ジョブ型とメンバーシップ型、双方のメリットを融合
全社員のキャリア自律を後押しする「KDDI版ジョブ型人事制度」とは
穴田 香織さん(KDDI株式会社 働き方改革・健康経営推進室長)
千葉 華久子さん(KDDI株式会社 人財開発部長)
横尾 大輔さん(KDDI株式会社 人事企画部長)
変化の時代にしなやかに対応するためには、多様な個性を持つ従業員の力を生かす仕組み作りが欠かせません。また、新型コロナウイルスをきっかけに働き方の見直しが大きく進み、場所や時間にとらわれないマネジメントのあり方も問われています。これらの課題に直面する日本企業では、旧来の慣行であったメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への転換を模索する動きも見られるようになりました。しかし、長年日本企業に根づいてきたメンバーシップ型雇用の常識から脱するのは簡単ではありません。こうした中、KDDI株式会社は2020年8月より、働いた時間ではなく成果・挑戦・能力を評価し、処遇へ反映することを目的とした「新人事制度」を導入。ジョブ型の長所を取り入れ、メンバーシップ型の強みも生かした「KDDI版ジョブ型」制度として運用を進めています。新たな取り組みの背景や狙いについて、同社の人事施策と運用に関わる3人のキーパーソンにうかがいました。
- 穴田 香織さん
- 働き方改革・健康経営推進室長
1996年 大学卒業後、現KDDIに入社、コンシューマ営業部門へ配属。その後、研究部門(KDDI総合研究所)、総務部門を経て、2017年4月から人財開発部フィロソフィ推進グループにおいて、理念浸透、エンゲージメントサーベイの企画を担当。2021年4月から現職。
- 千葉 華久子さん
- 人財開発部長
1994年 大学卒業後、国際電信電話株式会社(KDD、現KDDI)に入社。法人営業、衛星通信サービスの企画などを経て、2013年から人事部においてグローバル人財育成を含むグローバル人事施策を推進。2017年4月から人財開発部で採用、異動配置、育成、理念浸透を担当。2018年4月から現職。
- 横尾 大輔さん
- 人事企画部長
2000年 国際電信電話株式会社(KDD、現KDDI)に入社。事業部門を経て、約15年間法務部に在籍し、途中米国留学を挟み、国際法務、コンプライアンス案件などに携わる。2019年4月より人事部長となり、2020年4月より人事企画部に改称。現在は「KDDI版ジョブ型」人事制度の企画・導入、D&I、労務、給与などを担当。
新たな事業領域の強化に向けてキャリア採用が急拡大
多様な価値観に対応できる人事制度が求められていた
まずは、皆さまがご担当されている部署のミッションについて教えていただけますか。
横尾:本日お話しさせていただく3人は、人事本部内の三つの部署をマネジメントしています。私が所属する人事企画部では、人事制度の企画・設計や労務・給与に加え、最近はHRテクノロジーを活用した社内人事データの分析・活用も進めています。
千葉:私は人財開発部で、採用と社員の異動・配置、教育などを担当しています。さらにKDDIのフィロソフィを浸透させたり、社員エンゲージメントの向上を図ったりといったミッションも担っています。人事企画部が基盤を作る部門だとすれば、私たちはそれをもとに執行していく部門だと言えます。
穴田:働き方改革・健康経営推進室では、社員の心身の健康を守る活動を進めています。所属する産業医と保健師によって健康診断や体調不良者のケアを行うほか、メンタルヘルス対策として全社員を対象に年2回、30分のカウンセリングを実施しています。また、働き方そのものを見直し、生産性向上に向けて新たな取り組みを検討していくミッションも担っています。
貴社では2020年8月から「新人事制度」を導入されていますが、その背景には何があるのでしょうか。
横尾:大きな背景としては、経営環境の変化があります。当社は国内通信事業のauを主軸としていますが、社会の大きな変化の中、この一本足打法のままでは持続的に発展することはできません。そこで昨今は、お客さまの生活に寄り添う「ライフデザイン」領域において、エンターテインメントや金融などの新たな事業を展開しています。
千葉:こうした新分野に対応できる人材を獲得するためにキャリア採用が拡大しており、多様な価値観に対応できる人事制度が求められていました。キャリア採用の人数は、10年前は年間20〜30人。それが現在では年間170〜180名規模で採用を進めており、新卒採用に匹敵する規模感となりつつあります。今年度はキャリア採用で約200名の採用を計画しており、通信業界以外の出身者を含めて、引く手あまたの人材を採用していかなければなりません。
穴田:当社で働く若手を見ていても、働き方に対する意識はかなり変わってきていると感じます。「大企業に入って年功序列で昇進し安泰な老後を迎える」というモデルを、確信を持って追いかけることはできない時代です。自身の市場価値を高められる職場環境に魅力を感じる若手が増えていると感じます。
横尾:こうした変化の中で、私たちは旧来の日本型メンバーシップ雇用がそぐわなくなってきたと認識し、「KDDI版ジョブ型」の人事制度へ舵を切るフルモデルチェンジを行いました。
個々の専門能力だけでなく、組織貢献につながる人間力も重視
KDDI版ジョブ型制度で変わった評価・報酬・人財開発・働き方
KDDI版ジョブ型人事制度は、日本企業が伝統的に受け継いできた長所を残しながら、海外のジョブ型雇用の特徴を取り入れた「ハイブリッド型」だとうかがいました。
横尾:海外で主流のジョブ型雇用では、一人ひとりのジョブがこまかく定められ、それぞれのジョブディスクリプションにどれだけフィットしているかで評価・報酬が決まっていきます。働く個人にとっては専門性や強みを存分に生かせますが、一方では「ジョブディスクリプションに書かれていないことは自分の仕事ではない」という捉え方もできます。
そこでKDDI版では、個々の専門能力はもちろん、組織貢献につながるような「人間力」も評価する仕組みとしました。人物面はもちろん、KDDIのフィロソフィを体現しているかどうかも、しっかり見ていくということです。
また、海外で見られる「Up or Out」のような「そのジョブに見合えば会社に残っていただき、見合わなければ辞めていただく」というやり方は、日本では法制上できませんし、KDDIとしてもやりたいとは考えていません。社員が多様な事業領域を生かしながら成長の機会をつかみ、その時々のジョブにおけるスキルを垂直に伸ばしていくだけでなく、KDDIグループ内で多面的に貢献できるように成長してほしいと思っています。
評価と報酬について、具体的に変化した点を教えていただけますか。
横尾:評価については、従来はいわゆるMBO制度で、年2回の賞与査定において一人ひとりのパフォーマンスを上司が評価していました。この要素は基本的に残しつつ、新しい制度では、「今持っている能力」についても評価していきます。過去に残してきた結果だけではなく、現在や未来に期待できる部分も評価する、ということです。
能力の評価については、大きく二つに分類しています。一つはテクニカルスキル、専門分野で発揮される能力です。もう一つは人間力に関連する、チームワークやコミュニケーション能力。ここは360度評価で、上司だけでなく部下や同僚からのレビューも集めて、多面的・客観的な評価を担保しています。
報酬においては、半期ごとのパフォーマンスをベースとした賞与と、毎月の給与があります。給与は能力面での評価を加味した人財の総合評価をもって、等級グレードの中で決定します。年功で少しずつポイントが貯まっていくのではなく、成果や専門性の発揮度合いなどに基づいて評価が変わっていく仕組みです。昇格については、一気にジャンプアップできる可能性もある制度となっています。また、住宅手当のような属人的な手当を廃止して給与に組み込むというチューンナップも実施し、これによって若手社員の給与水準が上がりました。
人財開発の面では、どのような変化が起きていますか。
千葉:大きなテーマとして「自律的なキャリア形成」を置いています。従来は人事本部が研修内容を決めて対象者に案内していましたが、それぞれが学びたい内容を考える手挙げ制に移行しました。それに伴ってオンライントレーニングのメニューも充実させています。
今後は、異動についても自律的なキャリア形成の考え方を反映させたいと考えています。公募制による異動は現在も実施していますが、人財を必要とする部門からのアプローチが中心でした。社員個人が自らの意志で異動できるように、選択の幅を広げていきたいと思っています。
さらに、異動しなくてもさまざまな現場を経験できるよう、社内副業制度も取り入れています。業務時間の20%を社内副業に充てられるようになっていて、2021年度上期においては、社内副業の募集に120名近い社員が手を挙げました。現在はKDDI本体だけではなくグループ会社にも対象を広げており、2022年度以降は社外副業にも対応していく予定です。
働き方の変化については、いかがでしょうか。
穴田:他社と同様に、KDDIでも新型コロナウイルスの影響で働き方が大きく変わりました。テレワークの機会が増え、働く場所や時間を柔軟に考えるようになりました。加えて「働いた時間ベース」ではなく「アウトプットベース」で評価される新人事制度も始まりました。育児や介護などで短時間勤務を選択する社員も時間ではなく、アウトプットで評価が得られるようになり、自分に合った働き方を自律的に考えられる環境になったのではないかと思います。
キャリア教育を受けてきた若手だけでなく、
ベテラン・中堅にも「キャリア自律」の動きが広がりつつある
冒頭では新人事制度への「フルモデルチェンジ」というお話もありました。大きな変化の中で、社内から戸惑いの声は上がりませんでしたか。
横尾:大規模な制度変更ですから、社員からは戸惑いの声も聞かれました。ただ、ドラスティックに成果だけで評価する体制になるのではなく、「人間力をしっかり評価していく」ことを丁寧に伝えていったことで、広く理解を得られたと思います。若手はすんなりと腹落ちしていたと思いますし、従来の制度の良い部分を残していることで、ベテランからも共感してもらうことができました。
千葉:昨今では「キャリア自律」というキーワードが盛んに聞かれるようになりました。ベテラン・中堅にとっては、新人事制度が自らのキャリアを振り返り、今後のキャリア開発を自発的に考える上での良いきっかけとなったのではないかと思います。ベテラン・中堅には「完全に新しいことに挑戦してください」と言っているわけではなく、「これまではあまり意識してこなかった自身の経験やスキルをどう生かすか考えてほしい」というメッセージを出しています。
対して若手層は、学生時代からキャリア教育を受けてきていることもあって、自律的に自らのキャリアを考えることに大きな抵抗はないように感じます。そのため新卒採用においても、初期配属を確約するライトなジョブ型雇用の形として「WILLコース」を取り入れました。
新卒採用でもジョブ型の要素を取り入れているのですね。学生の反応はいかがですか。
千葉:好意的に受け止めていただいていると思います。学生さんたちの間には、望む配属先へ進むための「配活」や、どんな部署に配属されるか分からない不安を表した「配属ガチャ」といった言葉が流通していますよね。やりたいジョブが明確な人にとって、希望がかなわなかった際の落胆が大きいのは当然です。WILLコースの受け入れは2020年卒で新卒採用全体の2割、21卒で4割でしたが、22卒は5割へ拡大していく予定です。
新人事制度の導入にあたっては、個々人のキャリア自律を支援するために1on1文化を根づかせる取り組みも進められていると思います。管理職の役割はどのように変化していますか。
横尾:管理職の役割の重要性は、極めて高まっていると思います。従来では中間管理職と言われていた、部下を持ってマネジメントしている層の存在が、個々人の自律的な成長をサポートしていく上でとても重要なのです。1on1などの機会を増やしていくことが求められているので、多くの部下を抱える管理職には苦労もあるかもしれません。
メンバーが自律的にキャリアを考えるようになり、社内副業や異動などの選択肢が増えている状況は、上司にとって「優秀なメンバーを抱え込めなくなる」という脅威につながるかもしれません。
横尾:その意味では「上司も選ばれる時代」になっていくかもしれません。部下に「この部署にいても自分は成長できない」と思われれば、他の部署に移られてしまう可能性があるというのは確かに脅威でしょう。これは会社単位で考えても同様だと思います。
私たちは新人事制度のもとで、全社員に「社外でも通用する人財」になってもらうことを目指しています。今後は社外に人財が流出していく可能性も高まるでしょう。KDDIとしても、選ばれる企業であるために努力し続けなければなりません。
全社員へのカウンセリングで本音やキャリア意向をつかみ、
人事制度をさらに進化させる
人事制度の大規模な見直しを考える企業は多いと思います。人事制度改革を進める上で、重要なこととは何でしょうか。
横尾:制度を作るだけでなく、腹落ちしてもらうための取り組みが重要だと思います。制度はあくまでも手段です。これが本当に会社と社員の成長につながっているのかを追いかけ続ける必要があるでしょう。KDDIでも、2020年8月の新人事制度のリリース以降、社員の声を受け止めながら必要な改善に着手しています。その意味では、働き方改革・健康経営推進室のカウンセラーが全社員と向き合い、本音を受け止める機会を作っていることはとても重要だと考えています。
穴田:私たちは全社員と直接接点を持つことができる唯一の部署として、非常に大きな役割を担っていると認識しています。約40名のカウンセラーは、半期で1人につき約350名と面談するという重責を担っています。このポジションを希望して手を挙げる人の多くは、当社でエルダーと呼んでいる50代。これまでの豊富な経験や、現場で培った人間力を生かして、社員の本音を引き出してくれているのです。新人事制度を進める中で、今後もさまざまなキャリア意向の声を聞くことになるはず。一人ひとりと丁寧に向き合い、人事本部のアクションにつなげていきたいと思います。
最後に、これから新たに取り組もうと考えている施策や目標があれば、ぜひお聞かせください。
横尾:KDDIは本体だけではなく、子会社やグループ会社を含めた「グループ経営」に注力しています。現段階ではまだKDDI本体の人事制度改革にとどまっていますが、今後はグループ全体の人財の最適化や成長を支える枠組みを作っていきたいと思っています。
千葉:私は執行する部門として、自律的なキャリア形成を考える機会につながる異動や育成を強化していきたいと考えています。ジョブ型の要素がある制度のもとでは、ともすれば「その領域だけ頑張ればいい」と捉えられかねません。対してメンバーシップ型には、人財が境界線を超えることによって化学変化を起こせるというメリットもあります。こうした部分を生かすためには、各部門での育成内容を見える化することも大切だと思います。「あの部署ではこんなスキルを学べる」「あの部署を経験した人はこんな形で活躍している」といった情報を流通させることで、一人ひとりの社員が、多様な成長機会を感じられるようにしていきます。
穴田:こうした改革の大前提となるのが社員の心身の健康です。不調を抱えている社員のフォローだけではなく、一人ひとりのキャリア意向に基づいて適切なアドバイスができるような、さらに高次元のカウンセリングを実施していきたいですね。新しい挑戦を考えている社員の背中を押してあげられるような存在でありたいと考えています。
(取材:2021年4月28日)
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