「やってみなはれ」で次世代リーダーを抜てき
グループの垣根を超えて世界をつなぐ、サントリーの人材育成とは
サントリーホールディングス株式会社 ヒューマンリソース本部 グローバル人事部 部長 田中 憲一さん
サントリーホールディングス株式会社 ヒューマンリソース本部 グローバル人事部 課長 長原 優子さん
2009年以降、複数の大型M&Aを成功させてきたサントリー。傘下に入ったブランドには、フランスの「オランジーナ」、イギリスの老舗ブランド「ルコゼード」「ライビーナ」など、世界的に知られた顔ぶれが並びます。そして2014年に行なわれた、アメリカ蒸溜酒最大手「ビーム」の買収。1.6兆円にも及んだこの大型M&Aが記憶に新しい方も多いのではないでしょうか。アジア、オセアニア、ヨーロッパ、アメリカを中心にグループ企業は312社・従業員数3万7000人超。巨大な船をかじ取りし、真のグローバル企業へと突き進む同社は、いかにして「次代を担う経営人材」を発掘し、育成しているのでしょうか。グローバル人事部の田中憲一さんと長原優子さんに、お話をうかがいました。
- 田中 憲一さん
- サントリーホールディングス株式会社 ヒューマンリソース本部 グローバル人事部 部長
大学卒業後、富士通株式会社入社。日本・欧州での人事業務経験後、GE(ゼネラル・エレクトリック)、Burberryにて採用・リーダー育成・組織開発・ビジネスパートナー・アジアパシフィック地域戦略パートナーなど、さまざまな人事リーダー職に従事。2016年よりサントリーホールディングス株式会社にてグローバル人事部に在籍し、人・組織に関わるグローバルな仕組み・枠組みの構築を推進中。
- 長原 優子さん
- サントリーホールディングス株式会社 ヒューマンリソース本部 グローバル人事部 課長
大学卒業後、新卒でサントリーホールディングス株式会社に入社。広報職、低アルコール商品のマーケティング職を経て、2015年よりグローバル人事部に在籍。グローバル人材の受け入れや海外駐在員の制度管理などに携わる。2018年9月より同部署内の人材開発グループに異動し、「サントリー大学」における各種研修プログラムの企画運営を手がけている。
大型買収を契機に気運が高まった、「One Suntory」への取り組み
サントリーグループでは「One Suntory」を合言葉に、グローバルな人事戦略やタレントマネジメントを進められています。具体的にはいつ頃から取り組んでいらっしゃるのでしょうか。
田中:サントリーグループでは、2009年頃から積極的に海外でのM&Aを行ない、2014年には米蒸溜酒最大手のビームを買収しました。サントリーのグローバル戦略上、M&A先の多くは、ビームやオランジーナのようにしっかりとしたブランドを有する企業。それぞれが、確立された人事制度を既に保有している組織だったわけです。そのため、買収後も各社のシステムを踏襲する形で人材配置や育成が行なわれ、その情報がサントリーホールディングスに集まってくる状況でした。
しかし、事業のグローバル展開がさらに加速するなかで、「人事制度の共通化」や「グループ会社間のシナジーを生むタレントマネジメント」「グローバルに活躍する人材の育成やキャリア支援」の必要性が高まってきました。そこで、サントリーグループのリーダー層に求められる「リーダーシップ・コンピテンシー」を、グローバル各社共通で策定したり、グループ全体でのタレント把握の仕組みやリーダー育成プログラムを導入するなど、今まさに、「One Suntory」を加速させていこうという機運が高まりつつあります。
サントリーが大切にしてきた「創業精神」が、グローバル化の求心力に
長い歴史を持つ企業が集うなかで、世界各国の組織を横断したタレントマネジメントを行なうことは決して容易ではないと思われます。グローバルでの人材発掘や人材育成を推し進めていくうえで、貴社が大切にされていることはありますか。
田中:国内外問わず重視しているのは、サントリーが創業以来、ずっと大切にしてきた理念や価値観、カルチャーをいかに伝え、浸透させていくかです。たとえば、先ほどお話したグローバル共通の「リーダーシップ・コンピテンシー」にも、これらの「創業精神」や「サントリーらしさ」が反映されていますし、国内はもちろん海外での幹部採用においても「サントリーならではのカルチャーのもとで実力を発揮できる人物かどうか」の見極めが行なわれています。また、長原が手がけている「サントリー大学」でも、理念理解のためのさまざまなプログラムを用意しています。
「サントリー大学」では、どのような取り組みが行われているのでしょうか。
長原:2015年に開校された、サントリーグループの人材育成の場である「サントリー大学」では、国内外すべてのグループ会社の職員を対象に、“やってみなはれ”“利益三分主義”といった創業精神の理解や共感を促すプログラムを展開しています。
たとえば、海外グループ会社の従業員を日本に招いて行なう「アンバサダープログラム」は、講義あり、視察あり、ワークショップありの充実した1週間の体験プログラムです。サントリーの原点であるウイスキーの蒸溜所や「サントリーミュージアム」といった社会貢献活動の現場を実際に体感してもらったり、創業者のヒストリーを追いながら「なぜ鳥井信治郎はこのタイミングで、この意思決定をしたのか?」などを意見交換するワークショップを企画したり。参加した海外グループ会社の社員からは、「なぜサントリーが創業精神を大切にしているのか肌感覚で分かった」「帰国後、自組織に理念を浸透させるために同様のワークショップを開催した」などポジティブな反応をもらっています。
サントリーでは、創業精神や理念が“ただ掲げられるもの”として存在するのではなく、“事業や組織を動かす原動力”になっている印象を受けます。
田中:そうですね。サントリーの創業者である鳥井信治郎は、挑戦を促すためによく “やってみなはれ”と言って従業員を鼓舞しました。社内には、その“やってみなはれ”文化が根付いていて、今でもビジネスの現場の至るところで、当たり前のように話されます。
たとえば弊社のビール事業は、2代目の社長の「ビールに挑戦したい」という思いから始まりました。しかし、事業は大苦戦。悲願の黒字化を達成するまでに、なんと45年もかかりました。それでも、あきらめずに粘り強く挑戦し続けたのは、“やってみなはれ”の文化があったからでしょう。研修などでサントリーの歴史をひも解いていくと、このような価値観が、いかに事業の推進力になっていたかを思い知らされます。現場の社員からも「“やってみなはれ”の精神を途切れさせてはいけない」という強い思いを感じます。
長原:創業精神をグループ全体に継承していきたいという考えから、2015年より「有言実行やってみなはれ大賞」という取り組みも行っています。これは「○○に挑戦します!」と宣言した後、1年間実践し、成果を出したチームを表彰するもの。初年度には世界中から538チーム・6747名のエントリーがあり、それ以降も毎年、多数の挑戦が進んでいます。
グローバルに展開していくうえで、「確固たる企業理念や価値観を有している企業であること」は、どのような意味を持つのでしょうか。
田中:海外の従業員は、会社や事業に「アイデンティティー」を求める傾向が強いと感じています。所属企業がほかの会社に買収されたときにも、その企業が「何を大切にし、社会に対してどう貢献していきたいのか」という強いメッセージがあるかどうかを重視するんです。
サントリーには、創業以来、代々受け継がれてきた強固なアイデンティティーがあります。そのため人事として、社員にどんなメッセージを伝えるべきかというコンテンツに迷うことがない。これはグローバル戦略を推し進めていくうえで大きな強みです。サントリーが大切にしてきた理念や価値観、カルチャーが「グローバル化の求心力」になっていると感じます。
長原:“やってみなはれ”というチャレンジ精神や、事業で得た利益を社会にも返していく“利益三分主義”は、海外のミレニアム世代にも非常に好感を持って受け入れられました。海外に浸透しやすいカルチャーであったことも、“One Suntory”を実現していくうえでプラスになっていると思います。