東京大学社会科学研究所
ワーク・ライフ・バランス推進・研究プロジェクト成果報告会
『ワーク・ライフ・バランスの新しい課題』
2011年7月4日(月)に、東京大学社会科学研究所「ワーク・ライフ・バランス推進・研究プロジェクト」による成果報告会『ワーク・ライフ・バランスの新しい課題』が開催されました。東京大学社会科学研究所「ワーク・ライフ・バランス推進・研究プロジェクト」は、2008年10月に、民間企業と共同して、社会全体での働き方の改革やワーク・ライフ・バランス社会の実現に関する調査研究を行うことを目的として発足。毎年、その成果報告会を開催しています。今回の成果報告会には、企業の人事担当者やワーク・ライフ・バランス推進担当の方々が多数参加し、同プロジェクトの研究・活動内容が発表されたほか、参加者同士によるディスカッション、懇親会などが行われました。本レポートでは、成果報告会の模様の一部をダイジェストでお伝えいたします。
日時 | 2011年7月4日(月)13時30分~17時45分 |
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場所 | 東京大学 弥生キャンパス 弥生講堂一条ホール、アネックス |
主催 | 東京大学社会科学研究所「ワーク・ライフ・バランス推進・研究プロジェクト」 |
共催 | GCOE「グローバル時代の男女共同参画と多文化共生」東京大学社会科学研究所連携拠点 文部科学省・近未来課題解決実証的研究推進事業「生涯成長型雇用システムプロジェクト」 |
後援 | 東京都「子育て応援とうきょう会議」 |
特別協力 | 厚生労働省雇用均等・児童家庭局委託事業「イクメンプロジェクト」 |
[第1部] 分科会 |
第1分科会「仕事と介護の両立支援の課題」 <担当> 佐藤博樹(東京大学大学院情報学環教授・社会科学研究所兼務) 小室淑恵(株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役) 第2分科会「短時間勤務の導入と仕事管理・人事管理」 <担当> 矢島洋子(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 主任研究員) 第3分科会「社会人と一緒に考えるワーク・ライフ・バランスとキャリアデザイン」 <担当> 武石恵美子(法政大学キャリアデザイン学部教授) 山極清子(株式会社wiwiw社長執行役員、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科特任教授) 松原光代(東京大学社会科学研究所 特任研究員) 浅井友紀子(東京大学社会科学研究所 特任研究員) |
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[第2部] 分科会および調査研究の報告 |
第1部分科会報告 2010年度調査報告
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社員が「仕事」と「介護」を両立するために、どのように支援していくのか
第1分科会のテーマは、「仕事と介護の両立支援の課題」。東京大学大学院情報学環教授の佐藤博樹氏、株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役の小室淑恵氏が講師となり、「社員が仕事と介護を両立していくために、企業はどうすればいいのか」について、講演とディスカッションが行われました。
企業による社員の介護と仕事の両立に対する支援のあり方~社員が自分一人で介護を抱え込まないために(講演者:佐藤博樹氏)
介護の問題とは、社員がある日突然、直面する可能性があるもの。そんな時、企業側に社員の仕事と介護の両立をサポートする体制が整っていなければ、社員にとって大きな負担となります。場合によっては、退職に繋がることもあるでしょう。特に、親の介護に従事する年代には管理職を含めた中核人材が多く、退職となれば企業にとって大きな問題。また、社員自身も退職すれば所得が減少するほか、介護の必要がなくなった場合に再就職が難しくなるなど、多くの問題が考えられます。佐藤教授は、優秀な人材が退職することのないよう、企業は社員の仕事と介護の両立をしっかりサポートしていかなければならない、と強調していました。
親の介護は、社員が40歳代後半になると自身の問題として現れ始め、50歳代になるとほぼ全員がこの問題に直面します。一方、この40歳代後半から50歳代の人材は、これまでワーク・ライフ・バランスを、自分自身の課題とは考えてこなかった層でもあります。企業としては、しっかりと社員にその重要性を伝えていく必要があるでしょう。佐藤教授によると、「40歳(社員)と65歳(社員の親)が情報提供のポイントになる」とのこと。社員が介護保険の被保険者になる40歳になった時点で、介護保険の趣旨を説明し、介護支援に関する自社の制度について説明すると良いそうです。また、社員の親が65歳になった時点で介護保険被保険者証が届きますが、これをきっかけに社員が親の現状を把握し、親が介護を必要とするようになった場合の対応などについて、親と話し合うことも大事だといいます。企業としては、社員が介護の重要性を認識し、もしもの時のための備えができているよう、積極的に情報を提供していく必要があるのです。
人材が介護を理由に仕事を続けられなくなり退職していくようでは、企業にとって大きな損失。今後、高齢化はさらに進むといわれており、企業にとって社員の介護支援が重要な課題であることを、改めて認識することができました。
介護と仕事が両立できる職場を作るために(講演者:小室淑恵氏)
社員の多くは、親の介護の必要性が生じた場合、「一旦退職もしくは休業して介護に専念し、介護が終わったら職場に復帰すればいい」と考えているそうです。しかし、介護期間は平均45.5ヵ月(3年10ヵ月)で、さらに長期化が進んでいるといいます(※)。期間が予測できないため、育児のようにある程度の期間仕事を休業して専念するというものではなく、仕事と介護を両立していくことがカギになるのです。※=(財)生命保険文化センター「生活保障に関する調査」より
団塊世代の一斉退職による「2007年問題」の影響もあって、ここ数年、企業は労働力の確保などを目的に、女性が育児と仕事を両立できるための制度改革を続けてきました。しかし、もう一つの大きな問題には、十分に対応できていないといいます。それは、団塊世代が一斉に70歳になる2017年には、介護施設などが不足し、その子供たちの多くが家庭内で介護を行なう可能性があるということ。今後は、介護という時間制約がある社員たちが増えていく中で、いかにして労働力を確保し、利益の出せる職場にできるかが、企業にとって重要課題となるといいます。
最後に、企業が取り組むべきこととして、小室氏は三つのポイントを挙げました。まずは、「社員への情報提供」。介護は長期化することや、男性も直面することなど、改めて介護の重要性を認識させるような情報のほか、自治体で受けられるサービスや行政による助成、入居施設の探し方など、実際に介護を行う上で必要な情報などを社員に伝えていく必要があるそうです。次に、「制度は新設するより、従来の運用性を高めること」。介護に関する制度自体が、社員に知られていない可能性もあるので、それを伝えていくことが重要とのこと。また、介護は多様であり、一律な制度では解決できないことも多いので、柔軟に対応できることも伝えていく必要があるそうです。そして三つ目は、「働き方の見直しに取り組むこと」。今後、介護によって時間制約のある社員が増えることは間違いありません。そこで、根本的な問題である「長時間労働」そのものを見直し、改善していくことが重要になるといいます。
「ワーク・ライフ・バランス」と聞いても、未だに他人事のように考える人が多いのが実情ですが、今回のように「介護」という現実的な問題から説明していけば、きっと多くの人がその重要性に気づくことでしょう。実際、参加された方々も、介護について真剣に考えることで、改めて働き方や仕事について考えることができ、大変貴重な時間となったようです。
短時間勤務の導入で顕在化する、企業の人材マネジメントの課題
第2分科会では、「真のワーク・ライフ・バランス実現のための短時間勤務の導入と新たな人材マネジメント」と題し、短時間勤務を行う社員の人事管理の潮流を紹介するとともに、短時間勤務者のいる職場での仕事管理の在り方について、参加者同士のディスカッションが行われました。
まず、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社経済・社会政策部主任研究員の矢島洋子氏が、今回の趣旨について説明。「ワーク・ライフ・バランスは多様な働き方を推進するものだが、企業における短時間勤務の運用はいまのところ難しいのが実情。今回は、どのような課題、どんな施策があるのかについて皆さまと一緒に考えていきたい」と述べられました。
続いて、同社組織人事戦略部チーフコンサルタントの根本直樹氏、革新支援室コンサルタントの塚田聡氏より、以下の三つのポイントについて、発表が行われました。
ワーク・ライフ・バランスと経営戦略(講演者:根本直樹氏)
根本氏は、「企業が、本当にワーク・ライフ・バランスに重きを置いているのかどうか疑問だ」と、言います。なぜなら、今でも多くの企業では、経営サイドがワーク・ライフ・バランスに関する取り組みがメリットになることを、認識していないからだそうです。
ワーク・ライフ・バランスを推進していくには、経営戦略とリンクさせることが必要であり、そうすることで、自社にマッチした効果の高い施策(人事制度改革、業務改善など)が生まれてくる、とのこと。また、ワーク・ライフ・バランスに取り組むことで、会社が良くなる、利益につながると言えれば、施策を突き進めることができる。ダイバーシティという観点でも、多様な働き方を推進でき、会社の風土も変わっていくとまとめました。
現在の人材マネジメントの潮流(講演者:根本直樹氏)
人事の問題を考えていくにあたり、今の人材マネジメントの潮流を押さえておくことは重要です。ここでは、組織と人事施策の変化について、根本氏より詳しいお話がありました。
変化による組織・人事施策への影響としては、「フラット化する組織」「ポスト成果主義」「人材育成の危機」「職場のモザイク化」の4点が挙げられるとのこと。根本氏は、このように組織・人事のあり方が変化しているにもかかわらず、いまだに多くの企業が従来と変わらない人材マネジメントを行っていると指摘します。さらに、そうした従来の人材マネジメントの考え方をベースとした人事制度と、ワーク・ライフ・バランスや短時間勤務施策との間に軋轢が生じている、と分析されました。
短時間正社員制度運用上の課題(講演者:塚田聡氏)
次に、塚田氏より短時間勤務制度の運用上の課題について、発表が行われました。企業側からは、賃金処遇や人事管理の複雑化といった制度そのものに関する課題のほか、人事評価やキャリア面など、現場のマネジメントと密接に関連するものが課題として挙げられています。一方、短時間・短日勤務の制度を利用している社員からは、「時間を減らしても仕事内容・量が変わらない」との不満が最も多く挙がっています。また2割の人が、「仕事内容・量に対して評価が低い」という不満を抱えているそうです。
塚田氏によると「短時間勤務制度を導入・運用することで、今まで隠れていた課題が顕在化する」とのこと。従来の、正社員・男性社員中心の人材マネジメントでは、短時間勤務制度の運用上の課題に対応できないため、人材マネジメント全体の見直しが必要と強調されました。
短時間勤務における課題――マネジメント、評価、育成、キャリアに関するディスカッション
この後は、参加者が数名ずつのグループに分かれ、「自社のマネジメント上の課題とその原因は何か」「課題を解決するためにはどうしたら良いか」というテーマでディスカッションを実施。グループごとの発表では、さまざまな企業の具体的な事例が挙げられ、情報を共有しました。
根本氏からは、まとめとして「短時間性社員制度の運用がうまくいかない“根本の問題”はどこにあるのか?そもそも自社のマネジメントに問題はないのか?など、背景から議論していくことが必要」とのお話がありました。
最後に、矢島氏から「企業には、合理的な経営や人材マネジメントができていないことが、ワーク・ライフ・バランスを推進できない一因であることに、気づいていただきたい」とのメッセージがあり、第2分科会は終了しました。
上記のほかに、第3分科会では「社会人と一緒に考えるワーク・ライフ・バランスとキャリアデザイン」というテーマで、学生と企業からの参加者が、キャリアデザインを構築する上でのワーク・ライフ・バランスの重要性についてグループディスカッションを行ないました。
また、第2部では、各分科会の発表内容に関する報告のほか、「企業の次世代支援にかかる行動計画の取組みが子育て支援や働き方に与えた効果や課題」「男性社員の育児休暇をはじめとする多様な働き方を実現する職場マネジメント」「プロジェクトにおける『働き方改革モデル事業』の成果」について、東京大学社会科学研究所「ワーク・ライフ・バランス推進・研究プロジェクト」のプロジェクトメンバーが発表。また、成果報告会終了後には、懇親会が行われ、企業の実務担当者が、ワーク・ライフ・バランスの推進について情報交換を行いました。
「ワーク・ライフ・バランス」についてさまざまな視点から考え、議論した今回の成果報告会。4時間という時間のなかで、多くの調査報告が得られ、参加された多くの方々にとっては、きっと多くの「学び」や「気づき」があったことでしょう。今後の「ワーク・ライフ・バランス推進・研究プロジェクト」による活動と、その研究成果が注目されます。