日本の人事部「HRアワード2024」受賞者インタビュー
みんなで学ぶ「新卒学部」
旭化成の新卒社員育成プログラムに学ぶ、
自発的な学びを促すラーニングコミュニティーのつくり方
旭化成株式会社 人事部 人財・組織開発室 室長 三木 祐史さん
旭化成株式会社 人事部 人財・組織開発室 梅崎 祐二郎さん
終身雇用が見直されてキャリアの選択肢が多様化する中、社員に対して自律的なキャリア形成を求める企業が増えています。そうした変化に伴い、キャリア形成への不安を抱える若手も増えています。旭化成株式会社では、中期経営計画に掲げる人材戦略の一つ「終身成長」の実現に向けて、主体的に学び続ける社員を増やすことが真のキャリア自律であると考え、「みんなで学ぶ」を掲げたコミュニティーづくりに注力しています。2022年に導入した学習プラットフォーム「CLAP」を活用して、新卒社員を対象としたラーニングコミュニティー「新卒学部」を開設。学習時間が3.5倍に伸びたほか、キャリア不安を軽減させる成果を上げました。日本の人事部「HRアワード2024」企業人事部門最優秀賞に輝いた「新卒学部」の取り組みを実施した背景や運営手法、成果について、人事部 人財・組織開発室 室長の三木祐史さんと、「新卒学部」の学部長としてプログラム運営をリードした梅崎祐二郎さんにうかがいました。
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- 三木 祐史さん
- 旭化成株式会社 人事部 人財・組織開発室 室長
- 梅崎 祐二郎さん
- 旭化成株式会社 人事部 人財・組織開発室
社員の「終身成長」を実現する学びのプラットフォーム
「HRアワード2024」企業人事部門 最優秀賞の受賞、おめでとうございます。まずはご感想をお聞かせください。
梅崎:いつも参考にしている『日本の人事部』で、私たちの施策が賞をいただけたことは大変光栄でうれしく思います。と言っても、私たち人事チームだけで取り組んだのではなく、社内の関係者に加えて社外の専門家や協力会社からも支援していただき実現した取り組みなので、関係者の方々にお礼を言いたいです。
今回受賞させていただいた「新卒学部」は、新入社員向けのラーニングコミュニティー活動です。自律的な学びの推進にはコミュニティーの活用が有効であるという考えのもと推進してきた施策でしたが、社外から評価していただけたことで、自分たちの活動の意義を再確認できました。今回の受賞によって多くの方に私たちの取り組みを知っていただけることで、他の企業と活動するなど取り組みの幅が広がるきっかけとなればうれしいです。
三木:「新卒学部」は、2022年にグループ全従業員に向けて導入した学びのプラットフォーム「CLAP(Co-Learning Adventure Place)」を活用しているのですが、”Co-Learning”とあるとおり、社員同士が一緒に学んでいくことをコンセプトにしています。人とのつながりを大切にする文化がある、旭化成らしい取り組みになったと感じていますね。こうして賞をいただき、私たち人事としては施策を進める上での自信になりましたし、従業員に誇れることをやっているという自覚も芽生え、非常にありがたいと感じています。
貴社では人材育成において、どのような課題があったのでしょうか。
三木:旭化成ではコアバリューとして「誠実」「挑戦」「創造」の三つを掲げています。もともと、会長や社長も「さん」づけで呼ぶなど風通しが良く、人とのつながりを大切にする風土がある会社です。こうした風通しの良さや人のつながりの強さを、時代の流れに合った「挑戦」や「成長」にどうつなげていくかが課題でした。
さらに2022年度からの中期経営計画における人財戦略として、社員一人ひとりが自分の人生の目的を持ち、自律的にキャリアを考えて成長し続けることを目指す「終身成長」を掲げています。会社や仕事にとらわれずにその人が本当に描きたいキャリアを描き、それに対して会社はやりがいや成長機会を提供するという意味が込められているのですが、社員の中には、急に自律的な成長を求められても難しいと感じる人も少なくありません。そこで、会社として社員の自律的な学びや成長を支援するための支援策が求められていました。
梅崎:終身雇用が見直されてキャリアの選択肢が多様化する中、特に新入社員などの若手社員が「この会社で本当に成長できるのか」というキャリア不安を抱きやすくなっているという課題もありました。そのため、居心地良く働けるだけではなく、この会社でなら成長できると感じてもらうことも重要だと考えていました。
三木:こうした課題に対し、新しい学びの在り方を模索するためのプロジェクトが立ち上がった結果、導入に至ったのが学習プラットフォーム「CLAP」です。ビジネスからリベラルアーツまで幅広く学べる10,000以上の学習コンテンツをオンライン上で視聴することができます。社員一人ひとりの志向やニーズに応じて、専門性強化とキャリア形成を支援することを目指しており、社内の高度専門職人材の知見を活用したコンテンツと、新たな学びにより可能性を広げる外部コンテンツの両方が視聴できます。
スタートから3ヵ月で、一度でもログインしたことのある人は81.0%、一つ以上のコンテンツを学習完了した人は64.3%と、想定以上の反響でした。導入開始から1年半が経過した現在では、ログイン率90.4%、学習完了者は77.7%と、大部分の社員が活用しています。
自分の志向に合ったテーマを選び、同期とともに学び合う「新卒学部」
今回受賞した取り組み「新卒学部」は、CLAPを活用したラーニングコミュニティーとのことですが、なぜ個人で学ぶ機会だけではなく、コミュニティーをつくることにしたのでしょうか。
三木:単にプラットフォームを導入するだけでは人は学ばないだろうという想定のもと、自律的な学びを促すためにどう動機づけをすべきかを考えるワークショップをプロジェクトメンバー内で実施しました。「若手技術職」「管理職」などさまざまなペルソナを想定して、今の学びの状況はどうか、どんな時に学ぼうと思うだろうかと考えたところ、すべてのペルソナにおいて「誰かと学ぶ」「誰かから学ぶ」など、他者との関わりに関するキーワードが挙がったのです。学習というと一人で勉強するイメージがあったため驚きましたが、一方で非常に旭化成らしいと感じました。そこから着想を得て、コミュニティーを活用した学び方の構想を形作っていきました。
従来の一律型の階層別研修から自律学習を支援するラーニングコミュニティーへとシフトしていくことを考え、その先駆けとして実施したのが、2023年度からの新入社員向けラーニングコミュニティー「新卒学部」です。
「新卒学部」の概要について教えてください。
梅崎:「新卒学部」は、自分の志向に合ったテーマを選び、同期とともに学び合う9ヵ月間のコミュニティー活動です。6〜9月の4ヵ月間が第1クール、1ヵ月の休憩期間をはさみ、11〜2月が第2クールとなります。4月1日に入社して最初の2週間は全社研修があり、そこからは配属先に応じて事業別、職種別の研修が2週間から1ヵ月ほど実施されるのですが、「新卒学部」はそれらの研修が一段落して各職場に配属された6月からスタートします。配属先での業務開始とほぼ同時に「新卒学部」も始まるという形です。
「新卒学部」の活動内容としては大きく三つ。集合学習・ワークショップなどの全体コンテンツ、選択制のゼミ、そしてコミュニティーでの交流です。
一つ目は全体コンテンツです。社員の勤務地が全国に散らばっているためオンラインでの活動が基本ですが、「学びは同時に&一緒に」をコンセプトに、あえて同じ時間に集まって研修コンテンツを視聴してもらうようにしました。タイミングを合わせることで、リアルタイムでチャットなどによるコミュニケーションをとることができ、一緒に学んでいるという一体感を得ることができます。
また、各種ワークショップも実施しています。2023年度には、自身が目指す姿をカルタで表現するワークショップと、同期に対して自分の仕事を紹介するというワークショップを開催しました。ワークショップを通じて新しい気づきを得て、新たな学びのモチベーションにつなげてもらう狙いがあります。企画や資料は事務局で作成しましたが、運営は新入社員が自分たちで行いました。
二つ目は選択制のゼミです。第1クールでは事務局が用意した四つのゼミ「アドベンチャーゼミ」「プロフェッショナルゼミ」「クリエイティブゼミ」「ワークハックゼミ」の中から、興味のあるものや自身の志向性に近いものを選んで入ってもらいました。「新卒学部」というネーミングからもわかるとおり、大学をメタファーにしているので、ゼミの概要をまとめたシラバスで大学らしさを演出し、新入社員同士のコミュニケーションが生まれる工夫をしました。
三木:ポイントは、ゼミ選びの参考情報として、キャリアアンカーの診断を受けてもらった点です。例えばキャリアアンカーが「管理職タイプ」「奉仕・社会貢献タイプ」の人はアドベンチャーゼミ、「専門能力・職人タイプ」「自律と独立タイプ」の人は「プロフェッショナルゼミ」が向いているといった具合です。
梅崎:志向性が近い人同士で集まった方が、コミュニケーションが活性化しやすく、活動のスタイルも似ているのでやりやすいと感じました。例えばワークハックゼミでは業務効率化への関心が強い人が多く、お互いに便利なPCスキルを共有し合う企画が立ち上がっていました。プロフェッショナルゼミは専門職志向で学習意欲の高い人が多く、それぞれが自身の目標を立てて共有し、進捗共有し合いながら頑張るというやり方を自ら考えて実施していました。もちろんキャリアアンカーの結果で自動的にゼミが決まるわけではなく、あくまで参考にしてもらうだけなので、シラバスを見て興味を持った別のゼミを選ぶこともできます。
また、CLAPを活用した学習自体は個人で進めることが多いのですが、一緒に学んでいる感覚を持つために取り組んだのが、三つ目の活動内容であるコミュニティーでの交流です。具体的には、おすすめの動画コンテンツを他のメンバーに紹介したり、学んだことを仕事に生かした事例を共有したりすることで、学ぶモチベーションやきっかけづくりを行いました。
自律的な運営を実現するために、工夫したことがあればお教えください。
梅崎:ゼミやコミュニティーなどの箱を作っただけでは、何からやっていいのかわからない人が多いのではないかと考え、参加を促す仕掛けをいくつか用意しました。例えばTeamsへの投稿を促進するために投稿のテンプレートを作成したり、順番に発信してもらうリレーメッセージ企画を行ったりしました。結果的に、第1クールは、ラーニングコミュニティーの活用の仕方を学んでもらうための期間になりましたね。
第2クールでは、第1クールでの実践経験をふまえて、より自分たちで主体的に回していけるように自由度を高めました。具体的には、第1クールでは集合学習やワークショップ、ゼミの枠組みなどは基本的に事務局の方で企画していたのですが、第2クールでは企画段階から彼らに任せ、自主的に運営してもらうようにしました。
これは、狙って設計していたわけではありませんでした。もともと第2クールも四つのゼミから選ぶ方式で考えていたのですが、第1クールで「もっとこういうゼミが欲しい」という声が上がるようになったため、やり方を変更したのです。本人たちの主体性が想像以上に大きかったので、これであればもっと任せられると考えて第2クールはゼミを自分たちで立ち上げられるようにしました。
第2クールでは、例えばどんな内容のゼミが立ち上がりましたか。
梅崎:2023年度は七つのゼミができました。具体例を挙げると、「女性のキャリアについて考えるゼミ」や「外国語ゼミ」、ライフプランや資産形成について学ぶ「目指せ!大富豪ゼミ」、資料作成のデザインを学ぶ「みやみんゼミ(見やすいって何なんやろかってみんなで悩んで言語化してみるゼミ)」などです。
ゼミを立ち上げたいと手を挙げてくれた人が20人ほどいたので、彼らを集めて、やりたいことをワークショップ形式で考える時間を設けました。やりたいことが近いケースは統合するなどして最終的に七つに分けました。そしてゼミごとにPRシートを作成し、ゼミメンバーを募集すると、第2クールのゼミ参加は任意にもかかわらず、半数の人はいずれかのゼミに所属するという結果になりました。
第1クールでのイベントは集合学習やワークショップなど事務局が企画したものがメインでしたが、第2クールはゼミでの勉強会がメインになっていましたね。例えば大富豪ゼミでファイナンシャルプランナーの方を講師に呼んで少額投資非課税制度(NISA)講座を開いたり、外国語ゼミでは英語縛りでボードゲームをしたり。ゼミごとに自分たちのやりたいテーマについての勉強会を企画していました。
また第1クールと同様に、ゼミとは別に全体コミュニティーを設け、全員参加必須としました。運営も企画メンバーを募り、彼らに中心となって運営してもらいました。お互いの関係構築や学び合う風土の醸成を目指した企画を考えて実施してもらったのですが、関東圏、関西圏など地区ごとに対面で会う交流企画などを自主的に開催していました。事務局は場所代などを支援したくらいで、ほとんど彼らが自主的に企画して実施していたので、私もすべての詳細を把握していないくらいです。
学習時間が増え、キャリア不安の解消にも寄与
「新卒学部」としてコミュニティー形成をしたことにより、どんな成果がありましたか。
梅崎:定量的な成果としては、学習時間が大きく伸びました。2022年度の新入社員向けにもe-learningのシステムを試験的に導入していたのですが、その時と比較すると2023年度の新入社員は学習時間が3.5倍になったのです。CLAPがあることに加え、コミュニティー活動の中でおすすめコンテンツを共有したり、学ぶ姿を互いに見ることで刺激が生まれたりしたことが理由だと考えられます。
また、CLAPや「新卒学部」の取り組みが、冒頭でお伝えしたような新入社員のキャリア不安という課題の解決につながったのかどうかを、社外の専門家の協力のもと分析しました。その結果「新卒学部の活動を通じて新しい分野に興味や関心を持つきっかけがあった人」や「会社の制度としてCLAPを利用している人」は、キャリア不安に関するスコアが有意に低いということがわかりました。CLAPの活用や、新卒学部での学び合いにより、キャリア不安が低減することが数字として見られたのは大きな成果だったと思っています。
定性的には、「コミュニティー活動を通じて同期メンバーとのつながりができた」「自分の学びを発信することで、誰かに還元できる喜びがあった」「入社1年目からこのような学習機会があったことが、モチベーションにつながった」などの声が参加者から聞かれました。お互いの頑張る姿が刺激になったという声も多かったですね。まさに、最初に設計したとおり「誰かと一緒に学ぶ」「誰かから学ぶ」ことが成果につながっていることがわかり、うれしく思っています。
三木:第2クールで任意ゼミの参加率が50%だったことは、少ないと捉える見方もありますが、私は非常に大きな成果だと感じています。新卒学部を実施していなければこうしたゼミ活動を自発的に実施してくれる可能性は高くないと思います。その点を踏まえると、半数の人が自らゼミに入って学ぶという行動をとったことは、素晴らしい成果だと思います。
自律的な学びを促進できたポイントは何だったのでしょうか。
三木:行動経済学の考え方を参考に、いかに自然と学びたくなる仕掛けをつくるかということを意識して設計していました。始めは事務局側がコミュニティーの参加の仕方など、手順を示して少しずつ主導権を渡していくことのほか、他のゼミや他のメンバーの学びの様子を見聞きできるようにすることも、学びの意欲を刺激したいと考えてのことです。
また入社6年目の若手である梅崎が学部長として推進したことも良かったと考えています。私のように年次の離れた人間が入ると、新入社員たちは本音を気軽に話せなくなってしまいます。少し上の先輩である梅崎がお兄さんのような立ち位置で関わっていたことで、彼らものびのびと活動ができたのではないでしょうか。
学び合いのカルチャーを広めていきたい
今後、学びのコミュニティーの取り組みをどのように広げていく予定ですか。また、自律的な学びやキャリア形成を支援するにあたり、他に挑戦したいことや実現したいことがあればお聞かせください。
梅崎:新卒学部は、短期的には前年度の振り返りをもとにブラッシュアップしていきたいと考えています。現在、2年目である2024年度のプログラムが進行中ですが、2023年度とは大きく変えた部分が二つあります。一つは、第1クールの期間を短縮して第2クールに比重を置いたこと。第1クールはコミュニティーに慣れ、学び方を身につけるための期間とし、より自分たちが学びたいことの企画が自由にできる第2クールの期間を長くしました。もう一つは、これまで以上に「学び合い」の促進にフォーカスを当てること。23年度も主体的にいろいろな企画を実施してもらっていましたが、学習や交流など、目的が混在していました。24年度はより学び合いを促進する企画をしてほしいと、ゼミ長やコミュニティー運営メンバーに伝えており、すでにいくつかの企画が生まれています。
長期的には、新卒1年目だけでなく、2年目、3年目となっても交流や情報交換を続け、学びのアクションを継続できるような機会を設けていきたいと私自身は考えています。
三木:終身成長のために自律的キャリア形成が求められるのは新入社員だけではありません。そのため、コミュニティーでの学びを他の階層にも広げていこうとしています。本年度からは新任係長と新任課長向けにも形を変えてプログラムの提供を開始しました。これまでの階層別研修では全員が一律で同じ内容を受けることが多かったのですが、自身の今後のキャリアに必要なスキルに合わせてコースを選び、同じコースを選んだメンバーと交流しながら学び合うという形に変えました。忙しい世代ですが、対象者の3割ほどが手を挙げ、参加しています。今後は他の階層でも実施していきたいと考えています。
実は、CLAPの導入後に、自発的な学びのコミュニティーが立ち上がっています。「読書会コミュニティー」といった階層を越えた取り組みや、職場単位で学びの共有をする組織も出てきています。こうした火を消さないように、互いに学び合いながら一緒に成長していけるカルチャーづくりに、今後も取り組んでいきたいですね。