ジョブ型人事が加速させる
キャリアデベロップメントプラン
パーソル総合研究所
近年、ジョブ型人事について議論が増えている一方で、それらの議論の多くは、企業の経営・人事における顕在化した問題への対症療法的な視点に偏っている。ジョブ型人事を導入しても、重要な人事課題である中長期的な人材開発が進まなければ、経営課題の一時的な解決にしかならないだろう。
それでは、人事はジョブ型を導入しながら、どのように人材開発を進めていくべきなのだろうか。
今回は、多くの企業が中長期的な人材開発として取り入れているキャリアデベロップメントプランについて解説しながら、キャリアデベロップメントプランにジョブ型人事が与える影響について解説していく。
ジョブ型人事と人材開発の連動は重要な人事課題
2020年は、新型コロナの感染拡大により、多くの企業がさまざまな経営課題に直面し、判断・決断を迫られた1年だった。人事領域でも、この危機と共存しながら事業を継続すべく、感染拡大を防ぐための働き方の多様化から苦渋の決断たる雇用調整に至るまで、その課題は多岐にわたった。
その中で、働き方や雇用のあり方、賃金管理といった視点から、ジョブ型人事についても議論が増え、今後は必要不可欠だとする向きも増えたように感じる。一方で、そういった視点でジョブ型人事の必要性が問われるのは、いずれも重要ではあるものの、顕在化した問題への対症療法的な視点に偏っている。
中長期的な人事課題で最も重要なものは、やはり人材開発である。メンバーシップ型からジョブ型という人事の根幹を変える変革テーマでありながら、最重要かつ中長期的な課題である人材開発との関係性を議論しないことは、企業にとっても社員にとっても、将来大きな損失を招く。そこで本稿では、特に多くの企業が中長期的な人材開発として取り入れている「キャリアデベロップメントプラン」について、ジョブ型人事を導入することによってどのような影響があるのかを考えてみよう。
キャリアデベロップメントプランが機能しない原因は不明瞭なキャリアとキャリア権の欠如
多くの企業は人材開発に力を入れており、サクセッションプランやキャリアデベロップメントプランを取り入れている。しかし、次期経営層の育成を担うサクセッションプランに比べ、より広い範囲の社員を対象にしたキャリアデベロップメントプランは、目論見通りに機能しきれていない、という話を聞くことが多い。その背景にはキャリアデベロップメントプランに対する二つの大きな誤解がある。
一つ目は、キャリアデベロップメントプランは専門職の育成プランという誤解。
キャリアデベロップメントプランは特定の専門性を求めるが、それはビジネスパーソンとしての強みを持つことを意味しており、専門性の習熟だけを求めているわけではない。キャリアデベロップメントプランは、あくまでも成長戦略を実現する人材の開発が目的で、どのような環境であっても自身の強みを活かして、新たな価値創造や問題を解決する能力を求めている。
二つ目は、キャリアデベロップメントプランは会社が提供する教育プログラムという誤解。
サクセッションプランは、会社の意思によって選抜された一部の優秀層が対象になり、ある意味では受け身のプログラムである。しかし、キャリアデベロップメントプランはそうではない。ここでいう「キャリア」とは職務経験のこと。つまり、キャリアデベロップメントとは、社員が将来を見据えて、次の職務経験を自律的に選択することであり、さらにいえば、社員が職務経験を選択することによる成長機会を獲得するためのプランである。
キャリアデベロップメントプランが機能していない企業の多くでこの誤解が見られ、社員が目指すキャリアのゴールを明示できていないか、明示できていたとしてもそこに至るキャリア(=職務経験)を明示できていない。そして、社員のキャリア権(※)もないために自らキャリアを選択する機会もなく、会社が社員に専門教育や階層教育を施すための教育プランに留まっている。
※ 諏訪康雄法政大学名誉教授が提唱。「働く人が自分の意欲と能力に応じて希望する仕事を選択し職業生活を通じて幸福を追求する権利」という意味合いで使用される。
ジョブとキャリアの連動がキャリアデベロップメントによる人材開発を加速させる
もしジョブ型人事を導入したら、こうしたキャリアデベロップメントプランの状況にどのような影響があるだろうか。まず、これまで曖昧だったキャリアのゴールやそこに至るまでのキャリア(=職務経験)をジョブと連動させて明示することができる。そして、ジョブが労働市場と社員とをつなぐプロトコールとなるため、会社は人材開発の促進と人材流出防止の観点から社員にキャリア権を与え、会社の人事権と適正にバランスを取らざるを得ない。そうすることで、形骸化していたキャリアデベロップメントプランも機能し始めるはずだ。
では、キャリアデベロップメントプランとジョブ型人事を、いかに連動させるか。その前に、ジョブ型人事に対するありがちな誤解も解消しておきたい。それは、ジョブ型=専門職ではない、ということ。ジョブ型人事が職務を前提にすることや、AIといった高度高難度の技術を持つエンジニアを高給で処遇する受け皿として議論されることが多いため、専門職制度のように理解されることがあるが、決してそうではない。
ジョブ型人事におけるジョブとは、あくまでも企業の成長戦略の実現に必要なジョブである。そして、そのジョブに必要な知識、スキルの獲得に向けて、経験すると有益であるジョブが何かを検証し明確にしていくことで、ジョブとキャリア(=職務経験)を連動することができる。つまり、ジョブ型は人事異動や育成目的のローテーションを阻害するものではない。キャリアデベロップメントプランは、ジョブ型人事を導入し、成長戦略に必要な人材を「どのようなジョブが遂行できるか」で定義した上で、社員の自律的なジョブ=キャリアの選択が可能な運用を実現させることで、加速的に機能することが期待できるのだ。
極論をいえば、ジョブ型人事を導入することで人材調達や総額人件費の調整といった経営課題を一時的に解決しても、中長期的な人材開発が進まなければ、企業の競争力は損なわれるだけである。 決してたやすい取り組みではないが、ジョブ型人事を顕在化した問題の解決策に留めることなく、企業の競争力の源泉である人材の価値向上に寄与する仕組みへと昇華させる覚悟と行動が、人事に求められている。
※本記事は、機関誌HITO vol.16 「はたらく人の幸福学~組織と個人の想いのベクトルを合致させる新たな概念の探求~」からの転載です。
パーソル総合研究所は、パーソルグループのシンクタンク・コンサルティングファームとして、調査・研究、組織人事コンサルティング、タレントマネジメントシステム提供、社員研修などを行っています。経営・人事の課題解決に資するよう、データに基づいた実証的な提言・ソリューションを提供し、人と組織の成長をサポートしています。
https://rc.persol-group.co.jp/
人事の専門メディアやシンクタンクが発表した調査・研究の中から、いま人事として知っておきたい情報をピックアップしました。