会社である。
いま世の中には「生き残り」や「勝ち残り」という寂しい言葉が溢れている。「このような社員は生き残れない」「こうした会社は勝ち残れない」といった言葉である。そのため、CSRについても、それを企業の「生存戦略」として論じる傾向がある。「CSRを重視しなければ、企業は生き残れない」「CSRを大切にしなければ、消費者が離れ、株主から見捨てられる」といった議論だ。
しかし、そもそもCSRの原点は、こうした「生き残り」「勝ち残り」ではなく、「働く喜び」ではないだろうか。なぜなら、「働く」とは、「傍(はた)を楽にする」という意味。仕事を通じて顧客を楽にし、事業を通じて世の中を幸せにする。その喜びこそが企業活動の原点ではなかったか。
なぜ、我々は、こうして毎日一生懸命に働いているのか。それは、ただ生き残り、勝ち残るためではない。もっと素晴らしい何かのために働いているのではないか。企業の理念や社員の志とは、その深い思いから生まれてくるもの。CSRは、何よりも、その理念や志からこそ出発すべきだろう。
第2の条件
「目に見える報酬」だけでなく「目に見えない報酬」を大切にする企業
では、どうすれば、社員が「働く喜び」を感じることができるのか。
「目に見える報酬」だけでなく「目に見えない報酬」を大切にする会社になること。それが第2の条件である。いまの時代は、残念ながら、「あなたにとって、仕事の報酬とは何か」と聞かれて、「給料」や「年収」、「役職」や「地位」と答える人が多い時代だが、実は仕事には、昔から「目に見えない3つの報酬」があった。
第1が「働き甲斐ある仕事」。「仕事の報酬は仕事だ」との名言のごとく、かつての日本企業で、安月給でも一生懸命に働かれた方々は、この報酬を見つめていた。
第2が「職業人としての能力」。自分の腕を磨くことそのものを喜びとする気風があった。
第3は「人間としての成長」。仕事の苦労を通じて人間を磨いていくことを価値とする時代があった。日本企業は、こうした「目に見えない報酬」を大切にする企業文化へと回帰すべきだろう。
第3の条件
顧客に提供するものを単なる「商品」ではなく、「作品」と考える企業
では、どうすれば、「目に見えない報酬」を大切にする企業文化へと回帰できるのか。顧客に提供するものを、単なる「商品」ではなく、「作品」と考える会社になること。それが第3の条件だ。なぜなら、そのことによって、社員の意識は、自然に「ワーカー」から「プロフェッショナル」へと変わっていくからだ。そして、プロフェッショナルの文化は、この「働き甲斐ある仕事」「職業人としての能力」「人間としての成長」という「目に見えない3つの報酬」を大切にする文化に他ならないからだ。
しかし、いま世の中では、この「プロフェッショナル」という人間像について、一つの誤解がある。プロフェッショナルとは「仕事で高い収入を得る人間」のことだとの誤解である。しばしば、キャリアマガジンなどで、「スキルを磨いて、自分の付加価値を高める」といった言葉が使われているが、真のプロフェッショナルは、そうした「自分の付加価値」といった発想はしない。そうではない。真のプロフェッショナルとは、「顧客の高い満足を得る人間」のこと。そのために、スキルを磨き、人間を磨き、心を込めた作品を顧客に提供しようとする人々のことであろう。それこそが本当のプロフェッショナルに他ならない。
第4の条件
社会的責任を受動的な「義務」ではなく、能動的な「使命」と考える企業
では、そもそもCSR、企業の社会的責任とは何か。この言葉の意味も誤解されているようだ。CSRを「法令順守」や「企業倫理」と同義語のように考えている企業があるが、それはCSRの当然の第一歩に過ぎない。それは、社会的責任の最初の入り口に過ぎない。
社会的責任とは「社会に対して悪しきことをしない」という寂しい次元の言葉ではない。それは、本来、「社会に対して良きことを為す」という誇りに満ちた言葉であろう。そのことに気がつくとき、よい会社の第4の条件が見えてくる。
社会的責任を、受動的な「義務」ではなく、能動的な「使命」と考える会社である。なぜ、いま、経営者の語る社会的責任や企業理念のメッセージに「言霊」が宿らないのか。それは、言葉の奥から深い「使命感」が伝わってこないからであろう。その社会的責任の発想が、単なる「企業の義務」という受身の発想にとどまり、「企業の使命」という誇りある思想に深まっていないからであろう。
第5の条件
社会貢献を「利益」の一部を使ってではなく、「本業」を通じて行なう企業
では、企業の社会貢献とは何か。そこにも誤解がある。社会貢献とは、「利益」の一部を文化事業や慈善事業に使うことと考える傾向があるからだ。しかし、そもそも、企業にとっては、「本業」そのものが最高の社会貢献。それは、日本型経営の根本にある優れた思想であろう。
「企業活動の目的は株主利益の最大化」と考える米国型経営には、企業利益と社会貢献を相反するものと捉える発想があるが、日本型経営にはそうした発想はない。なぜなら、日本には昔から、「企業活動の目的は社会貢献」との思想があるからだ。従って、社会貢献を、「利益」の一部を使ってではなく、「本業」を通じて行なう会社。それが第5の条件である。
第6の条件
利益を「社会貢献の報酬」ではなく、「社会貢献への期待」と考える企業
では、こうした誤解が生まれたのは、なぜか。企業にとっての「利益」の意味が見失われたからであろう。そもそも日本企業にとって「利益」とは、世の中の役に立ったことの証、「社会貢献の指標」であった。それは、日本型経営の根本にある、深みある思想であった。それも単なる「社会貢献の報酬」という思想ではない。
かつて、松下幸之助氏は「企業に大きな利益が与えられるのは、さらに大きな社会貢献を為せとの世の声だ」との言葉を残している。この言葉のごとく、企業は「利益」が与えられたとき、それが自社の事業に対する社会からの「期待」の声であると理解すべきだろう。すなわち、利益を、「社会貢献の報酬」ではなく、「社会貢献への期待」と考える会社。それが第6の条件だ。
第7の条件
人材を「社内の資源」ではなく、「社会の資産」と考える企業
そして、この日本型経営においては、「本業」に加えて、もう一つ大切な社会貢献がある。「人材育成」である。企業とは、志ある有為の人材を育成し、世の中に送り出すことによって社会に貢献する「最高の大学」である。経営者は、その覚悟を定めなければならない。なぜなら、これからの時代には、終身雇用制が崩壊し、人材流動性が高まっていくからだ。そして、社会の様々な分野で事業の革新と創造に取り組む人材が求められるからだ。
こうした時代には、経営者は発想を変えなければならない。育成した人材が、当社で社会貢献するも良し。他社で社会貢献するも良し。経営者には、その器の大きさが求められる。そして、その器の大きさが、その企業の周りに豊かな人的ネットワークを生み出し、優れたビジネスチャンスを生み出す。すべての事業が異業種提携や異業種連合によって生まれる時代。自社の「卒業生」が様々な業界において活躍することは、その卒業生を輩出した企業にとって、必ず素晴らしい事業機会となって返ってくるだろう。すなわち、人材を、「社内の資源」ではなく、「社会の資産」と考える会社。それが、よい会社の第7の条件だ。
「日本型CSR」の地平を切り拓く
いま、世界の大きな潮流となりつつあるCSR。この潮流は、我が国においては、どこに向かうか。 それは、古くから日本型経営の根本にあった思想へと回帰していくだろう。されば、日本企業の使命は何か。このCSR思想の深化と実践を通じて「日本型CSR」の地平を切り拓いていくこと。その歩みを通じて、21世紀型企業のビジョンを体現し、世界に示していくこと。それは、これから始まる企業進化の新たな時代、この日本という国の、世界に対する素晴らしい貢献になっていくだろう。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。