タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第3回】
あなたのキャリアを、なぜ戦略的に考えないの?
法政大学 教授
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
プロティアン・キャリアゼミの第3回をお届けします。
今回は、私からゼミの皆さんへ質問を投げかけたいと思います。
Q.ビジネスシーンで戦略と聞くと、何を思い浮かべますか?
思い浮かべるのは、事業戦略や経営戦略ではないでしょうか。事業目的を達成するために、市場でいかなる優位性を獲得していくのか。事業は思いつきでは、成功しません。中長期での事業戦略が問われます。
また、企業を持続可能な形で存続させていくには、「人、モノ、カネ」の最適配分を熟慮しなければなりません。経営戦略なしに、企業がスケールしていくことは難しいですよね。戦略が不明確で行き当たりばったりの経営や、とにかく予算を投下した一発の打ち上げ花火のような事業では困ります。事業や経営は持続的でなければなりません。
そのためにも、事業や経営において、「なぜ今、いかにして展開していくのか」という戦略的思考は欠かすことができません。
人事に携わる皆さんも人事戦略について日頃から考えています。戦略人事という言葉を聞く機会も増えてきました。戦略人事とは「戦略的人的資源管理(Strategic Human Resources Management)」のことを意味し、企業の経営戦略や事業戦略の目的達成を目指して、人的マネジメントを行っていくことですね。
つまり、ビジネスパーソンの皆さんは、日頃から戦略について考えているのです。しかし、その戦略的思考を自分自身のこれからのキャリアについて、あてはめて考えている人は少ない。
これまでお伝えしてきたように、プロティアン・キャリアでは「組織の中のキャリア」ではなく、「キャリアを形成する場が組織」であると考えます。組織ではなく、個人により重きをおきます。すると、一つの疑問が湧いてきます。
経営戦略、事業戦略、人事戦略は考えるのに、キャリア戦略を検討する機会がないのは、なぜ?
政府主導による働き方改革の推進、経済界重鎮による「終身雇用の制度疲労」発言など、これまでの「日本型雇用」の見直しが求められる転換期を迎えています。この転換期に、これまで通り、組織戦略を考えるだけで十分なのでしょうか?
私は不十分だと思います。
私たちは、私たちのキャリアを戦略的に考える必要があるのです。「ビジネスパーソンのキャリア戦略」をサポートしていくことがこれからの人事担当者の役割だと言っても過言ではありません。社員のキャリア開発を支援するならば、戦略設計が不可欠です。
私が用いる「ビジネスパーソンのキャリア戦略」とは、「あなた自身や同僚の社員が、自ら主体的にキャリア形成をしていく際の、中長期での行動設計」を意味します。
ここで、ビジネスパーソンのキャリア戦略を考える上での三つのポイントをまとめておきます。このゼミで取り上げているプロティアン・キャリア形成術では、下記のようにして従来型のキャリア形成から戦略的転換を行います。
従来型のキャリア形成 | プロティアンキャリア形成 | |
---|---|---|
分析 | キャリアの「過去―現状」分析 | キャリアの「現状―将来」分析 |
計画 | 単線的なキャリアプランニング | らせん的なキャリアプランニング |
焦点 | キャリアトランスジッション | キャピタル分析 |
©田中研之輔(2019)
(1)「これまで何をしてきたのか」 → 「これから何をするのか」
昇進や昇格が重視された組織内キャリアでは、過去の実績から現状の働き方が評価の基準に据えられてきました。そこでの分析視点は、「過去―現状」に焦点があてられてきました。プロティアン・キャリア形成で重視されるべきは、「これから何をするのか」「これからどうするのか」です。この先を見据えて「現状―未来」に焦点をあて、戦略的に考えていくようにします。
(2)「キャリアアンカー」を発展的に深化させる、らせん的なキャリアプランニング
次に、これまでは単線的なキャリアプランを軸にしてきましたが、プロティアン・キャリア形成においては、副業、兼業、転職、働き方の多様化により、さまざまなキャリアステージを迎えることになります。その移動は、一つの線として捉えられるようなものではなく、らせん的なキャリア形成になります。
一つの目標達成に向かって最短で成長していくキャリアプランを積み重ねていくことも大切ですが、それ以上に重要なのが、働く軸となる「キャリアアンカー」を発展的に深化させていく、らせん的なキャリアプランニングなのです。
いつまでにどう変わっていくのか。どのように適応していくのか。組織が戦略を立てるのと同じように、自分自身で戦略を立てるのです。職場で組織開発が実施されるように、個人でキャリア開発を意識的に行うようにするのです。
(3)キャリアの移動ではなく、蓄積で考える
プロティアンというと、社会の変化に応じて、組織から組織へと何度も変化しながら移動していけばいいのではないかと捉えられることがありますが、その理解は間違っています。変化に伴う異動よりも、変化によって何が蓄積されるのかを見極めることがポイントです。詳しくは第4回で見ていくことにしますが、ここで必要となるのがキャリア資本という考え方です。
キャリア資本という概念を用いることで、変化によって蓄積されるものを捉えることができます。そして、キャリア資本として捉えることで、戦略的蓄積と転換が可能になります。これまでややもすると、個人の内側の問題として捉えられてきたキャリアを、組織が戦略を練り込むのと同じように、それぞれのキャリア形成を戦略的に構想していくことができるようになるのです。
組織開発の経験がない方でも、自らのキャリア開発は可能です。いつまでにどのようなスキルを得たいのか、どんな領域で活躍していきたいのかなどを、スプレッドシートに落とし込んでいくのも効果的です。大切なことは、有形資産のように直接的に金銭的価値で変換できない、無形資産をまず、自分自身で「見える化」させ、客観的に把握することです。
無形資産の「見える化」を行うことで、現状を把握し、その先に自らどう変わっていくのかを中長期で考え、プランニングしていくことが可能となるのです。これまでのビジネス経験で培ってきた戦略的思考を用いて、キャリアについて分析してみてください。
皆さんからの質問や相談も、引き続き受け付けていますので、お気軽にメッセージをお送りくださいね。
それでは、また次回に!
- 田中 研之輔
法政大学 教授
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員をつとめる。2008年に帰国し、現在、法政大学キャリアデザイン学部教授。専門はキャリア論、組織論。<経営と社会>に関する組織エスノグラフィーに取り組んでいる。著書23冊。『辞める研修 辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。社外取締役・社外顧問を14社歴任。最新刊『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。