ATD International Conference & Expo 2016 参加報告
~ATD2016に見るグローバルの人材開発の動向~
〈取材・レポート〉株式会社ヒューマンバリュー 主任研究員
川口 大輔
2016年5月22日~25日に、米国コロラド州デンバーにて、「ATD 2016 International Conference & Expo(ICE)」が開催されました。このカンファレンスには、毎年世界各国から、企業のHR、コンサルタント、研究者、教育機関・行政体のリーダーたちなどが集い、現在直面している課題やこれからの人材開発のあり方について、組織の枠を超えて多くの人と学び合います。2014年に名称が、ASTD(American Society for Training Development)から、ATD(Association for Talent Development)へと変わり、トレーニングに留まらず、より幅広い観点からタレント・デベロップメント全体のテーマが取り扱われるようになりました。本レポートでは、ATD 2016の現地の様子、またどのような議論が行われていたのかを紹介することを通して、グローバルの人材開発の動向を探っていきたいと思います。
ATDとは
ATD(Association for Talent Development)は、企業や政府などの人材開発・組織開発の支援をミッションとし、米国ヴァージニア州アレクサンドリアに本部を置く会員制組織(NPO)であり、1943年に設立されました。世界120ヵ国以上に約40,000人の会員を持つ、タレント開発に関する世界最大級の組織です。
ATD International Conference & Expo(ATD国際会議)とは
ATD International Conference & Expo(ATD国際会議)は、ATDが年に一度開催している人材開発や組織開発に関する世界で一番大きなイベントです。通称ATD ICE(アイス)と呼ばれています。2016年は、デンバーにて開催され、4日間で三つの基調講演と400以上のセッションやワークショップ、EXPOのブースも400以上出展されました。参加者は、米国に加えて、アジア、欧州、南米、中東など世界83ヵ国から約10,200人を数えました。今年は昨年と比較して参加者も増え、全体的に活気が感じられたように思います。
日程 | 2016年5月22日(日)~25日(水) |
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場所 | 米国コロラド州デンバー、コロラド・コンベンション・センター |
セッション数 | 約480件
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基調講演 |
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コンテント・トラック (10カテゴリー) |
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インダストリー・トラック (4カテゴリー) |
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ATD2016 International Conference &Expo開催実績
- 参加人数:10,200名以上
- 海外からの参加:1,800名
- 参加国数:83ヵ国
- 参加者の多い国の状況:韓国…274名、カナダ…196名、日本…156名、中国…142名、イギリス…90名
2015年 | 9,600名 |
2014年 | 10,500名 |
2013年 | 9,000名 |
2012年 | 9,000名 |
2011年 | 8,500名 |
2010年 | 8,000~9,000名 |
デンバーでの開催
ATDは毎年、アメリカの主要都市(ワシントンD.C.、シカゴ、ダラス、デンバー、サンディエゴなど)で順繰りに開催されます。今年の開催地はデンバー。壮大なロッキー山脈のふもとにある都市で、標高が約1マイル(約1600m)に位置することから、「マイルハイシティー」というニックネームがついていることでも知られます。近年は、サンフランシスコのシリコンバレーから、多くのベンチャー企業が引っ越してくるなど、全米の中でも「ミレニアル世代(米国で、1980年代半ばから2003年の間頃に生まれた世代)」に人気の都市として活気に満ちています。
職場の主流を占める「ミレニアル世代」
今年度の大会では、この「ミレニアル世代」が特に大きく取り上げられていたのが印象的でした。ミレニアル世代は、過去のATDでも重要なテーマとして取り上げられていましたが、どちらかというと「デジタル・ネイティブ世代の社員に、企業はどう対応していけばいいのか」といった文脈で議論されていました。しかし今年度の大会では、ミレニアル世代が人数においても職場の主流となってきている事実を前提として、人材育成やマネジメントのあり方を考えていこう、といったメッセージが増えていたように思います。「W305:What Motivates Me:New Research Into Employee Engagement(何が私を動機づけるか:従業員エンゲージメントについての新たな調査研究)」では、ミレニアル世代のエンゲージメントやモチベーションに関する調査結果が報告されていました。その中では、ミレニアル世代が動機づく要因のトップ3は、Impact(仕事のインパクト、価値)、Learning(学習)、Family(家族のような関係性)であり、Prestige(名声)やMoney(金銭)、そしてAutonomy(自律)ではあまり動機づかないといった興味深いデータも示されていました。職場における世代の変化とあわせて、今後ワークプレイス・ラーニングのあり方もどんどん変わっていくことが印象付けられた大会でもありました。
多様なセッションが好奇心を高める
ATD ICEでは4日間の期間中、基調講演が3回、そしてメインとなるコンカレント・セッションが、毎朝8時くらいから夕方5時過ぎまで行われます。一日を4枠程度の時間帯に分け、一つの時間帯に約20セッションが同時に行われます。どのセッションも興味深く、旬なテーマを打ち出していますので、選ぶのも大変です。私が初めて参加した2000年初頭は、参加するまでどんなセッションかわからなかったものですが、ここ数年はATD-ICE専用のアプリで事前にセッションやスピーカーの情報、ハンドアウトなどを閲覧できるようになっていて、随分便利になりました。アプリを見ながら、どのセッションに出ようか悩んだり、仲間と相談したりするのもカンファレンスの醍醐味です。セッション終了後に、他の参加者と感想や気づき、発見を共有しながら、「明日はこっちのセッションに出てみよう」などと、どんどん学ぶ意欲や好奇心が高まっていくのはATDならではの心地よい感覚です。
セッションと並行して、大規模なEXPOが開催され、400を超えるブースで、さまざまなベンダーがサービスを紹介しています。特に近年のATDでは、学習したことが実際の仕事に適用され、定着化することを意味する「ラーニング・トランスファー(学習移転)」をいかに実現するか、また移転を促進できるような学習環境を職場にいかに築いていくかが重要なテーマとなっています。EXPOにおいても、単に学習コンテンツを提供するだけではなく、テクノロジーを活用してそうした学習環境をいかに築いていくかといった、より広いサービスを指向している企業が増えているように感じました。
また、カンファレンス会場に併設されるブックストアも、例年にぎわいを見せています。最近はネットでも簡単に書籍を注文できる時代ですが、タレント・デベロップメントに関連する幅広い書籍が一堂に会するブックストアで、最新刊やロングセラーの良書を実際に手に取ってみることのできる場は貴重といえます。今年は、研修の効果測定で著名なドナルド・カークパトリック氏の息子であるジェームス・D・カークパトリックとその妻が、効果測定を改めて捉え直したthe New World Kirkpatrick Modelに関する書籍が発刊予定の10月に先がけて販売されていたほか、コーチングやリーダーシップなど、さまざまなテーマに関するワークショップのデザインのノウハウを記した『ATD Workshop Series』などが注目を集めていました。
ATD2016のテーマ:「ラーニング・カルチャー」
ATD-ICEでは、特にその年のテーマが定められているわけではありませんが、今年は一つ挙げるとするならば、「ラーニング・カルチャー」が共通のテーマであったように思います。ATDのCEOのトニー・ビンガム氏は、オープニング・スピーチの中で、「ラーニング・カルチャー」について大々的に取り上げ、次のように語りました。「変化の激しい時代環境の中で、企業が創造性を発揮して、チャレンジを乗り越えていくためには何が必要でしょうか。成功している企業に共通していることは、ラーニング・カルチャーが存在していることです」
i4cp社とATDが共同で行ったリサーチの結果から、パフォーマンスの高い会社は、低い会社と比較して自社にラーニング・カルチャーがあると考えている度合いが5倍高いといったデータを紹介したほか、ツイッター社やSAP社のCLOの生の声なども紹介しながら、ラーニング・カルチャーを築いていくことの重要性を力説していました。
「ツイッターでは、CEO自らがラーニング・カルチャーを創りたいと述べています。失敗やフィードバックを始め、どのような状況にあってもそこから学んでいく姿勢やメンタリティが大切です」「SAPでは、今までの学び方を変えて、皆が学び、皆が生徒であり先生であるということを大切にしています」といったカルチャーに言及したメッセージに、多くの人が共感していたことも印象的でした。基調講演に限らず、セッション全体を通しても、ラーニング・カルチャーという言葉をよく耳にしました。紹介されている取り組みも単発のイベントとしての研修を扱ったようなものはあまりなく、働く人々の関係性やマインドセットの変革、行動への転移、職場における安全な場の構築、テクノロジーの活用、学習のあり方や構造の変革、ミレニアル世代の力の解放といった、カルチャーに影響を与えるような、より本質的な取り組みへと検討が進んでいるように思われます。今後の人材・組織開発を考える上で、「ラーニング・カルチャー」が大きなテーマになっていくことが予見されたカンファレンスでした。