タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第53回】
まず、中期キャリア計画シートを作成しよう!
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
企業でキャリアに関する講演を行った際に 「まず、何から始めたら良いでしょうか?」と、聞かれることがあります。そのときにお答えしているのが「中期キャリア計画の作成」です。
中期キャリア計画とは、あなた自身が3〜5年後の「あるべき姿」をできるだけ具体的にイメージして言語化したものです。私自身が実際に取り組んでいて、効果的なものを一つお伝えします。それはこのゼミでも取り上げ来た、「キャリア資本の蓄積」を軸にした中期キャリア計画のシートを作成することです。一人ひとりのキャリア形成は多様で個別性があるので、シート作成は、個人ワークとして一人で取り組んでみてください。
その際にまず念頭においてほしいのが、以下の「キャリア資産」と「キャリア資本」の関係図です。ビジネスパーソンであれば、誰もが働く経験を通じて何らかのキャリア資産を蓄積してきています。「何もやってこなかった」と謙遜される人も多くいますが、「何をやってきたのか」に向き合い、言語化していく行為そのものにも意味があります。
次に、これまで働いてきたことを通じて、いかなるキャリア資産を蓄積してきたのかを整理します。「キャリアの棚卸し」をする作業とも言えます。入社してどのような業務に向き合い、いかなるビジネススキルやネットワークを構築してきたのか。「職位歴」や「職種歴」を履歴書的に整理するのではなく、「仕事の骨格」をセルフコピーのように端的にまとめるのです。
端的に表現することで、自己理解が深まります。あなたのことを誰かに伝えるときのセルフPRにも有益です。
その上で、3〜5年後どのように働きたいのかを、獲得したいキャリア資本に分解して言語化していきます。第4回のゼミでもお伝えしていますが、キャリア資本は、(1)ビジネス資本、(2)社会関係資本、(3)経済資本の三つから形成されます。
(1)ビジネス資本……スキル、語学、プログラミング、資格、学歴、職歴などの資本
(2)社会関係資本……職場、友人、地域などでの持続的なネットワークによる資本
(3)経済資本……金銭、資産、財産、株式、不動産などの経済的な資本
これらを、下記の中期キャリア計画表に落とし込んでいきます。
よりわかりやすくイメージしていただくために、私のシートも中期キャリア計画シートも公開します。
私自身は、後期キャリア形成を迎えているので、初期キャリア形成期、中期キャリア形成期にどんな資本を蓄積したのかを上記のように端的に整理しています。自分らしいキャリアを築くことを、大切にしてきました。人と比べるのではなく、自分が何をしたいのか、働くことを通じて、いかなるアウトプットを出したいのかを考えてきたのです。
私にとっての初期キャリア形成期は、研究者としてのトレーニング期間を通じたビジネス資本の構築、大学研究者とのネットワーク構築による社会関係資本の蓄積でした。経済資本は自己投資期間でした。
友人たちが働くようになり、それなりの経済資本を蓄積していくのを感じながらも、ぶれることはありませんでした。自分らしく生きることを貫いていたからです。その頃の生活を支えてくれた育英会の奨学金や日本学術振興会の特別研究費には、今でも感謝しています。当時のビジネス資本と社会関係資本がそのまま経済資本に転換されるフェーズではなかったので、この二つの経済資本がなければ、初期キャリア形成は頓挫していたのではないかと思います。
2008年4月に法政大学に着任してからは、産学官連携を常に意識してきました。毎週のように特別ゲストを招聘し続けてきたのも、大学の外とのネットワークを構築して、社会関係資本を蓄積していくことに重きをおいていたからです。この期間に集中したのがプロティアン・キャリア理論の整理と紹介です。他のキャリア理論にも関心はありますが、あえて集中したのです。集中的に特化することで、自分らしいビジネス資本が蓄積されるようになります。私にとっての中期キャリア形成期は、子育て期間とも重なるので、経済資本の安定は不可欠でした。
そして今、後期キャリア形成期を迎えています。これまでのキャリア開発の知見や実践をより広く社会へと還元していくために、経産省・経団連・経済同友会との共同活動が欠かせないと考えています。実際に、いくつかのプロジェクトが動き出しています。ベンチャー企業へのエンジェル投資も進めています。
イメージできたでしょうか? これぐらいシンプルな表現で中期キャリア計画シートを作成していくのです。ポイントは三つあります。
(1)中期キャリア計画シートは、常に暫定的なものである
月に一度はシートを見直し、これからのキャリア資本の蓄積について、アップデートします。私は、「後期キャリア形成期」の先の「ポストキャリア形成期(70歳から100歳)」までのシート項目も作成し始めました。未来思考で、練り続けるのです。
(2)中期キャリア計画シートは、抽象的な表現ではなく、できるだけ具体的かつ簡潔に表現する
あなた自身の個別シートです。誰にも遠慮することなく、他人と比べることなく、これからのキャリア形成について、あなたらしくあるべき姿を表現していくのです。「数字」を意識的に書き込んでいっても構いません。例えば、「社外ネットワークを100人に増やしていく」と表現してもOKです。私の場合は、「量」を達成していくことより、「質」に向き合う方があっているので、上記のような表現になっています。
(3)中期キャリア計画シートは、共有や公開を前提に作成する
自分だけのシートですが、「隠しごと」ではなく、誰にいつ見られても困らない公開資料として位置付けておくようにしましょう。企業の中期計画は「人的資本の情報開示」の流れの中で、さらに具体的にビジョン化されるようになってきました。キャリアの中期計画も今後は開示したり、共有したりする流れになっていくでしょう。
すでに企業内ではキャリア1on1などが実践されています。中期キャリア計画シートを事前に作成し、それを共有することで、人的資本を最大化するためにより効果的なアクションやフィードバックができるようになるのです。共有や公開することで、あなたの計画が伝達されていきます。そうすることで、新たに声がかかったり、応援してくれるようになったりするのです。
これが「まず、何から始めたら良いでしょうか?」に対する、一つの答えです。ぜひ一度、中期キャリア計画シートを作成してみてください。自分なりのキャリアを思い描き、言語化することは、それ自体がものすごくクリエイティブな作業です。楽しく感じられるようになったら、キャリア好循環への突入です。
それでは、また次回に!
- 田中 研之輔氏
- 法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。