すべての関係者にとって良い就活・採用を考えるための視角
リクルートワークス研究所 研究員 中村星斗氏
就職活動・採用活動を取り巻く議論
就職活動(※1)・採用活動に関する昨今の社会的な議論では、主にその方法や採用・入社時期の多様化、ジョブ型、インターンシップ等が取り上げられている(採用と大学教育の未来に関する産学協議会 2020)。筆者としてはここに、就活生のメンタルヘルスに関する議論を追加することが望ましいと考える。後述する調査や先行研究では不安をはじめとした就活生のメンタルヘルス問題が指摘されているものの、社会的な議論においては十分に扱われてこなかった印象がある。この点について本田(2010)は、従来の大卒就職研究が格差問題(誰が就職できたか)と効率問題(企業は新規大卒者にいかなる能力や資質を求め、どのような方法や基準で採用しているか)に二分される一方、就職活動における諸主体のQOL問題についてはあまり注目されてこなかったことを指摘している(ここでの諸主体には就活生に加えて大学や企業も含まれる)。
新卒一括採用の見直しに関する議論が進む中(※2) 、今後は就活生のメンタルヘルスにも考慮しながら、大学、企業を含むすべての関係者にとって望ましい就活・採用の姿を考えていく必要性があるだろう。そこで本コラムでは、就活生のメンタルヘルスに焦点を当てた考察を試みつつ、今後の議論に向けた課題提起を行いたい。
就活中のメンタルヘルスに関する分析
上述の通り、就活生のメンタルヘルスに関しては調査や先行研究を通じていくつかの観点で議論されている。例えば労働政策研究・研修機構(2006)が実施した調査では、就職活動を振り返って「落ち込んだり健康を損なった」に「あてはまる(「よくあてはまる」と「まああてはまる」の合計)」と回答した人の割合が全体の 58.2% となっており、多くの就活生がストレスを感じていたことがうかがえる。また 北見ら(2009)は就職活動における不安尺度(※3)を開発し、この尺度が「就労目標不確定(項目例:自分のやりたいことがわからないこと)」「採用未決(項目例:不合格になること)」「時間的制約(項目例:毎日のように会社に行かなければならないこと)」「他者比較(項目例:周囲の人の動きが気になること)」という4つの因子(※4)で構成されると報告した。一方、成長感という観点から就活のポジティブな面に着目した研究もあり(例えば、 藤里・小玉 2011; 髙橋・岡田 2013)、これらを踏まえると、就活が学生のメンタルヘルスや心理に及ぼす影響にはポジティブ・ネガティブの2側面が存在することがわかる。
上記で紹介した調査、先行研究(労働政策研究・研修機構 2006; 北見ら 2009)が実施されてから現在までに10年以上が経過している。加えて直近ではコロナ禍の影響で就活や学生生活に様々な変化が生じた。例えば採用選考では多くの企業でWEB面接が導入され(日本経済団体連合会 2020)、学業においてはほとんどの学生がオンライン授業の受講を経験している(文部科学省 2021)。このような背景を踏まえると、最近のデータで現状を再確認することには意味があるだろう。そこで以下では大学4年生における就職活動の実施有無と幸福度、生活満足度、その他メンタルヘルス関連項目との関係を、リクルートワークス研究所が実施している「全国就業実態パネル調査(JPSED)」を用いて確認してみた。
データは2019年調査から2022年調査までの4年分を統合したもので、対象者は大学4年生(除く 医学・薬学系)の 2,667 人である。分析には従属変数(結果指標)として幸福度、生活満足度、頭痛やめまいがする、背中・腰・肩が痛む、動悸や息切れがする、ひどく疲れている、気がはりつめている、ゆううつだ、食欲がない、よく眠れない の10項目を、独立変数(要因指標)として就職活動の実施有無、その他共変量(性別、年齢、学部など)等の変数(※5)を用いて重回帰分析を行った。なお従属変数の10項目および独立変数の就活実施有無はいずれも前年1年間の状況を尋ねたものである。
分析結果を下表にて示す。読みやすさ重視のため表中には考察に用いた部分のみを記載したが、実際の分析には共変量を投入している。統計的に有意な結果に着目すると、就活を行った群は幸福度(β= -0.15, p = 0.01)と生活満足度(β= -0.14, p = 0.02)の得点が低く、気がはりつめている(β= 0.18, p = 0.01)、ゆううつだ(β= 0.22, p = 0.002)、よく眠れない(β= 0.14, p = 0.04) の得点が高かった。個人差や後述する分析上の限界(※6)の存在が前提ではあるが、概ね外部調査と同様の結果が得られた。
すべての関係者にとって良い就職活動、採用活動を考えるために必要な視角
分析結果を総括すると、全体として就活による幸福度やメンタルヘルスへのネガティブな影響がありそうだ。さらに、過去の調査と同様の傾向を示したことは、就活、採用の手法や時期は変化していても、心理面に対する負荷やストレスは変化しておらず、就活がストレスフルなものであり続けていると解釈できる。
だからこそ今後は「就活生のメンタルヘルス」を就活・採用における重要なテーマの1つとして位置づけ、事実と議論を適切に積み上げていく必要がある。なお現段階ではメンタルヘルスに影響を及ぼす諸要因を構造的に捉えるには至っておらず、就活が成長感を促進するといったストレスの資源的側面についても検討できていない。また本コラムでは就活自体に着目したが、組織社会化 (※7)(例えば、 Louis 1980; 竹内・竹内 2009) 等の知見を踏まえると、就活中のメンタルヘルスや心理的な変化が、入社後の適応やエンゲージメント等に及ぼす影響も視野に含める必要があるだろう。さらに大卒就職の研究では進学率や入試および選抜性の変化等、教育環境との関連が論じられることもある(小方 2011)。
大卒就職は教育と職業との結節点であり、論じる際の視角は広く持つ必要がある。今後は、個人の心理的要因については入社前後を含む長い時間軸で、外部の環境要因については社会、経済、教育等を含む広い視野で、すべての関係者にとってより良い就活・採用のあり方を検討していきたい。
参考文献
Louis, Meryl Reis. 1980. “Surprise and Sense Making: What Newcomers Experience in Entering Unfamiliar Organizational Settings.” Administrative Science Quarterly 25 (2): 226-251.
日本経済団体連合会. 2020. “2021年度入社対象 新卒採用活動に関するアンケート結果―コロナ禍における採用活動の状況と今後の見込み―.”
日本経済団体連合会. 2022. “採用と大学改革への期待に関するアンケート結果.”
北見由奈・茂木俊彦・ 森和代. 2009. “大学生の就職活動に関する研究―評価尺度の作成と精神的健康に及ぼす影響―.” 学校メンタルヘルス 12 (1): 43-50.
小方直幸. 2011. “大学生の学力と仕事の遂行能力.” 日本労働研究雑誌 614: 28-38.
採用と大学教育の未来に関する産学協議会. 2020. “Society 5.0に向けた大学教育と採用に関する考え方.”
髙橋南海子・岡田昌毅. 2013. “大学生の就職活動による自己成長感の探索的検討.” 産業・組織心理学研究 26 (2): 121-138.
高橋弘司. 1993. “組織社会化研究をめぐる諸問題.” 経営行動科学 8 (1): 1-22.
竹内倫和・竹内規彦. 2009. “新規参入者の組織社会化メカニズムに関する実証的検討:入社前・入社後の組織適応要因.” 日本経営学会誌 23: 37-49.
独立行政法人 労働政策研究・研修機構. 2006. “大学生の就職・募集採用活動等実態調査結果 Ⅱ 「大学就職部/キャリアセンター調査」及び「大学生のキャリア展望と就職活動に関する実態調査」.”
文部科学省. 2021. “新型コロナウイルス感染症の影響による学生等の学生生活に関する調査.” 文部科学省
藤里紘子・小玉正博. 2011. “首尾一貫感覚が就職活動に伴うストレスおよび成長感に及ぼす影響.” 教育心理学研究 59: 295-305.
本田由紀. 2010. “日本の大卒就職の特殊性を問い直す.” 苅谷剛彦・本田由紀(編) 大卒就職の社会学:データからみる変化, 27-59.
横内光子. 2007. “心理測定尺度の基本的理解.” 日本集中治療医学会雑誌 14 (4): 555-61.
(※1)本コラムでは大卒における就職活動を指す。
(※2)日本経済団体連合会(2022)では、「新卒者と既卒者の採用割合」に関する今後5年程度先のトレンドとして、既卒者の採用割合が増加する見通しが報告されている。また、新卒者の「採用方法」に関する今後5年程度先のトレンドとして、新卒一括採用が減少、通年採用、職種別・コース別採用、ジョブ型採用が増加する見通しであると報告されている。
(※3)目に見えない心理現象を測定するための「心の物差し」(横内 2007)を意味する。ここでは具体的に、「就職活動における不安」を得点化するための質問項目群を指す。
(※4)ある心理的な構成概念(ここでは「就職活動における不安」)を構成する下位概念を指す。
(※5)独立変数・共変量として投入した変数は次の通り:「就活経験」「性別」「居住地」「学部」「親・義親が要介護認定された」「自分が病気による入院や手術をした」「自分が全治一か月以上の怪我をした」「相談できる人」「今後の進路希望」「介護実施有無」「卒業後の職業上の進路決定」「前年の新卒求人倍率」「年ダミー」
(※6)大きく3つの限界がある。1つ目は交絡の可能性であり、これは未測定変数によるバイアスを意味する。2つ目は測定尺度に関するものであり、本分析では単一項目を用いているため北見ら(2009)が指摘したような多面的な就活不安は測定できていない。最後は質問項目の時期に関するものであり、従属変数および独立変数はどちらも過去1年間の状況を尋ねているため時間的な前後関係がなく、因果関係までを言及することは難しい。本コラムでは上記の限界を認識したうえで、就活の実施有無と各変数の関連をできる限り適切に推定することを試みている。
(※7)高橋(1993)では「組織への参入者が組織の一員となるために、組織の規範・価値・行動様式を受け入れ、職務遂行に必要な技能を習得し、組織に適応していく過程」と定義されている。特に入社前から始まる組織社会化は予期的社会化と呼ばれる。
リクルートワークス研究所は、「一人ひとりが生き生きと働ける次世代社会の創造」を使命に掲げる(株)リクルート内の研究機関です。労働市場・組織人事・個人のキャリア・労働政策等について、独自の調査・研究を行っています。
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