創業127年目の組織風土改革
明電舎に学ぶイノベーション人財の育て方
野口 英明さん(株式会社明電舎 人事統括本部 人事企画部長)
坂野 仁美さん(株式会社明電舎 経営企画本部 事業開発部長 兼 サステナビリティ推進部 価値共創Lab.プロジェクト員)
イノベーションは、ある日突然やってくるわけではありません。挑戦を歓迎する土壌があって初めてアイデアが飛び交うようになり、無数のアイデアのうちの一つが花開くのです。株式会社明電舎は、創業120年以上の歴史を持つ、国内外のインフラを電気技術で支える電機メーカー。同社は、歴史があるがゆえに「新規事業が生まれづらい」という課題を抱えていました。未来の見通せない今、生き残れるのは変化する企業。同社はどのようにして組織風土改革に取り組み、イノベーション創出を目指してきたのでしょうか。株式会社明電舎 人事統括本部 人事企画部長の野口英明さんと、経営企画本部 事業開発部長の坂野仁美さんにお話を伺いました。
- 野口 英明さん
- 株式会社明電舎 人事統括本部 人事企画部長
のぐち・ひであき/1997年入社。研究開発部門や情報システム部門等を経て、2014年に人事部門に異動。現在は、人事統括本部 人事企画部にて人事全般の業務に従事。社員の能力とモチベーションを高め、活躍できる機会や環境を整備・提供することを方針として人的資本強化に取り組む。
- 坂野 仁美さん
- 株式会社明電舎 経営企画本部 事業開発部長
兼 サステナビリティ推進部 価値共創Lab.プロジェクト員
ばんの・ひとみ/2008年入社。研究開発部門で環境材料分析業務、研究開発企画業務に従事。その後、社内アイデア公募制度を立上げ、2019年に事業開発部へ異動。現在は、経営企画本部 事業開発部にて、全社イノベーション活動を推進しており、新規事業開発の制度設計やイノベーション人財育成、他社との共創・パートナーシップ構築に従事。2024年3月MBA取得。
コロナ禍を機に、変革への危機感が増した
貴社は「多様な人財がイキイキと成長・活躍できる風土醸成」を事業基盤にかかわるマテリアリティの一つとして掲げています。その理由や目的をお聞かせください。
野口:今、働くことへの価値観が大きく変わりつつあります。転職する人が増え、人財の流動性が上がりました。少子高齢化が進み、働き手がどんどん減少する中で、企業は優秀な人財に来てもらわなければなりません。技術の高い人財はなおさら採用が難しい。そこで私たちが注力しているのが、組織風土の改革です。
当社の若手を見ていても、自己成長やキャリアに対する意識が非常に高いことを感じます。人財を育成する上では、社員が働きがいを持てることが重要です。イキイキと働き、成長に喜びを感じられる。その結果として、活躍があると思うのです。だからこそ「多様な人財がイキイキと成長・活躍できる風土醸成」を重要課題として取り組んでいます。
イノベーション推進にも取り組まれていますが、その背景にはどのような課題があったのでしょうか。
坂野:明電舎は120年以上の歴史がある会社ですが、既存の事業を守り抜いてきたからこそ、新規事業が生まれづらい体質になっていることが課題でした。自前主義なところもあり、良くも悪くも「自分たちでやらなければ」という意識が強いのです。
しかし未来がどうなっていくか不透明な時代に、自分たちだけでロードマップを引いてやっていくのは無理がある。スピード感も遅く、視野も狭くなりがちです。挑戦がすべて成功するわけではないことを考えると、失敗を前提に、一つでも多くのチャレンジをしたほうがいい。
10年後、20年後に明電舎が変わらず価値を生み続けるには、現状維持ではなく、イノベーションが生まれやすい組織風土へと変革していかなければなりません。このような課題意識から、さまざまなプロジェクトが始動しています。
イノベーション推進にあたり、どのような戦略を立てられましたか。
野口:明電舎では「AMOフレームワーク」をベースに人事戦略を立てています。人財を人的資本と捉え、「能力(Ability)」と「モチベーション(Motivation)」を高め、全ての従業員が活躍できる「機会(Opportunity)」を整備・提供することで、企業のパフォーマンスを最大化するという考え方です。
これまで明電舎は、メーカーとしての技術力を重視した人財育成に励んできました。しかし、専門性を追求するだけでは、硬直的なキャリアになってしまいます。多様な経験を積むことで個人の中に多様性が生まれれば、イノベーションが生まれやすくなる。そのために、入社4年目〜6年目にジョブローテーションを組み込み、経験の幅を広げられるようにしています。
坂野:既存事業を成長させつつ、新規事業を創出する意識を高めていく。これまで培ってきた明電舎らしさを大切にしながら、新規事業を創り出せる人財を輩出する。そういう人財育成を目指しています。
イノベーション推進と人財育成は、どのように連携されているのですか。
坂野:当社はイノベーション人財をピラミッド構造で四つに分類しています。上から順に、自ら事業を起こす「イノベーター」、実際にテーマに取り組む「コア人財」、具体的にテーマを考案する人や協力者が「テーマ提案者」、イノベーションに興味がある「関心者」という構成です。イノベーターは社内で10人、コア人財は30人、テーマ提案者は100人、関心者は400人程度という体系で、まずは現中計期間のうちに全社員の約1割となるようイメージしています。これらの人財が育つよう、各部署が連携して施策を企画しています。
イノベーターと聞くと、「特別な才能のある人」というイメージがありますが、社員にはそう思ってほしくありません。私は最近、明電舎にとってのイノベーターとは、人の行動を変える人ではないかと感じています。確かに特別な才能を持つ人は、0から1を発明できるのかもしれません。しかし、明電舎にとって本当に大切なイノベーターとは、今ある技術や人を組み合わせたり、周囲に影響を与えたりしながら、新たな価値を創り出せる人。そういった人財が明電舎の未来をつくるのだと考えています。
挑戦を後押しする「10%カルチャー」と「MEIANチャレンジ」
イノベーション人財を増やすための取り組みについて教えてください。
坂野:「MASTプロジェクト」という取り組みを進めています。自前主義から脱却し、将来的に他社との協業も視野に新規事業創出を目指す、そういった文化を根付かせることをミッションとする全社横断プロジェクトです。イノベーション人財の育成や風土醸成などの土台作りに取り組みつつ、新たな事業アイデアの社内公募や他社との共創活動を推進しています。
MAST(マスト)は、「(M)明電舎の(A)明日を(S)創造する(T)考える」の略であり、船の帆柱の意味も持ちます。イノベーションには逆境がつきものですが、荒波を乗り越えるためにしっかりと帆柱を立てて進んでいこうという思いが込められています。
2021年から本業以外の取り組みに時間を割く「10%カルチャー」という制度を導入しました。MASTプロジェクトの中で、なぜ明電舎はイノベーションが生まれづらいのかを分析したところ、多くの人が「時間の確保が難しい」と感じていました。そこで業務時間の10%、つまり一週間の仕事のうちの半日を、本業以外の活動に時間を割くことを推奨しています。
新規事業に関心を持つ人財を増やし、イノベーター輩出につなげることが目的です。ただ、全社員が同じように時間を確保できるかというと、そう簡単ではありません。工場部門の人件費の考え方とコーポレート部門の人件費の考え方は違います。あくまで「10%カルチャー」であって「10%ルール」ではないところがポイントです。強い言葉で強制力を持たせるのではなく、意欲がある人がやるという自律性を尊重した形にしました。
10%カルチャーでの取り組みは評価にも影響するのですか。
坂野:はい。当社は個人の評価に目標管理制度を用いており、その中に「未来志向」という項目があります。今までの業務の延長線でもいいし、新しいことにチャレンジしてもいい。管理職には10%カルチャーの意義を理解し、部下のチャレンジを支援するように伝えており、業務外での活動は目標管理の未来志向の中で評価するスキームになっています。
野口:それでも、10%の時間が確保しづらいという声はあります。そこには「業務が忙しい」というのと「上司の理解を得づらい」という大きく二つの要因があります。年齢が上の世代の社員は、自分で新しい世界を切り開いた経験が少ない。個人のキャリア自律よりも、目の前の仕事に取り組むことが、会社や組織の目標を達成するために重要とされる社会構造だったからです。だからこそ、今はマネジメント教育が重要。これまでの価値観にとらわれず、業務以外の活動を推奨することが、回り回って自社のためになることを伝えています。時にはイノベーション推進事務局が、手を挙げた人の上司に出向いて交渉することもあります。
アイデアコンテスト「MEIANチャレンジ」についてもお聞かせください。
坂野:2022年から、新規事業創出の気運をさらに高めるため、アイデアコンテスト「MEIANチャレンジ」を開催しています。名称は「名案、明案、迷案」の三つの意味を包含しており、「MEIAN」で未来を変えるきっかけにしてほしいという願いが込められています。当社はサステナビリティ経営における提供価値として、カーボンニュートラルとウェルビーイングを掲げています。この二つをテーマに、新規事業アイデアを募集し、最終選考に残ったチームは最終発表会でプレゼンテーションをします。
例えば昨年は、複数の部門からゲーム好きが集まりました。「下水道事業のイメージを、ゲームを通じて変えよう」というアイデアです。当社には下水処理施設の維持管理事業があるのですが、どうしてもネガティブなイメージがあり、積極的にその仕事に関わりたいという人はなかなかいません。そこで集結したメンバーは、自分たちで下水道を題材としたゲームを制作して同事業への関心と理解を深めると共に、下水道に対する先入観を払拭するというアイデアを提案してきました。
明電舎にはグループ会社を含めて約1万人の従業員がいますが、多様性があり、いろいろなアイデアの種を持っています。その発掘をできるのが、このMEIANチャレンジなのです。
アイデアから事業化した例はあるのですか。
事業として実用化されるのはもう少し先の予定です。今はMEIANチャレンジを通して、手を挙げる文化やイノベーションマインドを醸成することが重要だと考えています。また、MEIANチャレンジは挑戦した人が社内の人脈をつくれる場所としても機能しています。先ほどのゲームの例も、本社と、名古屋・沼津・太田の3工場に勤務しているメンバーがオンラインで集まってできました。こうして社内のネットワークが活用されることが、イノベーションにつながると考えています。
専門家だけではない、多様な人財を経営に
貴社では、早期からの経営人財育成に取り組まれているそうですね。その目的についてお聞かせいただけますか。
野口:歴代の当社の経営陣は、専門性の高い人が多かったのです。専門性と言えば聞こえはいいのですが、悪く言えば、自分の守備範囲のことしか知らないとも言えます。経営には多角的な視点が必要であり、自分の職掌に加え、幅広い知見を持っているほうが優れた経営判断ができます。それならば、経営スキルを意識したキャリアプランにしたほうがいい。専門性は深めつつ、知の探索にも時間をかけてほしい。そのような思いから、20年ほど前から経営人財育成が始まりました。
人事の観点から見ても、2021年にコーポレートガバナンス・コードが改訂され、経営陣の知識・能力・経験などを一覧化した「スキル・マトリックス」の開示が求められるようになりました。これは社外への発信を主目的としつつも、自社の経営組織のスキルを棚卸しするものです。未来の経営体制を考え、それに見合った経験・スキルを持った人財が中長期的に育つための機会を提供していく必要があると考えています。
経営人財育成のために行っているのが、階層別の選抜者向け社内研修です。主任層は企画構想スキル、課長層は事業戦略、部長層は経営戦略を学びます。さらに、社外研修も活用し、選抜者に経営に必要なスキルの習得と社外交流の経験をさせています。また、入社4〜6年目で経験するジョブローテーション制度も経験の幅を広げるための取り組みとして実施しています。
一方で、人財育成全般において「自律性」も大切にしたいと考えています。これまでは、ジョブローテーションはある一定の年次に到達すると実施していたのですが、本人のキャリアビジョンを尊重し、スペシャリスト志向の人には専門性を追求できる道を用意できるよう検討を進めているところです。また、やる気のある人に機会を提供できるよう、従来は完全に選抜式だった社外研修への派遣を一部、手挙げ制に変更する予定です。
多様性を確保するために、キャリア採用も活発になっているのですか。
野口:従来、新卒採用とキャリア採用は2:1くらいの比率だったのですが、現在は1:1くらいの比率になってきています。現在、新卒採用で技術者を採用することの難易度がだんだんと上がっています。電気や機械を志す学生自体が少なくなってきているのです。そのため、明電舎を支えてきた専門性を突き詰める人財は、教育機関だけに任せていては育たない環境になりつつあります。
だからこそ「入社してから育てる」という取り組みを強化しています。2020年には、若手社員やキャリア入社者の早期戦力化を目的に、沼津に技術研修センター「Manabi-ya(学び舎)」を設立しました。入社後に電気の基礎教育等をすることで採用難に挑んでいます。
組織風土改革の成功の鍵は、成功するまで続けること
さまざまな取り組みを始めてから、どのような変化を感じていますか。
坂野:今、社内で常時アイデアを受け付ける「アイデア公募」をしているのですが、ある部門からは頻繁にアイデアが送られてきます。その部門に事情を聞いてみると、朝の10~15分、みんなでアイデアを練る時間を設けているそうです。客先でヒアリングした内容や、競合他社にあって自社にないものなど、アイデアが飛び交う環境はまさに私たちが目指していたものだと感じています。
野口:ここ10年ほどでいうと、経営層や中間管理職の若返り、それから女性比率が増えたことが変化として挙げられるかと思います。先ほど経営人財の早期育成の話がありましたが、経営陣全体も若くなっています。
坂野が良い例ですが、若くして部課長に昇進する事例も増えています。明電舎は40代で課長、50代半ばで部長になるのが平均的なのですが、坂野は30代で課長になり、40代前半で部長に抜擢されました。実力がある人財は過去の慣習にかかわらず昇進していけるようになりました。
ダイバーシティや女性活躍の観点ではいかがですか。
野口:DEIへの理解もかなり浸透しました。インフラメーカーなので、志望者数が少ない技術職の女性を採用するのには苦戦しているのですが、少しずつ女性比率を引き上げられています。
坂野:私が入社したのは2008年ですが、その頃と比べるとかなり状況は改善したと思います。例えば、当時は営業職に女性が配属されることはほぼありませんでした。技術職でも、「危険で、きつい現場」には女性は配属されませんでした。女性への配慮からそのような慣習が続いていた側面もあると思います。
DEI推進を始めてからはそのような慣習を見直し、女性が営業に配属されることや管理職に登用されることが珍しくなくなりました。2024年は、執行役員に女性が就任しています。イノベーションの観点からも、年齢や性別が幅広い属性の人がいたほうが、多様なアイデアが出やすくなる。同質性の高い組織ではなく、多様なバックグラウンドを持つ人から構成されるチームの方が、成果が上がりやすいというDEIの意義が、かなり浸透したように思います。
組織風土改革として、今後予定されていることはありますか。
野口:経営人財育成と女性活躍推進の観点から、経営人財に女性を増やすための取り組みを継続していきたいと思っています。その一環として、2022年から「サポーター役員制度」を始めました。常務執行役員以上の役員が、選抜された女性社員のサポーターにつき、1年間仕事のディスカッションやキャリアプランの作成などを伴走する取り組みです。視野を広げることや今後のキャリアに役立ててもらえればと思っています。
組織風土改革やイノベーション創出には大きな困難が伴います。そうした悩みを抱える人事担当者にメッセージをお願いします。
坂野:とにかく続けることが大切です。結果が伴わないからといって途中でやめてしまうと「一時的なイベントだったのだな」と思われ、それまでに醸成したものまで手放すことになってしまいます。私たちも、中期経営計画の中にイノベーションの項目を盛り込んでいますが、達成したら今期で終わりではありません。続けることにとことんこだわっていきたいですね。
野口:地道に取り組むしかない、という点では坂野と一緒です。私個人としては、対等な立場でコミュニケーションを取ることが重要だと思います。志を同じくしているのであれば、年齢、性別や立場等は関係ありません。属性にとらわれず、課題に真正面から向き合いコミュニケーションを取ることで、あらゆることの土台となる信頼関係ができると思っています。