労働基準監督官
経営者の心がけしだいで“鬼”にもなれば“仏”にもなる
労働行政の最前線で社会正義を貫く法の番人
2013年秋、厚生労働省は、パワハラや違法な長時間労働などが横行する、いわゆる“ブラック企業”の実態調査に乗り出した。全国4000社以上を対象と した一斉調査はすでに完了。特に悪質な違反があり、改善が見られない企業については2014年にも社名を公表する方針だ。この調査の実働部隊として活躍し たのが「労働基準監督官」。職場の安全・安心を守るべく、法的権限を背景に企業を監督・指導する同省の専門職員である。
全国5200万人の働く現場を守る“労働Gメン”
“ブラック企業”の経営者や労務管理者なら、目にするのも嫌な、あるいはおそろしい肩書きかもしれない。「労働基準監督官」――パワハラやサービス残業、不当解雇に内定取り消しといった職場のトラブルの急増に伴い、昨今、一般にも認知度が広がりつつある職業だ。2013年秋には同名の漫画を原作とするテレビドラマ『ダンダリン 労働基準監督官』(日本テレビ系)が放送され、その存在や活躍ぶりに注目が集まった。
労働基準監督官は厚生労働省に所属し、本省労働基準局をはじめ、全国の労働局や労働基準監督署に勤務する国家公務員。労働基準法や労働安全衛生法にもとづいて、労使間トラブルの解決や労働災害の未然防止に取り組み、また不幸にも労災に遭った労働者に対して補償業務を行うことを任務とする。あらゆる職場に立ち入り、法令違反があれば、監督・指導で事業主にこれを改善させるとともに、悪質な違反に対しては、刑事訴訟法に従って任意もしくは強制で捜査を行い、逮捕・送検する権限まで有している。全国5200万人の働く人の安全と健康を守るプロフェッショナルとして、法律に定められた労働条件の確保・徹底を図り、その改善に力を尽くす姿は、まさしく“労働Gメン”と呼ぶにふさわしい。
厳しい経済情勢のもとで劣悪な労働環境に甘んじている労働者もいれば、法令に関する知識不足ゆえに従業員との無用の軋轢(あつれき)に苦しんでいる事業者もいる。けっして華やかな役回りではないが、そうした多くの人々に求められ、直接貢献できるやりがいや使命感は、一般の公務員では味わえない醍醐味だという。同省が公表する労働基準監督官採用試験のパンフレットに、ある先輩監督官がこんなメッセージを寄せている。
「多くの企業が悔い改め、法を遵守する企業に生まれ変わる時が充実感を得られる瞬間です」
働く人を守ることは企業そのものを守ることでもあり、ひいては社会全体を守ることにつながる――そこに、労働基準監督官という仕事の本質があるに違いない。
知識以上に冷静さやコミュニケーション能力が重要
労働基準監督官は、人事院・厚生労働省が実施する「労働基準監督官採用試験」合格者から毎年採用される。同試験には「労働基準監督A」(法文系)と「労働基準監督B」(理工系)の二つの試験区分があり、それぞれ一次試験では基礎能力や試験区分に応じた専門知識を問う筆記試験が、二次試験では面接による人物試験が行われる。ちなみに平成25年度の採用試験実施状況では、採用予定数約180人(Aが125人、Bが55人)に対して、3973人の申し込み(Aが3071人、Bが902人)があった。受験資格は21歳以上30歳未満で、大学を卒業した者か、受験年の翌年3月に卒業見込みの者。学部や学科は限られないが、やはり専門的な知識が問われるため、割合としては法学系・工学系出身者が多いという。
ただし、この仕事の適性について労働行政の第一線を担う先輩監督官たちが口を揃えるのは、法律や技術に関する専門知識以上に大切な資質がある、ということだ。その資質とは第一に、困っている人を助けたいと志す強い正義感だが、それだけでは職場の安全・安心は守れない。労使間のトラブルが起こると、双方が自らの言い分を必死で主張する。どちらが正しいのか、必要な証拠を集めて見極めるには冷静な判断力が求められ、指導に従わない強硬な事業者にも粘り強く対応して法を守らせる忍耐力やコミュニケーション能力も重要になってくる。
採用されて任官されると、最初の1年間は監督関係業務に関わる基礎的な研修と実地訓練を積むことになる。この間に労働大学校で行われる中央研修Iを約3ヵ月間にわたって受講し、実務に必要な基礎知識を習得。さらに採用後4年目には安全衛生業務・労災補償業務に関わる実地訓練を重ね、この間に受講する約3週間の中央研修IIでスキルアップを目指す。
■労働基準監督官採用試験 試験区分別実施状況
試験の区分 |
申込者数 |
第1次試験合格者数 |
最終合格者数 |
---|---|---|---|
労働基準監督A | 3,071(980) | 518(149) | 259(86) |
労働基準監督B | 902(147) | 390(63) | 142(31) |
合計 | 3,973(1,127) | 908(212) | 401(117) |
試験の区分 |
申込者数 |
第1次試験合格者数 |
最終合格者数 |
---|---|---|---|
労働基準監督A | 4,028(1,307) | 139(33) | 70(17) |
労働基準監督B | 957(154) | 78(12) | 29(5) |
合計 | 4,985(1,461) | 217(45) | 99(22) |
試験の区分 |
申込者数 |
第1次試験合格者数 |
最終合格者数 |
---|---|---|---|
労働基準監督A | 3,439(1,110) | 374(96) | 150(42) |
労働基準監督B | 736(123) | 198(21) | 63(8) |
合計 | 4,175(1,233) | 572(117) | 213(50) |
(単位:人)(注)( )内の数字は女性を内数で示す。出典:厚生労働省ホームページ
人事担当者は誠実に対応すべき、従わないと送検も
当然のことながら、企業の人事担当者にとって、労働基準監督官への対応は誠実かつ真摯(しんし)でなければならない。先述のとおり、労働基準監督官には、会社経営が労働基準諸法令を守って行われているかを監督、指導するために、あらゆる事業場への立入調査(正式には「臨検」と呼ぶ)を実施する権限や、違反者を逮捕・送検できる司法警察権が与えられているからだ。
臨検には主に、年間監督計画に基づき対象企業を無作為に抽出して行う「定期監督」と、従業員やその家族らから法令違反などの申告を受けて調査する「申告監督」の2種類がある。調査の対象になると、労働者名簿や就業規則、出勤簿、賃金台帳など労務管理に関する資料の提出を求められるので、適切に整備されているか、事前に確認しておかなければならない。
そしてそれらを精査した結果、法律違反の事実が明らかになれば、故意の有無にかかわらず是正勧告が行われるほか、危険度の高い機械や設備については即時使用停止などの行政処分が下される。是正勧告そのものは行政処分ではなく行政指導なので、事業者は法律上これに従う義務を負わない。だからといって、本当に従わなかったらどうなるか。たとえば残業代不払いなどの違法状態を放置したり、是正したと虚偽の報告をしたりした場合は、悪質と判断されて司法処分に付されることがある。つまり送検されるわけだ。是正したくても予算の都合などでできないのなら、その事情を詳らかにしてむしろ率直に相談をもちかけるべきだろう。労働者のみならず、経営者の切実な声にも耳を傾けるのが労働基準監督官の使命だからだ。
“転勤族”は宿命、地域企業との癒着を戒める
国家公務員である労働基準監督官の給料は法律で定められている。「行政職俸給表(一)」の給与体系が適用され、たとえば大学から新卒で採用された場合、初任給は1級の26号俸(173,900円)に格付けされるが、大卒で職歴などがある場合はその経験年数に応じてさらに上位の号俸に格付けされる。基本給のほかに各種手当として、ボーナスにあたる期末・勤勉手当や扶養手当、通勤手当、超過勤務手当などが支給され、東京、大阪、名古屋など主要都市に勤務する際は地域手当もつく。採用後は原則として全国の労働基準監督署に配属され、以後、本省や都道府県労働局を含め随時異動することになる。地域企業との癒着を防ぐため、比較的頻繁に大きな転勤があるが、待遇面は他の公務員と同様安定しているといえるだろう。
※本内容は2013年12月現在のものです。
この仕事のポイント
やりがい | 働く人を守ることは企業そのものを守ることでもあり、ひいては社会全体を守ることにつながる |
---|---|
就く方法 | 人事院・厚生労働省が実施する「労働基準監督官採用試験」に合格する |
必要な適性・能力 | ・困っている人を助けたいと志す強い正義感 ・必要な証拠を集めて見極める冷静な判断力 ・指導に従わない強硬な事業者にも粘り強く対応して法を守らせる忍耐力やコミュニケーション能力 |
収入 | 国家公務員「行政職俸給表(一)」の給与体系が適用される |
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。