女性と「定年」~男性との違いに着目して
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子氏
要旨
男女雇用機会均等法の施行から40年近く経ち、今後、定年を迎える女性が増加すると見込まれる。しかし、従来の「定年」に関する指南書は、概ね男性が想定されている。定年を経た女性のロールモデルも少ないことから、中高年女性たちの中には、定年後のイメージを持てない人が多いのではないだろうか。
定年に関する男女の違いは多数あるが、筆者が考える主なものを挙げると、(1)定年前後のギャップの度合い、(2)定年後も働くためのリスキリングの必要性、(3)定年後の年金水準、(4)家族形態の多様性、(5)定年後の長さ――の5点ではないだろうか。
すなわち、女性が定年後も仕事を続ける場合は、定年前に比べた地位や待遇等の落差が小さいため、男性に比べれば、大きな戸惑いを抱えることなく、穏やかに働き続けられる人が多いと考えられる。また、濃密な育児の経験があったり、趣味のネットワークを持っていたりと、人生を「仕事一筋」ではなく、複線的に過ごしてきた人が多いと見られるため、引退後の「会社から地域へ」の移行も、よりスムーズにできると予想できる。
ただし、安心できるのは、心理面の話である。経済面で言えば、定年後の女性は、年金水準が低く、シングルの割合も多く、「定年後」も長いため、男性よりもリスクが大きい。この点こそは、定年を控えた中高年女性にとって最も切実な点だろう。従って、経済面に不安がある女性は、長く働き続けられるように、リスキングに取り組むなどの備えが必要だろう。女性は事務職に就く人が多いが、事務の仕事は先細りだからである。
逆に、定年前の年収水準が高い女性は、男性同様に定年前後のギャップが大きく、戸惑うかもしれない。定年後も働き続ける場合は、組織における自身の役割について考え直し、マインドをリセットするとともに、引退後は充実して暮らせるように、定年前から「すること」や「行くところ」をイメージしておくと良いのではないだろうか。
1――はじめに
男女雇用機会均等法の施行から40年近く経ち、長期勤続の女性が徐々に増加し、今後、定年を迎える女性も増加すると見込まれる。しかし、巷にあふれている「定年」に関する指南書は、概ね「会社一筋で働き続けてきた男性」が想定されているようだ。実際に、定年を経験した女性のロールモデルが少ないため、働く中高年女性たちの中には、定年後のセカンドキャリアや、引退後の生活に対するイメージを持てない人が多いのではないだろうか。また企業にとっても、「女性社員の定年」というトピックに対して、どのような対応が必要になるのか、見当がつかないのではないだろうか。
そこで本稿では、女性に焦点を当てて、定年後に継続雇用や再就職によって働き続ける場合には、仕事面でどのような変化があるのか、また仕事を引退する場合には、生活面でどのような変化があるのかについて、男性との差に着目しながら、先行研究や政府統計を基にまとめる。なお、中高年女性会社員の「定年」や働き方への意識については、前稿にまとめたので参照されたい 1。
定年に関する男女の違いは、仕事と生活の両面で多数あると考えられるが、筆者が考える主なものを挙げるとすれば、(1)定年前後のギャップの度合い、(2)定年後も働くためのリスキリングの必要性、(3)定年後の年金水準、(4)家族形態の多様性、(5)定年後の長さ――の5点ではないだろうか。(1)と(2)は、主に定年後に就業継続する場合の仕事面の変化、(3)から(5)は生活面の変化に関わる。次項より、これらの点について解説し、女性の定年に対する理解を広げることで、これから定年を迎える中高年女性たちの心構えの一助になればと考えている。同時に、定年を控える中高年女性社員に対して、企業に取り組んでもらいたい点についても検討する。
1 坊美生子(2024)「中高年女性社員の「定年」への意識~『中高年女性会社員の管理職志向とキャリア意識等に関する調査~『一般職』に焦点をあてて~』より(7)」(基礎研レター)
2――「定年」に関わる男女の違い
2-1│定年前後のギャップの度合い
(1)定年前後の仕事面のギャップの度合い~働き続ける場合~
従来、「男性と定年」に関する話題としては、「会社一筋で働き続けてきたので、会社を辞めた途端に、家庭や地域に居場所がない」、「定年退職して継続雇用になったら給料が大幅に下がり、モチベーションが湧かない」といったような、定年前後のギャップに対するショックや戸惑いに関するものが多く見受けられる。それに比べると、女性の場合は、定年前の会社での役職や家族構成にもよるが、ギャップ自体が、より小さいと考えられる。この点に関し、公益財団法人21世紀職業財団が2019年に公表した調査レポート「女性正社員50代60代におけるキャリアと働き方に関する調査――男女比較の観点から――」の中から、主な特徴を男女別に紹介する 2。
2 なお、当調査の対象者は、50歳時に300人以上の企業に正社員として勤務しており、現在も正社員として勤務している50歳~64歳の男女2,397人と、50歳時に300人以上の企業に正社員として勤務しており、定年を経て、現在も何らかの仕事をしている60~64歳の男女計423人である。
1)定年前後の年収の低下幅
初めに紹介するのが、定年前の自身の年収に比べた、定年後の年収水準である。同調査で、定年後の60~64歳の男女に対し、「定年直前の年収を100%とした場合、今の年収は」と尋ね、50歳時の役職・コース等によって分類・集計した結果が図表1である3。これによると、定年後の年収が、定年前の半分未満になった人の割合(「30%未満」と「30~50%未満」の和)は、「男性・管理職/総合職」では半数に上ったが、「女性・管理職/総合職」と「女性・一般職」では約3割にとどまった。つまり、女性は男性に比べて、年収が大幅ダウンする人が少ない。最も年収の低下幅が小さいのが「女性・一般職」で、約4割の人が、定年前の7割以上の年収を確保していた。ただしこれは、女性、特に一般職の女性では、定年前の年収が低かったためだと考えられる。
3 同調査では「男性・一般職」はnが小さいため、分析の対象外とされている。
2)社内的地位の落差
定年後には、非管理職で働く人が多いが、現役時代に管理職だった人は、この社内的地位のギャップに抵抗を覚えることがある。そこで次に、同調査より、定年後の男女に、管理職経験の有無を確認すると、男性では「経験がある」が7割近くに上ったが、女性では約2割にとどまり、大きな男女差があった(図表2)。つまり、そもそも女性は定年前に高い役職に就いていた人が少ないため、それ自体の良し悪しは置いておけば、定年後に非管理職として働いていても、男性に比べれば、心理的な戸惑いは小さいと言えるだろう。
因みに、このような管理職経験の違いは、男女が経験してきた仕事の経験の幅に違いがあるためだと考えられる。同調査の別の設問で、50歳代男女に仕事で経験したことを尋ねると、「他部門への異動」は男性が67.1%に対して女性は45.1%、経営企画や人事などの「全社的な仕事」人は男性が21.3%に対して女性が16.3%――などとなっていた。つまり、女性は男性に比べて、配置によるキャリア形成が行われてこなかったと言える。
3) モチベーションの低下
このように、年収の低下幅や、管理職からのステップダウンの状況などに違いがある中で、仕事へのモチベーションが男女でどう違うかを確認する。図表3は、同調査で、定年後の男女に対し、これまでの職業生活で最もモチベーションが高かった時に比べた、現在のモチベーションの大きさを示している。これによると、男性は「現在の方が低い」が44.8%に上ったが、女性では30.9%にとどまった。つまり、女性の方が、定年後に明白なモチベーションダウンに陥る人の割合が小さいことが分かった。
4) 定年前後の仕事面のギャップの度合いに関するまとめ
3)までに見た内容をまとめると、定年後も継続雇用や再就職などで働き続ける場合に、女性は男性に比べて、現役時代に管理職に就いた人が少ないため、社内的地位の落差も、年収水準の低下幅も小さく、モチベーションが大幅に低下する人も少ない。従って、女性が定年後も働き続ける場合には、定年前後のギャップによる戸惑いやストレスが相対的に小さいと考えられる。ただし、男性に比べて定年前後のギャップが小さい要因は、そもそも定年前の役職や年収が低いためであり、定年後の生活水準自体は、女性の方が厳しいという点には注意が必要である。これについては2-3|で解説する。
(2)定年前後の生活面のギャップの度合い~引退した後の「居場所」~
次に、定年退職後に仕事を引退する場合の生活面のギャップについて、男女の違いを考える。仕事をやめて、生活の場が「会社から地域へ」とスムーズに移行できるかどうかには、定年前から、どのような社外ネットワークを持っていたかが影響するだろう。社外ネットワークが何もなければ、毎日、「行くところがない」、「することがない」という状態になる。
そこで次に、同じく21世紀職業財団の調査より、定年前の社外ネットワークの幅について確認する。図表4は、定年前の50歳代男女に対し、「社外のネットワークで大切にしているもの」(複数回答)を尋ねた結果である。
これを見ると、割合の男女差が大きい項目は「子供等を通じたネットワーク」である。50代男性は、別の設問によれば、子がいる割合は71.2%に上るが、「子供等を通じたネットワーク」を大切にしているのは、男性50代前半、男性50代後半ともに、全体の5%前後に過ぎない。これに比べて、50代女性は、子がいる割合は46.8%と男性より大幅に少ないが、「子供等を通じたネットワーク」を大切にしている割合は50代前半、50代後半とも全体の1割を超えている。つまり、女性の方が、育児経験を通じて形成したネットワークを今も維持している人が多いことが分かる。
図表4に戻り、他の項目を見てみると、「趣味を通じたネットワーク」を持っている人は、50代前半では、女性が男性を3.3ポイント上回っていただけだが、50代後半になるとその差は5.2ポイントに広がっていた点が注目される。50代後半になって、女性のポイントが上昇したためである。女性は60歳が間近になると、引退後を見据えて、仕事以外の活動を増やしている可能性がある。
このように、引退を前にした50歳代では、女性は子供を通じたネットワークや、趣味を通じたネットワークなど、男性よりも層の厚い社外ネットワークを持っていることが分かった。このネットワークは、引退後の「居場所」や「遊び相手」、「話し相手」になると考えられるため、女性は男性に比べれば、引退後に「することがない」、「行くところがない」、「居場所がない」といった事態に陥る人が相対的に少ないと考えられる。
2-2│就業継続する場合のリスキリングの必要性
次に述べる、定年に関する男女の違いは、働き続ける場合のリスキリングの必要性である。定年後研究所とニッセイ基礎研究所が昨年10月に行った共同研究「中高年女性の管理職志向とキャリア意識等に関する調査~『一般職』に焦点をあてて~」によると、中高年女性の約3割は、高齢になっても同じ会社で働き続けるための条件として、「経験のある業務や職場で働き続けられること」を挙げているが、中高年のときに担当していた業務が、定年になるまで会社にあるとは限らない。まして、定年退職後、別の会社の求人を探すとなれば、同じような仕事を見つけることは、なおさら難易度が高いだろう。
総務省の「労働力調査」(2022年)より、正社員や非正規雇用を含む就業者全体の職業別割合をみると、中高年(45~59歳)女性で最も多い職業は「事務従事者」で、全体の約3割に上る(図表5)。しかし、「65歳以上」になると、その割合は半減している。また、教員や保育士などを含む「専門的・技術的職業従事者」についても中高年では約2割に上るが、同じように、65歳以上では半減する。その代わりに、中高年よりも65歳以上で割合が大きく増えているのが、ビル・建物清掃員などの「運搬・清掃・包装等従事者」である。従って、定年前に事務職に就いていた人が定年後に同じような仕事を探そうとすると、壁にぶち当たることが予想される。
男性についても、中高年と65歳以上では、職業別の割合に、女性と同様の変化がみられるが、女性ほどには、就業者に占める事務職の割合は大きくない。また、事務職の就業者全体でみても、6割を女性が占めている。
「事務職」は、国内では戦後の第三次産業の進展とともに就業者数が拡大し、女性の新規学卒者が増えるにつれて、その雇用の受け皿となってきたため 4、現在の中高年女性が入社した頃には、事務職の労働需要が大きかったと言える。しかし近年はシステム化・デジタル化によって、人の手を必要とする事務の業務自体が減少している。数十年前に新卒で入社して以降、事務の仕事のみを続けてきた女性は、定年を迎えていったん退職すると、再び事務の仕事を見つけるのは難しいだろう。従って、特に事務職が多い女性こそは、セカンドキャリアを確保するためにも、新しいスキルを習得する必要があると言える。さらに付け加えるならば、中高年の事務職女性についても、定年に到達するまで、組織に戦力として貢献し続けるために、新しいスキルを習得する必要があるのではないだろうか。
4 仙田幸子(2001)「コース別雇用管理とジェンダー――多様性を活かす」『ジェンダー・マネジメント』東洋経済新報社
2-3│定年後の年金水準
ここからは、定年後の生活面により焦点を当てて、男女の違いを考えたい。定年後の生活に大きな影響を与えるものとしては、「お金」、「家族」、「健康」の三つが考えられるが、本稿ではそのうち「お金」と「家族」に焦点を当てる。まずは「お金」、すなわち年金水準についてみていきたい。
女性の年金水準は、結論から言えば、男性に比べて大幅に低く、本人の年金以外に収入が得られない場合は、経済的には困難な生活が予想される。筆者はこの点が、男性と女性の定年に関する違いとして、最大かつ最重要の論点だと考えている。
厚生労働省の「厚生年金保険・国民年金事業年報」(令和3年度)より、現役時代に会社員だった人が受給する厚生年金の受給権者数を、月額階級別に示したものが図表6である。男性(青色)は「17~18万円」がピークとなっているのに対し、女性(赤色)は「9~10万円」がピークである。また平均額で比べても、男性が約16万円であるのに対し、女性は約10万円であり、女性は男性の3分の2強しかない。女性の現役時代の年収水準が男性に比べて低いことや、女性の勤続年数が身近いことが、男女差の原因である。
定年を迎える女性であれば、勤続年数が長いため、図表6よりは男性との差が縮小すると考えられるが、現役時代の年収水準の男女差が大きいことを考えれば、老後の年金水準の男女差が大きいことは変わらないだろう。
女性が老後、受給する年金が月9~10万円でも、夫と同じ家計で暮らしている場合はあまり問題ないかもしれないが、未婚や離別の場合は、厳しい生活が予想される。従って、老後、自身の年金以外に収入の見込みが無い女性は、定年後も継続雇用や再就職で働き続けたり、定年前に年収水準を上げるよう努めて、それに連動する年金水準を上げたり、資産を増やしたりする必要性が高いと言えるだろう。そして、定年後も仕事を見つけて働き続けるためには、2-2|.で述べたように、リスキリングに取り組むことも必要だろう。
2-4│家族形態の多様性
次に、定年後の生活に大きな影響を与える「家族」について整理する。定年退職して仕事を引退すれば、在宅時間が増え、家族と一緒に過ごす時間が増えるが、男性と女性では、その「家族」の顔ぶれが異なる。定年を迎える男性正社員の多くは有配偶だが、女性はシングルの割合が多い。
総務省統計局の「国勢調査」(令和2年)によると、男性55~59歳で雇用形態が「正規の職員・従業員」の人の配偶関係をみると、「有配偶」が78.8%、「未婚」が13.6%、「離別」が6.2%である(図表7)。つまり、全体の約8割が有配偶、残り2割がシングルという状況である。これに比べて女性55~59歳の「正規の職員・従業員」の配偶関係は、「有配偶」が61.48%、「未婚」が17.3%、「離別」が17.3%である。つまり有配偶は全体の6割で、残り4割がシングルである。シングルの割合は、女性は男性の2倍に上る 5。
シングルが多いと、2-3|で述べたように、年金水準が低ければ、経済的に困窮するリスクが上昇すると言える。逆に、女性の中でも、定年前に役職に就くなどして年収水準が高く、従って定年後の年金水準も高く、資産形成もできており、かつ未婚というような場合には、資産を残す対象もいないことから、定年後の生活を豊かなものにするために、一生懸命働いて貯めたお金をどのように使うのが良いか、というトピックも出てくるだろう。
5 なお、定年後研究所とニッセイ基礎研究所の共同研究では、「55~59歳」の女性正社員は、未婚の割合が42.9%となっており、国勢調査よりも高かったが、この差には、共同研究では従業員500人以上の大企業で働く正社員に限定したことや、一般職の構成割合が大きいことなどが影響したと考えられる。
2-5│定年後の長さ
定年後の男女の大きな違いとして、最後に指摘できるのは、「定年後」の長さである。厚生労働省「令和5年高齢社会白書」によると、2021年の女性の健康寿命は75歳超、平均寿命は87歳超であり、いずれも男性よりも長い(図表8)。
仮に定年年齢が60歳で、その後は引退すると、平均でみれば「定年後」は27年間続くことになる。もし定年後の生活水準が厳しいものになったら、そのような生活が長期化する。従って、定年前の時点で、そのようなリスクが高いと見込まれるならば、前述したように、定年後も働き続けられるようにリスキリングに取り組んだり、定年前の年収水準を上げるように努めたりする必要性があるだろう。女性の方が、平均健康寿命は男性より長いため、就業可能な期間は男性より長いと言うこともできる。
逆に、女性の生活水準や資産状況にゆとりがあると見られる場合には、自立して生活できる期間である健康寿命が男性よりも長いため、誰と、どのような活動をして定年後を充実させるか、定年前からイメージを広げておくと良いのではないだろうか。2-1|(2)で紹介した「趣味を通じたネットワーク」の拡張は、その好事例と言えるだろう。
3――定年を控えた女性に対して企業が取り組むべきことに関する検討
2まで見てきた内容を基に、今後、定年を控えた女性たちに対して、企業が取り組むべきことについて考えてみたい。
まず1点目は、企業が現在、中高年社員等を対象に行っているキャリア研修の女性社員の受講者を増やすと同時に、その内容を見直すことであろう。キャリア研修は、自身のこれまでのキャリアを振り返り、今後の仕事への姿勢をリセットしたり、生活設計を描いたりする契機になると期待されるが、そもそも女性は、男性に比べて受講経験が少ない。21世紀職業財団の同調査によると、50代後半男性での「キャリア研修」の受講経験者は17.1%だが、50代後半女性は約半分の9%にとどまっている。また、「上司とのキャリア面談」についても、50代後半男性で経験がある人は46.3%に上るのに対し、50代後半女性は37.8%と差がある。このように、企業から今後のキャリアや生活設計について考える機会が提供されなければ、女性は備えがないまま、定年後に突入することになる。
女性の受講機会を増やしたうえで、キャリア研修等において、女性にとって最も切実な「お金」の問題について、積極的に啓発すべきではないだろうか。現在でも、キャリア研修のプログラムにマネープランが組み込まれている場合があるが、男性を想定した情報に偏ると、女性の生活実態に合わなくなる。それでは、貧困リスクがある女性に対し、警鐘を鳴らすこともできない。多様な年金水準や世帯構成など、女性の現状を反映した情報提供を行い、現実的な生活設計を立てる機会としてほしい。
2点目は、リスキリングの強化である。2-1|(1) 2)で述べたように、女性は勤続年数が長くても、仕事の経験の幅が男性より狭く、雇用が先細りする「事務職」で働く人が多いため、定年まで、また定年後も働き続ける場合には、新しいスキルを獲得する必要性が高いと言える。筆者らの共同研究によると、中高年女性のうち、自主的な学び直しに経験または関心がある人は6割近くに上り、非常に関心が高い6。今後の仕事に対する危機感の表れとも考えられる。このように、学び直しへの意識が高い女性たちに対して、定年まで戦力として働いてもらうためにも、企業が社内研修の機会を提供したり、配置を変えて、OJTで新しいスキルを身に着けさせたりすることが考えられる。
3点目は、定年前後の女性社員の交流の場作りである。はじめに述べたように、定年年齢まで会社で勤続し続けた女性のロールモデルが少なく、情報が不足していることから、「定年後にどのような生活になるのか」、「どのような心境になるのか」、また「定年前に何をしておくべきなのか」、といったことをイメージできず、戸惑う女性が多いのではないだろうか。因みに企業の中には、「女性登用」の課題に対し、ロールモデルとなる女性役員らと女性社員が交流する機会を設けるケースが多い。「定年」についても同様に、組織や業界の垣根を越えて、ロールモデルとなる女性の話を聞いたり、定年前の女性たちが情報交換したりする場を設けることで、不安解消につながるのではないだろうか。
6 中高年女性会社員の4割は「学び直し」に関心あり~「中高年女性会社員の管理職志向とキャリア意識等に関する調査~『一般職』に焦点をあてて~(3)」より
4――終わりに
再び女性個人の視点に戻って、本稿でみてきたことをまとめると、女性にとっての定年には、次のような特徴がある。すなわち、女性が定年後も仕事を続ける場合は、定年前に比べた地位や待遇等の落差が男性よりも小さいため、男性に比べれば、大きな戸惑いを抱えることなく、働き続けられる人が多いと考えられる。また男性に比べると、濃密な育児の経験があったり、趣味のネットワークを持っていたりと、人生を「仕事一筋」ではなく、複線的に過ごしてきた人が多いと見られるため、定年後に「会社から地域へ」の移行も、よりスムーズにできると予想できる。
しかし、そのように安心できるのは、心理面の話である。繰り返し述べてきたように、経済面で言えば、定年後の女性は、男性よりもリスクが大きい。この点こそは、定年を控えた中高年女性にとって最も重要な点だろう。自身の年金額が低水準であっても、「夫の年金収入があればば大丈夫」と思っている女性もいるかもしれないが、平均寿命を見れば、夫が先立つ可能性が高い。夫の死後は、財産収入などが無ければ、自身の年金か、遺族年金が頼りとなる。そしてその生活は、何年続くか分からない。従って、経済面に不安がある女性は、長く働き続けられるように、リスキリングや健康維持に取り組むなど、定年後を見据えた備えが必要になるだろう。
逆に、定年前の年収水準が高くて経済面に不安がない女性は、男性同様に定年前後のギャップが大きく、戸惑うかもしれない。定年後も働き続ける場合は、組織における自身の役割について考え直し、マインドをリセットするとともに、引退後は充実して暮らせるように、定年前から「すること」や「行くところ」をイメージしておくと良いのではないだろうか。
女性が「定年」について考えることは、配偶関係に関わらず、長い老後の生活を自分自身でマネージする方法を考えることだと言える。特に夫や子がいる女性は、普段は家族の用事を優先し、自身に必要なことは後回しにすることが多いかもしれないが、平均寿命の男女の違いや、三世帯家族が減っていることを考えれば、多くの女性が、いずれは「おひとりさま」になる。そのときは、家族に頼るのではなく、女性自身が「自走」することが必要になるため、今から自分自身のことを考え、物心両面で備えていく必要がある。女性自身が穏やかな「定年後」、または「老後」を迎えられるように、「定年」を、自分自身の人生について考える機会としてほしい。
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