組織風土は従業員自らの手で作る
「MAKE HAPPY 風土活性課」に学ぶ、
ボトムアップ型プロジェクトの進め方
パナソニック インダストリー株式会社
企画センター 経営企画部 MAKE HAPPY風土活性課 課長
村社 智宏さん
企業と個人の関係が大きく変化する中、多くの組織が従業員にキャリア自律を求めるようになりました。人的資本経営を推進する上でも従業員の自律的な学びや成長を促す取り組みが欠かせません。一方で、経営層や人事からのトップダウンの呼びかけだけでは、なかなか従業員の自律を引き出せないと悩む声が多いのも事実。そこで注目されるのが、パナソニック インダストリー株式会社の「MAKE HAPPY 風土活性課」による取り組みです。同課が目指すのは従業員に挑戦の機会や新しい仲間とのつながりの場を提供し、チャレンジを応援して変革を楽しむ風土を作りながら、「変革が生まれる会社」を実現すること。その活動は社内複業制度を活用して多くの従業員を巻き込み、ボトムアップで運営されているといいます。その取り組みが人事パーソンの高い評価を受け、「HRアワード2024」企業人事部門 優秀賞を受賞しました。現場社員の声からスタートしたプロジェクトは、どのようにして大組織の風土活性化に寄与していったのか。現在までのストーリーを聞きました。
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- 村社 智宏さん
- パナソニック インダストリー株式会社 企画センター 経営企画部 MAKE HAPPY風土活性課 課長
むらこそ・ともひろ/2000年に松下電器産業株式会社(現:パナソニックホールディングス)に入社。入社後はプラズマディスプレイパネルの設計に従事し、2013年からは液晶ディスプレイモニターの設計を担当。2016年から課長の立場で、開発企画、先行開発、経営企画業務を経験。2020年からは直轄部門の経営企画・事業企画の業務を担当しつつ、"MAKE HAPPYプロジェクト"のリーダーとして活動。2022年には経営企画部の傘下にMAKE HAPPY 風土活性課を新設。自身はGallup認定ストレングスコーチとして、社内でストレングス診断の活用を展開。また、社内でマインドフルネスのサークルを立ち上げ、仲間とともに7年間平日のお昼休みに毎日活動を実践中。
人事主導で“実質トップダウン”のプロジェクトは
2年目で活動が下火になってしまった
はじめに「MAKE HAPPY 風土活性課」のミッションや活動内容についてお聞かせください。
パナソニック インダストリーは「未来の兆しを先取り、お客様とともに社会変革をリードする。」というVisionを掲げています。そのVisionを実現するための四つのCore-Valueとして、顧客志向と技術基盤、創造基盤に加えて「人財資産」を重視。人財を育む社内風土の活性化に向けてさまざまな側面からチャレンジしており、そのミッションを担うチームとしてMAKE HAPPY 風土活性課があります。
私たちが目指しているのは、従業員をハッピーに、そしてお客様をハッピーにするための組織風土を盛り上げること。「少し先の未来を、あなたと一緒に変えたい」をプロジェクトのパーパス(存在意義)に掲げ、従業員に対して成長・挑戦の機会や新しい仲間とのつながりの場を提供しながら、変化を楽しむ会社になるための後押しをしています。MAKE HAPPY風土活性課の役割は、従業員エンゲージメントを上げ、生産性を高め、パナソニック インダストリーの企業価値を向上させることです。
具体的な取り組みでは、従業員がハッピーになるための要件を満たすために「はぴ学®」(パーパス)、「はぴ会®」(関係性)、「はぴ色®」(自分らしさ)、「はぴ楽®」(心身の健康)の各テーマを置き、社外講師を招いた講演会や社内イベント、ワークショップなどを開催しています。
風土活性化に向けた取り組みはどのようにして始まったのですか。
パナソニックが創業100周年を迎えた2018年、当時の若手・中堅社員からの発案により、従業員満足度を向上させる取り組みとして「MAKE X HAPPY ®プロジェクト」が立ち上がりました。現在のMAKE HAPPY 風土活性課の前身にあたります。
経営幹部に提案して始まったボトムアップの取り組みでしたが、実際は人事が主導するトップダウンの活動であり、有志メンバーが本業とは別に、時間を何とかやりくりしながら進めていました。初年度は活発に活動していて参加率30%を超えていたのですが、取り組みが一巡すると翌2019年から動きが急激に鈍り、一部のタスクフォース活動だけが継続している状況で、参加率1%以下と下火になってしまったのです。「プロジェクトあるある」と言える状況だったのかもしれません。
実は、私もこのタスクフォース活動にメンバーとして関わっており、それがMAKE HAPPYと私との最初の出会いでした。
その後、私自身は直轄部門に異動し、経営企画を本業としながらプロジェクトの推進リーダーを務めることになりました。ロゴマークや“はっぴ”など、形として残っているものを活用するだけではなく、プロジェクトを立ち上げた人や関わってきた人たちの想いも引き継ぎたいと考えていましたね。
「誰をハッピーにすべきか」を再定義し、
ビジョン・ミッション・バリュー・アクションを言語化
村社さんの挑戦はプロジェクトの立て直しからスタートしているのですね。まずはどんなことに着手したのですか。
最初に取り組んだのは仲間集めです。有志によるプロジェクトでは「この活動は業務にあたるのか、あたらないのか」といったグレーな部分が多く、“やりがい搾取”になりかねないと感じていました。旗振り役のメンバーは業務としていいとしても、これでは手伝ってくれる人が続きません。
そこで、本業以外にも社内の仕事を正式に担当できる社内複業制度を活用することにしました。募集を始めるとさまざまな部署から5名が応募してくれて、経営企画・人事・広報の各職能を持つ専門家メンバー3名を加えた9名で第3期の事務局メンバーを立ち上げたのです。
次に行ったのはターゲティング。それまでのプロジェクトでは“MAKE X HAPPY”として、「“X=誰か”をハッピーにするのか」を従業員の方に話してもらう取り組みを広範に行っていました。新しい事務局ではそれらの意見を集約し、「ハッピーにするべきXとは誰なのか」を徹底的に話し合ったんです。候補は従業員や家族、恋人、お客様、未来、社会など多岐にわたりました。そうした議論を経て検討した結果、最も意見の多かった“従業員”をメインターゲットに決定。従業員自身がハッピーでなければ、家族も恋人もお客様も社会もハッピーにできないと考えたからです。「“X”=従業員」と定義したので、“MAKE HAPPY”と “X”を抜いて、呼ぶようになったのもこの頃ですね。
ターゲットが求めていることを深く理解するため、従業員に向けたアンケートも実施しました。「従業員のための活動として私たちにどんなことを望むか」を聞いたのです。国内従業員の3分の1にあたる約4,000人の声が集まりました。
“X”の定義を明確にしたことで取り組みが加速していったのですね。
はい。事務局メンバーで6時間にも及ぶオンライン会議を開き、従業員アンケートの声をもとに、自分たちのビジョン・ミッション・バリュー・アクションを徹底的に言語化しました。
この言語化の軸となったのは、パナソニック創業者の松下幸之助が残した「日に新た」という言葉です。昨日より今日、今日より明日と新しいものを生み出し続けることを表しています。そうして、変革が生まれる会社を目指し、チャレンジを応援して変化を楽しむ風土作りを担うことをミッションとし、新しい仲間とのつながりや成長・挑戦できる機会という価値を提供することを定義しました。
このビジョンを明確にしてからは、メンバー一丸となってまとまった活動を連続して打ち出し、イベントや企画を次々と実現できるようにもなりました。プロジェクトを引き継いでから約3ヵ月の期間を要しましたが、必要不可欠なプロセスだったと感じています。
風土活性化を一過性の取り組みにするわけにはいかない
勇気を持って目標数値を掲げ、組織化を実現
社内複業制度などを活用して活動を広げる際は、経営陣の理解や協力も必要ですね。
プロジェクトの拡大を提案した際には、経営陣から二つの要望がありました。一つは事務局メンバー自身がこの活動を楽しんでハッピーになること。もう一つは活動の成果を数字で示すことです。私自身も、プロジェクトを軌道に乗せていくためには目標が必要だと考えていました。
そんな折に、プロジェクトの一環で慶應義塾大学大学院の前野隆史教授(システムデザイン・マネジメント研究科)をお招きし、オンラインセミナーでの講演を拝聴する機会を得ました。前野教授は幸福の計測や定量化を通じて人間社会システムのデザインを研究されています。講演では組織における幸福の成果として、退職率が51%改善し、創造性が3倍上がり、生産性が1.3倍になるという数字が示されていました。
これは衝撃的なデータだと感じ、私はこの三つをプロジェクトのKGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)として取り入れ、「(会社)定着率1.5倍」「創造性3.0倍」「生産性・売り上げ1.3倍」の目標を掲げたのです。
以前から経営陣としてCEO、CFO、CSO、CHROの4名を運営委員として招いており、3,4ヵ月に一度のペースで目標に対する進捗を報告しています。従業員からの要望を伝えて活動方針の承認を受ける場にもなっており、経営陣としても、従業員の本音を的確につかめる機会として価値を感じてくれているようです。
「定着率」「創造性」「生産性・売り上げ」は、いずれも風土活性化の目標とするには勇気がいる項目だと感じます。
たしかに覚悟が必要でしたが、それでも目標を掲げなければならないと決意しました。風土活性化は、ともすればふわっとした取り組みになりがちです。仮に経営陣からの要望がなかったとしても、自分たちで何のためにプロジェクトに取り組んでいるのか、その意味を言語化するために目標を掲げていたと思います。
2022年、プロジェクトはMAKE HAPPY 風土活性課として正式に組織化されています。この背景には何があったのでしょうか。
プロジェクトの形では、一過性のもので終わってしまうかもしれない危機感がありました。風土活性化は会社にとって永続的なテーマであり、一過性の取り組みにするわけにはいきません。そこで組織化を提案したのです。組織になればポストが生まれ、人員も予算も付きます。仮に私が異動したとしても、組織であれば取り組みが引き継がれると考えました。
とはいえ、ボトムアップで進めているプロジェクトを正式な「課」として認めてもらうのは簡単ではありません。経営陣には自分たちで掲げた目標に対する進捗を伝えるとともに、外部アワード受賞などの成果を示しました。2021年には2019年比150倍となる約30,000人の従業員が活動に参加してくれるようになり、指標としていたデータ・第三者評価・実績によって組織化が認められました。
現在、MAKE HAPPY 風土活性課には私を含む2名の専任メンバーと6名の社内複業メンバーが所属し、任命制による4名の専門職能メンバーとともに12名のメンバーでプロジェクトをリードしています。
認知度向上から「より活用してもらう」フェーズへ
製造部門の従業員も参加しやすいようにコンテンツ提供体制を拡大
現在では数多くの従業員がイベントや企画に参加するようになりました。社内ではどのように取り組みを広報しているのですか。
「Vivaエンゲージ」という社内SNSを活用して情報を発信しています。イベントに参加してくれた従業員をグループに招待していった結果、今では6,000人以上のフォロワーを抱える社内で最も大きなグループの一つとなりました。グループ内では、イベント告知から半日でほぼ全員に周知できる体制が整っています。
参加者からはMAKE HAPPY プロジェクトに対して「学んだことを仕事で活用できた」「経営層に親近感を持てるようになった」「毎回の企画を楽しみにしている」「MAKE HAPPY プロジェクトがあるから会社に残りたいと思った」など、うれしい声をたくさんもらっています。
MAKE HAPPY風土活性課の活動が拡大していく中で、組織風土にはどのような影響を与えていると感じますか。
当社には四つの事業部があり、各事業部で独自の取り組みや組織が生まれています。デバイスソリューション事業部の「MAKE DS HAPPY」や 佐賀拠点には、「MAKE SAGA HAPPY」、他の事業部にも全て同じような想いを持つ組織やプロジェクトができました。そして、これらの組織とコラボレーションしながら、各拠点の従業員にコンテンツを提供しています。
想いを共有しながらそれぞれの組織に合ったミッションを掲げ、活動する仲間が増えてきたことをとても心強く感じています。こうした流れはトップダウンで発信してもなかなか生まれるものではないと思うので、本当にうれしいですね。
現在までの手応えを踏まえ、今後の活動に向けた展望をお聞かせください。
2023年度のMAKE HAPPY プロジェクトへの国内従業員の参加率は52%となりました。2019年度は1%だったので、大きな変化とともに手応えを感じています。また、定着率の指標としている従業員エンゲージメント(eNPS*®)のデータでは、2020年のー65 pt から2023年 ー29 pt と+35 ptアップと大幅に上昇しました。eNPSは、定着率と相関があるため、定着率も着実に上がっていることがわかります。
ただ、現状の参加者は技術や営業、コーポレート系など間接部門の従業員が多数を占めています。今後は製造拠点の従業員も参加しやすいよう取り組みを進化させるとともに、部署ごとにもアプローチして、部署・拠点単位で取り組みを進められるようにしたいと考えています。
IT企業の中には社内組織を間接部門と直接部門で完全に分け、ほとんど交わらない企業もあるのではないでしょうか。パナソニックグループでは創業者・松下幸之助の「物をつくる前に人をつくる」という言葉とともに、学びや気づきのチャンスはどの部門に所属していても公平に得られるべきだという考えが根付いています。そのための先手を打つこともMAKE HAPPYプロジェクトの役割なのです。
製造部門には専用のPCやスマートフォンを持っていない従業員が多く、間接部門と比べればイベントに参加する時間的余裕が限られています。そのためMAKE HAPPYプロジェクトではイベント内容などのコンテンツを配信する専用サイトを立ち上げ、個人スマホからアクセスして視聴できるようにしました。
さらに製造部門向けに職場懇談会の機会としてコミュニケーション診断を実施したり、自分の強み診断を組織単位で導入できるよう支援したりと、組織風土の活性化につながるさまざまな取り組みを進めています。
これまでのMAKE HAPPYプロジェクトは認知度を高めることに重点を置いて活動してきましたが、これからは「より活用してもらう」ための活動が重要となるはず。各部門・各チームの責任者や、組織風土を良くしていきたいと考える「心ある首謀者」を通じ、組織単位でコンテンツを提供していきたいと考えています。
人事もマネジメント手法を学ぶべき理由
フレームワークを活用すれば「手段の目的化」を防げる
MAKE HAPPYプロジェクトの進化は、村社さんの情熱なくしてはなし得なかったのではないかと感じます。村社さんのモチベーションの源泉は何ですか。
私はもともとディスプレイ技術に関わりたくて、この会社を選びました。エンジニアとしてプラズマディスプレイや液晶ディスプレイの開発に携わっていたのですが、時代の変化とともに、いずれの事業も閉じてしまいました。
事業はいつか終わりを迎えるものなのかもしれませんが、良い終わり方もあれば悪い終わり方もあります。次の一手につながる良い終わり方ができるかどうかは「人」にかかっており、その根っこには「風土活性化」がある。私はそう考えるようになりました。
MAKE HAPPYプロジェクトに関わり始めた頃は私も兼業で、プロジェクトに割いていた時間は10%ほど。力を入れていくうちにその割合が50%となり、あるとき上司から「村社さんは事業企画と風土活性化のどちらをやりたいんですか」と聞かれて、私は即断で「風土活性化に本気で取り組みたい」と答えました。事業企画も良い組織風土があってこそ。私がやってきたこと、これからやりたいことの上位概念として風土活性化が欠かせないと思ったのです。
風土活性化に向けた取り組みには、エンジニア魂が刺激される面もあります。人の心はすぐに変わるし、なかなか測れないもの。さらには経営陣の想いも汲み、数値を可視化してアウトプットしなければいけません。そんな無理難題に挑むことが楽しいんです。結局、私のコアはエンジニアのまま変わっていないのでしょう。
村社さんが別の企業で風土活性化に挑むとしたら、どんなことを大切にしますか。ボトムアップの風土活性化に取り組みたいと考えている人へのアドバイスとして伺いたいです。
フレームワークにのっとって進めることを重視します。
MAKE HAPPYプロジェクトでは「チェンジマネジメント」と呼ばれる手法を用いて取り組みを進めています。このフレームワークでは、まずビジョンと戦略を立てます。MAKE HAPPY プロジェクトで最初に言語化したのもビジョンです。次に人的リソースとして、スポンサーやアンバサダーを集めてコミュニティを作ります。私たちでいえば経営陣がスポンサーであり、社内複業で参加してくれるメンバーがアンバサダーですね。その上で全体計画やコミュニケーション方法、KPI、シナリオ、推進施策などを描き、戦略的にプロジェクトを進めていくのです。
昨今、人事領域ではウェルビーイング経営や人的資本経営など、以前よりも高度なテーマに挑むことが求められています。風土活性化もその一つかもしれません。こうしたテーマは世の中のトレンドでもあり、施策を走らせることが先に立って、手段が目的化してしまうことも往々にしてあるのではないでしょうか。しかし戦略不在ではプロジェクトは進みません。人事に携わる方々にとっても、これまで以上にマネジメント手法やフレームワークを学ぶ意義があるのかもしれませんね。
取り組みの推進者としては、自らの想いと会社の文脈をすり合わせることも大切です。私の場合は創業者・松下幸之助の「感謝報恩は真の幸福の根源」という言葉がよりどころとなりました。経営理念や経営ビジョンの中に自分の活動のよりどころを見つけられれば、こんなに心強いことはありません。だからこそ私はMAKE HAPPYプロジェクトに全力投球できていますし、自分自身もハッピーであり続けられるのだと思っています。
ぜひ、みなさん一人ひとりが、自分の手の届く範囲で無理のない程度に、“Happy”になる取り組みを始めてもらいたいです。始めは一人ですが、その想いに共感してくれる仲間が必ず集まってくれます。そうした取り組みが連鎖し、日本の企業が“Happy”になって、日本中の人々が“Happy”となり、そして、今よりもっと“Happy”な世界が実現できたら素敵ですね。