【監督行政が“ブラック企業”対策強化】
今こそ確認しておくべき、長時間労働者の「健康管理」の実務
労働衛生コンサルタント
村木 宏吉
3. 対策を実施するにあたり陥りやすいミスなどの留意点
(1)健康診断のコストは必要経費
経営者は、ややもすれば売上高と経費、経常利益、当期純利益と最終損益にしか関心を示さないきらいがあり、それらに現れない事項についての危機管理ができていないと言うことができます。
図表1に、ある企業の決算書の例を示します。この決算書には「特別損失」の項目がありますが、本来、特別損失に 当たる数字がない場合には、項目自体が表示されません。特別損失とは、企業が経常的に行う経営活動とは直接関わりのない、特別な要因で発生した臨時的な損 失ですが、労働災害に基因する民事訴訟が発生し、安全配慮義務違反で高額の賠償判決が下された場合、この「特別損失」として決算書に載ります。労働者の健 康管理を怠るリスクとして、ここまで予測できるかできないかが、優秀な経営者か否かの分かれ目となります。
しかし、時としてローソンの新浪剛史社長のように「健康診断を受診しない社員にはペナルティを科す」ことを公表するような、優秀な経営者に出会うことがあります。健康診断の実施が企業にとって大変重要だということを理解している、数少ない経営者の1人と思われます。
中小企業などでは、求職者に「健康診断の受診結果を持ってくるように」と指示して経費を削減できたと思っている経営者がいますが、間違いです。労働 者任せにすることなく、積極的に会社が費用を負担してまでも(法令上は当然なのですが)、労働者の健康状態を把握すべきなのです。そして、前述の高血圧を はじめとするリスクファクターを有する労働者を把握し、長時間労働を制限しなければなりません。
(2)三六協定の遵守と割増賃金不払い
時間外労働や休日労働は、労働基準法36条に定める「時間外労働及び休日労働に関する協定届」(三六協定届)を労働基準監督署長に提出していなけれ ば、行わせることはできません。また、この協定で定めた時間を超過する時間外労働を行わせること(以下、「三六協定オーバー」という)は、労働基準法違反 となります。
そこで、次に、三六協定オーバーが生じないようにと、誤った対応がなされた例を紹介します。その会社では、パソコンなどに時間外労働時間の実績を各 労働者が入力する際、三六協定に定めた限度時間を超えて入力できないようにソフトの仕様を定めてしまいました。これでは限度時間を超える時間外労働時間は 記録されないことになります。見かけ上は三六協定が遵守されているかのように記録が残ることとなりましたが、労働者が限度時間を超えて時間外労働を行って いた事実に変わりはありませんから、記録には残っていませんが、限度時間を超えて行っていた分の割増賃金の不払いが発生してしまいました。
確かに、三六協定の遵守は重要です。しかも、三六協定オーバーと割増賃金不払いでは、違反に対する罰則としては同じ労働基準法119条が適用されます。つまり、どちらの違反も6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金です。
では、罰則は同じだからどちらでもよいのかと言えば、実は違うのです。労働者からの告訴・告発により発覚した場合も労働基準監督署が検挙した場合も、検察庁が処罰を決める場合には、被害労働者の処罰を求める感情が重視されます。
その場合、(1)単なる三六協定オーバーであれば「三六協定届に定める時間外労働時間を超過する時間外労働はさせられたが、割増賃金は支払われた」 となりますが、(2)上記のような割増賃金不払いでは「三六協定届に定める時間外労働時間を超過する時間外労働をさせられ、しかも割増賃金は支払われな かった」となります。(2)は、三六協定届に定める時間外労働時間の超過がない場合もあり得るかもしれません。
この二つを当該労働者からみた場合に、どちらの行為のほうが事業主(会社)に対する怒りに結びつくかは、言うまでもありません。それゆえ、割増賃金不払いをなくすことは重要なのです。
その際、留意しなければならないのは、仕事が遅い人のほうが残業が多く割増賃金額も多くなる結果、収入が多くてよいのかということです。仕事を早く進める方法を指導することも重要です。
なお、終業のタイムカード打刻後に残業をさせるとか、勤務時間を誤魔化すために記録を誤魔化すなどの方法が採られることがありますが、労働基準監督署は、立入調査にあたり、関係労働者からそれなりの情報を得たうえで行うことが少なくないことは知っておいてよいでしょう。
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